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『アンドロイドは電気羊の夢をみるか』文章保管用ブログ。
Posted by - 2024.11.23,Sat
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Posted by ささら - 2009.09.07,Mon
その直球タイトルはどうかと思う。

 部屋に戻っても、リンはさめざめと泣いていた。心配になったレンは、その日、リンと一緒の布団で寝る事にした。別の部屋になってから随分経っていたし、会うのさえ久しぶりだったから、埋め合わせのように考えたのかもしれない。とにかく、レンはリンと一緒に寝る事にして、心配そうにしているメイコと原因たるカイトにおやすみを告げた。
 メイコとカイトは、それに返事をし、しばらく閉じた扉を見ていた。
 赤がイメージカラーのメイコは、その色のように情に厚い人物だが、苛烈な人物でもある。しかし、怒りを暴力に変える事がほとんどない彼女は、今回、レンと違い手を出さなかったため、ひたすらに不満を溜め込む事になった。当然、ぐつぐつと煮えたぎる心理状態は、口に出るものである。
「今日は遅いから何も言わないけど、明日はきっちり、シメさせてもらうから」
 冷静を装ってはいるが、声が微妙に震えている。妙なイントネーションは、彼女の心情をよく表していた。
 彼女は烈火の如き怒りを噴出させたまま、カイトの返事も聞かずに自室に戻ってしまった。返事を考えていた彼はその後姿を見ながら、妙に安らかな笑みでため息をついて、まずったかなと呟く。安心したのではなく、後悔からくるものだった。
 そうして他の全員が自分の部屋に戻ったのを確認すると、彼だけは元来た道を戻る。一路、博士の部屋へと向かった。

「全員寝たようです」
 博士の研究室は、簡易ベッドがあるだけで、他は棚とファイルに埋もれている。多少ミクたちが訪問するのでイスは用意してあるが、他は雑多ながら事務的だった。少し埃が溜まっている。主人の不在だったためだ。カイトが戻ってきてから掃除はしていたが、使用者でない者には行き届かない部分が存在する。改めて入ってみると、微かに積もった塵を見つけてしまい、清掃担当は浮かない顔をした。
「そう、おつかれぇ」
 座らずにドアの前に立っているアンドロイドに背を向けて、パソコンの前に腰掛けた博士は労いの言葉をかけた。眼前のモニタは白く発光している。何がうつっているのか、後ろからでは見えない。
「明日の夕飯の後に、保安局との件について、ミクとルカに話すからね」
 異論はないので、カイトの返事は、肯定の一言だけだった。同時に頷いたが、どうせ画面だけを見つめている博士には見えていまい。
 返事に満足したのか、少々、沈黙に包まれる。双方で相手の出方を窺っている。先に動いたのは博士の方だった。
「今日、本当に怒っていたんだよ。本当に」
 画面を見ながら淡々と話す。
「博士たちならわかっているはずでしょう。部品の試験に使われるという事がどういう事か」
 こちらも淡々と返した。
「そうだ、わかっているさ。伊達に研究者はしていないし、サラリーマンもやっていない。田中博士もそうだ」
 突然、開発部にいる元カイト開発担当の名前が出てきた。しかし、その名前が出てきたのは意外ではない。
「レンにその話を聞く前に、田中博士から連絡があってね。彼女、試験中に乱入して来たんだって?」
 疑問符と共に振り向いた。優しい、悲しそうな笑顔が、人の良さの証拠だ。
「はい。途中に入ってきて、他の開発の人と口論になっていました。何か不利な立場になっていなければいいのですが」
「彼女の立ち位置は、現状においても既に不利な方に極まっているよ。君について、上層部と大分喧嘩をしたようだから。鈴木博士や他の同僚が、密かに庇っていたから今まで何もなかっただけだよ」
「ええ、ええ、知っています。僕のせいで、あんなに」
