『アンドロイドは電気羊の夢をみるか』文章保管用ブログ。
Posted by ささら - 2011.01.16,Sun
お久しぶりで。
ミクが自分で仕事の管理をするようになってから、他のボーカロイドたちと過ごす時間にズレが生じ始めた。
暇な時間が被らないのである。
困ったわけではないが、少々寂しいものだ。
見事に、一ヶ月もしないで、ミクは誰かと遊びに出かけたい欲求に見舞われた。
ところが、相手も見つからない上に。
「だってミクは忙しいでしょ。休みの日を潰して遊びの日にすると、満足な休養にはならないから、研究所で監督してる人間としては許可できないなぁ」
などと博士は言うのである。
ミクはとりあえず反論を試みた。
「でもでも、ライブは前から決まってた事だから私のせいじゃないよ」
「ミクも屁理屈言うようになっちゃってお父さん悲しいよ」
「博士、ふざけないで」
「それにねぇ、ミクやみんなが遊びに行くだけならいいけど、今の状況だと遊びに行くにもガードの人付けなきゃ行けないんだよ?ミクなら大山さん、他の人なら守衛室の人たち数人の、もしかしたら貴重な、きっちょーな、休みだったかもしれない日を、ミクたちのために潰してもらう事になるわけだ。それもかわいそうでしょお」
「あ……」
そこまで考えていなかったミクは、愕然とした表情になった。博士の言う通りだ。
「ま、そんな事考えなくていいんだけどね。その辺うまくやるのが僕ら大人だから」
ショックを受けた彼女に、博士はフォローを入れる。
だが、フォローは入れつつも、博士の結論は変わっておらず、考慮の余地なく却下されたのだった。
そういう理由で、ミクがひたすらスケジュール表と睨めっこする日が続く、ある夜の事である。
「はあ……仕事三昧かぁ。嫌いじゃないけど……ううん、たまには休みたいなあ」
休みたいなあなどと言いながら廊下を歩いていたミクは、前の方からやってくる人影に首を傾げた。
「大山さん!」
「あ、ミクさん」
「どうしたの。こんな夜遅くに」
「博士と話し込んじ、でしまって、こんな時間に」
相変わらずの厳つい顔。だが、一ヶ月ほど付き合いがあるミクには、彼が少し疲れているのがわかった。今帰るところだったのだろう。
「丁寧に言い直さなくてもいいって言ってるじゃないですか」
なんだか他人行儀で嫌です、と、ミクは付け加えた。大山と呼ばれた男は、苦笑して返答を避けた。彼としては、公私混同しないと自分に言い聞かせて仕事をしている。ただ単に、そう思わなければ、サインでもねだってしまいそうだからだったのだが。ミクは、大山が自分のファンだと言う事を知っていたが、隠している大山の意思を尊重していた。
「帰る途中ですよね、玄関まで送ります」
「そこまでは……」
「お願い、送らせて下さい。いつもお世話になってるし」
「それは仕事で……でも、ありがとうございます、お願いします」
大山の返事に、ミクは笑顔になった。ミクもありがとうなどと言いながら廊下を歩き出す。大山は居心地が悪そうだった。
「大山さんをこんな時間まで帰さないなんて、博士もひどい事するなあ。後で言っておこう」
「俺、いや、私は仕事なんで。ミクさんは早く休んだ方がいいと思いますよ。俺じゃない私より忙しいですし」
「俺でいいって前から言ってるじゃないですか」
「マナーというやつなんで」
「私がいいって言ってるんだからいいの!」
「はあ。検討しておきます」
「それ、やらないって意味じゃないですか」
「……善処します」
「もうちょっと。やるって言うだけでいいんですよ!」
「で、できるよう努力します」
「努力します?」
「やります」
「ウンウン。よしよし」
嬉しそうに頷くミク。大山は我侭を押し通された事を後悔しつつも、悪い気はしていない。少しくらい振り回す女の子の方が、男にはかわいく見えるものだ。
「えっと、大山さん、お休みちゃんと貰えてる?私の仕事に付き合っているわけだから、あんまり休み貰えてないんじゃないかなって思うんだけど」
言われれば確かに休みは少ない。しかし、一応雇用時の規約を少々オーバーした程度の勤務時間ではあるし、許容範囲だと大山は考えていた。何より、ミクのために働けるだけで嬉しい。
「そこまで大変ではないので」
と、言った時に、ふと思い至った。
もしかして、ミクが休みたいのではないか、と。
それを直接聞いてみた場合の反応と、間接的に聞いてみた場合の反応を考えて、十数秒ほど迷う。
迷った挙句、特に遠慮する必要性を思いつかなかった。
「ミクさんが休みを取りたいわけですか」
大山の言葉にミクの顔がほんのりと赤く染まる。
「あ、えっと、うう。いや、休みはちゃんと取れてるんですけどね!あの、遊びに行きたいなーって思って……旅行とか、遊園地とか。博士には、休みの日を遊びの日にするのは感心しないって言われちゃって。確かに遊びに行くのって疲れるし、言ってる事はわかるんですけど、でも、リフレッシュのために遊ぶのも大切だと思うんです!と思って博士に言ってみたんだけど、ダメだって……。言ってることはわかるし、その通りだと思うし」
