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『アンドロイドは電気羊の夢をみるか』文章保管用ブログ。
Posted by - 2024.11.22,Fri
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Posted by ささら - 2008.03.09,Sun
カイト視点。
歌は静かに捨てられるのすぐ後くらい。

 新しく住むことになった研究所は、今までいたところとは全く違った。生活の動線を考えて作られた間取りと、ボーカロイドが住むためにきれいに整備されている音響設備、これが普通なのだろうか。
 でも自分のスペックが変わったわけではないから、やることは多分前と同じなんだろう。 そして移動させられたと言うことは、開発のほうでは僕は用済みということだ。
 ここはボーカロイドの集団生活に関する研究をしていると聞いた。壊れた僕が役立つことがあるのだろうか。
 ところで、ついた早々から困っている。
 ここについた時ちょうど昼食が出来たのでということで案内もそこそこにリビングに通された。
 研究所の住人の挨拶を受けて、スペックも注意事項も資料がすでに来ているということだったので、僕自身は名乗るだけにした。そもそも、自己紹介をしろと言われても、開発部から出たことのない僕には、言うことなんてほぼない。
 困ったというのは自己紹介のことではなくて、目の前のテーブルの上にあるものだ。
 今日のご飯は白飯に煮物と野菜炒めと味噌汁、匂いとセンサーが反応し、AIがおいしそうだと思考する。問題はご飯のラインナップではなくて、それを食べるためのツール、つまりお箸である。
「カイトさん、ご飯食べないの?」
 ご飯無しで平気と言うわけではない。アンドロイドのエネルギー源の一つとして食料は必要だ。僕もお腹が空いている、しかし。
「お箸知らないのかしら」
 箸はわかる。
「もしかして使い方がわからないとか」
 使い方もわかる。実行できるかはともかく。
 ボーカロイドは生活の基本的な行動が出来るようになっている、はずなのだが、実験のためにその行動経験が消されている僕は、箸が使えない。というか、実のところほとんどの事が出来ない。
 さてどうしよう。使えませんと言えばいいのだろうが、スプーンやフォークを出されてもそれも使えないので困る。エネルギーパックという手もあるが、あれは備品だからあまり世話にならないようにと田中博士に言われていた。僕がずうずうしくも出してくださいとは言えない。
「んー、エネルギーパックだそうか」
 白衣に派手な黄色のシャツをきた人、確か山田と名乗っていた博士が助け舟を出した。こちらから希望を出すのはどうかと思っていたので助かった。
 お願いします、と言おうとして、口を開けて、そこで止まった。
 声が、出ない。
 セーフティのせいだろう。壊れた僕に施されたセーフティは僕の意思を外に出すことを止める時がある。なぜだかはわからないが、先の思考のどこかがセーフティに引っかかったらしい。
 田中博士が言うには、こういう時の僕は銅像のように固まっているそうだ。
 博士は僕の返事を待っているんだろう。他の周りの人が半分口を開けたまま止っている僕を不審がった目で見ている。
 たっぷり一分たったところで、山田博士が、ああそうかと言って、エネルギーパック出してくるねと席を立った。
 それを聞いたメイコという人とミクという人が、手伝いますと言って山田博士のあとを追った。
 他の研究所の人はそれでこの件は終わりだと言うように、食事を再開する。
 よかった。空気は悪くなったけど喧嘩になったわけでもないし、僕のエネルギー補給の目処も立った。
 本当によかったと思うと同時に、少しか
 ぶつりと音がした。
 ホワイトアウトしていた僕のAIが復活する。
 セーフティによる思考機能そのものの緊急停止なんて久しぶりだ。復帰した機能に壊れたところがないか自動サーチしたが、どうやら全て無事のようだ。
 時計を確認すると三分弱の停止というところらしい。山田博士はまだ席を立ったままで、研究所の人も自分の食事で僕の事を気にしていなかった。停止したことを悟られていないので少しほっとする。別段停止したことを悟られて困るわけでもないから、そう思ったのはなんとなくだ。
「やー見つかった見つかった」
 山田博士が戻ってきたようだ。エネルギーパックは手のひらに収まる形のコンパクトなもので、はじめて見るタイプだ。多分最新型なんだろう。今まで使っていたものの10分の一くらいの大きさで、技術の進歩を目の当たりにした気分になる。作り物の僕ががこんな気分になるなんて変な話だ。
「最新タイプのエネルギーパックで容量は二倍、なのに大きさは10分の一、携帯用エネルギーパックの期待の星でぇす!サンプルなんで使ったら後でデータ取らせてね」
 サンプルとの言葉に内心笑ってしまった。本当に前とやることが変わらない。ここでもこういうデータ取りが僕の仕事なら、上手くやっていけそうだなと思う。ひとの役に立てるなんていいことだ。
 山田博士が僕にパックを手渡す。そして三人とも自分の席に戻って食事を再開した。
 僕はエネルギーパックのコードのプラグを腕にある差込口に挿した。首筋から背筋にかけて、痛みとは違うぞわっとした感触がして体が自動的に小さく震えた。人間で言えば悪寒というやつだ。
 そして次第に体に何かが押し入るような感覚がして、胸の辺りが苦しくなり、頭が重くなった感じがする。エネルギーパックを使うとアンドロイドが個体差なく受ける感覚で、胸焼けに似た現象らしい。
 僕はあまりこれが好きではない。けれども、さすがにエネルギーがないと困る。動けないというのは恐ろしいものだ。
 もうすぐ終わりらしい。今までテストしたものより三倍ほど早い速度でエネルギーが入るようだ。コストが釣りあえばヒット商品になるだろうなと思う。アンドロイドなのに、マーケティングを考えても仕方ないとも思った。
 なんだか身体感覚が鈍くなっている。機械で作られた頭脳の速度低下を回避するために、感覚の一部が自動で切れ始めたみたいだ。注入速度が速すぎるんだろう、少しアンドロイド側の負担が大きいようだ。緊急用としてはいいけどと、報告することを鈍くなった思考でまとめ始めた。あたまがぼーっとする。
「最新型かー。ねえ博士、私も使ってみたいなー、エネルギーパックって使ってみたことないし」
「ミクは今度ねぇ」
「ちゃんとご飯でエネルギー取れるミクには必要ないでしょう、エネルギーパックって高いんだから、わがまま言わないの」
「はーい」
 縮小した思考の片隅で、おんなのこの無邪気な声だけが、ずっと響き続けていた。


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