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『アンドロイドは電気羊の夢をみるか』文章保管用ブログ。
Posted by - 2024.11.22,Fri
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Posted by ささら - 2008.09.13,Sat
鬱真っ盛り。タイトルも直球です。

 新しい住人が入ってきてイラついてる。顔には出さないようにしてるけど、ミクが妙にうろたえていたから多分出てるんだろう。
彼は、予想していたような人物ではなかった。さっきの昼食の時といい、天然なのかなんなのか、とにかくぼんやりしているように見えた。
博士の部屋を訪れると、イラついているねと言われ、すこしカチンときた。当たり前だ、なんであんな。
「真面目だと聞いたから期待していたのに、期待はずれだった?」
図星を突かれた。そういうわけではと言って、そもそも博士相手に取り繕っても仕方ないと思い直す。
「ええ、そうです。もっとしっかりしたやつかと思ってたのに。真面目そうではあったけど」
「彼、ぼーっとしてるよねぇ」
「放って置いたら風に飛ばされそうですよ、あいつ」
飛ばされるのは困るなぁと博士は笑う。つられて私も、困りますねと笑った。
「気になる?」
「気になると言うか、気にしなきゃいけないでしょ。一緒に住むんだから」
共同生活ともなれば、流石に接触しないというわけにもいかない。博士もあまり知ってるようではないけれど、ここで何か聞いておかないと、後々困る。
「まあ、そうは言われても、僕もよく知らないんだよね」
「博士は会ったことあるような口調だったのに、なにも知らないんですか?」
「んー、会ったことあるには会ったことあるんだけど……会ったのは別の子なんだよ」
「別の子?」
「同型機の別個体。彼がb02、僕が会ったのはc02。同じような子かと思ってたんだけど結構違う感じだね」
驚いた。同型機の別個体、つまり量産されていたということか。量産を視野に入れた設計はミクからだと思っていたけど、それ以前から量産されるボーカロイドがあったのか。
質問すると、博士は実験だよと答えた。
「量産のための実験として、同じ設計の三体を別々のチームで管理して、ボーカロイドがどのように変化するかを観察する、そういうテストをやっていたんだ」
「それが終わって一体がここに来たと」
「ちょい違うなぁ。終わったと言うか、中止されたんだ。ぶっちゃけて言えば、失敗したのさ。事件があって、一人自殺者が出ちゃうし、a02は廃棄せざるを得なくなるしってなわけで、残った個体をどうしようかと言うことになった」
「どうしたんですか?」
「メイコは、ボーカロイドの精神パターンで困ることは何だと思う?」
「え?」
唐突な話題の切り替えに一瞬止まる。
精神パターンは、人間で言えば性格のようなものだ。優しいとか臆病とか気が強いとか、そういうものの設計図。どういう繋がりがあるんだろう。
「そうですね、性格が悪いと困る。あと人の影響を受けやすいとか、繊細だと人の前に出る時困る」
「大体そんなとこだね。それで、カイトはその精神パターンを人間らしくするために、複雑に設計された。繊細だったんだね。そのせいで実験は中止、彼は失敗作となった。だけど、せっかく作ったやつをこのまま壊すのもねぇてことになって、精神パターンを変化させずに操作できないかという実験に利用することとなった」
「……精神制御装置?」
鏡音シリーズについている精神制御装置をふと思い出して口にすると、博士はピンポーンとふざけたように言った。
「うん、その精神制御装置のもとになってる装置、開発ではセーフティって呼んでたんだけど、それをかけたら、ま、あんな風になっちゃったらしいよ」
要するに繊細すぎたから何とかしようとしたら、抜けたヤツになっちゃったということか。
でも、抜けたやつだとしても生活に必要な基礎能力くらいはあるだろうし、ボーカロイドなんだから歌は当然歌えるだろう。今の研究所で男声ボーカルは貴重だ。レッスンの手伝いとか、あと腕力が必要な作業をやってもらったり……。
私がどう扱おうか、何をやってもらうかを考えていると、博士が、ああそういえばと言ってとんでもないことを口にした。
「彼、歌えないからね」
「……はい?」
なんですって?
「その歌を歌えないってのが、失敗作呼ばわりの最大の理由。セーフティの影響で歌を歌えないんだそうだ。あとセーフティかける時に基礎能力のほとんどを消去したから、単独で日常生活できるような状態じゃないらしい。鏡音シリーズも完成したし、装置の改良も鏡音シリーズからフィードバックすればいいしで、開発としては用済みになって、うちに来たわけだ」
ボーカロイドなのに、歌えない?しかも基礎能力が消去されてて単独で日常生活が不可能?
