『アンドロイドは電気羊の夢をみるか』文章保管用ブログ。
Posted by ささら - 2010.03.08,Mon
時期は7月初旬。
ポンと渡されたものを見て、ミクは目を丸くさせた。
「どうしたんですか、博士」
「プレゼントだよ」
「特に、貰う理由が思いつかないんですけど、何かありましたっけ」
帰りがやたらと遅くなり、他のボーカロイドは自分の部屋にいる時間だ。ミクも、一日の汚れと疲れを洗い落として一息ついた後で、そろそろ寝ようとしていたタイミングだった。博士がリビングにやってきて、ほいとミクに手渡したのが、今手に持っている包装された箱だった。ピンク色の包装紙と白のリボンを見る限り、女の子向けのようである。それを博士が頼んでいる姿を想像して、ミクはなんとも言えない気分になった。変な気もするが、似合う気もする。
「仕事の報酬みたいなものだよぉ」
それは貰っています、ミクはそう思った。自分だけ何か貰う理由はないはずだ。贔屓されているようで居心地が悪い。しかし、受け取りを拒否するのは、それはそれで角が立つ。プレゼントされれば当然嬉しいので、受け取りたい気持ちもあった。そんな微妙な心情を振り切りたいミクは、とにかく中を確認する事にした。
丁寧に貼り付けられたシールを剥がすと、なるべく音がしないように開けていく。
「そろそろいいかと思ってね」
「……なんですか、これ」
包装紙の下には、ミクにはよく知らない機械が写っていた。正確には、知らないわけではないが、縁が薄いものだ。
「ゲーム機?」
「そうそう。レンとリンが持ってるのとは違うやつだけど。報酬のようなものがそれで、こっちが本来のプレゼント~」
こっちが、と言われて渡されたものを見て、ミクは首を傾げた。プラスチックのケースには、自分が描いてある。
「あっ、そういえば、私のゲームが出るって言ってた!これって、それ?」
察しが良くて助かるよと言い、にこやかな表情で博士は頷いた。
ミクの歌と踊りを題材にしたゲームが出るとは聞いていたが、撮影やデータの提供、歌の提供を終えてからは、ほとんど関わっていなかった。それは、ミク自身があまりゲーム機に興味を持っていないためである。一応、宣伝のために話を出した事はあるが、実際にゲームソフトを見るのは初めてだった。
「明日発売で、それはミク用。ソフトだけ貰っても困るでしょお。だからそのゲーム機は、今までミクが頑張ってきた報酬って事で、僕からミクにプレゼントだ。あげるよ」
嬉しくないわけはなかった。ただ、博士が突然そんな事をした理由がわからなかった。
「まあ、それと引き換えってわけじゃないんだけど、ちょっと頼みたい事が」
「頼みたい事?なんですか?」
「あのネ、今僕らがミクたちの仕事の量とかコントロールしてるのはわかるよね。それを、今度からミクに任せてみようと思ってるんだ」
頭を傾けた。言葉の意味を理解するまでの間、ミクはずっと博士を見つめていた。そして、脳が理解し始めると、喜びを混じらせた驚きがミクの心を浸透し出す。
「本当ですか、それは」
「うん。そろそろミクは一人でもやってけそうだから」
制御されていた事が不満だったためではない。頼られた事が、頼まれた事が、喜びを生み出していた。
「いずれみんなに一人ずつ警備を付けて、みんなのやり方で歌を歌うようになって欲しい。と言うか、そういう計画。正直これ以上増えられるとカバーしきれないしね」
博士の笑みの中に含まれた自嘲を、ミクは気付かず、なるほどと納得して言った。
「じゃあ、私の好きにやっていいって事ですか?」
「もちろん、危なさそうなら止めさせて貰うよ。ああ、警備の大山さんとはうまくやってけそう?」
大山は研究所に新しく来た警備員で、ミクたち個人を守るシークレットサービスのようなものだ。彼は大柄な身体つきに厳つい顔をした男で、一見気難しそうに見えるが、実は気が優しい人物である。ミクは一週間ほど仕事について来て貰い、既に親しくなっていた。
「うん、大丈夫!大山さん優しいし」
「はぁ、優しいだけじゃあ駄目なんだけどねぇ。まあいいや、とにかく、そういう話になったから、今度からはミクが色々仕事の調整とかしてみよう。わからない事があったら教えるから、どんどん聞いてぇねぇ」
博士もミクと同じく眠いようで、あくび混じりに部屋に戻ると言ってドアノブに手を掛けた。
「じゃあ私も戻ります。あ、博士」
「ん?」
「どうして私なんですか?メイコ姉さんじゃなくて」
博士は立ち止まり、少し考えている。ミクは何気なく、質問した人間が良くやるように、相手の顔を覗き込んでみた。
一瞬、ミクの背筋に冷たい感覚が走る。怖い顔、をしているような気がした。
ドアの方を向いていた顔が、ミクへと向く。既に、いつもの博士らしい表情だった。
「大山さんがミクを護衛しているからさ。メイコにつけようかとも思ったんだけど、本人のやる気を尊重したくてねぇ。実は彼、ミクの大ファンなんだよ~。あ、これ喋った事内緒ね」
「そうなの?そんなそぶり、なかったよ」
「職務に私事を持ち込まないようにしたいんだって。別に、好きな事を仕事にしてもいいと思うんだけどなぁ~。世間は厳しいっ」
そんな訳のわからない言葉で締めくくって、博士は部屋を出て行った。
残されたミクが少しだけコクリと首を傾げる。そうして、先程言われた事を思い起こすと、数々の疑問が浮かんできた。いつからなのか、どうすればいいのか。しかし、同時に、期待に近い感情が沸き起こる。少しの興奮を振りまきながら、ミクは自室へと戻っていった。
