『アンドロイドは電気羊の夢をみるか』文章保管用ブログ。
Posted by ささら - 2008.04.29,Tue
夜の雨のつづき。レンとニートしてる誰かさんのお話。
めずらしくニートさんが働いてます。
あの夜から雨は降っていない。
今日も雲は所々にあるけれど、太陽は強い光で花壇に植えてあるパンジーの花びらを照らしている。
リビングには私一人だ。メイコ姉さんは朝ごはんの時一緒だったけれど、その後すぐリンちゃんの部屋に行った。
リンちゃんはもう目も覚めてどこも悪いところは無いみたいだけれど、部屋からずっと出てきていない。ご飯を部屋の前に置くけど全く手をつけてくれなくてとても心配だ。
でも博士と、なによりリンちゃんの双子であるレンくんが、メイコ姉さんに任せると言っているので、私もそうしてる。
私は、出来ることが無い。
とても、すごく、くやしいと思う。
レンくんと博士はご飯が終わった後どこかへ行ってしまった。所員の人たちはそれぞれ研究してるみたい。
今日まで三日間、仕事をずっとお休みしていたけど、明日からお仕事をしなきゃいけない。
歌の仕事は好きだし、みんなが歌を聞いて楽しそうにしているのはすごくうれしい。
けど、こんな状態で、楽しそうに歌えるかわからない。
プロ失格、ボーカロイド失格だ。
でも、カイトさんがいないのに。
所長も博士も甘い人だ。
むこうの駅に一人で行きたいという願いに、問いただすこともなく許可するのはどうかと思う。
でも、だから助かっているだろう。
時計の針が四時を指している。夕方、西の空がまぶしく光っている。
公園には子供のはしゃぐ声と、たぶん母親だろう、女性のいさめる声が響き渡っていた。
途切れ途切れに車とバイクのエンジン音。遠くから救急車か消防車かわからないが、サイレンの音が聞こえた。
また会いましたね、と、彼は言った。前に会った時間とほぼ同じ時間だとオレは返した。
そうして二人とも黙った。
オレの横の席、木製のベンチに彼は無言で座る。ここからまっすぐ見える空は、西の空だ。夕日になりかけた光が、空飛ぶ鳥をくっきり映し出す。鳥の声が聞こえる。気ままなようにも聞こえるし、何かを嘆くようにも聞こえた。
空を見ながら、遅かったですねと彼は言う。
あの日から、また来るんじゃないかと思って、毎日ここに通っていたのですよ。
彼は、カイトと同じ声で言った。高くもなく、低くもなく、優しげで、柔らかい声。
オレは意識的に、出来るだけ冷静な声で、カイトが、と言って、そこで詰まった。もしかしたら、言っても意味が無いことかもしれない。本当に、本当に無関係なら、言われても困ることだろう。でも、どうしても、伝えたかった。
犬の遠吠えがちょうど途切れたのを見計らったように、彼は、廃棄されましたかと言った。
わからない。たぶん廃棄だろう。
オレの言葉に、彼はまるで何も感じていないような声で、そうですか、とつぶやいた。
本当に無関係だったんだろう。関係があったのだとしても、今の彼には無関係なのだと、その声でわかってしまった。
変なことを話してごめんなさいと、そう言ってベンチから立つ。
彼は、いいえと言ってにこりと笑った。ただそれだけだった。
もう行きますと彼に背を向けて左足を一歩。足取りは重い。けれど、ここから離れて一刻も早く研究所へ帰りたいと思った。
君の名前を教えてくれませんか。
オレの背に投げかけられる言葉。
レン。
そう後ろに座っているであろうアンドロイドに返す。アンドロイドは、オレの名前を二三回繰り返すと、レン、と呼びかけた。
振り向く。オレの影が彼を侵食していたが、その表情は赤色に照らされている。まるでまぶしいものを見るような、あるいはいつくしむような。
「カイトは君のような弟に会えてよかったです。たぶん、幸せだったと、昔カイトだったぼくは思います」
子供の泣き声が聞こえる。木々がざわめく。
居場所を知られてもいいのかと聞く声は、思った以上に大きくなった。
「いいんです。どうせ向こうも知っていますし。あの人の思い通り、結局逃げられないんです、ぼくも、カイトも」
良くわからない。自嘲のような、諦めのような、そんな顔をして言う。
あの方。誰だろう。
「ぼくら以外関係の無い人です。もちろんレンたちにもね」
そう言って下を向いてしまった彼の表情はもうわからない。
でも、そいつがカイトを廃棄する状況を‘作った’のなら許せないと思った。
「ぼくは殆ど毎日この時間にここにいると思います。また、会うことがあるでしょう」