それって。
「……問題児押し付けられたってことじゃないですかあ!」
私が怒りの声を上げると、博士はこれでもサラリーマンですからぁと言って苦笑いし、いやでもねぇと言って窓の外を見つめる。
「かわいそうなもんだよ?セーフティかける発端になった事件だってb02は何もしてないし、僕はボーカロイドじゃないけど、メイコなら歌えない苦しみ、わかるだろ?同情してあげてというわけじゃないけど、頑張って仲良くしてあげて欲しいんだよねぇ。まあ子供が出来たとでも思って」
「あんなでかい子供いりません」
私がそういうと、博士はハハハと笑い、まあがんばれ~と無責任な一言。
「まったく……。言われなくても努力はします。向こうはどうだか知りませんけど」
その意気その意気といって、博士は机の上に青いバインダーを置いた。表紙には“V00-02KX-b02について”と書かれている。
「困ったらこの資料読んでよ。明日僕は出かけるからその時よろしく」
「ええ、ちょっと、聞いてませんよ!」
「今言ったもーん」
「ああ、全くもう、ミクとリンレンだけでも手一杯だって言うのに……」
気楽そうに無責任な博士を尻目に、青いバインダーを開いてとりあえず目を通す。
専門用語ばっかりでわかりにくい書類を何とか解読しないと、明日から早速博士がいないとか、さらに先とか、どうしたらいいのやらと考え、なんでこんなに先の苦労を考えなきゃいけないのかと自分の性質を呪う。精神パターン設計した人を少しだけ恨みたい。

ただいまーと帰ってきたミクは、リビングに入るまで、そこに立っている彼の存在を忘れていた。
「あ……カイト、さん」
カイトは、緑の瞳を壁のカレンダーからミクに向けると、たどたどしい口調で、お帰りなさいと言った。
ミクはただいま、とは言ったものの、その声は小さく、やっとカイトに届くか程度だった。
そのままリビングにいようか迷う。部屋に戻るのも、留まるのも気まずい気がした。
(何話そう……)
困った。ミクは自慢できるほどの話術があるというわけでもない。
大体、昨日突然告げられた異世代の兄弟機、それも男性。
(レンくんはまだ年下だったし、教える事があったし、リンちゃんもいたしで話しやすかったけど、でも)
作られてから経過した年数は向こうのほうが上、つまり年上なのだ。……その割には夢でも見ているかのようにぼうっとしているけれども。
(どんな話題なら平気なんだろ。お趣味は、とか……変だし。今までのこと……開発にいましたで終わり。うーん、歌のこと……といっても色々あるし。ああでもとりあえず何か聞かないと)
だってさっきからじっとこちらを見ている。
「あ、あの」
ミクは意を決して話しかけて、カイトの印象が妙だと感じた。
(何か違う。……あ、マフラーしてないんだ……いや、それだけじゃない、気がする)
何だろう、何が違うんだろうと考えて、ミクを注視するカイトの瞳があやしく光って揺れたので、あっと気がついた。
(昨日会った時、ものすごく印象的な青だと思った。目の色、前にリンちゃんが、なんだっけ。ああそうだ、目の色は)
危険を表す信号だ。
「具合、悪い?」
ミクの言葉と表情は、どことなく固い響きが混じっている。
「ぐあい?」
カイトは何を聞かれたかわからないとでも言うような顔で聞き返す。
彼は自覚していなかった。身体が満足に動かないのはいつも通りで、体内の部品全てが熱を持って感覚を鈍くさせるのもまたいつもの事だった。そして、やはり新しい場所に来て緊張していたのだろうか、大事な事を忘れていたのだ。
「なにかおかし、い?」
そうミクに聞いて、忘れていた事に気がついた。
