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『アンドロイドは電気羊の夢をみるか』文章保管用ブログ。
Posted by - 2024.11.22,Fri
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Posted by ささら - 2009.09.19,Sat
時期は六月初旬。二話構成。

 見た目としては研究所最年少の少年である彼は、一人ぼっちの休日をリビングで羽を伸ばして過ごしていた。他人がいない時の特権、気兼ねなくだらけてられる貴重な時間を貪るのも悪くない。無気力と不熱心が、少年の姿でソファに寝そべている様子は、メイコあたりがいればうるさかっただろう。レンにとって幸運な事に、彼女にも用事があったため、咎める人物はいないのである。
 今日が特別自堕落なのであって、いつもはこうではない。他人がいる時はもちろんだらけはせずに、真面目に練習室にいるか、自室で歌の練習をしている。リンと一緒に遊んでいる場合もあるが多くはない。作られた時期の近いミクとは休みが重なる時が圧倒的に少ないため、一緒に遊ぶという選択肢さえなかった。
 結局、他者がいないからぐうたらしているのだ。とはいえ、理由は他にもあった。外に勝手に出られないため、大人しくしているしかないのである。警備上の問題というやつだ。まったく厳しくなりすぎだとレンは不満だが、確かにリンが狙われた実情がある以上はそうせざるを得ないのだろう。だが、仕事以外は外出さえままならないとは、理由がわかっていても辟易とするのだ。
 鬱憤が溜まっているのを自覚している。それを払拭しようと、別の言い方をすれば誤魔化そうとして、床からほぼ天井までにはめ込まれた引き戸式のガラス窓の向こうを眺めた。
 薄ぼんやりとした太陽が雲間から覗いて青々とした木々を照らす、というには少しぼやけすぎていた。なんとも煮え切らない天気だ。雨が多い季節のはずなのに、降る様子はいっこうにない。ここ数日、ずっと気配さえ感じず、夏の気配がじわりじわりと増していた。六月といえば雨と紫陽花とカタツムリだというのに、花と虫は見ても雨は見ない日が続き、その内に花も虫も干からびてしまうかもしれない。虫嫌いにはいいかもしれないが、花が萎れるのはリンが悲しむから嫌だ。草木が整えられた庭を見て、リンほど繊細ではないレンはそんな感想を持つ。
 何気なく視線を逸らし、窓際に飾られている小さな植木鉢を見た。名前も知らないピンク色の花が咲いているのだが、昨日より頼りない。時期が過ぎているのかもしれない。そういえば、二階の廊下奥の花瓶はどうなったか、確か数日前に萎れかけていたところを発見されて、新しいものに変えるとかなんとか聞いた。
 世話を積極的にしないレンでも、研究所でよくよく植物を見かける。花は特によく飾られていた。所長の趣味に間違いない。私権を振り回しすぎだろうと思わないでもないが、これくらいの役得は見逃すべきなのかもしれない。
 昼間、特に静かな時間は、アンドロイドの脳へも睡魔を導く。眠気がじっくりと頭上を行き来し始めて、レンはげんなりした。暖かで乾いていて、それでいて生ぬるい感触が、瞼を掠めては彼を夢へと誘う。寝るのは好きだが、流石にここで寝るのは抵抗感があり、嫌々ながら意識の保持に挑戦する。ちょっとしたプライドの問題だ。しかし、今日は拒否する理由が思いつかない。初めは抵抗をしていたレンも、次第にソファに身を沈め始めた。
 いや、寝てはいけない、起きていよう、そう考えているうちに、ふと気が付くと、夜になっていた。
 まずい、しまった。
 レンは跳ね起きた。夜だとすぐに認めた理由はただ一つ、辺り一面が暗かったからだ。窓辺に月光が伸びて、鉢を照らす。花は跡形もなく消えて、土だけが白いプラスチックの植木鉢を埋めていた。夜闇と反射された太陽光が混ざった青白い景色は、次第に目を慣れさせてくれる。家具が見分けられるくらいにはなった時に、やっと起き上がった。扉の近くまでそろそろと歩き、明かりのスイッチを入れる。
 だが、何故か真っ暗闇のままだった。
「あれ?」
 独り言を言う程度には驚いた。無意味を知りつつも、室内灯と繋がっているはずの白いスイッチを見てしまう。
 停電か?考えてみれば、月の明かりがこんなにも明るいのはおかしい気がする。いつもならもっと、人工の光があるはずだ。リビングに接した庭にある塀を越えれば、大き目の道路に出る。あそこには大きな街灯があるのに、その光が見えない。
 どうやらここら一帯、停電になっているようだ。珍しいなんてものじゃない。初めての経験だ。
 さあ探索に出なければいけないと、誰に言われたのでもなく思った。
 初体験というのは好奇心をかき立てるものだ。特に彼らC社のアンドロイドは、一様に好奇心旺盛に作られている。未経験を恐れるのはひとりだけであり、更に言えば良く知っているから恐れているのである。だから、今のところ例外なく、好奇心が強い者たちばかりあった。同時に、どうやら他の会社のアンドロイドよりは“内にこもる・強い主張を躊躇する癖”が強いと評価されていた。
 レンはすぐにリビングを出た。廊下は窓がないため暗いどころの騒ぎではなく、まったく何も見えない。だからと言って気が萎えるわけはなく、キッチンに戻った。記憶が正しければ、流しの下の戸棚に懐中電灯があるはずだ。果たして、レンの記憶通りの場所に目的のものはあった。懐中電灯としては大きめで、確認したところ電池も切れていない。使えるか数度点燈を繰り返し、またすぐにリビングを戸をくぐった。電灯の赤めの光は大きく、廊下のかなり先まで届く。見える事にレンは嬉しくなった。暗い中を一人で歩く行為に心躍らせたのである。
 心の中でだけスキップをしながら進み、とりあえず誰かいるかを見て回る。だが、本当に驚いた事に誰もおらず、何故か玄関も開かない。鍵は見たところ掛かっていないはずなのだが、一体どうしてなんだろう。レンは少し頭を回転させたが、解を得ないうちに上の階へと行く気になった。この思考は、レンにさえ不明であった。
 一階では何もなく、二階に上がってみるが誰もいなかった。ではその上はどうだろう。三階、つまり屋上の事だ。
 屋上へ硬い金属製の扉の前まで来ると、予感を覚えてレンは息を吸った。深呼吸のように吸って、吐く。もう一度。そして、ドアノブを掴み、一気に開け放った。
 信じられないものを見た。辺りの景色が一変している。研究所の敷地だけを残して、周りはまっさらな白い砂の大地に覆われていたのである。夜だと思っていたのに、太陽は天高くから陽光を降らし、風がびゅうびゅうと吹き荒ぶ。
 一体なんだ?どういうことなんだ?
 とにかく、レンが始めに思ったのはそれだった。


次:レンと白砂の大地 後編
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