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『アンドロイドは電気羊の夢をみるか』文章保管用ブログ。
Posted by - 2024.11.23,Sat
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Posted by ささら - 2009.09.02,Wed

留守番5の続き。


 すっかり夜も深まって、次の日になろうとしてる。だけど、やりたい事があったオレは、まだ起きていた。やりたい事というより、聞き出したい事だ。
 その相手の部屋に行くと、鍵が掛かっており、ノックをしても返事はなかった。どこかに行ったのか、居留守なのか、見極めるように無言のドアを睨んでみる。もちろん返事はない。
 ため息をついて一階に下りた。リビングは明かりが消えていたから、誰もいないのだろう。申し訳程度についている廊下の青白いライトを尻目に二階に戻ろうとすると、足音が聞こえた。かつかつとした軽い音が、数十歩分響いた後に止まる。あまり体重のない人物、リンかなと思ってそちらに向かう。すると、予想の通り、リンが驚愕した顔でオレを見ていた。
「レン、どうしたの」
「リンこそ博士の部屋の前で、どうしたんだよ」
「わたしは、博士とカイにぃに聞きたい事があって。でも、なんか話し中みたい」
「話し中?」
 聞き返してから、耳をすます。人口の鼓膜を刺激するわずかな音。少し高い声と、それよりは低い声。ボーカロイドは性能面の理由から高い声が多いのけど、それでも耳の良いボーカロイドが、ボーカロイド相手に声を間違えるなんてほとんどない。そのため、すぐにわかった。
「メイ姉、と、カイト?」
「と、博士じゃないの?」
 博士の部屋なんだからそうなんだろう。声が止むのを待ってみるが、一向に終わらない。少しむっとした。気が付けよと身勝手な思考が頭をよぎる。だから、ふっと声が止んだ瞬間、ノックもせずにドアノブを回した。廊下と部屋の明かりが混ざり合う。
 開いた扉の方を見て、三人は目を丸くしていた。三つ巴のように、ほぼ三角形にイスが配置され、そこに博士とカイトとメイ姉が座っている。オレたちを即座に招き入れる態勢に入ったのは博士だった。
「リン、レン。どしたのー?夜更かしは駄目だよ」
 間延びしたいつもの言葉。深夜に会った時の、いつも通りの台詞だった。
「ちょっと聞きたい事があって」
 部屋に入ろうかどうしようか迷っていたリンが、口を開いた。すると、博士は頷いて、招き猫のように軽く曲げた手の平を上下に振る。入って来いという合図だった。カイトとメイ姉が、すぐに立ち上がる。オレとリンにイスを譲る気らしい。何の感慨も抱かずに座る。怒りに届かない感情を持っていたかも知れないと後になって思った。
 立ち上がったついでに、カイトは部屋を出て行こうとする。メイコが、あっと小さく咎め、博士は無言で見ていたが、結局カイトを止めたのはリンだった。
「待って、カイにぃにも聞いてほしいの」
 願いを込めた視線に、カイトはわかったと言って足を止めた。リンやミク姉に対してよく現れる、ある種の優しさだ。そして、リンが話し出すのを待っている。
 リンは、後ろ尻のポケットから、小さな機械を取り出した。本体は黒いが、銀色のアンテナが付いている。無数の小さな穴はスピーカーだろう。携帯ラジオかなとオレは思った。
 かちゃっとスイッチを入れると、ホワイトノイズが聞こえてきた。同時に、フィルムが回る音。珍しい、アナログなカセットテープだった。
 その音は、聞いた事があった。どこかで聞いた事があると、記憶が反応した。なんだろうとオレは記録の中身を漁ろうとする。そしてそれはすぐに中断された。
 イントロが鳴り出した途端、カイトが動き、大幅な歩き方でズカズカとリンの隣りに来ると、誰かが止める間もなく機械を取り上げられてしまった。マークが統一されている停止ボタンをすぐに見つけられ、あっさり音が止む。
「ああ!カイにぃ!」
