『アンドロイドは電気羊の夢をみるか』文章保管用ブログ。
Posted by ささら - 2008.07.07,Mon
七夕の話ですがタイトルと中身は全然関係ありません。
もっと明るい話の予定だったのになんでこうなったんでしょうか。
もっと明るい話の予定だったのになんでこうなったんでしょうか。
メイコがその朝起きてきたときには、もうリビングに笹が置いてあった。ちょうど出かけるところらしい所長がいて、話を聞けば、所長が調達してきたものらしい。
ミクとリンに根負けした、とは所長の弁だが、所長は自分たちボーカロイドにはとても甘い人なので、内心嬉々としながら用意したんだろうとメイコは思った。
飾りは自分たちで、と言われてしまったので、メイコはみんなが起きてくる前に、一番必要になるだろう短冊を作ることにした。
朝早い時間というわけでもないが、どうにも朝弱い人が多いこの研究所では、この時間起きているのはメイコくらいだ。たまに博士が起きているが、早起きなのではなくて徹夜である。
はさみを動かせば、無地の画用紙は瞬く間に長方形の紙に変わる。青、黄、白、赤、黒だとペンで文字が書けないので灰色で代用。色に意味があるらしいが、これくらいのアレンジは許してもらえるだろう。
短冊を足りるだろうと思われる数作り、さて、飾りを作らなくてはいけないが、その前に朝ごはんである。
困ったことにご飯担当のカイトと研究員の新井は朝弱いのだ。
パンを焼くくらいなら誰でもできるし、うまいと言うわけでもないがある程度の料理くらいはできるので、朝食の担当はいつもメイコだ。
よいしょと言って、作った短冊と残りの画用紙、はさみなんかを机の隅にどかすと、メイコは台所に立った。
おはようと二人分の声が聞こえた。ミクとレンだ。
起きてきたミクとレンに軽食を出して三人で食事を済ませる。
そして七夕の飾りの見本を前に、笹につるす飾りは何を作るかについて話しだした。
「網飾りとわっか綴りは簡単だからすぐ作れそうね。あとは笹につるす吹流しあたりか。何かリクエストある?」
「投網と屑籠って切るだけみたいだから簡単そう。どうせならいっぱい吊るしたいな」
ミクはそう言ってはさみを使うようなしぐさをする。
「あんまり量が多いと夜までに作りきれないわよ」
「それにゴミになるし」
メイコとレンの現実的な突っ込みにミクは、
「時間決めて、それまでに一人一種類担当で作れるだけ作ればいいんじゃないかな。ゴミになるっていうけど、来年も使うんだよ?」
と言った。
何かで頭を叩かれたような感覚をメイコはおぼえた。来年も使うという言葉を聞くとは思っていなかったためだ。
(来年。みんな来年も一緒にいるだろうか。私は……)
メイコは稼動してからもう3年も経っている。
そして、ミクというメイコの妹、上位互換がメイコの仕事と同じ範囲で活動をはじめた今、メイコの存在価値は以前に比べれば減っている。無くなったわけではないが、実のところメイコが活動する意味が無いと会社に思われれば、いつクビにされるかもわからないのだ。クビになればカイトと同じく試作品の実験台にされてつぶされる。それですら良い方の予想だ。最悪即座に廃棄なんてこともあるかもしれない。
(なんてね)
ネガティブすぎね、と、メイコは思った。
博士からの話や、開発部の状況を見るに、メイコがそうなるにはかなりかかるだろう。というのは、メイコは第二世代の量産され、その事業が軌道に乗った時に外向きの仕事をやめる、と決められていたからだ。
そして博士やメイコの予想通り、順当に第二世代の量産計画が遅れているのである。
リンの精神制御装置のバランス取りは難航中、レンは発音部分の改良中だ。ミクは特注も特注で作られており、大量生産品を使うと能力が下がり、あまりにも劣化して商品としては売り出せない。そして感情や感覚のフィードバックの量も全く足りていない。
だからまだまだ大丈夫だろうというのが、楽観的であり現実的な予想だった。
そう、問題はメイコではない。ミクでもリンでもレンでもない。
問題はカイトだ。
カイトは夏に近づくにつれて急速に弱ってきている。実験台として酷使され、蓄積されてきたダメージが、暑さと太陽、そして湿気によって浮き彫りになっていた。
