ルカの本格デビューから数日経ち、進展したわけではないが、安定したとでも言える状態になった。ミクとルカの心理がどう変化したのか、本人たちではないので知る由もない。とにかく無闇に突っ張った態度は止めようと二人とも思ったようだ。心を痛めていたメイコやレン、リンとしては一安心と言う感じである。
だから、という訳ではないのだが、みんなで花を見に行こうと言う話に、メイコは乗る事にした。
仕事が終わったばかりのリンは、スタジオ前で待ち合わせていたメイコと新井に挨拶する。
昼と夕方の間、まだ太陽は頭上にある。
リンは「まだ二月なのになに見るの?」と聞くと、メイコは二月だって花はあるわよと答える。
「梅の中々綺麗だと思うけど。梅で有名な公園があるの。今日は露天が出ているらしいから、夕食も兼ねてね」
そう言うわけらしい。
「行くのはいいけど、ミク姉もルーちゃんもまだ仕事中でしょ。レンも」
「そろそろ終わるから、途中で拾うわ」
「はーい。博士とカイトにぃは?」
「良く知らないけど、二人は用事があってパスだって」
「ええー」
不満そうに声を漏らすと、新井がごめんねと言った。
「新井さんが謝ることじゃないけどさー……せっかくみんなでお出かけなのに」
実は花見をするように言ったのは博士である。何か外せない用事があるらしく、今夜は研究所にいて欲しくないようだ。
メイコは、出てくる時にちらりと聞いた二人の会話が気になっている。カイトは今日の用事を回避したい様子で、納得はできませんがと言う言葉を何度も繰り返していた。博士は納得しなくてもいいが手を抜かないようにと、珍しくきつい喋り方であった。車に乗る直前に新井が、そんなに嫌がる事かしらと言っていたのも気になるが、メイコは詳細を知り得ずにいる。
夜。空気は身を切るように寒いが、群青の空に漂う特有の香りがそれを忘れさせてくれる。梅の花は限りなく白に近い薄紅色を、慎ましやかに主張させていた。花弁の量は確かに桜より少ないのだが、その美しさは負けず劣らずである。
途中でルカとレン、そしてミクを拾い、少し遠くにある駐車場に車を止めてから公園まで徒歩で行く。公園前にあった露天でめいめい食べたいものを買うと、のんびりと歩きながら観賞する事となった。
人の多いところで目立った行動をすると混乱が起こるので余り目立たないようにと言っておいたのだが、リンはすっかり忘れたようだ。雰囲気に押されてテンションが上がっている様子で、走って他人に当たりそうになっていた。そんなリンに口うるさく注意しているレンだが、なんだかんだと言って肩が弾んでいる。
この手のお祭りは初めてのはずのルカは、戸惑っているかなと思えばそうでもなく、リンに先導されて楽しんでいるようだ。
ミクは今日ここにくるまで、ルカと喧嘩することもなく、しかし無視するわけでもなく当たり障りのない会話をしていたが、長々と会話をする気はないようだ。今はメイコのすぐ前で、新井と話しをしている。
喧嘩が起こる様子もないようねと苦笑しながら、メイコは最後尾にいた。全員が見える位置を崩さないようにしているのだ。
周りがざわつき始めた。道行く人が、ミクじゃないかとか、リンとレンだなど言いながらこちらを見ている。波紋が広がるように、好奇の視線が増えていく。
これが回避したくて静かにして欲しかったのだが後の祭りだ。一度集まった注目が消えるなどありえない。ただ、この状態になると何故か道の中央が空くのは結構な事である。
メイコたちならこの手の視線に慣れているが、ルカは始めての経験であった。空気が変わった事に気が付いて辺りを見回している彼女に、レンが気にするなと言った。ルカ以外は肌で感じてきたことだし、ルカも慣れてくればわかってくるだろうが、気にすれば更に注目は高まるからだ。
なるべく気にしないようにしていると、ルカは聞きなれた名前を聞いた。
「巡音ルカだ」
リンより少し背丈の低い女の子がルカを指差しながら、隣に居る男の人にそう言った。その大人は、携帯電話のレンズをこちらに向けてフラッシュをたいてから、女の子に声を掛けた。
「前に歌番組に出てたな」
「うん、CD買っちゃった」
ルカは立ち止まった。女の子の嬉しそうな顔を見る。口を数度、パクパクと開けて、言葉を探している。驚いたとは違う、どぎまぎとした表情だった。
「ルーちゃん、早く早く」
リンが呼んでいる。行かなくてはと足を進めると、ちょうど名前を呼んだ女の子とすれ違う形になった。
「ボーカロイド同士って仲いいんだね」
すれ違い様に聞こえた声で、ルカは少し悲しい気分になった。
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