『アンドロイドは電気羊の夢をみるか』文章保管用ブログ。
Posted by ささら - 2008.04.21,Mon
予定調和な短編。
時期は4月の二十日頃。
「リンちゃん!気をつけて!」
曇天の空にミクの声が響く。
二階建ての研究所の屋上にいるリンに対して、そのちょうど下にいるミクは大きく声をだした。
昨日行方不明になったタオルを探していたミクが、屋上の柵を越えたところにあるのに気づいたのは庭を散歩していたときだった。さてどうしようかと思っていたところにリンが来たのが2分前。取ってくると言って止める間もなく階段を駆け上がっていってしまった。
さっきまで降っていた強い雨のせいで屋上の床は濡れていて、ミクとしては心配どころの騒ぎではない。
「どうしたの?」
ミクの声に何事かとカイトが様子を見に来たようだ。ミクが事情を説明すると、カイトは、
「僕がやるから戻って!」
と叫んだ。
リンは平気だと返して屋上にある柵を軽い身のこなしで乗り越える。
タオルを取ると、リンはそれをミクに見せるようにかざす。
「あった、これだよね!」
「そうそれー!危ないから戻って!」
「リン、足元気をつけて!」
「はーい、ミク姉もカイトにぃも心配性だなぁ」
そういってリンは戻ろうと柵に手をかける。
その時、何のいたずらだろうか、大きな風が吹いた。
リンは風に煽られ体勢を崩す。助かろうと柵を強く摘もうとし、ずるりとすり抜けた。
雨と風、その気まぐれな力が、彼女を落下させた。
しまったと思ったときには空中に放り出されていた。地上まで距離もない、打ち所が悪くなければ一部が壊れるだけだと瞬間的に計算する。
リンは体を丸めて受身の体勢を取り、衝撃に備えるようにまぶたを硬く閉じた。
いつまで経っても来るはずだった痛みが来ない。痛みを感じることも無く全部が壊れてしまったのかと思い、おそるおそる目を開ける。
そうして、自分が取り返しのつかないことをしでかしたことに気がついた。
メイコは急いでいた。
研究所で起こった出来事を聞いた彼女は、仕事を放り出して(正確には有無も言わさない勢いで許可をもらい仕事場を飛び出して)飛び乗ったタクシーをさらに急がせる。
門の前で乱暴に代金を払うと、玄関まで駆ける。いつもは気にもしない門から玄関までの距離が、今日はとても遠い。
夜になってまた降り始めた雨がメイコを濡らすが、そんなことは構っていられないといわんばかりに速度を上げた。自分の運動性能は良い方だと自負していた彼女が、今日ほどもっと良いスペックが欲しいと思ったことはない。
蜃気楼のように遠ざかる研究所の玄関にやっとたどり着き、建物に入る。「廊下を走らないでください」という張り紙を尻目に彼女はひたすら走る。
目的地、メンテナンス室の文字が貼り付けてあるドアの前に来ると、力任せに開いた。
「みんな……いったい……」
息切れした彼女の言葉はそれだけだが、返ってきた言葉はさらに少なく、ただ一人、うずくまるリンを抱えていたレンがメイコの名前を呼んだだけだった。
沈黙のなか、収まらないメイコの呼吸音が響く。
メイコが部屋の中に入ってきて扉が閉まると、虫の鳴き声よりも小さい音で、リンが「わたしのせいだ」とつぶやいた。
「わ……わたし、が」
泣き声の混じったリンの声を遮るように、ミクが「違う!」と声を上げる。
「違うの!私がちゃんとしてれば!リンちゃんのせいじゃ」
ミクは自身の嗚咽に阻まれて言葉を止めた。見ればミクは顔をくしゃくしゃにして、大粒の涙をこぼしている。溢れ出るものを拭いもせず、
「どうしよう、メイコ姉さん……」
と力ない声を出し、ミクは顔を手で覆って崩れ落ちた。
「私はカイトが怪我をして倒れたって聞いただけよ。一体なにがあったの」
メイコの質問に、暗い顔をしたレンは、俺もその場にいなかったから細かい経緯は知らないけど、と前置きして答える。
「リンが屋上から落ちて、カイトが下で受け止めたんだ、それで」
「し、下が、コンクリートで、受け止めたときにカイトさんも……」