ガクッと崩れた。骨格全てが抜かれたかのように身体を支えられなくなる。
その時、見事なタイミングでリビングの扉が開かれ彼女が現れるが、カイトには反応する力はもうなかった。
バタリと倒れこむその身体を遮るものは何もなく、重力のまま地に吸い込まれるように、カイトは崩れ落ちた。

運悪くメイコはカイトに留守番を任せて、近所、とは言っても歩くとなればそれなりの距離のスーパーで買い物を済ませたところであった。
「もう、博士たちが誰もいないって、何かあったらどうするのよ」
ぶつくさ言いながら帰路を急ぐ。
所長は外出している事が多いので気にはならないが、主任はおろか他の所員もいない状況になるとは思わなかった。博士がカイトの資料を見せてくれたのはこの事態を知っていたからだろう。なるほど、自分たちでなんとかしてくれと言うわけだ。
(だったら食事についても考えておいて欲しいわ)
つまるところ食料がなかったのである。
メイコもミクも、料理がものすごくできるわけではないので、メイコは仕方なく惣菜を買ってくるという最終手段に出た。その手段でなくても、買い物はせざるを得なかったのだが。
自然、ため息が漏れる。
メイコにも覚えがあるが、新たな環境に移ると、なにかしら問題が起こるものだ。何かあったら私じゃ責任も面倒も見切れないとメイコは思い、またため息を漏らす。今までにないくらい、ひどく困り果てていたし、弱り果ててもいた。
ため息をあと10回はついて研究所の玄関に着く。
博士達がいないからか、静かだ。
そういえばミクはもう戻ってきたはずだけど、どうしただろうか。彼と仲良くやれているだろうか。
(まあ、ミクはいいこだし、彼も呆けてるけど悪い奴ではなさそうだし、大丈夫だろうけど。大丈夫だと、思うんだけど)
大丈夫よね?と、足が前に進むたびにそんな事を考える。虫の知らせのような、嫌な予想ばかり考えてしまう空気をメイコは感じていた。
予感は見事に的中する事となる。リビングの扉を開けて視界に入ったのが、カイトが倒れる姿だったからだ。

突然の事で、ミクもメイコも固まった。
そして、真っ先に状況を理解したメイコがカイトに駆け寄る。
「ちょっと、あんた、しっかりしなさい!ミク、どういうこと」
「わ、わかんない、私も帰ってきのさっきで、具合悪いのって聞いただけで、何も」
「具合悪そうだった!?」
「色が、カイトさんの目の色が緑で変だなって、私、どうしたら」
目の色という単語でメイコは全身が冷え切るのを感じた。
(危険信号が出てるなんて!博士もいないのに、ああもう、私じゃあ)
うろたえるミクと、昏倒したカイト。メイコも混乱している。
(落ち着け……まずは落ち着く事。それから、対処法を考えるのよ、とりあえずは)
とりあえずは病状の確認だと、冷静に観察するとすぐに、彼に触れている手が、やたら熱いことに気が付く。
熱だ。たぶん熱暴走の類なのだ。
「ミク、博士の部屋に青いファイルがあるはずだから、とって来て」
「それがあれば大丈夫?」
「ええ」
内心、たぶんという言葉を付け足した。メイコも保障は出来ないのが正直なところだった。
「わ、わかった、博士の部屋だよね?」
「机の上よ」
ミクは走って部屋を出ていく。
残されたメイコはカイトを板の床ではなく、カーペットのあるあたりまで引きずっていくと、もう一度症状を確かめる。
(熱がある。外が熱いということは、放熱処理がされてるということだ。……人間でいうところの発汗のように、肌や髪を使って放熱処理はするとはいえ、それは基本補助の通常、アンドロイドの熱処理は冷却装置によって行われる、はずだけど、まさか冷却装置に異常が?)
