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『アンドロイドは電気羊の夢をみるか』文章保管用ブログ。
Posted by - 2024.11.23,Sat
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Posted by ささら - 2008.05.30,Fri

時期は5月の始め。
温泉に行こう!というサブタイトルは寒すぎたのでやめにしました。


「というわけで明日から一週間温泉に行こうと思います」
 博士の突然の一言から一夜明けて、わたしたちは電車を乗り継ぎ、聞いたこともない駅からバスに乗り換えた。
 前触れもなく本当に突然だったから用意も全然できていないので、必然的に軽装だ。一応着替えバッグの中にいれてあるけど、一週間の旅行にしては荷物が少ないんじゃないかと思う。メンテナンスや仕事の見学じゃない旅行なんて初めてなので、もしかしたら他の旅行者もこんなに荷物が少ないものなのかもしれないなと、山肌を固めるコンクリートを見ながら思う。
 他の乗客がいないバスはくねくねした道をひた走る。崖の下には川が見える。周りの木々の青さがまぶしい。
「博士、このバスどこ行くんですか?」
 メイ姉がそう聞くと、博士は内緒ーと言ってにやりと笑う。
「ねぇねぇ、ミク姉……博士なに企んでるんだろう、突然温泉なんて」
「……前のお話聞いてたのかな……」
「前の話?」
「温泉行きたいねって話をカイトさんに聞いたのかも……あ、ごめん」
 ミク姉はすまさそうな顔をして謝る。
 カイトにぃがいなくなってもう結構経った。
 ずっと部屋の中に篭もってたので、周りの様子はメイ姉に聞いただけだけど、ミク姉もすごく落ち込んでいたんだそうだ。けどお仕事もきちんとこなしていたらしい。子供っぽい反抗をして拗ねていたわたしとは大違いだと恥ずかしくなる。
「カイトさん、直るといいね」
「……うん」
 そんなわたしたちをよそにバスは山道を行く。
「と~ちゃ~くっと」
 博士のおどけた声を合図に降りた停留所は山の下で、ここからは歩きだからと言いながら、道のように見えなくもない獣道を指差した。
「まぁ大体三十分も歩けば着くらしいからがんばろー」
 頑張ろうって言われても……。
 静かだと思ったらバスの中でずっと寝ていたレンは状況がわかっていないらしく、わたしの横ではてなマークを出しながら目を擦って眠気と格闘している。なんとなくむかつく……しっかりしてよ。
 博士を先頭に草をなぎ払いながら進むことにする。本当にこれで温泉にいけるのかなと博士に聞いてみる。
「あのう、博士、温泉じゃないんですか?」
「温泉だよー宿泊施設付き。というか別荘なんだけどね」
「別荘!?おかねもちー」
「じゃないじゃない。もともとの持ち主が亡くなってね。紆余曲折あって会社が管理することになったんだよ」
「じゃあ会社の物なんですか?」
「一応いまゴールデンウィークってやつでどこの宿も一杯だからねー、いきなり旅行突っ込むのは無謀でした」
 急に計画を立てたので宿が取れなかったらしい。
 メイ姉とミク姉はごーるでんうぃーくにあわせて長期の休みを取っていたはずだけど、それに合わせて事前に計画してたわけじゃないんだな。
 道?は階段状に土が固められているけど、随分と歩きにくい。しかも結構勾配が急で、5月の陽気も合わさって汗を誘発させる。ハンカチで汗を拭うと、首筋に風があたって少し涼しくなった。
 山の上には、大きな洋館が建っていた。
「写真で見てたけど実際見るとすごいねぇ」
「う、わぁー……お城みたーい」
「本当ね。景色もいいし、のどかで素敵だわ」
「おおきいー」
「すげー」
 洋館の玄関先で私たちは口をあんぐりと開けている。滑稽に見えるだろうけど、本当に、それくらい大きいお屋敷でびっくりしたのだ。
 博士が玄関のドアノブに手をかけると、ドアはもう開いていたので、遠慮がちに中に入る。
 ここが本当に目的地なのかしら、そう思っていると、入ったところすぐにある大きな階段の上から誰か降りてきた……あ、あの人は。
「あら、思ったより早いたわね」
「どーもどーも、田中博士、お元気そうで」
「おかげさまで。山田博士もお変わりなく。そちらの子たちも怪我なんかはないようね」
「温泉行くって言ったらみんな元気になっちゃいまして、現金なもんですよ~」