「転んだ……?」
「頭打ったらしくて、全然目を覚まさなくて……ど、どうしよう……どうしよう!」
動転するミクの頭をメイコは無言で撫でて気を落ち着かせる。そしてミクの震えが少し収まったのを確認して「リンに怪我はないの?」と聞いた。
リンはうずくまったままで、その横でリンを守るように抱きかかえているレンが、怪我は全くないよと答える。
「カイトがクッションになったみたいだ。どこも打ったところはない」
レンの言葉を聞いて、メイコは「そう、良かったわ」と言った。
そして緊張を解きほぐすように息を吐き出すと、ちょうど部屋の奥の扉が開き、博士が出てくる。いつもの白衣ではなく、手術着のようなものを着ていた。
博士は帰ってきていたメイコを見ると、おかえりと挨拶する。いつものへらへらした顔ではない、神妙な顔をしていた。
メイコは、博士、と呼んでそのまま黙り博士の言葉を待つ。レンと、そしてミクが顔を上げてメイコに倣うように博士を見つめる。
そんな三人を見て観念したのか、博士は口を開いた。
「とりあえず出来る処置はした。でも頭部の負傷はどこに影響が出ているかわからないから、精密な検査をしないと。研究所ではこれ以上のことはできないから、もっと大きい施設、開発部に戻す。連絡はしたからそろそろ迎えが来はずだ」
その言葉が出るのを待っていたようなタイミングでノック音が響き、来客を知らせる声がした。
出入り口のドアが開くと、研究所の所員が白衣を着た女性一人と、二人の男性を連れて入ってくる。
白衣の女は、化粧の薄い笑顔で、
「久しぶりですね。開発部の田中です」
と、名乗った。
「件のアンドロイドを迎えに来ました。そちらの奥にいるのかしら?」
「ええそうです。このメモに書いてあるのが行った処置内容です」
「わかりました。すぐに運び出します」
女が、運んでちょうだいと言うと、男が二人奥に行こうと動く。
その男の一人の服を小さな手が掴んだ。
リンだ。
リンは泣き通しで真っ赤に染まった顔を男に向けると、連れて行かないでとつぶやいた。
「待って」
そう言うと目から涙がこぼれる。ぼたぼたを音を立てて落ちる。
「連れてかないで……壊さないで……お願い……」
「リン、直すために戻すんだ、廃棄するためじゃない」
「でもいらなくなったら壊しちゃうんでしょ?失敗作ならいらないんでしょ?」
うわごとのように連れて行かないでというリンに、女は感情の見えない顔で「確かに、いらなくなったら廃棄するわ」と答えた。
その女の言葉でスイッチが入った。
リンの顔が見る見るうちに怒気を含んだ顔に変わっていく。全身が震えて、歯の根が合わず小さく音を立てる。いまや赤い顔は、かなしみのためではなく、ただ純粋な怒りのためだった。
リンは女の方を向くと両手を強く握り、どうしてと言った。
「なんで……なんであんたらは……勝手に作ったものを勝手に失敗作にして!それでいらないから壊す?……いらないなら壊していいって言うの!?勝手に、勝手に……!」
「おい、リン」
「止めるなレン!……カイトにぃがどれだけ、どれだけ頑張って生きてきたかも知らないで、それであんたらは!苦しくても辛くても役に立とうとしてたカイトにぃを、あっさりと壊すのか!それで何もなかったことにするのか!」
大きく、強い感情の篭った声が部屋に響く。リンは掴みかかる勢いだが、しかし実際には掴みかからず、ただこぶしを硬く振るわせるだけだ。アンドロイドの原則、人間を傷つけてはならないという刷り込みが、彼女の無意識下で働いている。リンにはそれがわずらわしく、それを振り切れもしない自分にも怒りを覚えるのだった。
「勝手だ!人間は勝手だ!お前らが、お前たちの勝手さが、カイトにぃを!」
それは危険な兆候だった。
見開いた目が異常に輝き、爛々と怪しい光を帯びて、空の色を思わせる瞳が発光している。
まずい、と田中という女は思った。この状態が長く続けば、それこそ廃棄するしかなくなってしまう。……今眠らせれば取り返しがつく!