 リンが抗議する。それにカイトが何か言いかけた時、目を伏せて成り行きに任せていた博士が突然こんな事を言った。
「一生秘密に出来るものでもないんだから、いい加減諦めなさーい。それとねぇ、僕は今日、結構怒ってるからね。左腕、どしたのかな~?」
 上げた顔はニコニコと笑いながら、どこか怖い雰囲気を醸している。カイトは小さい悲鳴のような息を吸って、オレを睨んで来た。
「レン、博士に喋ったな」
 睨み返し鼻を鳴らした。そんな事を非難される筋合いはない。
「それを言うなって話じゃなかったし、オレだって怒ってるんだぞ。つうか何でこっち来んのがすっげー遅れてんだ。次の日とかって話じゃなかったのかよ」
「あれは希望であって、結果的に遅くなったんだ」
「カイトー、どうして結果的に遅れたのかな~」
 怒ってる。博士と合流した後、密かに開発で見た事を話すと、博士らしくもなく荒れ狂う感情を表に出して激怒していた。開発部で何が行われているか、博士はオレと同じで知らなかった。どうやら部外秘で、開発部の奥で働いてでもいない限り知ることのない情報らしい。というのも、開発部で働いている田中博士でさえ、奥で何が行われているのか、その詳細を知らなかったんだ。オレが後で密かに田中博士に言った時、あの人もとてつもなく怒った。それはもう怒っていた。
「何の話か私にも教えて貰えない?」
 メイ姉が不敵な笑みをたたえながら聞く。オレがそれに答えようとすると、カイトがオレの名前を呼んだ。目は睨んでいるのに弱りきった顔をしている。なんてへたれな顔だ。オレは、怒りと憤りを鋭い視線に込めてこう言った。
「言うなって言うんだろ。イ、ヤ、だ、ね!あん時はオレもすっげぇ心配したんだ。それなのにあんたがそんな風じゃ、田中博士も浮かばれない」
「あんまり博士たちの手を煩わせるんじゃない」
「オレは耐久試験について聞いただけだ。普段の行いが悪いんだろ。身から出た錆を他人のせいにするなよなぁ」
 カイトは眉間にいくらかの谷を作って沈黙した。
 かわいそうな言い方をしたなと思う。奥で行われていることを喋らないのは、心配を掛けなくないという意識が少しくらいはあるだろうから。そればっかじゃないだろうけど、多少はオレたちの事を考えてるって確信くらいはしてやれる。
「で?どーすんだ?」
 気が立っていて、すっかり挑発してる状態だ。だってしょうがないだろと内心言い訳をして、他人の顔を窺ってしまった。
 視線だけ動かして見えたのは、神妙な表情で出方を窺っているメイ姉、笑顔で怒気を発している博士、不機嫌そうな顔のリン。なんでリンが。喧嘩してるから?だとしたら、リンはカイトに甘すぎる。
 沈黙が続くと、居心地の悪くなった誰かがつい話し出す事が多いけど、今回は全く、みんなして黙ったままだった。だからだろう、カイトは何度か上を向いたり下を向いたりした後、不機嫌そうに声を発した。たぶん、カイトが一番その空気に嫌気が差していたのだ。
「わかった。その件については僕が全面的に悪い。迂闊にレンに話したのも悪かったし、隠したのも悪かった」
 諦めたみたいな言い方と、偽悪ぶる態度は、一種の責任回避だとオレは思う。
「なんか、そう言われるとオレが悪いみたいなんだけど」
「僕が悪いって言っているだろう。内部事情について話すと、博士たちが責任を取らされるかもしれないから嫌だったんだ。本音を言えば関わりを持って欲しくない。帰るのが遅れたのは、あの後追加試験があったから」
「危険なもののようだから、試験の内容について、私はとても気になるのだけど」
 ピリピリした緊張感のある声。気が立っている、というより、青筋を立てて、明確に怒っている気がする。会話の節々から内容を察したのか。メイ姉なら出来るだろう。
 言われた方はため息をついて、困った顔で試験についてだけどと前置きした。