 む、そんなことないもん。だってミク姉もメイ姉もレンもみんな元気っていえるほど元気じゃない。無理やり元気に見せかけてるって言うか。
 わたしが落ち込んでたからなんだろうな。わたし、迷惑ばっかりかけてる。
 パチンという音と共に手に痛みが走った。痛いと思って横を見ると、犯人のレンが呆れた顔してわたしを見ていた。「バカだな」とかそんな顔してる。うう、どうせバカだよ……。
 田中博士は下に降りてくると何故かわたしの前に来て、「うん、大丈夫そうね」と言った。
 カイトにぃが連れて行かれたあの日、わたしはこの人に子供のだだをこねていただけだった。周りに迷惑もいっぱいかけた。だからたぶん、謝らなきゃいけないんだと思う。
 でもいやだ。だって、あの気持ちは本当だったんだから。言いたくないってガキなのはわかってる、でも言いたくなんてない。
 わたしは……。
「それよりまず荷物置いてきたいわね」
 メイ姉が肩を叩きつつ一言言うと、田中博士が「ああ、こっちで部屋割り決めるから」と言って奥に行ってしまった。
「あ……」
「みんな、奥に行きましょう。リンもね」
 奥の間はダイニングルームで、天井は高くて部屋も広い。大きなテーブルの上には白いクロスと花束が綺麗に飾り付けられていて、高級なレストランを思わせた。片側の壁は殆ど窓になっていてそこから庭が見える。水のない噴水といくらかの樹木、その下には木製のベンチ。ベンチにかかる影が涼しそうに見えた。
「私もここ入ったのは始めてだから、まだ部屋の場所覚えてないの。ここに間取り図を……ああ、これよ」
 テーブルの上に置かれた数枚の紙の中から家の間取り図を探し出して、彼女はわたしたちにそれを見せた。この家、すっごい大きい。部屋の数いくつあるんだろう。
「部屋余らすのもなんだし、一部屋ずつ使って。部屋は使わないとどんどん使えなくなっちゃうから」
 お言葉に甘えて一部屋ずつ使うことにする。わたしが角の部屋、レンがその隣でさらにミク姉メイ姉と続く。博士たちは廊下向かいの部屋に入ることになった。
 部屋割りも決まって、胸を高鳴らせているところに田中博士が水をさした。
「実は完全に片付いてないから自分の部屋は自分で掃除してね」
 ……なんかはめられた気がする……。
 じゃあそろそろ行きましょうと部屋を出ようとすると、開けるはずのドアがひとりでに開いた。そこから部屋に入ってきたのは……。
「田中博士、二階の拭き掃除終わりました。次はどこをやりますか?」
「……カ、カイトにぃ!」
 わたしは思わず飛びついた。崩れるバランスに引きずられて、二人して倒れこむ。バタンという派手な音とともに埃が舞った。
 うっ……と言ううめき声がして、そこで気づいて、下敷きにしてしまった人物を見る。青い髪に青い瞳、いつものコート。変わらない、変わっていない姿がそこにあった。
「相変わらずリンは元気だね」
「……カ……カイトにぃ……うぇ……」
 嗚咽が混じった声になる。なんてかっこ悪いんだろう。ああ、だめだ、ちゃんとしなきゃ。
「はぁ、心配して損した。ミク姉とリンがすごい気にしてたんだからな」
「カイトさん、怪我大丈夫だったんだ……よかった」
「打ったところはなんともなかったの?」
「怪我はなんともないよ。メンテナンスもしてもらって前より調子が良いくらい」
 調子の良さを主張するかのように、よいしょとわたしを抱き起こしながらカイトにぃが立つ。本当に大丈夫なんだ。
 ほっと息を吐き出したわたしの横で山田博士がこれで全員だね、と言った。
「片付けもあるけど、とりあえずみんな揃ったから先に当初の目的を果たしに行こうか~」
 当初の目的?えっと……。
「ほらみんな、何に行くって言ったか覚えてないの?」
「温泉!」
「そゆこと」
 見事なハーモニーを奏でたわたしとミク姉に博士はにんまりと笑いかけた。

 熱いのに慣れると極楽気分。
 普通のお風呂でもゆっくりすると気持ち良いのに、温泉だからなのか、露天風呂だからなのか、すごく気持ち良い。思わず口からため息が出た。それくらい気持ちが良い。
「あー……いいねぇ」
 メイ姉が言う。うんうん。
「温泉行きたいって言っておいて良かった」
「あら、ミクの発案なの?」
「んーと、前にカイトさんと温泉行って見たいねって言ってたの。さっきカイトさんに聞いたら博士に言っておいてくれてたんだって」
「へぇ。良かったわね、実現して」
「えへへー」
 そんなことを言っていると、入り口の方からガラッと音がした。誰か来た?