そう思ったとたん、ふっとリンの瞳から光が消えた。横に来たレンがリンの腕を掴んでいる。レンが外部からリンを休止状態にさせたのだ。双子……対であり補助として作られたレンにしか出来ない芸当だ。
光を失ってまぶたが下りていき、レンに倒れこむように崩れたリンを受け止めると、レンは、大きく息を吸って「失礼しました」と一言だけ言った。警戒しているのが声と表情でわかる。
止めはしたが、レンの内心はリンと似たようなものだった。廃棄するという言葉に覚えた怒りは今も残っている。だが、今止めなければリンが危ないという事実もまた、レンは認識していた。
そんなレンに気にしないと言い、連れて行きますと女は博士に言った。博士は、「ああ」と声を出したが、それ以上は何も言わない。警戒されたな、と女は思った。
男二人が奥の部屋から一体のアンドロイドを抱えて出てくる。昼寝をするようなやわらかさも、うなされているような苦しげな表情もないカイトは、死んでいるように見えた。
夜の雨に紛れながら、カイトを乗せた車のエンジン音が遠ざかる。
残された者たちは、少しの間身動きもしなかった。壁にかけてある時計の秒針が時間を刻む。
もう寝なさいと博士は言った。
「レン、すまないけど今日はリンを見てて欲しい。起きたら呼んでくれ。メイコ、ミク、明日の仕事はキャンセルだ。……今日はメイコはミクと一緒に寝てやってくれ」
博士は搾り出すようにそれだけ言うと、奥の部屋に入り鍵をかける。
レンは眠ったままのリンを抱えてる。怯えた表情で座り込むミクの肩にメイコはそっと手をかけて胸に引き寄せた。
彼らはしばらくそのまま雨の音を聞いていた。
次:夕日の影
曇天の空にミクの声が響く。
二階建ての研究所の屋上にいるリンに対して、そのちょうど下にいるミクは大きく声をだした。
昨日行方不明になったタオルを探していたミクが、屋上の柵を越えたところにあるのに気づいたのは庭を散歩していたときだった。さてどうしようかと思っていたところにリンが来たのが2分前。取ってくると言って止める間もなく階段を駆け上がっていってしまった。
さっきまで降っていた強い雨のせいで屋上の床は濡れていて、ミクとしては心配どころの騒ぎではない。
「どうしたの?」
ミクの声に何事かとカイトが様子を見に来たようだ。ミクが事情を説明すると、カイトは、
「僕がやるから戻って!」
と叫んだ。
リンは平気だと返して屋上にある柵を軽い身のこなしで乗り越える。
タオルを取ると、リンはそれをミクに見せるようにかざす。
「あった、これだよね!」
「そうそれー!危ないから戻って!」
「リン、足元気をつけて!」
「はーい、ミク姉もカイトにぃも心配性だなぁ」
そういってリンは戻ろうと柵に手をかける。
その時、何のいたずらだろうか、大きな風が吹いた。
リンは風に煽られ体勢を崩す。助かろうと柵を強く摘もうとし、ずるりとすり抜けた。
雨と風、その気まぐれな力が、彼女を落下させた。
しまったと思ったときには空中に放り出されていた。地上まで距離もない、打ち所が悪くなければ一部が壊れるだけだと瞬間的に計算する。
リンは体を丸めて受身の体勢を取り、衝撃に備えるようにまぶたを硬く閉じた。
いつまで経っても来るはずだった痛みが来ない。痛みを感じることも無く全部が壊れてしまったのかと思い、おそるおそる目を開ける。
そうして、自分が取り返しのつかないことをしでかしたことに気がついた。
メイコは急いでいた。
研究所で起こった出来事を聞いた彼女は、仕事を放り出して(正確には有無も言わさない勢いで許可をもらい仕事場を飛び出して)飛び乗ったタクシーをさらに急がせる。
門の前で乱暴に代金を払うと、玄関まで駆ける。いつもは気にもしない門から玄関までの距離が、今日はとても遠い。