この夏を越えられるかどうかわからない、それが博士の結論だった。
ミクは知らない。リンにもレンにも教えていない。教えないと決めたのはメイコだ。反省も後悔もない。これが一番いいと思ったからだった。
昨日の夜、彼の検査に立ち会った。仰々しい検査機械が並ぶ部屋の中、大量のコードに体を覆われながら彼は言った。
‘この研究所に来てからの時間はロスタイムみたいなものだった。その延長時間にこんなにうれしい事がたくさんあるなんて。みんなには、感謝してる’
いつまでかはわからないが、いつかは終わる時間。ロスタイムはまだ続いている。
おかしいものだ、先に作られた自分より、彼のほうが先に壊れそうだなんて。これが無常というものなのかもしれない。
「姉さん、メイコ姉さん」
話しかけられていたことに気がついて、声のするほうへ顔を向けると、ミクが無邪気な顔をして「どうしたの?」と聞いてくる。
考えを悟らせないようにぱっと頭と表情を切り替えてメイコは答えた。
「え、えぇ、なんでもないわ。ボーっとしてただけ」
「そ?それよりリンちゃんとカイトさん起きてきたみたい」
ミクの言うとおり、朝弱い組が到着したようだ。
仕事のない日の午後は歌の練習をする、というのがこの研究所での決まりだ。今日は全員仕事がないので、練習をする予定だった。
しかしミクとリンが飾り作りに熱中してしまい、博士が「どうせなら大量に作ればいいじゃな~い」と言ったため、午後もみんなで工作中。その様子を見た通りすがりの研究員新井は小学校の図工の授業みたいだと言った。
(それにしてもこれは作りすぎじゃないかしら)
メイコはそう思いながらも手は止めない。足元に置いた小さなダンボールがいっぱいになりそうだが、まだ作るのだろうか。
向こうではミクとリンとレンがなにか楽しそうにこそこそと作っている。
メイコのすぐ隣でわっかを作っているカイトが手を止めて、ミクたちの方を見るとメイコに話しかけた。
「楽しそうだね」
「そうね」
「いいことだね」
「そうね」
「めーちゃん楽しい?」
へらっとした笑い顔でカイトは聞いた。
メイコは一拍置いて答える。
「楽しいわよ」
「よかった」
「カイトはどうなの」
メイコは視線は手元に向けたまま聞きかえす。
カイトはすかさず言った。
「楽しいよ」
その言葉に、メイコは顔を上げてカイトの方を見る。
カイトは相変わらずニコニコと笑ったままだ。
「よかったわね」
肺から搾り出すような声になってしまったことをメイコは後悔した。
「天の川は見えそうにないね」
カイトはそう言うと、ずっと曇りみたいだから、と付け加えた。
「いいんじゃない、みんなで騒げれば」
「お酒はちょっと」
「ミクたちの手前ねー。博士と私はまあいいと思うけど。カイトはどうする?」
「僕は苦手だから」
「まあそうよね。まったりいきましょ」
「うん」
返事をして、十秒ほどの間があった。
そしてカイトが口を開く。
「めーちゃんは願い事書くの?」
「一応無難なものをね」
「聞いてもいい?」
短冊に名前も書くのだ。隠し立てできるわけでもないし、しようと思っているわけでもないから素直に話すことにした。
「普通よ。これからもみんな仲良くできますようにって」
口に出すと恥ずかしかった。少し顔が赤くなる。
カイトはそれを聞いて少しさびしそうな顔をした。
「そっか、叶うといいね」
それだけ答えてカイトも手を動かし始める。
カイトの願い事は気になったが、メイコは聞かないことにした。
悲しい答えが返ってきそうだったから。
夜、地上の光を反射してうすぼんやりと光る雲が見える。
星空は見えない。
なんだかんだといって宴会のようになってしまった。
今は宴のあと、というところだ。
ミクとリンレンは寝てしまった。カイトはその三人より先にダウン。先ほど一通りの片付けを終わらせた博士が自室に戻っていった。リビングにはメイコ一人。
そろそろあがろうと笹を見やる。
飾りで大盛況のその笹には他愛のない願い事が書かれた短冊がいくつかつるしてある。
歌がうまくなりますようにとか、背が伸びますようにだとか……。
そして4枚、同じ願いが書かれた短冊がある。