「田中博士じゃないかしら」
 そういえばさっきお風呂入るとかなんとか言ってたなぁ。
 どうしよう、なんか気まずい、と迷っている間に露天風呂の扉が開いた。
 どうもと挨拶すると博士は「遠いところお疲れ様」と言って体を洗い始める。
「鏡音リンちゃん、この前はごめんなさいね」
「え?」
 考え事をしていて、その発言が誰に向けたものだかわかってなかったわたしは思わず聞き返す。髪を洗いながら田中博士は答えた。
「あの時冷たい言い方してごめんなさい。ただ、結構切迫していて。メンテに入れちゃえば一応の管轄に置けてなんとかなるんだけど、放っておいたらここぞとばかりにピーキーな試作品取り付けようとするバカ共が関わってきて面倒くさいことになるから、さっさとしたかったの。あいつら冷却装置壊したり循環器ぐちゃぐちゃにしたり、ろくな事しやしなくて。またどこ修理不能にさせるかわからないから渡したくなかったのよ。そりゃもう使うあてもないこかもしれないけど、なんでもやっていいってわけじゃないのに」
 カイトにぃは冷却装置が壊れてるから補助装置つけてなおかつ定期的な冷却が必要だ。それは知ってたけど、壊れた原因は初耳……ひどい話。
「しかも扱いひど過ぎであのこのセーフティが変な作用しちゃって。様子がおかしいとか言われて久しぶりに会ってみたら幼児退行しちゃってた時の気分といったらもう……。色々教えなおしてみたら歌も歌えなくなってるし」
「前にもう未練残さないって」
「そっちでの経過が良好で今すぐ廃棄しようって意見が少数になって、私のやったことも無駄じゃないんだなって思えたら、また愛着がねー。ちょっと前まで仕方ないってあきらめてたんだけど。勝手な話ね。私にもっと力があったらよかったんだけど」
 ザーという音とともに泡が流れる。
「……そんなこと」
「まあそういうわけなのよ。あのこの外出制限も取っ払ったし、あとまぁいろいろ補助つけて、冷却関係は無理だったけど直せるところは直したから、前よりも迷惑かけないと思うの。だから仲良くしてあげてね」
 仲良くするし、迷惑だなんて思ってない。カイトにぃは家族だ。
「言われなくても……だってわたしたちもう長く生活してるんだよ、だから……」
「……リンの言うとおり、私たちのことなら大丈夫ですよ、博士」
「そうそう、大丈夫ですよ」
 メイ姉とミク姉が言う。
 博士は家族が出来たのねと呟いた。ほっとした表情だった。
 わたしは田中博士はもう諦めてるんだと思った。でもそうじゃなかったんだ。楽譜に書いてあったこと、ちゃんとおぼえてたんだ。単純によかったなと思った。カイトにぃがちゃんと作った人に思われてたことが単純に嬉しい。
 なんだか仲直りかな、とミク姉が言う。
 そして歌を歌い始めた。この曲は……ビバノンノンってアレだ。
「温泉といえばこの曲ね」
 メイ姉がそういうと、ミク姉にあわせる。
 わたしも参加。ちょっとしか知らないけど、ハモリのコーラスくらいはできる。
 一緒に入っている田中博士は「久しぶりになにか作ろうかしら」と言ったあと、一緒に歌い始めた。
 ちょっと離れたところにある男湯にも聞こえるかな、と思っていたら、遠くから通るソプラノが聞こえた。レンだ。
 そのまま大合唱になった。でもこの曲で合唱はちょっと滑稽かも。それでもいいや。楽しいから。
 歌はミク姉が湯当たりするまで続いた。

 次の日、朝から辺りの散策に出かけることになった。
 ちょっと裏手を降りたところに広場のようなところがあって、景色がいいらしい。そこでお弁当でも広げようかという話になって、早朝からカイトにぃとミク姉がお弁当を作ってくれた。
 お弁当と荷物を持っていざ出発である。
 空は気持ちが良いほどに晴れていて、のんびりとしていた。5月の湿気が暑いような涼しいような、不思議な感覚。
「カイト、そろそろ時間だからこれ」
 メイ姉がそう言ってクーラーバッグから取り出したのは液体の入ったペットボトル。
 カイトにぃは冷却関係がダメになっていて、あまり暑くならないように太陽の光を回避したり、熱を逃がすための補助機器を持ち歩いたりしなきゃいけない。
 このペットボトルは冷却水……要するに冷やした水なんだけど。定期的に冷却水か冷えた固形物(大抵アイスとか氷)を摂取しないと熱暴走を起こしてぶっ倒れちゃうんだそうだ。
 カイトにぃはペットボトルを受け取ると、少しずつ飲んでいく。博士が言うには、急激にとると冷えすぎてダメらしい。
 ちなみに博士は二人とも探し物があるとか言って、別荘で留守番。だから今日は五人だけ。
 実ははじめての、わたしたちだけのピクニックだ。少し心細い気もするけど、それよりも期待で心がうきうきする。心だけじゃなくて体もうきうきして、足取りも軽い、踊りだしそう。
「あっ」
 足に何か引っかかる感じがして、そのまま前に出ようとしていたわたしの体がバランスを崩して傾く、転んじゃう!