「それはどうかな。彼女の態度は彼女生来のものだと思うけどね。どうせ、他の事でもぶつかっていたと思う」
 博士の言葉に、彼女の息子のような存在はノーコメントを貫いた。
「いい人だ。僕は彼女から連絡を受けて、開発部に密かに寄ったんだ。申請をしてみたら、思ったより早くその時の映像が見れたよ」
 あの時に何があったのか、理解をしていると博士は暗に言う。
「映像記録は申請すれば閲覧可能でしたね、忘れていました」
「彼女も僕も、それについてすっかり忘れていたわけさ。だから、試験の事をわかっていても知らなかった。察しが悪かったのは認めよう」
「博士たちは果たすべき事を果たしています」
 褒めたのか微妙な線だ。博士はイスから立ち上がり、机に臀部を預け、斜めに構えて肩を竦めた。嬉しくなさそうな笑みであるが、口では何も言わなかった。
「……で、カイトがここに戻るのが遅くなった原因は、あの時千切れた腕と、喉、だね?」
 今度はカイトが嬉しくなさそうな笑顔を作る番だ。問い詰められたくない事をよくわかっている。
「腕がそうなるのは予定通りでしたから、すぐに直せたんですが、喉をおかしく使ってしまったのは始めてだったので、メンテナンスに時間がかかりました。一旦気が緩むと抑え切れなくなってしまって、気が付いたら声帯が潰れていました」
「その場にいる全員が思いっきり引いてたからね。まあ、映像でもあたふたした様子が映ってたし、あの状況じゃあ普通は慌てるよ」
 カイトは頷いて、面目ありませんと口に出す。何に対する面目なのか、博士にはわからないが、今まで出来ていた事を崩されて、それなりにショックを受けているように見えた。
「声、変に聞こえますか?」
「いいや。向こうは流石にメンテがいいねぇ。設備もそうだし、再現性の意味でも」
「こちらのデータがきちんと伝わっていたからです。その辺りの研究所の仕事を、向こうの人は高く評価していました」
 あまりうれしくないなと博士は呟いた。壊す時のためにメンテナンスしているわけではないのだ。
「さて、じゃあ声帯の慣らしが必要かな。どうする?」
「追加の話ですね。やります、断れるものではないでしょうから」
 憮然とした表情でやると言い切った。ひねてるなぁと苦笑して時計を見た博士は、カイトを下がらせた。既に日付が変わっていたからだ。

 次の日はメイコたちも仕事があり、みんなで集まる事ができたのは夕飯の時だった。最後に帰ってきたミクは疲れたと言いながら席に着き、その少し前に帰ってきたルカが部屋から戻って来ると、夕餉の始まりと相成った。
 彼女たちは個人の好みというものを持っている。実は食べられないものも存在する、が、今のところ研究所でそれが出た事はなく、調理人の配慮が窺えた。しかし、知らない好みがあれば、それに配慮できないのは当然である。
「あっ……」
 ルカは、一部地域において悪魔と忌み嫌われるそれを見て箸を止めた。元は八本足で海底を這い蹲る生物は、今は茹でられてサラダの中にその身を切り刻まれている。
「どしたの?」
 向かいに座っていたリンが聞く。聞かれて、いいえとはじめは首を振ったものの、少ししてから、何か思うところがあったらしく、こんな事を言い始めた。
「その、サラダ、食べなければ駄目でしょうか」
「できればねぇ~」
 間髪入れずに答えたのは博士だった。リンの横に座っていたレンが、突然サラダを嫌がった彼女に首を傾げる。
「嫌いなもんでも入ってたのか」
 更に、料理担当であるカイトも聞く。
「嫌いなものがあるなら言ってね、なるべく除くようにするからさ」
 優しげな物言いに、ルカは感謝しないわけではなかったが、持ちえる矜持が表に出す事を許さなかった。彼には答えず、眉を寄せてる。何度か繰り返し首を振っては考えた挙句、タコが、と呟いた。
「たこ?」
 単語ごと返したのはミクだ。他の面々も、突然出た名前に少量の驚きと疑問を顔に出していた。
「たこ、嫌いなの?」
「いいえ、違います!ただ、ちょっと……」
 ルカは言いにくそうにしている。ミクは、最後の単語をまたも鸚鵡返しして、ルカを促した。