夜になってまた降り始めた雨がメイコを濡らすが、そんなことは構っていられないといわんばかりに速度を上げた。自分の運動性能は良い方だと自負していた彼女が、今日ほどもっと良いスペックが欲しいと思ったことはない。
蜃気楼のように遠ざかる研究所の玄関にやっとたどり着き、建物に入る。「廊下を走らないでください」という張り紙を尻目に彼女はひたすら走る。
目的地、メンテナンス室の文字が貼り付けてあるドアの前に来ると、力任せに開いた。
「みんな……いったい……」
息切れした彼女の言葉はそれだけだが、返ってきた言葉はさらに少なく、ただ一人、うずくまるリンを抱えていたレンがメイコの名前を呼んだだけだった。
沈黙のなか、収まらないメイコの呼吸音が響く。
メイコが部屋の中に入ってきて扉が閉まると、虫の鳴き声よりも小さい音で、リンが「わたしのせいだ」とつぶやいた。
「わ……わたし、が」
泣き声の混じったリンの声を遮るように、ミクが「違う!」と声を上げる。
「違うの!私がちゃんとしてれば!リンちゃんのせいじゃ」
ミクは自身の嗚咽に阻まれて言葉を止めた。見ればミクは顔をくしゃくしゃにして、大粒の涙をこぼしている。溢れ出るものを拭いもせず、
「どうしよう、メイコ姉さん……」
と力ない声を出し、ミクは顔を手で覆って崩れ落ちた。
「私はカイトが怪我をして倒れたって聞いただけよ。一体なにがあったの」
メイコの質問に、暗い顔をしたレンは、俺もその場にいなかったから細かい経緯は知らないけど、と前置きして答える。
「リンが屋上から落ちて、カイトが下で受け止めたんだ、それで」
「し、下が、コンクリートで、受け止めたときにカイトさんも……」
「転んだ……?」
「頭打ったらしくて、全然目を覚まさなくて……ど、どうしよう……どうしよう!」
動転するミクの頭をメイコは無言で撫でて気を落ち着かせる。そしてミクの震えが少し収まったのを確認して「リンに怪我はないの?」と聞いた。
リンはうずくまったままで、その横でリンを守るように抱きかかえているレンが、怪我は全くないよと答える。
「カイトがクッションになったみたいだ。どこも打ったところはない」
レンの言葉を聞いて、メイコは「そう、良かったわ」と言った。
そして緊張を解きほぐすように息を吐き出すと、ちょうど部屋の奥の扉が開き、博士が出てくる。いつもの白衣ではなく、手術着のようなものを着ていた。
博士は帰ってきていたメイコを見ると、おかえりと挨拶する。いつものへらへらした顔ではない、神妙な顔をしていた。
メイコは、博士、と呼んでそのまま黙り博士の言葉を待つ。レンと、そしてミクが顔を上げてメイコに倣うように博士を見つめる。
そんな三人を見て観念したのか、博士は口を開いた。
「とりあえず出来る処置はした。でも頭部の負傷はどこに影響が出ているかわからないから、精密な検査をしないと。研究所ではこれ以上のことはできないから、もっと大きい施設、開発部に戻す。連絡はしたからそろそろ迎えが来はずだ」
その言葉が出るのを待っていたようなタイミングでノック音が響き、来客を知らせる声がした。
出入り口のドアが開くと、研究所の所員が白衣を着た女性一人と、二人の男性を連れて入ってくる。
白衣の女は、化粧の薄い笑顔で、
「久しぶりですね。開発部の田中です」
と、名乗った。
「件のアンドロイドを迎えに来ました。そちらの奥にいるのかしら?」
「ええそうです。このメモに書いてあるのが行った処置内容です」
「わかりました。すぐに運び出します」
女が、運んでちょうだいと言うと、男が二人奥に行こうと動く。
その男の一人の服を小さな手が掴んだ。
リンだ。
リンは泣き通しで真っ赤に染まった顔を男に向けると、連れて行かないでとつぶやいた。
