『アンドロイドは電気羊の夢をみるか』文章保管用ブログ。
Posted by ささら - 2008.12.07,Sun
時期は12月初め。
第二部のはじまり、という扱いです。
第二部のはじまり、という扱いです。
開発部には慣れないなとメイコは思った。
ここで生まれ、数ヶ月ここで暮らしたはずなのだが、どうにも慣れない。
研究所暮らしの方が長かったからというのもあるだろうが、メイコは住んでいた時からずっと、開発部に対し言葉に出来ない不安を感じていた。
建物からよくわからない不安と、恐ろしさを覚えるのだ。
ゲートにいる二人の警備員が、徒歩でここまで来たメイコを不審そうに見る。開発部に充てられた敷地は広いため、大抵は車を使うからだ。メイコ一人だけ、というのも妙だと思われたようで、いつもより長く確認の時間を取られた。全く、事前に話は通していたはずなのに。
無事に許可が下りて敷地に入れた。
いつもとは違い、歩きで、取り囲むように背の低い木々が連なるコンクリートの道をひたすら行く。凍えるような寒さを長袖のニットとコートでやり過ごすが、それでもつらい。
白いビルが見えた。今回のメンテナンスを行う第三棟だ。
機械によるセキュリティチェックを終えて建物に入り、勝手がわかっているメイコはどんどん奥に進む。階段を三階分上がり廊下を通ると見えてくるのが目的の部屋。ドアの横の壁に張り付いている黒い箱のようなものに手をかざすと、ピピピと電子音がしてドアロックが外れた。
失礼しますと一応声に出してドアを開ける。
中には白衣を着た不機嫌そうな男と、そして。
「……ええ?」
‘彼’がいた。
壁際に設置された台の上に乗ったまま動かない人影は、数ヶ月前忽然といなくなった彼だ。
どうしての言葉も出ない。壊れて廃棄されたはずではなかったのか?
立ちすくむメイコに白衣の男が言う。
「来たか。荷物はそこに。今日は蓄積データをさらうだけだから三時間で終わる。先約が終わっていないから少し待て」
この白衣の男に見覚えはなかったが、胸元にある社員証によればアンドロイド基礎研究に従事しているようだ。メイコが研究所に行った後に入った人なのかもしれない。それならば関わりがなくても当然だろう。
見たところ40代半ばほどだろうか。少し後退した前髪が、隈の出来た目元と、これ異常ないほど深い眉間の皺を際立たせていた。
メイコが何を驚いているのか、それをも興味がないようで、白衣の男は機械から常時出てている用紙を眺めている。時々食い入るようにモニターを見た後何かを入力しているが、メイコには何をしているのかわからなかった。
ただ、男が立つ横のメンテナンス用の台に寝ている彼のデータだろうという事だけは予想できた。
彼はピクリとも動かない。外見は前と変わりないように見えた。マフラーはないが、特徴的な青い髪色は同じだった。
メイコは研究所の外であった彼を同じ顔のアンドロイドを思い出した。
そうだ、別人の可能性だってあるのだ。
同一人物だろうか、別人だろうか。わからない。せめて話せればわかるのに、目は開かれないままだった。
この開発部の研究員に聞けば教えてもらえるだろうか。だが、話しかけてはいけない雰囲気がメイコを黙らせる。
……ん?と男が声を発した。何かあったらしい。
「少し出る。その場で待て」
そう言って研究員は部屋を出て行った。
メイコは困ってしまった。仕方なくと言い訳をして、ふらふらと台に近づく。
覗き込んだ姿勢が彼の顔から腰辺りまでに影を作った。
「いきて……る?」
思わず口に出してしまったが小さな声だったため機械音に混じって消えた。
起きる気配はない。ひたすらに眠っているようだ。
肩をすくめて天井の辺りを見たメイコはため息をついた。
「……!?」
その肩の片方がガクッと抜ける。
引っ張られた腕を見ると、彼の手が明らかにメイコの服を掴んでいる。
「ちょ……」
言葉をさえぎるように、手首の辺りの袖を掴んだ手は力なく重力に従ったかと思うと、今度はメイコの手を掴んだ。
手の冷たさに驚いた。そちらに感覚が集中すると、彼が何かを持っているのがわかる。
乾いた音が立つ。紙切れを持っているようだった。
メイコは引き寄せられるようにその物体を受け取った。まだ目で確認はしていないが、紙で間違いない。
その行動に満足したか、彼の腕はズルリと空を切って台の端から流れるように落ちた。
何?と聞こうと口を開こうとした瞬間、部屋の扉が開いた。
戻ってきた研究員は不機嫌な顔でメイコと彼を一瞥する。
研究員と共に、ガラガラという音を引き連れたストレッチャーと、それを押す二人の人間が部屋に入ってきた。
「どいてくれ。そこのを別の部屋に移す」
「あ、はい」
どうしていいかわからず、メイコは素直に道を開ける。
ストレッチャーに乗せられた彼は、そのまま扉の向こうへ行ってしまった。
「でははじめる」
胸の辺りがザワザワと、予感のような感覚がする。
手の中にある紙をこの研究員に紙を見せるのはまずい。
無性にそんな気がして、メイコは手に持った紙をコートのポケットにしまう。
「メンテナンスにコートは邪魔だ」
研究員の男に指摘されて、少しむっとしながらコートを脱ぎ、そのまま荷物置き場にたたむ。