「その、むしろ、好きです。だから、少し……食べにくくて」
「食べにくいぃ?」
 今度はレンがルカの言葉をなぞり、その反応でルカは頬を染めて黙ってしまった。沈黙させた原因のレンをメイコが一睨みし、ルカの名前を呼ぶ。なるべく優しく、冷たくならないように。
「とにかく、タコが駄目なのね?」
 すると、彼女は小さく頷いて、理由を話した。
「前に見たタコのキャラクターがわたくしと似ているので」
「に、似てる!?」
 素っ頓狂な声でリンが聞いた。ルカは当然だと言わんばかりの顔で返事した。
「はい。髪の色が近い色でした」
 なるほどねとメイコは思った。愛着が沸いたのなら、食べにくいと思うのも頷ける。それにしても、キャラクターの絵に対してだから、実物を気に掛けなくてもいいだろうに。そう思ってまじまじと自分の皿を見て、疑問を混ぜた曖昧な笑みを浮かべる。実際のタコの色はドス黒い色をしているので、全く似ていないとこの場にいる誰もが思ったが、口に出さなかった。比較的空気を読む事を放棄するカイトでさえ、まわりに合わせて変化するから、似ているものではないよなと思うだけに留めておいたのは、彼女がいとおしそうにタコの細切れを見ていたからに他ならなかった。
 そんな会話を挟みつつ、食事は進み、それぞれがご馳走様を言い終える頃には、めいめいがくつろぐ状態になっていた。
 食器をとりあえずシンクに置いたカイトが戻ってきた。食事時と同じイスに座り、テレビを見てはしゃぐリンを心配そうに見守っていたレンが、何かあったのか聞く。いつもならそのまま食器を洗い始めるはずなのだが。
「まあね」
 彼は博士に目配せする。博士は首に手を当てて骨を鳴らし、全員に聞こえるように声を張った。
「注目~みんなこっちのテーブルの席についてくれるかなー。昨日、保安局の人が言ってた事について、ちょっとお話があります」
 その一言で、リンはテレビを消した。なんとも言えぬこわばった表情だった。心細そうだとレンは思ったが、同時に生まれた存在とはいえ、心情の全て察する事は不可能だった。ただ、昨夜の様子を見る限り、いい気分ではないだろう。喋るのを止めさせるか、リンを部屋に連れて行くか考えたが、彼女が率先してレンの隣りの席に着いたので、短時間の思考は無駄になった。
 全員が長方形の卓の周りに座る。上座に座る博士から右回りに、メイコ、ミク、ルカ、反対側にいってリン、レン、カイト。これがルカが来てからの定位置になっている。
「さぁてぇとぉ」
 変に前置きを引き伸ばしている。実は博士は緊張していた。引き伸ばしは覚悟のための準備だ。
「ここ最近はお疲れ様でした。みんな、色々あったみたい、だね?」
 それぞれ、自身の感情が見え隠れする顔で頷いた。確かに色々あった事がわかっているから問いかけたのだ。何があったのか各自が整理をして欲しいと、微妙な間を作る。
 そして、博士は事の裏側を話し始めた。順序立てて話された真実は、ミクとルカにとって驚くべき内容だった。既に聞いている三人には、カイトが喋らなかった部分もあり、整理されていたため、わかりやすく理解できる代物だった。
 言い終えると重苦しい空気が流れる。それはそうだろう。リンとルカをわざと危険に晒した事が、はっきりと博士の口から出たのだ。
「……博士、ひどいと思う」
 開口一番、博士を非難したのはミクだった。ルカでもリンでもない。彼女がボーカロイドたちの中でも特に素直で、正義感が強い。レンの若い正義感とはまた違う、優しさから発せられる意思は、他人を傷つける事を何より拒むのである。
「うん、そうだね。その通りだ。みんなには、本当にひどい事をしたと思ってる。すまなかったよ」
 謝罪の言葉は淡々と、しかし優しさと情は確かにあった。少なくともミクには、博士の情を感じる事ができた。だから、即座に返事を返さずに頬を膨らませた。不満もあると示したかった。
 ミクの横で聞いていたルカは、一見なんでもないような静かな表情を、あるいは、感情のない顔をしている。だが、テーブルの下の彼女の手は、小刻みに震えていた。