彼は目を細めながらそう言う。理由なんかない。でも、もう一度会うことになる、そう思った。
次:真昼の太陽1
今日も雲は所々にあるけれど、太陽は強い光で花壇に植えてあるパンジーの花びらを照らしている。
リビングには私一人だ。メイコ姉さんは朝ごはんの時一緒だったけれど、その後すぐリンちゃんの部屋に行った。
リンちゃんはもう目も覚めてどこも悪いところは無いみたいだけれど、部屋からずっと出てきていない。ご飯を部屋の前に置くけど全く手をつけてくれなくてとても心配だ。
でも博士と、なによりリンちゃんの双子であるレンくんが、メイコ姉さんに任せると言っているので、私もそうしてる。
私は、出来ることが無い。
とても、すごく、くやしいと思う。
レンくんと博士はご飯が終わった後どこかへ行ってしまった。所員の人たちはそれぞれ研究してるみたい。
今日まで三日間、仕事をずっとお休みしていたけど、明日からお仕事をしなきゃいけない。
歌の仕事は好きだし、みんなが歌を聞いて楽しそうにしているのはすごくうれしい。
けど、こんな状態で、楽しそうに歌えるかわからない。
プロ失格、ボーカロイド失格だ。
でも、カイトさんがいないのに。
所長も博士も甘い人だ。
むこうの駅に一人で行きたいという願いに、問いただすこともなく許可するのはどうかと思う。
でも、だから助かっているだろう。
時計の針が四時を指している。夕方、西の空がまぶしく光っている。
公園には子供のはしゃぐ声と、たぶん母親だろう、女性のいさめる声が響き渡っていた。
途切れ途切れに車とバイクのエンジン音。遠くから救急車か消防車かわからないが、サイレンの音が聞こえた。
また会いましたね、と、彼は言った。前に会った時間とほぼ同じ時間だとオレは返した。
そうして二人とも黙った。
オレの横の席、木製のベンチに彼は無言で座る。ここからまっすぐ見える空は、西の空だ。夕日になりかけた光が、空飛ぶ鳥をくっきり映し出す。鳥の声が聞こえる。気ままなようにも聞こえるし、何かを嘆くようにも聞こえた。
空を見ながら、遅かったですねと彼は言う。
あの日から、また来るんじゃないかと思って、毎日ここに通っていたのですよ。
彼は、カイトと同じ声で言った。高くもなく、低くもなく、優しげで、柔らかい声。
オレは意識的に、出来るだけ冷静な声で、カイトが、と言って、そこで詰まった。もしかしたら、言っても意味が無いことかもしれない。本当に、本当に無関係なら、言われても困ることだろう。でも、どうしても、伝えたかった。
犬の遠吠えがちょうど途切れたのを見計らったように、彼は、廃棄されましたかと言った。
わからない。たぶん廃棄だろう。
オレの言葉に、彼はまるで何も感じていないような声で、そうですか、とつぶやいた。
本当に無関係だったんだろう。関係があったのだとしても、今の彼には無関係なのだと、その声でわかってしまった。
変なことを話してごめんなさいと、そう言ってベンチから立つ。
彼は、いいえと言ってにこりと笑った。ただそれだけだった。
もう行きますと彼に背を向けて左足を一歩。足取りは重い。けれど、ここから離れて一刻も早く研究所へ帰りたいと思った。
君の名前を教えてくれませんか。
オレの背に投げかけられる言葉。
レン。
そう後ろに座っているであろうアンドロイドに返す。アンドロイドは、オレの名前を二三回繰り返すと、レン、と呼びかけた。
振り向く。オレの影が彼を侵食していたが、その表情は赤色に照らされている。まるでまぶしいものを見るような、あるいはいつくしむような。
「カイトは君のような弟に会えてよかったです。たぶん、幸せだったと、昔カイトだったぼくは思います」
子供の泣き声が聞こえる。木々がざわめく。
居場所を知られてもいいのかと聞く声は、思った以上に大きくなった。
「いいんです。どうせ向こうも知っていますし。あの人の思い通り、結局逃げられないんです、ぼくも、カイトも」
良くわからない。自嘲のような、諦めのような、そんな顔をして言う。
あの方。誰だろう。
「ぼくら以外関係の無い人です。もちろんレンたちにもね」
そう言って下を向いてしまった彼の表情はもうわからない。
でも、そいつがカイトを廃棄する状況を‘作った’のなら許せないと思った。
「ぼくは殆ど毎日この時間にここにいると思います。また、会うことがあるでしょう」
彼は目を細めながらそう言う。理由なんかない。でも、もう一度会うことになる、そう思った。
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