「うわっ」
 ガクンと体が土につく前に腕を引っ張られた。レンだ。
「ごめん、ありがと」
「足元、気をつけろよ。まったく」
「でも転ばなくてよかった。木の根が多いから気をつけてね」
 レンは呆れ顔、ミク姉がほっとした表情だ。また転んで誰かに迷惑かけないですんでよかったけど、もうちょっと気をつけないとダメだぁ。しっかりしなきゃ。
「そろそろ目的地みたいね」
 メイ姉の言葉に先を見ると確かに開けた場所に出そうだ。
 少し森が開けた崖の上、端の方には掘っ立て小屋があった。
 とりあえず窓と扉を全開にして空気を入れ替えて、中を物色する。休憩のためにいくつかの椅子とテーブル、それに火をつけるためらしいものが中央に置いてある。囲炉裏じゃないかとカイトにぃが言ったので、薪が必要だねとみんなで探す。すぐに見つかった薪は小屋の端の方にまとめてあったけど、湿気って使えるかどうかわからないとメイ姉が言った。それに、そもそもお弁当の中身は火を使う必要なんかないだろうとレンが言って、みんな小屋の外に出た。
 開けた広場のようなところは崖の上にあるようで、ふちには木製の手すりがあった。ぐらついてはいないからと下の段に足をかけると、メイ姉に「やめなさい」と止められる。
 遊具もなにもなくて、ちょっと寂しいけど、とっても見晴らしのいい場所で、風も気持ちいいし、何よりも緑の葉が揺れる音がきれい。来て正解だったと思う。
 時計を見ると時間はお昼前で、ちょうどご飯にはもってこいの時間だ。レジャーシートを敷いてそこで昼食を食べることになった。
 お弁当を開くとサンドウィッチとおかずにロールキャベツがおいしそうだ。
「いただきまーす」
 5人の合唱が空に響いてみんなお弁当に口をつけ始めた。
 見た目どおり、それ以上においしい!
