『アンドロイドは電気羊の夢をみるか』文章保管用ブログ。
Posted by ささら - 2008.03.11,Tue
カイト視点のショート。
ある日の博士との何気ない会話。
ある日の博士との何気ない会話。
「それで、研究所は慣れてきた?」
リビングのソファで本を読んでいると、珍しく博士が聞いてきた。
僕は顔を上げて博士の方を見る。風呂上りのようで、タオルを肩にかけていた。タオルが濡れているのが気になる。メイコが前に風邪ひくからそれ止めてくださいって言ってた気がする。もしかして僕が注意しないと怒られるかな。でも差し出がましい気もする。とりあえず問いかけに答えよう。
「はい、なんとか。まだまだわからないことばっかりですけど」
その答えに博士は満足したのか、よかったねといってキッチンに消えていった。
なんだったんだろう。
考えても仕方ないので読みかけの本に目を落とす。本といっても絵本に近いものだ。
僕は文字は読めるけど、ストーリーを読むことができない、らしい。博士たちがそういっていたからそうなんだろう。
ここ数日、その訓練のために、本を読んで感想を書くということをしている。子供は読書感想文を書くもの、なんだそうだ。今日感想を書くのは三冊で、今読んでいるのは最後の一冊。読みながら感想をどうしようかなと考えてるんだけど、浮かばないで困っている。僕が言うのもおかしいけど、人間の子供って大変だ。
気がつくと隣に博士が座っていた。手にはコーヒー。どうやらキッチンに行ったのはコーヒーを淹れに行ったからのようだ。
博士は真剣な表情でこちらを見ている。どうかしましたかと話しかけると博士は表情を崩さすに口を開いた。
「僕はね、開発のほうにはあまり関わってこなかったから君の事はよく知らないし、会ったばっかりだ。でも君じゃないカイトには昔会ったことがある、c02に」
少し驚いた。でも、あいつは経験重視だったから、人と良く会っていたのかも知れない。なら博士と会うこともあったんだろう。
「c02はずいぶん慎重で、一緒にいてもあまり懐いてくれなかった。君も最初そんな風だったけど、すぐみんなと打ち解けたから、違うもんなんだなと思ったよ。aとは会う機会がなかったけど噂は聞いていた。担当チームのこと含めて、あまり良い噂ではなかったけどね。不思議と君の事は聞かなかった。そういう方針だったのかな。……とにかく、そんなわけだったから、君と会ったとき、個体差ってものを思い知った気分だったんだよ。こんなにも違うんだって」
「量産計画について思うところがあるのですか」
「そうだな、個人的には量産は早いと思うんだ。たった三個体を別々のチームで育てただけでこんなにも違いが出た。量産ともなれば何百何千という個体が全く違う環境に放り込まれる。どんなことになるか想像もつかない」
「でも、量産しないでこのままの状態でやっていても、会社としては困るでしょう。利益が出ない」
そういった僕を博士は驚いた顔で見た。その顔で、僕の言動が博士の予測の外側に出たのだと気づいた。僕は思ったことを言葉にしているだけだが、時々こういう反応をされる。
「思うんだがセーフティというのは本当に掛かっているのか?明らかに君はその」
「掛かっていますよ。何を押さえ込むのか、僕にも開発者にもコントロールできないセーフティですが」
博士はその言葉を聞くと、ぶっと吹き出して笑い始めた。
「なるほど、開発が投げるわけだ。セーフティからしてじゃじゃ馬か」
「でもこのセーフティを基に鏡音シリーズの精神制御システムが作られたわけですから、無駄ではないと思います。個人的な意見ですが」
「個人的な意見ね。ついでに聞くけど、君個人として、量産計画をどう思う」
「僕の個人的な意見ですが、精神制御システムは上手く機能してると思いますし、改良を重ねればもっと良くなると思います。量産を反対する理由にはなりません。ただ、その、cが」
ぴたりと言葉が止まって、僕は何を考えていたのかわからなくった。セーフティが掛かって思考が押さえ込まれ霧散する。文脈を記憶から組み立てる。どういう会話をしていたのか思い出さなければ。
「本当にどこでセーフティが掛かるかわからないな。扱いづらいことこの上ない」
「すいません」
君のせいじゃないだろうと博士は言って席を立った。話は大体終わったらしい。
「話はこれだけだよ。セーフティの確認と、それからc02に会ったことがあるということを言いたかっただけ、読書の邪魔をして悪かったね。……ああ、ところで、あの日敷地外に出たc02はどこに行ったんだろう」
「敷地外に出て無事ではいられないでしょう、どこかに転がっていると思います」
「そうだな。そして、その転がっているはずのc02は見つかっていない」
「ええ、その通りです。博士」
「もしもcが健在だとして、もう一度会うことが出来たらどうする?」
博士のその言葉に、僕は少し考えてから、どうもしませんと答えた。
「あれがどうあっても、僕は変わりません。別の個体ですから」
「……そうか。長々と悪かった。おやすみ」
「はい、おやすみなさい」
ばたんと音がしてリビングの扉が閉まる。
僕はその音で三冊分の感想という今日の課題を思い出す。
時間を見ると夜九時。
零時まわるかもと思い暗鬱な気分になりつつ、また読みかけの本に意識を集中する事にした。