「部品の耐久力のテストだから、確実に機能不全に陥る様にはしていない。だから危険ではない。レンと博士が怒っているのは、多分痛覚関係についてなんだと思うけど、あれも必要なものだ。みんなの感覚、特に痛覚の加減に関しては、その試験のデータを参考にして調整してる。次の調整で、自動切断が若干やさしめな仕様になるはずだ。だから、僕は必要な事に文句を言うつもりはない」
 こめかみに手をやり、またため息をついた。メイ姉はカイトより一層深いため息で自分の意思を伝える。
「博士、何があったんですか」
 埒が明かないと思ったのだろう、聞く対象を変える。博士はカイトに目配せをしたが、カイトは目を背けている。それを見て、博士はメイ姉に、オレから聞いた事を話した。もちろん、リンもはじめて聞く話しだから驚いた表情のまま固まる。話しが終わると、リンは驚愕と悲しみが混じった顔をしてカイトを見る。メイ姉は、悲しいより先に、怒りが勝ったらしい。
「ちょっと、カイト、あんたねぇ……!」
 しかし、怒りをぶつけても仕方ないとでも言うように、途中から勢いが削がれ、最終的に息を吐き出す事で決着をつけた。落ち着かせた声は、それでもメイ姉の感情が渦巻いている。
「まったく……レンと博士が怒るのも無理ないわ」
「だよねぇ」
 オレと博士が頷く。全くだ。
「カイにぃ」
 リンがカイトを見ている。悲しそうな感情が伝わってくる。
「まだ痛い?」
 彼は首を左右に振って応えた。
「ちゃんと直してもらったから。その辺りはちゃんとしてるよ」
 そう言ったカイトが持っていたラジオをリンに渡す。取って悪かったと、頭を下げた。
「いいよ。……カイにぃ、これの事話すと向こうの人に怒られちゃったりする?」
「それとは関係ないから、しないよ。博士の言う通り、一生秘密に出来るものではないし、もういいんだ。本当はもう少し早く、言うべきだったんだと思う。これは、僕の」
「新井さんに聞いた。カイにぃの仕事、カイにぃの歌だって」
 あっさり、リンは言った。オレとメイ姉は少し驚いた。リンが知っていた事に。内容にも驚いた、気がしたけど、なぜか精神の回路は揺さぶられなかった。どこかで、知ってた気がする。過去に、知れる機会があったのに、知った事を忘れていたんだと思う。そうだ、記憶が飛んだタイミングがあったじゃないか。きっとあの時だ。あれは、カイトの歌を調べようとした時だったんだろう。靄がかかっておぼえていないけれど、きっとそうなんだ。
「うん。そう。仕事、というか、前にミクとめーちゃんが仕事したあの作曲家さんたち、あの人たちの趣味なんだ」
「趣味?」
 思わずオレは聞き返した。カイトは苦笑いをして口を閉じた。代わりに博士が口を開いた。博士も苦い笑顔だ。
「はじめは、ちゃんと商業ベースに乗せようって話しだったんだよ。でも、カイトが書類上仮起動のままだったのがまずかったらしくて、名前を出したら駄目って本社から言われてねぇ。僕としては、ちゃんと使いたかったんだけど。そんで先生方の反抗心に火がついたらしくて、名前が出なければいいんだろーって、名前隠して、こっそり曲をネットに上げてみたら、意外と有名になっちゃったってわけなんだよ」
 面白いもんだよねと博士は軽い口調で笑い飛ばした。
「意趣返し出来たし、個人的には満足満足。カイトは違うようだけどね」
「あまり……。何度も言いましたが、僕には歌は早いです。その、ちゃんとトレーニングを積んだわけではないので」
「またのその話かぁ。何度も言うけど、作曲家と作詞家さんからオーケー出てるんだから自信持とうね。卑屈すぎると他人をイラつかせるよ」
「性分ですから直りませんよ。それに、今に関して言えば、もう遅いと思います」
 わかってるじゃんとオレは思った。もう既に遅い。オレとメイ姉はカイトの言い方にイライラしていた。
「博士、ずっとこうなのか?」
 オレが聞くと、博士は困っちゃうよねと返事した。まるで困っていない顔に見えるけど、慣れてるんだろうな。
「カイにぃ、歌の話、ミク姉とルーちゃんに教えたらダメかな」
 覗き込むリンに、カイトは迷いを露わにした。許可したくはないんだろうけど、もういいと言ってしまった手前、駄目だと言うわけにもいかない。オレにも、そしてリンにも長く感じただろうけど、躊躇した実際の時間は短かった。いいよと言った顔は諦めが見える。リンは、それを悲しく思ったようだ。オレと同じように。
