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『アンドロイドは電気羊の夢をみるか』文章保管用ブログ。
Posted by - 2024.05.18,Sat
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Posted by ささら - 2011.02.01,Tue
季節は秋。9月中頃です。

 ローカル線の列車は使い古されたものが多い。ミクたちが乗った電車も、随分古いらしく、床は靴跡で黒ずんでいたし、座席のクッションはへたれて硬くなっている。
 それでも、ミクもルカもなじみの薄い光景に喜びはしゃいでいた。ルカはあまり態度には出していなかったが。
 今回、ローカル線で旅をしようと言い出したのはミクだった。
 はじめはどこかのレジャーランドで一日を過ごそうと思っていた。ところが、旅行に行こうよと言い出した日の夜、とある番組を見た彼女は、電車に乗りたいと言い出した。
「列車に乗って旅する、なんていいんじゃないかな!」
 旅番組を見て面白そうだと思ったらしい。ルカは反対しなかったが、大山はいい顔をせず、こう言った。
「ローカル線なんかを使うとかなり疲れますから、一日で行くには大変ですよ」
 ミクはそれを聞いて頭を垂れた。確かにその通りだ、けど行ってみたいなぁ。彼女がそう言っていると、ルカがこんな言葉を漏らした。
「季節や自然を楽しむというのは、歌にも関わる事なので推奨される」
「え?」
「と、前に、聞いた……記憶がありますわ。その、列車の旅というのは、そういうものを楽しむものなのでしょう?もちろん、目的地にも寄りますけれども」
 それもそうだ、と大山は頷いた。さすがに、ボーカロイド達の、ボーカロイドとしての感覚はわからないから、そういう視点はなかった。
「いえ、俺としては、お二人がそれでいいなら、異論はないです」
 メインはミクとルカだ。日程はまぁ、なんとかなるだろう。帰りだけ高速鉄道を使えるように、行く場所を調整すればいいわけだから。彼もボーカロイド達には甘かった。
 ボーカロイド二人は国内旅行についての知識は薄く、そもそも地理も風土文化についても疎かった。大山がどこに興味があるか聞いても首を捻るばかりで、とにかくどこかへ行きたいだけらしい。
 とはいえ、とりあえずの目的地は決めなければならない。
 次の日になって、大山は大量のパンフレットを持ってきた。旅行ツアーのパンフレットだった。
「こういうのを見て、行き先を決めたらどうでしょう」
 なるべく近場で、自然がある場所。ここからなら山がいいと大山は思っていた。自身に山の文字を持っているからか、昔から山が好きだというのもある。
 ミクもルカも興味深々で見ていたが、やがて一つのページで手が止まる。
「ぶどうって、この時期になるんだ」
「ああ、葡萄ですか。種類によって色々な時期に成るんです。六月からモノによっては十一月まで食べられますよ」
「へぇ。ぶどう狩りかぁ。おいしそー」
「食べ物目当ての旅もいいですよ。むしろ、うまいもの目当てが一番かもしれません」
「ふふ、先輩は食い気ばかりです」
 大山の言葉にルカがしのび笑いをすると、ミクは小さく舌を出して照れた。大山も少し照れて、視線を逸らす。この場において、その行動に気がつく者はいなかった。ミクもルカも、心の機微には疎い。
「いいなぁ、ぶどうかぁ」
「行きますか?」
「え?」
「葡萄狩りですよ。今の季節なら、どこでもできると思いますよ」
 大山の言葉に、ミクは大きく、強く頷いた。頬を赤らめているのは、期待で胸が一杯だからだろう。じゃあそれでと決めようとしたが、すぐにもう一人の意思確認に気がつく。
「あ、私はそれでいいけど、ルカちゃんはどう?」
「ミク先輩が構わないなら、わたくしもそれで」
 構いませんとルカは言う。優しく微笑むその表情は、彼女の本心を表していた。
「じゃあ、それで決定、という事で」
 そういう事で決まった旅は、三人が仕事の合間に計画した。
 まず、大まかな行き先を決め、その近くで観光地を探す。
 一番の目的である葡萄狩りに関しては、一番力を入れて調べた。どこがいいか、ミクとルカはパンフレットに出ていた農家を見て、ここがいいそこがいいと言い合っている。
 大山は一人、警備の事を考えていた。いきなりボーカロイド、しかも今一番人気のあるミクと売り出し中のルカが行くとなると、万が一、人が押しかけるなどしたら大変だ。歓迎するところもあるだろうが、やたらと宣伝に利用されるのも困る。どこがいい、というレベルでなく、どこが許容できるか、という、彼の職務に合わせた難問が降りかかっていた。信頼できる葡萄農家がいればいいのだが、思い当たる相手はいない。
 彼は最終的に、自分の知人のツテを当たって、ようやく信用できそうなところを見つけた。研究所の警備員がちょうどその近くの出身であった事は幸運だった。信用できて、なおかつおいしい葡萄を作る農家を紹介してくれたのだ。普段は葡萄の販売しか行っていないところだそうだが、連絡を入れるとすぐにいい返事が返ってきた。ボーカロイドが来た事を漏らさないという誓約書を書く事も了承してもらい、安堵のため息を漏らす。人の繋がりは大事だと実感した。