「これおいしー」
 わたしが素直な感想を口にするとミク姉が嬉しそうに言う。
「ありがとう。このソースと一緒に食べるのもやってみてね」
 ミク姉の手には小さなビン、その中にはソースが入っている。
「この方が美味しくなるんだって、レシピがあって」
「レシピ?」
「あはは、実はレシピ通りに作っただけ。なんにもアレンジとかしてないの。レシピはカイトさんが持ってきたやつで」
「僕も貰い物なんだ。あの別荘の元の持ち主が持ってて、保管してた田中博士が引っ張り出してきたのを貰っただけ。なんにもしてないよ」
「へえ……。元の持ち主って、どんな人なんだろう。会社の人?」
「もう亡くなってるよ。僕の開発に関わってた人なんだ」
 カイトにぃの言葉にメイ姉が神妙な顔をして聞いた。
「もしかして自殺した……?」
 自殺?会社で自殺した人がいたなんて聞いてないけど……でも結構自殺する人多いってテレビ番組で誰かが言ってたし、珍しいことじゃないのかな。
 カイトにぃは、知ってるの?と聞く。なんだか真面目な表情。
「博士からエーのチームのことを少しだけ聞いたわ」
 それだけよと話を切った。カイトにぃは、なんだかもうちょっと聞きたそうだ。けど、メイ姉はもう喋る気がないみたいな態度なのは、わたしでもわかる。
「……まあ気にしないで、もう過ぎたことだから。とにかくおいしくないレシピを残すことはないと思うから味はそんな悪くないだろうと思って使ってみたんだ。どうかな」
 ソース付きも試してみる……あ、おいしい。
「すごくおいしいよ!いいなあ、わたしも料理習おうかな」
「リンはすぐ転んだりするのを直すのが先だろ。お前みたいなのが料理したら危なすぎる」
「でも僕ですら料理できるんだし、リンだって練習すればすぐだよ」
 カイトにぃが反論、というかわたしのフォロー?みたいなものをしてくれた。レンはカイトにぃをじっと見た後、やたら納得した表情で頷く。
「確かに」
 うーん、その反応、なんか釈然としない。
 ごはんを食べ終わると、レンはカイトにぃに話があると言って向こうの方に行ってしまった。わたしはミク姉とメイ姉と一緒にひなたぼっこだ。
「レンくんとカイトさん、なんの話をしているのかしら。ちょっと気になるな」
「んー……昨日、レンがちょっとカイトにぃのことでちょっとブツブツ言ってたから、そのことかなぁ。レンはカイトにぃにすぐ怒るんだから」
「男同士の話ってやつでしょう。あんまり首を突っ込まないほうがあの二人のためにもいいわよ。それに、前からレンは悪意があって突っかかってたわけじゃないからね」
「そーかなー。すぐ怒ったりして、いじめてるようにしか見えなかったよ?」
「え、リンちゃんにはそう見えてたんだ……」
「ミク姉とメイ姉にはそう見えなかったの?」
「うん。どっちかっていうと、心配してるって言うか」
「えー、それはないよー」
 わたしがそう言うとメイ姉があからさまにため息をついた。
「カイトとリンの精神パターンの方が繊細で、私やミクの系列の方が大雑把って嘘じゃないかしら」
 どういう意味だろと考えて気づく。鈍感って言われたの、か。うわぁ、ちょっとショックかも。
 カイトにぃとわたしに使われている精神パターンテンプレートは、開発の人に言わせると、繊細で他の個体の機微を察するのに優れているらしい。でも、本当のところ、もしかしたらメイ姉やミク姉、それにレンに使われている精神パターンの方が鋭いのかも。……今までのことを思うと、確かにわたしやカイトにぃは鋭いとはいえないし……。
 わたしたち鈍感なのかなぁ。
 わたしがうなだれていると、メイ姉はクスッと笑って、手のひらをぱたぱたと振りながら言う。
「レンは私やミクと同じパターンが使われているから、それでわかったってことかもね。意外と同系統同士でシンパシーみたいなものがあるから。リンもカイトとは、なんとなく通ずるものがあるなって感じるでしょ?」
「うん、結構」
「私もミクやレンとは、なんとなーくだけど、考えてることがわかる気がする。ああ、今こう思ったんだって、確認しないでもわかるものなの」
「あ、確かに私もレンくんとかメイコ姉さんの言いたいことはわかる時が多いな。逆にカイトさんとリンちゃんは全然予想がつかなくて、思いもよらないこと言うからびっくりする」
 ……思いもよらないことって。
「そんなにヘンなこと言ってる?」
「ヘンなことじゃなくて、なんていうか、そういう考えはなかったぁ!みたいな新鮮な驚きが多くて、話してて楽しいよ。もちろんメイコ姉さんやレンくんと話してて楽しくないわけじゃないんだけど。勝手が違うの」
 勝手が違う、かぁ。
 わたしがレンに感じてる共感のようなものとはまた違うもの、わたしがカイトにぃに感じてた兄弟意識みたいなものを、メイ姉とミク姉とレンは共有してるんだろう。
 じゃあメイ姉とミク姉とレンって、カイトにぃとはどういう感じなんだろう、と、つい思ったことが声に出た。
 メイ姉がアハハと笑う。
「私たちとカイトねぇ。それはリンが私とミクに対して感じてるものと似たような感じよ、きっと」
「わたしは……メイ姉もミク姉もお姉さんって感じで……。その、好きだよ!すごく。このままずっと暮らしてたいくらいに!」
「あらぁ、愛の告白みたいね。私もリンのことかわいい妹だと思ってるわ。あ、ミクもね。レンはかわいい弟だし、カイトは……ちょっと手の掛かる弟って所かしら」
「私もリンちゃんのことはかわいい妹だと思ってる。メイコ姉さんは先輩でもあるお姉さんで、レンくんはしっかりした弟だと思ってる。カイトさんはなんだかお兄さんというより同じくらいの友達って感じかな。でもみんな家族だよ」
 わたしにとってメイ姉とミク姉はお姉さん、レンとは双子、カイトにぃはお兄さん……。カイトにぃ家族が出来たんだと田中博士が昨日言ってたけど、わたしたちにもそれは言えることだ。わたしたち、家族ってやつなんだって改めて思う。
「今まで結構長いこと一緒に暮らしてたんだから。同系機だろうが系列が近かろうが、あるいは違う系列だろうが、みんな家族ってやつなのよ」
 ふふふ、と三人で笑いあう。
 わたしたちはそれから一時間くらいずっと喋っていた。
 最近わたしが落ち込んでたりして長く話す機会なんてなかったし、こんな明るい雰囲気になることもなかったけど、今日はとてもポカポカした気分で話してる。
 ふと、鳥の鳴き声が聞こえて向こうに見える山を見る。
 あれ?