「待って」
そう言うと目から涙がこぼれる。ぼたぼたを音を立てて落ちる。
「連れてかないで……壊さないで……お願い……」
「リン、直すために戻すんだ、廃棄するためじゃない」
「でもいらなくなったら壊しちゃうんでしょ?失敗作ならいらないんでしょ?」
うわごとのように連れて行かないでというリンに、女は感情の見えない顔で「確かに、いらなくなったら廃棄するわ」と答えた。
その女の言葉でスイッチが入った。
リンの顔が見る見るうちに怒気を含んだ顔に変わっていく。全身が震えて、歯の根が合わず小さく音を立てる。いまや赤い顔は、かなしみのためではなく、ただ純粋な怒りのためだった。
リンは女の方を向くと両手を強く握り、どうしてと言った。
「なんで……なんであんたらは……勝手に作ったものを勝手に失敗作にして!それでいらないから壊す?……いらないなら壊していいって言うの!?勝手に、勝手に……!」
「おい、リン」
「止めるなレン!……カイトにぃがどれだけ、どれだけ頑張って生きてきたかも知らないで、それであんたらは!苦しくても辛くても役に立とうとしてたカイトにぃを、あっさりと壊すのか!それで何もなかったことにするのか!」
大きく、強い感情の篭った声が部屋に響く。リンは掴みかかる勢いだが、しかし実際には掴みかからず、ただこぶしを硬く振るわせるだけだ。アンドロイドの原則、人間を傷つけてはならないという刷り込みが、彼女の無意識下で働いている。リンにはそれがわずらわしく、それを振り切れもしない自分にも怒りを覚えるのだった。
「勝手だ!人間は勝手だ!お前らが、お前たちの勝手さが、カイトにぃを!」
それは危険な兆候だった。
見開いた目が異常に輝き、爛々と怪しい光を帯びて、空の色を思わせる瞳が発光している。
まずい、と田中という女は思った。この状態が長く続けば、それこそ廃棄するしかなくなってしまう。……今眠らせれば取り返しがつく!
そう思ったとたん、ふっとリンの瞳から光が消えた。横に来たレンがリンの腕を掴んでいる。レンが外部からリンを休止状態にさせたのだ。双子……対であり補助として作られたレンにしか出来ない芸当だ。
光を失ってまぶたが下りていき、レンに倒れこむように崩れたリンを受け止めると、レンは、大きく息を吸って「失礼しました」と一言だけ言った。警戒しているのが声と表情でわかる。
止めはしたが、レンの内心はリンと似たようなものだった。廃棄するという言葉に覚えた怒りは今も残っている。だが、今止めなければリンが危ないという事実もまた、レンは認識していた。
そんなレンに気にしないと言い、連れて行きますと女は博士に言った。博士は、「ああ」と声を出したが、それ以上は何も言わない。警戒されたな、と女は思った。
男二人が奥の部屋から一体のアンドロイドを抱えて出てくる。昼寝をするようなやわらかさも、うなされているような苦しげな表情もないカイトは、死んでいるように見えた。
夜の雨に紛れながら、カイトを乗せた車のエンジン音が遠ざかる。
残された者たちは、少しの間身動きもしなかった。壁にかけてある時計の秒針が時間を刻む。
もう寝なさいと博士は言った。
「レン、すまないけど今日はリンを見てて欲しい。起きたら呼んでくれ。メイコ、ミク、明日の仕事はキャンセルだ。……今日はメイコはミクと一緒に寝てやってくれ」
博士は搾り出すようにそれだけ言うと、奥の部屋に入り鍵をかける。
レンは眠ったままのリンを抱えてる。怯えた表情で座り込むミクの肩にメイコはそっと手をかけて胸に引き寄せた。
彼らはしばらくそのまま雨の音を聞いていた。
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