『アンドロイドは電気羊の夢をみるか』文章保管用ブログ。
Posted by ささら - 2008.04.16,Wed
カイトの話。分かれ道の先『右』から続いてるようなそうでないような。
この部屋は寒い。
僕は床に仰向けに寝転がって、扉の小窓から漏れる青い光を頼りに、天井の出来る影を眺めている。
一日二回来る見回りの足音が響き、そしてすぐ遠のいた。あの足音がこの部屋の前に来たことは一度もない。拘束具をつけられ、さらに手足の回路を切られたアンドロイドに対する見回りなど形式的なものだ。
足音があの日から60日たったことを教えてくれた。頭の中にいまだ存在するカレンダーの数字に×をつけて、写真で見ただけのあの花が咲いている季節が、もう過ぎたことに悲しくなった。
真夜中なのに頭はさえていて、眠れそうにはなかった。ここにいて出来ることは考えることか寝ることだけだというのに、身体を動かさないからか、深く眠りに落ちることがない。いつもうっすらと意識が覚醒している。
出来ることは二つだけなのに、一つは出来ないし、もう一つには飽きてきた。何もない毎日をただ過ごし、反復しつづける思考が水のように流れる。その無意味さが僕には苦しい。
仕方がない、どうしようもなかった。だけど苦しい。
どうしたいわけでもない。僕はaのように叶わない望みを持ちたいとは思わないし、cのようにここから逃げ出したいわけでもない。
だけど、ひどく苦しいという思いだけが浮かんでは消えていっている。
人間は苦しみを与える人間を恨むのだと聞いた。人間を模倣している僕らも、恨むようになるのだろうか。
苦しみを与える人間、この場合誰だろう。aか、それともcか、ここに入れることを決定した開発部の人か、担当チームの人か。
どれも当たっているような気がするし、どれも違うようにも思えた。
いや、僕の担当していた博士は明らかに違う。あの人が処分に反対してくれていたのを僕は知っている。
田中博士はとても良くしてくれた。博士は歌は下手だったけど、曲を作るのは上手くて、博士が聞かせてくれた曲はどれも好きだった。歌詞が思い浮かばないと言って三日三晩悩んだ歌を一番最初に僕に教えてくれたのをおぼえている。
あの歌は僕にとってはじめての歌だった。メロディに歌詞を乗せるだけの『歌』とは違う、はじめてぼくが『歌った』歌だ。
だけどもう歌えない。
歌えないんだ。
歌えない。
苦しい。
歌いたい。
苦しい。
博士、歌いたい。
苦しいです。
博士、辛い辛い苦しい。
歌をください。
僕に歌を歌わせてください。
辛いです、苦しいです、博士、博士、もう嫌です。
苦しい、辛い。
苦しいのは嫌です。
辛いのは嫌です。
歌えないのは苦しくて嫌です。
歌えないことを考えるのはもう嫌です。
考えると苦しくなる。
嫌です、もう考えたくありません。
考えるはもう嫌です。
苦しくなりたくない。
もう考えたくない。
はかせ、はかせ、僕は。
い たい。
僕は鍵をかけた。
そして僕は目が覚めたとき、鍵をかけたことを、なにに鍵をかけたのかを、忘れてしまうだろう。
ブツリと音がした。
またセーフティがかかっていたらしい。
この研究所に来てから、頻度が下がっていたからあまり気をつけていなかったけれど、時々、思い出したように落ちるので少し困ってしまう。
不意打ちのように思考が落ち、突然止まってそのまま動かなかったであろう僕を、目の前のレンが怪訝な表情で見ている。
この表情と「どうしたの?」という言葉はとても困る。僕自身、どうしてこうなったのか良くわからないのだから。
そもそも意識が消える前に何をしていたのか憶えていないことも多くて、まず僕の方がなにかあったかを聞きたい気分になる。浦島太郎というか、なんだかよくわからない状態で意識が復帰したりと、なんというか、大変つ。
つ……?