次:メイコの休日1
「どうしたんですか、博士」
「プレゼントだよ」
「特に、貰う理由が思いつかないんですけど、何かありましたっけ」
帰りがやたらと遅くなり、他のボーカロイドは自分の部屋にいる時間だ。ミクも、一日の汚れと疲れを洗い落として一息ついた後で、そろそろ寝ようとしていたタイミングだった。博士がリビングにやってきて、ほいとミクに手渡したのが、今手に持っている包装された箱だった。ピンク色の包装紙と白のリボンを見る限り、女の子向けのようである。それを博士が頼んでいる姿を想像して、ミクはなんとも言えない気分になった。変な気もするが、似合う気もする。
「仕事の報酬みたいなものだよぉ」
それは貰っています、ミクはそう思った。自分だけ何か貰う理由はないはずだ。贔屓されているようで居心地が悪い。しかし、受け取りを拒否するのは、それはそれで角が立つ。プレゼントされれば当然嬉しいので、受け取りたい気持ちもあった。そんな微妙な心情を振り切りたいミクは、とにかく中を確認する事にした。
丁寧に貼り付けられたシールを剥がすと、なるべく音がしないように開けていく。
「そろそろいいかと思ってね」
「……なんですか、これ」
包装紙の下には、ミクにはよく知らない機械が写っていた。正確には、知らないわけではないが、縁が薄いものだ。
「ゲーム機?」
「そうそう。レンとリンが持ってるのとは違うやつだけど。報酬のようなものがそれで、こっちが本来のプレゼント~」
こっちが、と言われて渡されたものを見て、ミクは首を傾げた。プラスチックのケースには、自分が描いてある。
「あっ、そういえば、私のゲームが出るって言ってた!これって、それ?」
察しが良くて助かるよと言い、にこやかな表情で博士は頷いた。
ミクの歌と踊りを題材にしたゲームが出るとは聞いていたが、撮影やデータの提供、歌の提供を終えてからは、ほとんど関わっていなかった。それは、ミク自身があまりゲーム機に興味を持っていないためである。一応、宣伝のために話を出した事はあるが、実際にゲームソフトを見るのは初めてだった。
「明日発売で、それはミク用。ソフトだけ貰っても困るでしょお。だからそのゲーム機は、今までミクが頑張ってきた報酬って事で、僕からミクにプレゼントだ。あげるよ」
嬉しくないわけはなかった。ただ、博士が突然そんな事をした理由がわからなかった。
「まあ、それと引き換えってわけじゃないんだけど、ちょっと頼みたい事が」
「頼みたい事?なんですか?」
「あのネ、今僕らがミクたちの仕事の量とかコントロールしてるのはわかるよね。それを、今度からミクに任せてみようと思ってるんだ」
頭を傾けた。言葉の意味を理解するまでの間、ミクはずっと博士を見つめていた。そして、脳が理解し始めると、喜びを混じらせた驚きがミクの心を浸透し出す。
「本当ですか、それは」
「うん。そろそろミクは一人でもやってけそうだから」
制御されていた事が不満だったためではない。頼られた事が、頼まれた事が、喜びを生み出していた。
「いずれみんなに一人ずつ警備を付けて、みんなのやり方で歌を歌うようになって欲しい。と言うか、そういう計画。正直これ以上増えられるとカバーしきれないしね」
博士の笑みの中に含まれた自嘲を、ミクは気付かず、なるほどと納得して言った。
「じゃあ、私の好きにやっていいって事ですか?」
「もちろん、危なさそうなら止めさせて貰うよ。ああ、警備の大山さんとはうまくやってけそう?」
大山は研究所に新しく来た警備員で、ミクたち個人を守るシークレットサービスのようなものだ。彼は大柄な身体つきに厳つい顔をした男で、一見気難しそうに見えるが、実は気が優しい人物である。ミクは一週間ほど仕事について来て貰い、既に親しくなっていた。
「うん、大丈夫!大山さん優しいし」
「はぁ、優しいだけじゃあ駄目なんだけどねぇ。まあいいや、とにかく、そういう話になったから、今度からはミクが色々仕事の調整とかしてみよう。わからない事があったら教えるから、どんどん聞いてぇねぇ」
博士もミクと同じく眠いようで、あくび混じりに部屋に戻ると言ってドアノブに手を掛けた。
「じゃあ私も戻ります。あ、博士」
「ん?」
「どうして私なんですか?メイコ姉さんじゃなくて」
博士は立ち止まり、少し考えている。ミクは何気なく、質問した人間が良くやるように、相手の顔を覗き込んでみた。
一瞬、ミクの背筋に冷たい感覚が走る。怖い顔、をしているような気がした。
ドアの方を向いていた顔が、ミクへと向く。既に、いつもの博士らしい表情だった。
「大山さんがミクを護衛しているからさ。メイコにつけようかとも思ったんだけど、本人のやる気を尊重したくてねぇ。実は彼、ミクの大ファンなんだよ~。あ、これ喋った事内緒ね」
「そうなの?そんなそぶり、なかったよ」
「職務に私事を持ち込まないようにしたいんだって。別に、好きな事を仕事にしてもいいと思うんだけどなぁ~。世間は厳しいっ」
そんな訳のわからない言葉で締めくくって、博士は部屋を出て行った。
残されたミクが少しだけコクリと首を傾げる。そうして、先程言われた事を思い起こすと、数々の疑問が浮かんできた。いつからなのか、どうすればいいのか。しかし、同時に、期待に近い感情が沸き起こる。少しの興奮を振りまきながら、ミクは自室へと戻っていった。
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