 その中で、最近趣味の仲間とも会っていない事を思い出す。休みなんてなくてもいいと思っていたが、今回の一件で大山は考え直した。今度、プライベートの休みを貰おう。友人とのひと時は必要だ。
 休暇がない事を気にしていたミクに感謝しつつ、彼はこの場所はどうだろうとミク達に尋ねてみた。質問の形式だが、ここ以外は何とか理由を付けて却下する気でいる。ただ、昔から腹芸が苦手だった大山には、そんな芸当、少々荷が勝ち過ぎる。素直に了承してくれと密かに祈る。
「パンフレットには載ってなかったところだよね」
「え、ええ。でも、ここのはおいしいって話を知人がしていまして」
「へぇ、じゃあいいよ。大山さんのお友達の紹介なら間違いないよね!」
 目をきらきらとさせてそう言ったミクはなんとも眩しい。彼女の純真さは、人類の宝だと大山は真面目に思う。照れもせずにそう思った彼は、やはりミクの大ファンなのだ。
 旅行の計画を、ミクは秘密にする気でいた。自分達だけが遊びに行くという事に、引け目を感じていたからだ。
 前日までその秘密は守られていた。大山は無駄に喋る男ではないし、ミクも、つい話してしまいそうになる期待感を抑えた。ミクの努力は褒められていいだろう。
 秘密は守られたのだ。ルカがうっかり話してしまうまでは。
 そもそも、ルカには秘密にしておく理由がよくわからなかった。彼女は基本的に、ずるいと思えるほど物事に執着しないのである。歌とボーカロイドの理念に対しては真摯だが、他の事に置いては、どこか一歩退いた態度だった。
「ずるい!ずるいずるいずるい!わたしだって行きたい!」
「ご、ごめんね」
 ミクは非常に困った顔をしてリンに謝った。言えなかったのはリンちゃんのスケジュールを考えたからだよ、とは言えなかった。だからひたすらごめんと言うしかない。
「リン、わがままやめろよ」
 助け舟を出したのはレンだ。実質リンの抑え役である彼は、この時もリンをたしなめた。とはいえレンも、自分達に一言もなかったのは不満だったようである。
「だってレン、ミク姉もルーちゃんもわたし達に一言もなかったんだよ!ひどいよー」
「……一言くらいはあってよかったってオレも思うけど、明日なんだろ?今更どうこう言っても仕方ねーだろ」
「そうだけどさぁ。わたしだって行きたいよー。あー、明日仕事がなければなぁ」
 ひたすら嘆くリンに、ミクは申し訳ない気持ちでいっぱいだった。秘密にしなきゃよかったと後悔もした。ごめんねごめんねと言いながら自室に戻って準備を済ませようとすると、後ろから声を掛けられた。メイコだ。
「ミク、リンがああ言ってるのは、仲間外れにされたみたいに思っただけ。先に話していたら行きたいって騒いで大変だっただろうし、正解だと思うわ。私にも黙ってたのは、ちょっと姉として傷ついたけどね」
 でもきっと悪い判断じゃなかったはずよ、メイコはそう言った。
「気をつけて行くのよ。楽しんでらっしゃい」
 姉にそう祝福されてうれしくないわけがない。沈んでいた気分は上々、意気揚々と用意を終わらせてミクは就寝した。
 黙っていた事で非難を浴びたのは、ミクだけではない。大山もであった。
 大山はミク個体に付き添うガードであるものの、研究所総体の警備員と仲が悪いわけではない。葡萄園を紹介してもらった警備員以外に旅行の話を深くしていなかったため、彼の財布は圧倒的不利な状況に追い込まれた。
「やー……大山さん、大変そうだねぇ。今度の飲み会、全員分おごりだって?」
「はぁ」
 明日の最終的な計画書を持ってきた大山を、博士はそう労った。
「すまないね、ミクは結構我侭だから」
「いえ。好きでやっていますから」
「ならいいんだけど。……僕は大山さんに感謝してるよ。ミクとルカが部屋に入ってきて、列車の旅行くよって言った時ね、とても嬉しかったんだ。人の力を借りながら、考えて、行動できるようになってきたなぁってねぇ。ああ、こんな事言ってると親父くさいって指摘されちゃうんだけど」
 ミク程度の容姿の子供を持つにはまだまだ若いよーなどとおどけていた。
 大山は、やはり曖昧な返事をして、博士に頭を下げた。
「旅行の許可、ありがとうございました」
 博士は少々気恥ずかしげに、それは無事に終わらせてから改めて、と、この日の仕事を締めくった。
 次の日、早くに起きたミクとルカは、いつも通り余裕を持って研究所に現れた大山と一緒に、荷物を持ってバスに乗り込んだ。
 駅まで行くと、電車に乗り数駅揺られ、大きな駅で別の路線に乗り換えた。
 ここからが長い。ミクの要望通り鈍行での旅だ。
 次の駅に着くまでの時間が研究所の周りとはまったく違い、とにかく一駅一駅の間が長い。山間部を通っている間は山並みや畑、青々としたさざなみの美しい田んぼをを見る事もできるが、トンネルに入ると一気に娯楽がなくなった。仕方なくミクとルカはしりとりをし始める。大山には、懐かしい光景だった。自分も子供の頃に、こうやって友と遊んでいた。言葉遊びはいつも負けていたが、身体を使った遊びとなると一方的に勝っていた。それでバランスが取れていたのだ。今、どうしているだろうか。
 一人の男を感傷にひたらせた旅は、まだ始まったばかりである。


次:ミクとルカの長い一日4
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