ならばと、メイコは冷凍庫から氷嚢を出してきた。外部から冷やすのも多少の足しになるだろう。
ただし、中の異常はわからないから、根本的な解決にはならないのだけれど。
アンドロイドであっても、守らなければいけない部分は基本的に人間と同じだ。計算を司る頭を直接冷やすのは避け、全身を巡る循環液を冷やすように首の下に氷を置く。
そこまでやって、少し息を吐くと、不意に腕を掴まれてギョッとし、カイトを見た。
カイトは起きていた。発光している瞳を鈍い動きでメイコに向け、どうしたの?と小さな声で言う。
それはこちらのセリフだ。
「どうしたのはあんたよ。倒れたの、わかる?気分は?自分の体について何か知ってる?」
一息に話したメイコの言葉を時間をかけて咀嚼すると、短いうめきの混じった声で、熱暴走だと言った。
「熱暴走って、どういう……って、知ってたの!?ちゃんと」
「メイコ姉さん、持ってきたよ!」
ミクがメイコの言葉を中断させる。
確かにミクの手には青いファイルがあった。
「ありがとう」
そう言ってメイコはファイルを受け取ると、熱暴走、熱暴走とつぶやきながらそれをめくり始める。
言っては悪いがメイコには新参の彼に少しの愛着もなかった。
しかし、目の前で苦しむのを見て楽しむ趣味もなく、それにミクが悲しむのを防ぎたかった。そして少しだけ、同じボーカロイドだと言う意識もある。
当のカイトは、苦しみと痛みを通り越し、視線を動かし周りを認識する事しかできず、ぼんやりとミクたちを見る。
謝罪も感謝もなく、まるで他人事のように、人の為にがんばれるなんてすごいなと、感嘆だけ思い浮かぶ。その絶望に由来する達観を、ミクやメイコは知る由もなかったし、知っていても同じことをしただろう。それは彼女たちと彼の違い、生き方と活かされ方の違いだ。
ミクは、よくわからない恐怖に震える自分に驚いていた。どこから来るのかわからないが、とにかくそれを紛らわせたいと、自分にできる事を考えた。
メイコと一緒に資料を漁ったところで、わかるかと言われればわからない。ミクは技術系の話は苦手なのだ。
ボーカロイドの自分ができる事……歌う事、だけ?
そうかもしれない。
そしてミクは少し迷いながら仰向けに寝かせられているカイトの手を取ると、困惑と、悲しみが入り混じった笑顔を向けた。
「大丈夫です、メイコ姉さんは頼りになるんです」
そう言って、気を紛らわせようと音を紡ぐ。
適当に考えたメロディをつなぎ合わせて、ラララと歌い出した。
その歌は重い石のようにカイトを圧迫する。ミクにそんな気はない、という辺りがカイトには少し腹立たしい。
もちろん八つ当たりだ。
一方メイコは、あるページで手が止まった。
「……熱暴走、熱暴走……循環器、冷却部に支障……マフラーが冷却補助で、それとは別に一定時間ごとに冷却水などの補給が……4時間毎……」
博士からも彼自身からもそんな話は聞いていない。
今日を振り返ると、彼は……ほとんど、というか全く水を飲んでいなかったし、エネルギーの補給もエネルギーパックを使っていた。エネルギーパックを使用すると熱が出るのだ。
問題がわかったメイコがカイトを見る。
その表情は怒りに溢れていた。
「なんで言わなかったの!?」
ものすごい剣幕で怒るメイコに、ミクがビクッと怯えた。
カイトは、ほとんど反応せず、すみませんと小さく言った。
実のところ彼は忘れていただけである。無意識に忘れるようにしていたのだとしても、表面的には単なる物忘れに過ぎない。
ピリピリと怒りながら、メイコは急いで緊急時の為に冷蔵庫に常備してある冷却水を持ってくると、無理やりにでも飲ませようとカイトの額を掴んだ。
「口、開けなさい」
メイコの勢いに押されて、カイトは口を開くと、乱暴に水が流し込まれる。息を継ぐ暇もなく流れる冷却水で、半分拷問のようになっているが、メイコはこれくらいの仕置きは必要だろうとあえてそうする。それほどまでに彼女は怒っている。
全ての水が喉を通ると、カイトの身体は苦しさを紛らわせるため反射的に顔を横に向けた。
「……あ、ありがとう」
感謝の言葉を言う彼を見ても、メイコはまだ収まらない。さっさと言いなさいと彼女は思っていた。
怒りのために顔をフンと背けるメイコに当惑しながら、ミクがよかったと喜ぶ。自分のせいだったらどうしようと思ったのも事実だが、やはり突然できたとは言え兄なのだ、無事なら嬉しいと彼女は単純に考えた。
その時、悪いというか、全くいいタイミングで研究所の主任である博士の声が聞こえた。帰ってきたのだ。
ミクがここにいる気まずさから、迎えて来ますと玄関に行ってしまって、メイコとカイトが残された。
メイコは、まだ怒っている。
そして、メイコは怒りを隠そうともせず問いかける。
「何で冷却水の話もマフラーの話もしなかったの」
カイトは、メイコに言わせれば悪びれもせず答えた。
「……忘れて、ました」
その答えに一層怒気を膨らませ、メイコは、このバカッと切って捨てた。
「自分の体調の管理くらい当然しなさい、ボーカロイドなんでしょう!」
なんなのこの子、とぶつぶつ言うメイコに、カイトは反論せずにいる。
ただ彼は悲しそうに顔を歪めた。


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