‘いつまでも仲良く一緒にいられますように’
叶おうとも、叶わなくとも、願うことに意味がある。
そうメイコは思いたかった。
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ミクとリンに根負けした、とは所長の弁だが、所長は自分たちボーカロイドにはとても甘い人なので、内心嬉々としながら用意したんだろうとメイコは思った。
飾りは自分たちで、と言われてしまったので、メイコはみんなが起きてくる前に、一番必要になるだろう短冊を作ることにした。
朝早い時間というわけでもないが、どうにも朝弱い人が多いこの研究所では、この時間起きているのはメイコくらいだ。たまに博士が起きているが、早起きなのではなくて徹夜である。
はさみを動かせば、無地の画用紙は瞬く間に長方形の紙に変わる。青、黄、白、赤、黒だとペンで文字が書けないので灰色で代用。色に意味があるらしいが、これくらいのアレンジは許してもらえるだろう。
短冊を足りるだろうと思われる数作り、さて、飾りを作らなくてはいけないが、その前に朝ごはんである。
困ったことにご飯担当のカイトと研究員の新井は朝弱いのだ。
パンを焼くくらいなら誰でもできるし、うまいと言うわけでもないがある程度の料理くらいはできるので、朝食の担当はいつもメイコだ。
よいしょと言って、作った短冊と残りの画用紙、はさみなんかを机の隅にどかすと、メイコは台所に立った。
おはようと二人分の声が聞こえた。ミクとレンだ。
起きてきたミクとレンに軽食を出して三人で食事を済ませる。
そして七夕の飾りの見本を前に、笹につるす飾りは何を作るかについて話しだした。
「網飾りとわっか綴りは簡単だからすぐ作れそうね。あとは笹につるす吹流しあたりか。何かリクエストある?」
「投網と屑籠って切るだけみたいだから簡単そう。どうせならいっぱい吊るしたいな」
ミクはそう言ってはさみを使うようなしぐさをする。
「あんまり量が多いと夜までに作りきれないわよ」
「それにゴミになるし」
メイコとレンの現実的な突っ込みにミクは、
「時間決めて、それまでに一人一種類担当で作れるだけ作ればいいんじゃないかな。ゴミになるっていうけど、来年も使うんだよ?」
と言った。
何かで頭を叩かれたような感覚をメイコはおぼえた。来年も使うという言葉を聞くとは思っていなかったためだ。
(来年。みんな来年も一緒にいるだろうか。私は……)
メイコは稼動してからもう3年も経っている。
そして、ミクというメイコの妹、上位互換がメイコの仕事と同じ範囲で活動をはじめた今、メイコの存在価値は以前に比べれば減っている。無くなったわけではないが、実のところメイコが活動する意味が無いと会社に思われれば、いつクビにされるかもわからないのだ。クビになればカイトと同じく試作品の実験台にされてつぶされる。それですら良い方の予想だ。最悪即座に廃棄なんてこともあるかもしれない。
(なんてね)
ネガティブすぎね、と、メイコは思った。
博士からの話や、開発部の状況を見るに、メイコがそうなるにはかなりかかるだろう。というのは、メイコは第二世代の量産され、その事業が軌道に乗った時に外向きの仕事をやめる、と決められていたからだ。
そして博士やメイコの予想通り、順当に第二世代の量産計画が遅れているのである。
リンの精神制御装置のバランス取りは難航中、レンは発音部分の改良中だ。ミクは特注も特注で作られており、大量生産品を使うと能力が下がり、あまりにも劣化して商品としては売り出せない。そして感情や感覚のフィードバックの量も全く足りていない。
だからまだまだ大丈夫だろうというのが、楽観的であり現実的な予想だった。
そう、問題はメイコではない。ミクでもリンでもレンでもない。
問題はカイトだ。
カイトは夏に近づくにつれて急速に弱ってきている。実験台として酷使され、蓄積されてきたダメージが、暑さと太陽、そして湿気によって浮き彫りになっていた。
この夏を越えられるかどうかわからない、それが博士の結論だった。
ミクは知らない。リンにもレンにも教えていない。教えないと決めたのはメイコだ。反省も後悔もない。これが一番いいと思ったからだった。