次:春でもアイスはおいしい
リビングのソファで本を読んでいると、珍しく博士が聞いてきた。
僕は顔を上げて博士の方を見る。風呂上りのようで、タオルを肩にかけていた。タオルが濡れているのが気になる。メイコが前に風邪ひくからそれ止めてくださいって言ってた気がする。もしかして僕が注意しないと怒られるかな。でも差し出がましい気もする。とりあえず問いかけに答えよう。
「はい、なんとか。まだまだわからないことばっかりですけど」
その答えに博士は満足したのか、よかったねといってキッチンに消えていった。
なんだったんだろう。
考えても仕方ないので読みかけの本に目を落とす。本といっても絵本に近いものだ。
僕は文字は読めるけど、ストーリーを読むことができない、らしい。博士たちがそういっていたからそうなんだろう。
ここ数日、その訓練のために、本を読んで感想を書くということをしている。子供は読書感想文を書くもの、なんだそうだ。今日感想を書くのは三冊で、今読んでいるのは最後の一冊。読みながら感想をどうしようかなと考えてるんだけど、浮かばないで困っている。僕が言うのもおかしいけど、人間の子供って大変だ。
気がつくと隣に博士が座っていた。手にはコーヒー。どうやらキッチンに行ったのはコーヒーを淹れに行ったからのようだ。
博士は真剣な表情でこちらを見ている。どうかしましたかと話しかけると博士は表情を崩さすに口を開いた。
「僕はね、開発のほうにはあまり関わってこなかったから君の事はよく知らないし、会ったばっかりだ。でも君じゃないカイトには昔会ったことがある、c02に」
少し驚いた。でも、あいつは経験重視だったから、人と良く会っていたのかも知れない。なら博士と会うこともあったんだろう。
「c02はずいぶん慎重で、一緒にいてもあまり懐いてくれなかった。君も最初そんな風だったけど、すぐみんなと打ち解けたから、違うもんなんだなと思ったよ。aとは会う機会がなかったけど噂は聞いていた。担当チームのこと含めて、あまり良い噂ではなかったけどね。不思議と君の事は聞かなかった。そういう方針だったのかな。……とにかく、そんなわけだったから、君と会ったとき、個体差ってものを思い知った気分だったんだよ。こんなにも違うんだって」
「量産計画について思うところがあるのですか」
「そうだな、個人的には量産は早いと思うんだ。たった三個体を別々のチームで育てただけでこんなにも違いが出た。量産ともなれば何百何千という個体が全く違う環境に放り込まれる。どんなことになるか想像もつかない」
「でも、量産しないでこのままの状態でやっていても、会社としては困るでしょう。利益が出ない」
そういった僕を博士は驚いた顔で見た。その顔で、僕の言動が博士の予測の外側に出たのだと気づいた。僕は思ったことを言葉にしているだけだが、時々こういう反応をされる。
「思うんだがセーフティというのは本当に掛かっているのか?明らかに君はその」
「掛かっていますよ。何を押さえ込むのか、僕にも開発者にもコントロールできないセーフティですが」
博士はその言葉を聞くと、ぶっと吹き出して笑い始めた。
「なるほど、開発が投げるわけだ。セーフティからしてじゃじゃ馬か」
「でもこのセーフティを基に鏡音シリーズの精神制御システムが作られたわけですから、無駄ではないと思います。個人的な意見ですが」
「個人的な意見ね。ついでに聞くけど、君個人として、量産計画をどう思う」
「僕の個人的な意見ですが、精神制御システムは上手く機能してると思いますし、改良を重ねればもっと良くなると思います。量産を反対する理由にはなりません。ただ、その、cが」
ぴたりと言葉が止まって、僕は何を考えていたのかわからなくった。セーフティが掛かって思考が押さえ込まれ霧散する。文脈を記憶から組み立てる。どういう会話をしていたのか思い出さなければ。
「本当にどこでセーフティが掛かるかわからないな。扱いづらいことこの上ない」
「すいません」
君のせいじゃないだろうと博士は言って席を立った。話は大体終わったらしい。
「話はこれだけだよ。セーフティの確認と、それからc02に会ったことがあるということを言いたかっただけ、読書の邪魔をして悪かったね。……ああ、ところで、あの日敷地外に出たc02はどこに行ったんだろう」
「敷地外に出て無事ではいられないでしょう、どこかに転がっていると思います」
「そうだな。そして、その転がっているはずのc02は見つかっていない」
「ええ、その通りです。博士」
「もしもcが健在だとして、もう一度会うことが出来たらどうする?」
博士のその言葉に、僕は少し考えてから、どうもしませんと答えた。
「あれがどうあっても、僕は変わりません。別の個体ですから」
「……そうか。長々と悪かった。おやすみ」
「はい、おやすみなさい」
ばたんと音がしてリビングの扉が閉まる。
僕はその音で三冊分の感想という今日の課題を思い出す。
時間を見ると夜九時。
零時まわるかもと思い暗鬱な気分になりつつ、また読みかけの本に意識を集中する事にした。
次:春でもアイスはおいしい
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