「……教えるのは、もう少し経ってからにするね」
 悲しそうに、寂しそうに呟いて、リンはラジオをしまった。それでカイトの表情が晴れるわけはなかったし、リンも沈鬱なままの反応で満足するわけがない。雰囲気の重さを数字で計れるとしたら、きっと倍くらいになっているだろう。肩や背中にかかるものを、この場にいる全員が感じ取っていたと思う。
 だるさに嫌気を感じていた矢先、お開きにしようと提案したのは博士だった。もう寝なさい、明日も早いよと言って、オレたちを急き立てる。
 会話が足りないと思ったけど、続けられる状況でもなかったから、オレたちは全員、博士の言う事に従った。

 廊下は冷めた顔色に見える薄暗さだった。少し歩いた後、先を行くカイトに話しかける。後回しになっていた一番の目的がこれだ。
「オレ、もう一つ聞きたいんだけど。真相を話すと殴られるってのはどう言う意味になんの?」
 リンとメイ姉が興味を帯びた瞳でこっちを見ている。気にしないようにした。カイトはやりにくそうにしていたが、今回は逃げたりしなかった。
「あれは……昼間の話関連だ」
「昼間ていうと、保安局の人の話か。研究所側の要請で保安局の人が警備してたってだけだろ?」
「多分、めーちゃんにはわかるだろうけど、その危険が浮上してきた時期は随分前だ。12月のはじめに何があったかおぼえてる?」
 問いかけられたメイ姉が記憶を探る。天井に記憶が張り付いているわけもないのに、人間もアンドロイドも上を見てしまう。視覚情報を極力少なくしているのかもしれない。
 思い当たる節があったようだ。あっと気が付いた表情をした。
「まさか。あの話が繋がってたの?冗談でしょう」
「はじめは、あれで終わりだと思っていた。しかし、それにしては妙な事が立て続けに起こるなという程度だった。普通、関連だなんて思わないだろう。12月の件と他が関係していると、しっかりわかったのは今年の春前だ」
 春前、ちょうどミク姉とルカが喧嘩をしていた時期だ。
「ミクのファンが問題を起こしたのも、何か関係が?」
「直接はないけど、あれで警備を探られたみたいだね。あの後、何度か侵入されそうになってる。ホテルでファンが入ってきたのも似たような事だ。意外と、みんなの知らないところで事件が起こってたんだよ。私服警備をこっそり付けていたから防げたものも大量にある」
 私服の警備員がいたなんて全く気が付かなかった。呟いたオレに、カイトは気が付かれては困ると言う。わからないようにしていたから当然だとも。でも、そんなの慰めにはならない。会社や博士の手の平の上にいる事は十も承知だけど、何が起こっているかも考えずに生活していた事実に腹が立った。
「もっと警備を増やして対処しようとしていた時に、レンたちが僕の事を調べて倒れたのは想定外だった。けど、ボーカロイドの居所を二手に分けたお陰で真意の見極めが出来た」
「開発と研究所に分ける事で、相手の動きを制限し、狙いを読んだ、そういう事ね。なら、博士たちが処分でいなくなったのは、むしろ好都合?」
「処分があったのは本当だから、博士たちは労って欲しいんだ」
「言われなくてもわかってるわ。真意はなんだったの」
「盗れるならどれでもいい、と。ならば、こちらとしてはどれかに絞らせればいい、となる」
 本当に珍しい事に、メイ姉はそれを聞いて舌打ちした。あからさまな不機嫌さで、聞き捨てならないわねと腕を組む。
「ルカとリン?」
「ルカの件については単に警備のミス。一応補う形で人を配置していたんだけど。ほら、鈴木博士がすぐ駆けつけただろう。あの人、研究所に来るのを立候補したんだよ。ルカの事、気にしてるんだ。相変わらず不器用だから、通じて欲しい相手にさっぱり通じないけどね」
 同情するとカイトは言った。ルカの思考の元となっている相手を、ルカに否定されたカイトが同情している。変な状態だなと思う。
