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『アンドロイドは電気羊の夢をみるか』文章保管用ブログ。
Posted by - 2024.11.22,Fri
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Posted by ささら - 2009.12.23,Wed
時期は6月終わり頃。
書き出しはルカですが主役はレンです。

 ルカは、今日も仕事を終わらせて研究所に戻ってきた。いつも通りの、夜の仕事を回避するスケジューリングは余りに見事で、何も変わらずに日々を過ごす事にも慣れ始めた。差し当たり、ひと月半後に控えた初のステージライブだけが、彼女の精神回路を騒がせるのだ。
 最近の傾向として、比較的ルカとミクは遅い時間に帰ってくる。仕事量が多いためだ。これも人気があるからだとリンは自分の事のように喜び、レンは少し寂しそうに笑みを見せた。リンと別々に行動する事が多くなったから、レンは寂しいのよ、そう言ったのはメイコである。そのメイコは、休みが多くなってきている。申し訳なくルカは思ったが、人気がなくなってきたからね、まあこれを機に盛大に休ませて貰うわ、などと、彼女自身はどこ吹く風であった。もう一人のボーカロイドと言うと、なにやら忙しい様子である。しかし音楽の仕事ではないだろう、ルカはそう思っていた。それならルカの耳にも入りそうなものだし、大喜びするだろうリンが放っておかない。なら、単に研究の関係なのかなと単純に思っていた。
 食事前の自由時間、ルカは次の仕事の資料を眺めながら、ティーカップをダイニングテーブルに置いた。カップの中身はもうすぐなくなってしまうほどだったが、すぐに食事ができると食事担当の研究員が言っていたので、おかわりはしないでおく事にした。
 テレビの音とキッチンからの音が奇妙に混ざり合い、ちょっとした楽しい音になっている。それを雑音だと言う人もいるだろうが、ルカにはリラックスを引き出す存在になっていた。
「ごめん、ちょっといいかな」
 話しかけてきたのは山田博士だ。彼はこの研究所の主任である。先程までキッチンにいたはずだが、いつの間に隣りに立っていたのだろう。
「はい、なんでしょうか」
「ルカは、今日は困った事あった?」
 今日は?それは一体どういう意味だろう。
「今日も、困った事などは特にありませんでしたが、どうしたんですか?」
「いや、ないなら、いいや」
 博士はにこっと笑って言い、ルカから離れる。そして、だらだらとテレビを見ていたリンにも同じ事を聞いていた。
 何かあったのかな、そう思ったが、博士は心配性なのもあって、今回も単に心配しただけだとルカは思った。もう大丈夫よと言いたい気分だ。
「明日から個々に警備つけるらしいぜ」
「え?」
 キッチンから出てきたレンがそう言った。ルカに一番に話しかけてきたのは、近場にいたからだろう。ルカの座っている場所は、キッチンから出てすぐのところだ。
「新井さんと博士がそう話してた。なんか、リンも前にそんな話聞いたって言ってたし、そうなんだろ」
「警備……」
「窮屈になるよな、ずっと監視されてるなんて」
「監視なんて、そんな。守るため、でしょう?」
「どうだか。今までだってやれてたはずなのに……あ、ルカは……そっか、ごめん」
 自己完結したレンが謝ってきて、ルカは首を捻った。そして、すぐに何の事で謝られたかを察した。
「いいえ、結果的にわたくしに怪我はありませんでしたもの」
「うん。鈴木博士みたいに怪我する人を減らすためなんだろうけど……でも、なんか納得いかない気がする」
「カイトさんが仕事についてくるようになったのも、それが原因でしょう?」
「それさ、あいつが警護の役に立つとは思えないんだけど、なんでなんだろ」
「何かあるのでしょう」
 ルカが言うと、レンは不満そうに呟いた。明らかに独り言だった。
「そうやって何でも納得してたら、オレたち意思持ってる意味ねーじゃん」
 ルカには、レンの不満がよくわからなかった。

 レンの不満、その原因は二日前に遡る。
 彼らの仕事というのは、博士は内容を選び与えているのだが、しかし本人にとって恥ずかしいものも多々あり、つまり、その日のレンの仕事は、彼の羞恥心を刺激する類のものだった。
 そろそろお願いしまーす、そんな声が聞こえて、レンは肩を落とした。いや、仕事だから、オレはボーカロイドだし、そんな風に考えては眉を下げた。
(仕方ない、仕方ない、仕方ないなんて言うな、とか昔言った気がするけれど、そんな事考えている場合じゃない、仕事を)
 決心して腰を上げた。袖にあしらわれたフリルが揺れる。膝上辺りで切られたハーフパンツは、レースが縫い付けられていた。シャツはシルクの光沢を放ち、それも何重ものフリルが存在を主張している。ジャケットはパンツと同じ黒色で、妙に腰のラインが出やすい作りだった。衣装を受け取った時、レンは気圧されつつも、先日読んだ本に書いてあったゴシックと呼ばれるものがこれなんだろうと、現実から逃避するように考えた。
 そして今も、逃避するように考えている。
(明らかに、リンやミク姉の方が向いてる衣装じゃないか。なんでオレが、こんな。つうか、なんだよこれ。これ見て嬉しいのか?)
 しかし、ミクにしてもリンにしても、この程度、いや、もっときわどいものや、ネタと呼ばれる衣装を着こなし、イロモノと言われる仕事に笑顔で従事しているのである。むしろミクはその類が楽しいようで、その感性だけはレンには理解できずにいた。とにかく、レンだけが恥ずかしがっている場合ではないのだ。プライドが逃げを許さない。好きな事ばかりやってはいるわけにはいかないものである。
 息を大きくついて、扉を開けた。目の前にあるのは洋風の部屋、のセットだ。
 一歩を踏み出せば躊躇もなくなってしまった。破れかぶれ、投げやり、そうとも言えるだろう。
 仕事そのものを投げやりに、とはならなかった。最大の努力をして、完璧には遠いかもしれないが、見た人間を喜ばせられるパフォーマンスと自負できる程度の結果を出した。
 内容は歌のプロモーションビデオの撮影で、今日はその一部である。
 レンの役柄は王子様らしい。ビデオをつける歌詞自体がそういう見立てである。哀れなお姫様を救う王子にして騎士。どっちなんだろうと脚本を貰った時に首を傾げたが、詞もビデオの物語もシリアスで、すぐに役柄に入り込むのは難しくなかった。
 服に関しては、着ている内に慣れるなんて事はなかったが、多少気にならなくなったのは幸運だろう。きっと、今度の似たような衣装は、更に麻痺して、更に気にならなくなるはずだ。
 上出来という意見は、ディレクションをした人間と同じだった。他のスタッフも、レンの仕事を認めて、清清しい気分でお疲れ様を言う事ができた。
 上がりを告げて、別室に移動しすぐに着替える。早業で、いつものセーラータイプのシャツと短いパンツをはいた。似合ってたのにと見ていたスタッフがからかうので、恥ずかしさが復活し始めてしまった。赤くなりながら退室し、スタジオを後にする。
 地下にあるスタジオは、出口まで一本道だ。
 歩いていくと、人影が見えた。 
 近づくと、人間ではなくアンドロイドだというのがわかり、レンは少し嬉しくなった。長い焦げ茶色の髪が、振り返ると同時に空中を回り、ふわりと肩に落ちた。
 彼女は片目が空洞だった。


次:レンと黒のジャケット2
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