「その、リフレッシュのために必要だと言ってみればいいと思います」
「うん、言ってみたの。そうしたら、遊びに行くとなるとガードさんが必要だよって言われて。確かに大山さんのせっかくの休みを潰すわけにはいかないし……」
つまり、本来休日になる日をミクの都合で変えるのは忍びないと、彼女は言っているのだ。
なんともかわいらしく、優しい事を考えてくれるんだろう。
大山はそう思い、ミクへの好意を強くする。愛情ではなく、尊敬に似た思慕だ。アイドルである彼女のすぐ近くにいられるようになって一ヶ月過ぎ、彼の中のミクは、実体を持たないぼやけた偶像から、実体を持つボーカロイドに変わり始めていた。
「ミクさんを守るのがわ……俺の役目です。遊園地でも何でも、どこでも守りますよ」
多分一ヶ月でも、頼まれれば断らなかっただろう。それどころか、デートのようだと舞い上がったかもしれない。今は流石にそうは考えない。もっと彼女に寄り添った思考をしたいと考えている。
「本当?」
「もちろんです。俺だけじゃあ楽しくないでしょうし、他のボーカロイドの皆さんも誘ったらどうですか」
「大山さんとだけでも楽しいと思うけど。でも、みんなと一緒に行きたいなって考えてたんだ」
そう言ったミクは、なぜか表情を翳らせた。
「スケジュールの確認したら、みんなと休みが合わないの。合ってたら誘おうって思ったのに」
「それは……残念ですね」
一介のボディーガードである彼は、残念だと言うしかなかった。
「突然どっか行こうって言っても無理だよね」
「俺からも博士に頼んでみましょう。手助けになるかはわかりませんが、護衛について気を揉んでいたのだとしたら、一歩前進するかもしれませんし」
「あ、ありがとう。お願いしちゃっていいかな」
「ええ」
大山は上機嫌になった。ミクに頼られるのは嬉しい。彼女が嬉しそうにしているのも嬉しい。誰かの歌で、君が嬉しいと僕も嬉しいという歌詞があったが、まさしく、そう思う。
気を取り直して、今回の話について考えてみる。自分の言葉では、他のボーカロイドのスケジュール調整はどうにもならず、根本的な解決には至れない。
例えば、スケジュールを組んでいる人間が他にいて、その人が何か言ってくれれば……。
いるかもわからない人間を作り出してしまうほど、大山はミクの願いをかなえたかった。
次:ミクとルカの長い一日2
暇な時間が被らないのである。
困ったわけではないが、少々寂しいものだ。
見事に、一ヶ月もしないで、ミクは誰かと遊びに出かけたい欲求に見舞われた。
ところが、相手も見つからない上に。
「だってミクは忙しいでしょ。休みの日を潰して遊びの日にすると、満足な休養にはならないから、研究所で監督してる人間としては許可できないなぁ」
などと博士は言うのである。
ミクはとりあえず反論を試みた。
「でもでも、ライブは前から決まってた事だから私のせいじゃないよ」
「ミクも屁理屈言うようになっちゃってお父さん悲しいよ」
「博士、ふざけないで」
「それにねぇ、ミクやみんなが遊びに行くだけならいいけど、今の状況だと遊びに行くにもガードの人付けなきゃ行けないんだよ?ミクなら大山さん、他の人なら守衛室の人たち数人の、もしかしたら貴重な、きっちょーな、休みだったかもしれない日を、ミクたちのために潰してもらう事になるわけだ。それもかわいそうでしょお」
「あ……」
そこまで考えていなかったミクは、愕然とした表情になった。博士の言う通りだ。
「ま、そんな事考えなくていいんだけどね。その辺うまくやるのが僕ら大人だから」
ショックを受けた彼女に、博士はフォローを入れる。
だが、フォローは入れつつも、博士の結論は変わっておらず、考慮の余地なく却下されたのだった。
そういう理由で、ミクがひたすらスケジュール表と睨めっこする日が続く、ある夜の事である。
「はあ……仕事三昧かぁ。嫌いじゃないけど……ううん、たまには休みたいなあ」
休みたいなあなどと言いながら廊下を歩いていたミクは、前の方からやってくる人影に首を傾げた。
「大山さん!」
「あ、ミクさん」
「どうしたの。こんな夜遅くに」
「博士と話し込んじ、でしまって、こんな時間に」
相変わらずの厳つい顔。だが、一ヶ月ほど付き合いがあるミクには、彼が少し疲れているのがわかった。今帰るところだったのだろう。
「丁寧に言い直さなくてもいいって言ってるじゃないですか」
なんだか他人行儀で嫌です、と、ミクは付け加えた。大山と呼ばれた男は、苦笑して返答を避けた。彼としては、公私混同しないと自分に言い聞かせて仕事をしている。ただ単に、そう思わなければ、サインでもねだってしまいそうだからだったのだが。ミクは、大山が自分のファンだと言う事を知っていたが、隠している大山の意思を尊重していた。