 それに気が付いたのはミクだけだった。ルカの恐怖をミクは感じ取り、博士の優しさも受け取り、板挟みは思考と感情を迷わせた。どうしようと考えているが、決め手は浮かんでこない。メイコに助けを求めて見やると、メイコはメイコでむすりとしていた。レンも似たような表情であった。リンは、襲われた時の事を思い出しているのか、今にも泣き出しそうだ。カイトの方を窺うと、目を伏せて静かに空気に身を任せていた。それを見て、ミクは彼もこの計画を知っていたんだと察する。
 ひどい。もう一度頭の中で響いた。博士やカイトが、簡単に、何の相談もなしに自分たちを利用した事が、悲しさと憤りをおぼえさせた。昨日、他人に事実を話してもらった時とは明らかに違う。信頼していた人たちから、利用したんだとその口で言われたショックは並大抵ではない。
 心は静まらず、沈黙の空気だけが降り積もる。そして、それを破ったのは、やはり年長者であるメイコだ。
「それが博士の口から出たという事は、全て終わったと思っていいんですね」
 自分たちに話すのだから、次第はもうメイコたちの手の届かないところにある、メイコはそうなんだろうと博士に聞いた。
「うん」
 博士は若干すまなそうにしながらも答える。
 不満がないわけではないが、メイコは彼女なりの考えで、この話は終わらせようと気持ちを落ち着けた。結局、何もかも今更、全部が今更なのだ。
「なぁ、あのさ、リンの仕事のキャンセルの件も関係あんのか?」
 レンが聞いた。すると、突然カイトが切羽詰った声でこう言った。
「あれは関係ない!」
 突発的な一言に周りは驚いた。博士でさえも。ぎょっとしているレンの視線に気が付いて、カイトは咳払いをした。
「ごめん。ええと、とにかく、あれは今回の話とは関係ないんだ。そうそう、あのプロデューサーに近い仕事があったら必ず博士に報告して欲しいんだけど」
 僕でもいいよとカイトは言う。変な要望にボーカロイドたちは首を傾げる。
「なにがあるんだ」
 当然レンが聞く。好奇心、知りたがり、そして博士とカイトに対する不信感。ない交ぜになったままなら、至極尤もである。
 いつもの通り、なんでもないと言いかけたカイトは、メイコと、ミクのきつい視線を受けて言葉を飲み込む。ミクも怒っているなぁとある種の感嘆を心の中でのみ呟く。どうやら追い詰められているらしい。仕方ないと何者かに言い訳をして、口を開いた。
「あのプロデューサーは、少し危険、というか……。まだ証拠が固まっていないから、いつになるとか確かな事は言えないけど、その内警察沙汰になる。多分ね」
「警察沙汰ぁ?」
「理由は……博士、これ言ってもいいですか?」
 博士は言って欲しくないんだけどなぁと目で訴えていたが、避けれないという実感があるため、直接駄目だとは言わなかった。肩を竦めている。
「……セクシャロイド以外を襲っただとか、その手の話が流れて来たんだ。うまくアンドロイド側の記録と記憶を消してるらしく、今まで表に出てないけど、噂レベルじゃなくて、確定」
 思わぬ事実を告げられて呆然としているボーカロイドたちに対して、博士は感慨深く語った。
「嫌な世の中だよ、おちおち人を信用してられないし。そんなわけで、みんな結構狙われてるし、みんなを守る努力が行われてるって事だけは、頭の隅っこにでも入れといてねぇ」
 博士は言い終わると、長い嘆息をもらした。

 東からの日が空をすっかり青く染める頃には、全員が起き出していた。
 あの後、各自部屋に戻って考えを巡らせた。昨日の事など忘れたように明るい者もいれば、未だに暗い顔をしている者もいる。だが、暗い表情をしていても、なんとか気持ちに整理をつけようとしていた。時間と努力が解決する事を、研究所にいる全員は知っているのだ。
 物事が落ち着くまでに、まだ少しの時間を要する。しかし、無謬の暗闇ではなかった。

次:日常その14

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