「知り合いみたいな言い方だな」
 オレが聞くと、拍子抜けしたようにきょとんとしたカイトが頷いた。そして、言っていなかったっけと、呟く口に手を当てる。何もない壁に視線をやった。
「僕らの開発担当の一人だった」
 そういえば、前に田中博士が、逃げたやつを担当していたせいで、突き上げをくらったとか何とか……つまり、今ここにいない、多分リンを助けた当人であろうあいつの担当だったんだ。うちの会社で逃げたアンドロイドなんてあいつ以外聞いた事もなかったのに、その発想がなかった。今日は記憶同士を繋ぐ能力の弱さを自覚する、嫌な日だと内心思った。
 リンとメイ姉は、開発チームの一人だったくらいに思っただろう。メイ姉はオレが田中博士から聞いた事を知らないだろうし、リンはそもそも逃げたカイトについて、そんなのがいる程度にしか知らない。まだ生きていて、オレたちと度々接点を持ってるとは知らないんだ。知っていたら、髪の色が違ったってすぐにわかるはずだから。
「ルカに関してはミスだった、リンは、狙い通り、な、わけね?」
 強く確認するメイ姉は、片方の口角が吊り上がって引き攣っていた。
「危険になった件は、保安局の人が謝罪した通りだ」
「リンを囮にして釣ったって認識になるんだけど、そうなのかしら、カイト」
 確認だから、答えなんてわかっている。次の言葉は、そうだ、だろう。それを言いかけて、途中で止めた。冷や汗をかいている事が見て取れた。やがて、覚悟をした表情でゆっくりと頭を縦に上下させて、予想通りの言葉を紡いだ。
「そうだ」
 オレはかなり頭に血が上りやすい方だと自負してる。でも、これは誰だって切れる。
 カイトに数歩で距離を詰めて、オレは、思いっきり腕を遠心力任せで振るった。丸めた拳が顔目掛けて飛ぶ。身長差のせいで変なところに当たるだろうけど、そんなの無視だ。当たった瞬間は殴った方だって痛い。がすっと拳に衝撃が来て、肩まで伝わった。力はかなり入れてたけど、オレが殴る事は予想済みだったらしい。慣性でカイトの顔面と上半身は捻れたが、下半身はよろけただけだった。頬を狙ったつもりだったけど、痛そうに押さえたのは顎だった。
「レ、レン!」
 リンの声が飛ぶ。あえてリンの方を見ないようにしながら、カイトに言った。
「真相を話すと殴られるって言葉通りになったのは癪だけど、謝らねぇからな、絶対」
 赤くなった顎をさすり、なぜかもう片方の手で頭を押さえながら、カイトは返事した。
「わかってる。レンもだし、他のみんなに殴られても仕方ない。同じ状況なら僕も殴ってるよ。……めーちゃんも、一発殴っとく?」
「そんな品のない事出来るわけないでしょう。怒ってはいるわよ。後で三時間は説教させてもらうから」
 顔にかかった影が、やたらと怒気を演出していた。怖い。見ているだけで恐怖を感じる程の憤怒の表情だ。それに対したカイトの表情は影のある笑顔だった。自嘲、のようなもの、だと思う。
 視界の横から、すっと入ってきたリンは静かにカイトに近づいた。カイトはそれで、一歩後ずさった。さっきまでの自分を嘲る笑顔が消えて、明らかに恐れ一色となっていた。リンに何か言われるのが、一番怖いんだろう。なんとなくわかる。同じ状況なら、オレだってリンの反応が一番気になるし、一番怖い。最悪、いや、良くても嫌われるだろう。
「カイにぃ」
 リンは、泣きそうだった。泣きそうな顔で、涙ぐんだ声で、カイトを見上げていた。
「わたし……怖かったんだよ。すごく怖かったんだよ……」
 素直な言葉だった。だから、カイトも素直に返したのかもしれない。
「うん、ごめん。本当にごめん」
「とっても怖かった。みんながいなくて、それで……怖かったよぅ……」
 うつむいた。手で涙を拭う仕草。見えないけど、たぶん涙が溢れ出て止まらない状態だ。
「ごめんね」
 もう一度謝って、カイトはリンの髪を撫でた。リンが顔を上げるまで、ずっと撫でていた。


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