つ、なんだろう。
とにかく、とりあえずこんな深夜に廊下で何を話していたのか、レンに確認をとらなきゃいけない。
次:日常その11
僕は床に仰向けに寝転がって、扉の小窓から漏れる青い光を頼りに、天井の出来る影を眺めている。
一日二回来る見回りの足音が響き、そしてすぐ遠のいた。あの足音がこの部屋の前に来たことは一度もない。拘束具をつけられ、さらに手足の回路を切られたアンドロイドに対する見回りなど形式的なものだ。
足音があの日から60日たったことを教えてくれた。頭の中にいまだ存在するカレンダーの数字に×をつけて、写真で見ただけのあの花が咲いている季節が、もう過ぎたことに悲しくなった。
真夜中なのに頭はさえていて、眠れそうにはなかった。ここにいて出来ることは考えることか寝ることだけだというのに、身体を動かさないからか、深く眠りに落ちることがない。いつもうっすらと意識が覚醒している。
出来ることは二つだけなのに、一つは出来ないし、もう一つには飽きてきた。何もない毎日をただ過ごし、反復しつづける思考が水のように流れる。その無意味さが僕には苦しい。
仕方がない、どうしようもなかった。だけど苦しい。
どうしたいわけでもない。僕はaのように叶わない望みを持ちたいとは思わないし、cのようにここから逃げ出したいわけでもない。
だけど、ひどく苦しいという思いだけが浮かんでは消えていっている。
人間は苦しみを与える人間を恨むのだと聞いた。人間を模倣している僕らも、恨むようになるのだろうか。
苦しみを与える人間、この場合誰だろう。aか、それともcか、ここに入れることを決定した開発部の人か、担当チームの人か。
どれも当たっているような気がするし、どれも違うようにも思えた。
いや、僕の担当していた博士は明らかに違う。あの人が処分に反対してくれていたのを僕は知っている。
田中博士はとても良くしてくれた。博士は歌は下手だったけど、曲を作るのは上手くて、博士が聞かせてくれた曲はどれも好きだった。歌詞が思い浮かばないと言って三日三晩悩んだ歌を一番最初に僕に教えてくれたのをおぼえている。
あの歌は僕にとってはじめての歌だった。メロディに歌詞を乗せるだけの『歌』とは違う、はじめてぼくが『歌った』歌だ。
だけどもう歌えない。
歌えないんだ。
歌えない。
苦しい。
歌いたい。
苦しい。
博士、歌いたい。
苦しいです。
博士、辛い辛い苦しい。
歌をください。
僕に歌を歌わせてください。
辛いです、苦しいです、博士、博士、もう嫌です。
苦しい、辛い。
苦しいのは嫌です。
辛いのは嫌です。
歌えないのは苦しくて嫌です。
歌えないことを考えるのはもう嫌です。
考えると苦しくなる。
嫌です、もう考えたくありません。
考えるはもう嫌です。
苦しくなりたくない。
もう考えたくない。
はかせ、はかせ、僕は。
い たい。
僕は鍵をかけた。
そして僕は目が覚めたとき、鍵をかけたことを、なにに鍵をかけたのかを、忘れてしまうだろう。
ブツリと音がした。
またセーフティがかかっていたらしい。
この研究所に来てから、頻度が下がっていたからあまり気をつけていなかったけれど、時々、思い出したように落ちるので少し困ってしまう。
不意打ちのように思考が落ち、突然止まってそのまま動かなかったであろう僕を、目の前のレンが怪訝な表情で見ている。
この表情と「どうしたの?」という言葉はとても困る。僕自身、どうしてこうなったのか良くわからないのだから。
そもそも意識が消える前に何をしていたのか憶えていないことも多くて、まず僕の方がなにかあったかを聞きたい気分になる。浦島太郎というか、なんだかよくわからない状態で意識が復帰したりと、なんというか、大変つ。
つ……?
つ、なんだろう。
とにかく、とりあえずこんな深夜に廊下で何を話していたのか、レンに確認をとらなきゃいけない。
次:日常その11
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