昨日の夜、彼の検査に立ち会った。仰々しい検査機械が並ぶ部屋の中、大量のコードに体を覆われながら彼は言った。
‘この研究所に来てからの時間はロスタイムみたいなものだった。その延長時間にこんなにうれしい事がたくさんあるなんて。みんなには、感謝してる’
いつまでかはわからないが、いつかは終わる時間。ロスタイムはまだ続いている。
おかしいものだ、先に作られた自分より、彼のほうが先に壊れそうだなんて。これが無常というものなのかもしれない。
「姉さん、メイコ姉さん」
話しかけられていたことに気がついて、声のするほうへ顔を向けると、ミクが無邪気な顔をして「どうしたの?」と聞いてくる。
考えを悟らせないようにぱっと頭と表情を切り替えてメイコは答えた。
「え、えぇ、なんでもないわ。ボーっとしてただけ」
「そ?それよりリンちゃんとカイトさん起きてきたみたい」
ミクの言うとおり、朝弱い組が到着したようだ。
仕事のない日の午後は歌の練習をする、というのがこの研究所での決まりだ。今日は全員仕事がないので、練習をする予定だった。
しかしミクとリンが飾り作りに熱中してしまい、博士が「どうせなら大量に作ればいいじゃな~い」と言ったため、午後もみんなで工作中。その様子を見た通りすがりの研究員新井は小学校の図工の授業みたいだと言った。
(それにしてもこれは作りすぎじゃないかしら)
メイコはそう思いながらも手は止めない。足元に置いた小さなダンボールがいっぱいになりそうだが、まだ作るのだろうか。
向こうではミクとリンとレンがなにか楽しそうにこそこそと作っている。
メイコのすぐ隣でわっかを作っているカイトが手を止めて、ミクたちの方を見るとメイコに話しかけた。
「楽しそうだね」
「そうね」
「いいことだね」
「そうね」
「めーちゃん楽しい?」
へらっとした笑い顔でカイトは聞いた。
メイコは一拍置いて答える。
「楽しいわよ」
「よかった」
「カイトはどうなの」
メイコは視線は手元に向けたまま聞きかえす。
カイトはすかさず言った。
「楽しいよ」
その言葉に、メイコは顔を上げてカイトの方を見る。
カイトは相変わらずニコニコと笑ったままだ。
「よかったわね」
肺から搾り出すような声になってしまったことをメイコは後悔した。
「天の川は見えそうにないね」
カイトはそう言うと、ずっと曇りみたいだから、と付け加えた。
「いいんじゃない、みんなで騒げれば」
「お酒はちょっと」
「ミクたちの手前ねー。博士と私はまあいいと思うけど。カイトはどうする?」
「僕は苦手だから」
「まあそうよね。まったりいきましょ」
「うん」
返事をして、十秒ほどの間があった。
そしてカイトが口を開く。
「めーちゃんは願い事書くの?」
「一応無難なものをね」
「聞いてもいい?」
短冊に名前も書くのだ。隠し立てできるわけでもないし、しようと思っているわけでもないから素直に話すことにした。
「普通よ。これからもみんな仲良くできますようにって」
口に出すと恥ずかしかった。少し顔が赤くなる。
カイトはそれを聞いて少しさびしそうな顔をした。
「そっか、叶うといいね」
それだけ答えてカイトも手を動かし始める。
カイトの願い事は気になったが、メイコは聞かないことにした。
悲しい答えが返ってきそうだったから。
夜、地上の光を反射してうすぼんやりと光る雲が見える。
星空は見えない。
なんだかんだといって宴会のようになってしまった。
今は宴のあと、というところだ。
ミクとリンレンは寝てしまった。カイトはその三人より先にダウン。先ほど一通りの片付けを終わらせた博士が自室に戻っていった。リビングにはメイコ一人。
そろそろあがろうと笹を見やる。
飾りで大盛況のその笹には他愛のない願い事が書かれた短冊がいくつかつるしてある。
歌がうまくなりますようにとか、背が伸びますようにだとか……。
そして4枚、同じ願いが書かれた短冊がある。
‘いつまでも仲良く一緒にいられますように’
叶おうとも、叶わなくとも、願うことに意味がある。
そうメイコは思いたかった。
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