この先三時間もこの男と一緒の部屋にいなければならないことにげんなりとしながら、メイコは台のほうに近づいていった。
次:帰還2
ここで生まれ、数ヶ月ここで暮らしたはずなのだが、どうにも慣れない。
研究所暮らしの方が長かったからというのもあるだろうが、メイコは住んでいた時からずっと、開発部に対し言葉に出来ない不安を感じていた。
建物からよくわからない不安と、恐ろしさを覚えるのだ。
ゲートにいる二人の警備員が、徒歩でここまで来たメイコを不審そうに見る。開発部に充てられた敷地は広いため、大抵は車を使うからだ。メイコ一人だけ、というのも妙だと思われたようで、いつもより長く確認の時間を取られた。全く、事前に話は通していたはずなのに。
無事に許可が下りて敷地に入れた。
いつもとは違い、歩きで、取り囲むように背の低い木々が連なるコンクリートの道をひたすら行く。凍えるような寒さを長袖のニットとコートでやり過ごすが、それでもつらい。
白いビルが見えた。今回のメンテナンスを行う第三棟だ。
機械によるセキュリティチェックを終えて建物に入り、勝手がわかっているメイコはどんどん奥に進む。階段を三階分上がり廊下を通ると見えてくるのが目的の部屋。ドアの横の壁に張り付いている黒い箱のようなものに手をかざすと、ピピピと電子音がしてドアロックが外れた。
失礼しますと一応声に出してドアを開ける。
中には白衣を着た不機嫌そうな男と、そして。
「……ええ?」
‘彼’がいた。
壁際に設置された台の上に乗ったまま動かない人影は、数ヶ月前忽然といなくなった彼だ。
どうしての言葉も出ない。壊れて廃棄されたはずではなかったのか?
立ちすくむメイコに白衣の男が言う。
「来たか。荷物はそこに。今日は蓄積データをさらうだけだから三時間で終わる。先約が終わっていないから少し待て」
この白衣の男に見覚えはなかったが、胸元にある社員証によればアンドロイド基礎研究に従事しているようだ。メイコが研究所に行った後に入った人なのかもしれない。それならば関わりがなくても当然だろう。
見たところ40代半ばほどだろうか。少し後退した前髪が、隈の出来た目元と、これ異常ないほど深い眉間の皺を際立たせていた。
メイコが何を驚いているのか、それをも興味がないようで、白衣の男は機械から常時出てている用紙を眺めている。時々食い入るようにモニターを見た後何かを入力しているが、メイコには何をしているのかわからなかった。
ただ、男が立つ横のメンテナンス用の台に寝ている彼のデータだろうという事だけは予想できた。
彼はピクリとも動かない。外見は前と変わりないように見えた。マフラーはないが、特徴的な青い髪色は同じだった。
メイコは研究所の外であった彼を同じ顔のアンドロイドを思い出した。
そうだ、別人の可能性だってあるのだ。
同一人物だろうか、別人だろうか。わからない。せめて話せればわかるのに、目は開かれないままだった。
この開発部の研究員に聞けば教えてもらえるだろうか。だが、話しかけてはいけない雰囲気がメイコを黙らせる。
……ん?と男が声を発した。何かあったらしい。
「少し出る。その場で待て」
そう言って研究員は部屋を出て行った。
メイコは困ってしまった。仕方なくと言い訳をして、ふらふらと台に近づく。
覗き込んだ姿勢が彼の顔から腰辺りまでに影を作った。
「いきて……る?」
思わず口に出してしまったが小さな声だったため機械音に混じって消えた。
起きる気配はない。ひたすらに眠っているようだ。
肩をすくめて天井の辺りを見たメイコはため息をついた。
「……!?」
その肩の片方がガクッと抜ける。
引っ張られた腕を見ると、彼の手が明らかにメイコの服を掴んでいる。
「ちょ……」
言葉をさえぎるように、手首の辺りの袖を掴んだ手は力なく重力に従ったかと思うと、今度はメイコの手を掴んだ。
手の冷たさに驚いた。そちらに感覚が集中すると、彼が何かを持っているのがわかる。
乾いた音が立つ。紙切れを持っているようだった。
メイコは引き寄せられるようにその物体を受け取った。まだ目で確認はしていないが、紙で間違いない。
その行動に満足したか、彼の腕はズルリと空を切って台の端から流れるように落ちた。
何?と聞こうと口を開こうとした瞬間、部屋の扉が開いた。
戻ってきた研究員は不機嫌な顔でメイコと彼を一瞥する。
研究員と共に、ガラガラという音を引き連れたストレッチャーと、それを押す二人の人間が部屋に入ってきた。
「どいてくれ。そこのを別の部屋に移す」
「あ、はい」
どうしていいかわからず、メイコは素直に道を開ける。
ストレッチャーに乗せられた彼は、そのまま扉の向こうへ行ってしまった。
「でははじめる」
胸の辺りがザワザワと、予感のような感覚がする。
手の中にある紙をこの研究員に紙を見せるのはまずい。
無性にそんな気がして、メイコは手に持った紙をコートのポケットにしまう。
「メンテナンスにコートは邪魔だ」
研究員の男に指摘されて、少しむっとしながらコートを脱ぎ、そのまま荷物置き場にたたむ。
この先三時間もこの男と一緒の部屋にいなければならないことにげんなりとしながら、メイコは台のほうに近づいていった。
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