「帰る途中ですよね、玄関まで送ります」
「そこまでは……」
「お願い、送らせて下さい。いつもお世話になってるし」
「それは仕事で……でも、ありがとうございます、お願いします」
大山の返事に、ミクは笑顔になった。ミクもありがとうなどと言いながら廊下を歩き出す。大山は居心地が悪そうだった。
「大山さんをこんな時間まで帰さないなんて、博士もひどい事するなあ。後で言っておこう」
「俺、いや、私は仕事なんで。ミクさんは早く休んだ方がいいと思いますよ。俺じゃない私より忙しいですし」
「俺でいいって前から言ってるじゃないですか」
「マナーというやつなんで」
「私がいいって言ってるんだからいいの!」
「はあ。検討しておきます」
「それ、やらないって意味じゃないですか」
「……善処します」
「もうちょっと。やるって言うだけでいいんですよ!」
「で、できるよう努力します」
「努力します?」
「やります」
「ウンウン。よしよし」
嬉しそうに頷くミク。大山は我侭を押し通された事を後悔しつつも、悪い気はしていない。少しくらい振り回す女の子の方が、男にはかわいく見えるものだ。
「えっと、大山さん、お休みちゃんと貰えてる?私の仕事に付き合っているわけだから、あんまり休み貰えてないんじゃないかなって思うんだけど」
言われれば確かに休みは少ない。しかし、一応雇用時の規約を少々オーバーした程度の勤務時間ではあるし、許容範囲だと大山は考えていた。何より、ミクのために働けるだけで嬉しい。
「そこまで大変ではないので」
と、言った時に、ふと思い至った。
もしかして、ミクが休みたいのではないか、と。
それを直接聞いてみた場合の反応と、間接的に聞いてみた場合の反応を考えて、十数秒ほど迷う。
迷った挙句、特に遠慮する必要性を思いつかなかった。
「ミクさんが休みを取りたいわけですか」
大山の言葉にミクの顔がほんのりと赤く染まる。
「あ、えっと、うう。いや、休みはちゃんと取れてるんですけどね!あの、遊びに行きたいなーって思って……旅行とか、遊園地とか。博士には、休みの日を遊びの日にするのは感心しないって言われちゃって。確かに遊びに行くのって疲れるし、言ってる事はわかるんですけど、でも、リフレッシュのために遊ぶのも大切だと思うんです!と思って博士に言ってみたんだけど、ダメだって……。言ってることはわかるし、その通りだと思うし」
「その、リフレッシュのために必要だと言ってみればいいと思います」
「うん、言ってみたの。そうしたら、遊びに行くとなるとガードさんが必要だよって言われて。確かに大山さんのせっかくの休みを潰すわけにはいかないし……」
つまり、本来休日になる日をミクの都合で変えるのは忍びないと、彼女は言っているのだ。
なんともかわいらしく、優しい事を考えてくれるんだろう。
大山はそう思い、ミクへの好意を強くする。愛情ではなく、尊敬に似た思慕だ。アイドルである彼女のすぐ近くにいられるようになって一ヶ月過ぎ、彼の中のミクは、実体を持たないぼやけた偶像から、実体を持つボーカロイドに変わり始めていた。
「ミクさんを守るのがわ……俺の役目です。遊園地でも何でも、どこでも守りますよ」
多分一ヶ月でも、頼まれれば断らなかっただろう。それどころか、デートのようだと舞い上がったかもしれない。今は流石にそうは考えない。もっと彼女に寄り添った思考をしたいと考えている。
「本当?」
「もちろんです。俺だけじゃあ楽しくないでしょうし、他のボーカロイドの皆さんも誘ったらどうですか」
「大山さんとだけでも楽しいと思うけど。でも、みんなと一緒に行きたいなって考えてたんだ」
そう言ったミクは、なぜか表情を翳らせた。
「スケジュールの確認したら、みんなと休みが合わないの。合ってたら誘おうって思ったのに」
「それは……残念ですね」
一介のボディーガードである彼は、残念だと言うしかなかった。
「突然どっか行こうって言っても無理だよね」
「俺からも博士に頼んでみましょう。手助けになるかはわかりませんが、護衛について気を揉んでいたのだとしたら、一歩前進するかもしれませんし」
「あ、ありがとう。お願いしちゃっていいかな」
「ええ」
大山は上機嫌になった。ミクに頼られるのは嬉しい。彼女が嬉しそうにしているのも嬉しい。誰かの歌で、君が嬉しいと僕も嬉しいという歌詞があったが、まさしく、そう思う。
気を取り直して、今回の話について考えてみる。自分の言葉では、他のボーカロイドのスケジュール調整はどうにもならず、根本的な解決には至れない。
例えば、スケジュールを組んでいる人間が他にいて、その人が何か言ってくれれば……。
いるかもわからない人間を作り出してしまうほど、大山はミクの願いをかなえたかった。
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