「なんか、さっきよりあの山近く見えるね」
 わたしにしてみれば何気ない、小さな発見を口にしただけだった。
 その言葉を聞いてメイ姉が、驚いた声を出した。
「メイコ姉さんどうしたの?」
「……遠くの山が大きく見える時は、雨が近い証拠」
「そういえばなんだか妙に水っぽい匂いがする」
 ミク姉が表情を曇らせる。
「山の天気は変わりやすい、まずいわね……。ミク、リン、荷物を片付けてそこの屋根の下に置いて!出来ればすぐに帰れるように支度もしておいて」
「レンとカイトにぃは?」
「どっちに行ったかわからないのに探しに行ってすれ違ったら困るわ。それに、別荘が近いとはいえここは山よ。遭難する可能性だって」
「じゃあ二人とも危ないよ!」
「二重に遭難したら意味ないでしょう!心配だけど、降る前に戻ってくることを祈るしかないわね」
 メイ姉が厳しい顔でそう言った。それはその通りだ、その通りだけど……。ひどく心配そうな顔をして、荷物をまとめ始めているミク姉の様子を見て、わたしも探しに行きたい気持ちを押し込めて言うことに従った。
 空を見ると、向こうのほうから灰色の雲がだんだんこちらに流れてきている。嫌な感じの色をした雲がそこまで迫っていた。
 急いで荷物をまとめて移動させたすぐ後、とうとう、ポツリポツリと雨が降り出した。
 小屋の中で止むのを待つことにしたけど、時間が経つにつれ雨はどんどんひどくなっている。風はさほど強くないが、バタバタと屋根で跳ね返る雨音が耳につく。
 山の天気は変わりやすい、この雨だってそう長くは続かない、そうメイ姉は言ったけど、確証はないし、短い時間でも雨のなか山を歩くのは危険だと思う。
 レンとカイトにぃを探しに行きたい!
 心の中のわたしが何度もそう言って暴れている。
 それに従って外に出たら、メイ姉とミク姉に迷惑がかかると、わたしの理性は言う。理性のほうが正しいと、心を静めるようにメイ姉がつけた炎を見つめていた。炎は隙間から流れる空気に揺れている。まるでわたしの心だ。
「よかったわね、薪が使えて」
「炭も残ってたし、誰か頻繁に使ってるのかも」
「山菜採りの人とか私有地とか気にしない人間っているものねぇ」
「山の管理も会社なのかな」
「なんじゃないかしら。そのうち売却するか何かに使うかしないと焦げ付きそう」
「あの別荘に呼ばれたのは保養所に使いたかったからとか」
「清掃と安全確認、ついでに希望も叶えましょうって?そうかもね」
 どうしてメイ姉もミク姉もこんなに冷静でいられるんだろう。
 わたしなんか、今すぐ飛び出したい衝動を抑えようとして、立ったり座ったり歩いたり、落ち着かないのに。
 何もできないのに、バカみたいにうろうろして、落ち着こうと思って座って、耐えられなくなってまたうろうろ。
 だってほんとにすごく心配なんだ。
 レンもカイトにぃと大切で、もし万が一のことがあったら、わたしはどうなるかわからないくらい。
 今だって、どうしていいかわからない。
 二人とも、無事でいて!


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