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『アンドロイドは電気羊の夢をみるか』文章保管用ブログ。
Posted by - 2024.11.22,Fri
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Posted by ささら - 2008.07.02,Wed
ミクとカイトの話。
おかしい、もっと明るいギャグ話になる予定だったのに。

「ララさんこんにちわー」
「あら、いらっしゃい」
 表通りの小奇麗な店、その横にある路地に入り、その店の裏にある事務所に入ったミクとカイトを、金髪のアンドロイドが迎える。
「今日はどうしたの」
 ララが聞くと、ミク言った。
「服を作ってほしくて」
「ミクちゃんの?」
「じゃなくて、カイトさんの」
 言ってミクは扉の影に隠れたままのカイトを呼ぶ。
 カイトがおずおずと室内に入ると、ララは、あらまぁと言って彼氏?と聞いた。
 ミクは違います!と強く否定して、同じ研究所に住んでいるボーカロイドだと説明した。
「ボーカロイドの、カイトさんのね」
「そうです。夏にコートはちょっとアレなので。あの、冷却材織り込みのものを作ってほしいんです。デザインは任せますので。いくらくらいになりますか?」
「そんなに高くはならないと思うけど。研究所の経費じゃないのね」
「私からのプレゼントなので」
 ミクの言葉にカイトが驚く。そういえば言ってなかったとミクは思った。
「だってカイトさん、服の代え三着くらいしかなくて前困ってたし、それにせっかく外に出られるようになったのに、研究所にこもりっぱなしでしょう?いい機会だと思って」
「でもミクのお金だし」
「いいの、私がプレゼントしたいの!と、言うわけでララさんお願いします」
「ふふふ、はいはい」
 ララはそう言うと、メジャーを取り出してカイトの寸法を測っていく。
 そうして小さな声で、
「ふぅん、同じなのね」
と、もらした。
「え?なんです?」
 ミクがそう聞くと、つぶやいたララは、なんでもないと言い、ミクもそれ以上は詮索しなかった。
 グルグルと巻かれているカイトは、困惑しながらミクの方を見て助けを求める。
 ミクはニコニコと笑いながらそれを受け流す。そもそもミクにとっては善行なのであり、カイトに辛い思いをさせているわけでもない。助けるもなにもないのだった。
 カイトは、そんなミクの様子を見て諦めた。
「ミク、ここは」
「うん、さっき言ったアンドロイド用の服を専門で作ってるところなの。私やメイコ姉さんもステージ衣装とかでお世話になってるのよ。普通表から入って注文するんだけど、ララさんに直接測ってもらったほうがいいと思って」
「より細かい対応ができますからね。ただの事務なので、専門ではありませんが。冷却材を織り込むということですが、熱がたまりやすいほうなのですか?」
 冷却材は冷えた状態を長時間保つことができる素材だ。長時間つけていると普通の人間には害があり、現在衣類の素材としてはアンドロイド用でしか使われておらず、また一般流通で出回らない高価な材料だ。
 カイトがつけている薄手のマフラーは冷却補助の役割を果たしており、冷却材が織り込まれている。
 首の部分だけではなく、体全体を、と考えた末にミクが出した結論が服を作ることだった。
「ええ、まあ、内蔵の冷却装置がほとんど停止状態で。今は外部からの冷却に頼ってます」
「……大変ですわね。コート自体も熱を溜め込まないように改造してあるようだけど、夏の屋外を歩き回ったら一時間持たないでしょう。確かに夏用に服の新調を勧めますわ」
「そうですよね!それに正直このコートが視覚的に暑くて」
 ミクが言った一言にカイトがゴメンと一言。
(いや責めてるわけじゃないんだけど、いやでも本当に見てると暑そうに見えて、暑いんだよね)
 ミクは思った。
「寸法はこれくらいで……熱をためないような設計で、冷却材使用で……お値段的にはこれくらいになるわね」
 電卓に打ち込まれた数字は、かなりの金額だった。サラリーマンの二ヶ月分の給料というところだろう。しかし、ミクはかなり稼いでいる。そして生活用品は基本的に研究所のお金から出るため貯金はたまり通しだったので、躊躇などせず即断で注文した。
「ミク、本気で買うの?その、たぶんあまり使うこともないと思うし」
「いいの。……気になるんだったら、そのうち何かで返してほしいな」
「何か」
「決めてないし、本当にそのうちでいいから」
 ミクはそう言って頭ひとつ違うカイトを見上げる。
 困ったように、わかったとカイトは言った。しかしやはり少々不服のようであった。
 ここに長くいたら、カイトにまた止められそうだと思ったミクは、さっさと出ようと誘う。
「服も頼んだし、まだ買い物あるからそろそろ行くね、ララさん」
「はい。ご注文ありがとうございました。メイコさんによろしく伝えて下さい」
 ミクは笑顔で返事をして、室外に出ようとすると、ララは「カイト、さん」と呼びかけた。外に出ようとしていたカイトはララの方に向く。
 呼びかけたはずのララは、それで、言葉を失ってしまった。あ、と声が出た後下に視線を向ける。そして、自分の左手にある指輪を見ながら言った。
「誰も彼も、辛いこともあればいいこともありますよ」
 その言葉に、カイトはこう返した。
「なら僕はそのうち辛いことがあるんでしょう。今とてもいいことがありましたから」

 二人が出て行った事務所にたたずむ。
 夏の暑さに彼は耐えられないだろう。
 いや、瞳の光の放ち方が、手首についていたタグが、夏まで持たないと告げていた。
 プレゼントが意味あるものになればいい、そしていいことばかりが続けばいいと、彼女はそう願った。

 人か天気か、それすらもわからない熱気と、最近肌で感じるようになった湿気が梅雨が近いと主張する。
 まだ日は高い。通りのビルに張り付いた時計は五時前を示していた。
 ミクとカイトは、何か買い忘れたかなと思い、表通りを歩く。
 そういえばメイコ姉さんに酒が足りないとか言われてたっけ、リンちゃんには冷凍みかん、レンくんには……あ、あっちの店のバナナクレープがいいかも……そんな会話をする。
 そしてミクがカイトの目を見て、「カイトさん」と呼んだ。
 カイトが、うんと言って返すと、ミクは「お返しについてなんだけど」と言った。
 そしてミクは深呼吸をして頬を少し赤らめる。
「カイトさんが、これからも一緒にいてくれて、それで、いつか、一緒に歌を歌う……お返しはそれにしてほしいな」
 照れ隠しのように、カイトを置いてクレープ屋まで猛然と駆ける。彼女は、はずかしさで顔を真っ赤にしていた。
 そんなミクの事など露もわからないカイトは、突然の言葉にポカンと立ち止まった。
 一瞬、感情の削れたように顔になる。それは一瞬だけで、すぐにまたいつもの穏やかさを取り戻した。
 カイトはミクの元気さがうらやましいな思いながら、少し早く歩いていく。
 結局、ミクの願いをかなえる約束を彼はしなかった。


次:日常その7
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