『アンドロイドは電気羊の夢をみるか』文章保管用ブログ。
Posted by ささら - 2008.07.20,Sun
時期は7月。
「ミク姉!」
「うひゃあ!」
ソファに座っているミク姉を見つけて後ろから声をかけると、集中していたみたいですごくびっくりされた。
ごめんと謝って覗き込むと、ミク姉は数枚の紙を持っていた。
「何してるの?……楽譜?」
「八月の終わりのライブあわせの新曲。他にあと二曲覚えなきゃいけないの」
そういえば八月にミク姉とメイコ姉でライブをやるという話だった。
「大変だ」
「ううん、歌うの好きだから楽しいよ。ライブも好きなんだ」
ボーカロイドは基本的に歌うのが好きだ。だから歌える機会なら何でも楽しいと思う。六月にやった街頭ライブも楽しそうだった。
特別に用意してもらった席で見ていたわたしも楽しかったし、レンやメイコ姉も楽しそうにしてた。
楽しかったと同時に、正直うらやましいと思った。わたしとレンはまだ公衆の面前で歌う機会がない。あんまり発音とか良くなくて、まだまだ改良中だからだ。
メイコ姉やミク姉はがとってもうらやましい。妬んでるわけじゃないから特に言わないけどね。
がちゃっと音がしてメイコ姉が、続いてレンと博士が入ってきた。
「あ、二人ともいるわね。じゃあみんないるし、発表と行きましょう」
「発表?」
メイコ姉は両手を腰に当てた姿でみんなを見回す。
そして「リン、レン!」と呼んだ。
「明日から一週間くらい開発部に行って貰います」
「え、なんで」
「新発声システムの解禁だそうよ。突然のことだけど」
新システム?つまり発声にかかわる部分とっかえるってこと?
わたしの横でレンもびっくりした顔してる。声も出ないみたいだ。
二人で固まってるわたしたちに、博士が実はねぇと話し出す。
「ふたりが二月にメンテ行った時に部品の取り付け自体はやっちゃっててね。今まで部品に慣れさせるために制約を付けてたんだけど、このたびそれを取っ払うことになりましたー。おめでとぉぉ」
「……!発声よくなるの!?」
「よくなると思うよー、ふたり次第だけどねー」
「やったぁ!」
思わず声を上げると、横でいつもはそんな行動しないレンがガッツポーズして喜んでいた。
「発音よくなるかな、子音の発音とか!」
「オレ、音の繋ぎよくしたい」
「その辺はふたりの練習次第だって」
すごくうれしい。どうしよう、うれしすぎて走り回りたいよ。
二人で喜んでいると、メイコ姉がゴホンッと咳払いした。
「それで、お披露目みたいな意味合いで、ふたりには来月の私とミクのライブにゲスト出演することになりました。時間もないし練習増えるから覚悟しときなさいよ」
……え?
頭の中でメイコ姉の言葉をもう一度繰り返す。
……ライブにゲスト出演……?
ゲスト……。
え…………えええええええええ!
本当に、間違いないの?ドッキリじゃないの?
驚きすぎてわたしもレンも完全に固まってる。
「メイコ姉さん本当?」
ミク姉も驚いて、固まってるわたしたちの代わりにすぐメイコ姉に確認。
ふふふと笑みをこぼしながらメイコ姉はうなづいた。
「本当よ。ミクには色々手伝いとかして貰う事になるわ。自分の練習もあって大変だろうけど、がんばりましょう」
「もちろん。ふたりとも、良かったね!これでデビューじゃない!」
「えへへへ」
顔のにやけが止まらない。今こんなうれしいこと他にないってくらいの気持ち。
「博士!聞きましたよぉ、リンとレンがデビューですって!今日の夕食はステーキにします、超奮発です!あ、赤飯の方がいいかしらどうしましょう」
勢い良く所員の新井さんが入ってきて声を弾ませてる。
その顔があんまりにもうれしそうで、喜ばれてるのはわかってるんだけど、なんだか面白く思えて笑っちゃった。
ひどいよと言って怒る新井さん、それを見るみんなは笑顔で、温かな空気で……。
今日は人生で最良の日だ、そう思った。
音が広がる気配がした。二つの音が静かに空に染み込む。沈み込んだ音が、煌いて存在を主張するように部屋の中を駆け回る。
(これは……)
意識が空中で踊りだす感覚に、メイコは慌てた。腰から下に力を入れて身体に意識を戻すと、今度は身体ごと引き回される感覚に舌を巻く。
素直にすごいものだと認めた。彼女たちの感覚は嘘をつかない、歌に関しては特にだ。
隣にいるミクはすでにノッていて、全身でリズムを取りその感覚に身を任せていた。緑のツインテールが四つ打ちと共に揺れる。
二人の致命的な弱点、音同士の繋がりの悪さがなくなって、滑らかになっている。だが、前よりも力の入れ方が弱くなってしまっていることに、メイコは気が付いた。
この先のサビはそれまでの滑らかで優しげな歌い方と一転して、力強さと荒さが求められる。
どうする?そのままでやればただの優しい歌で終わってしまう。この曲は、力強さと優しさ、滑らかさと荒さが同居する、それが魅力なのだ。
曲調が一転する。力強いベースとドラムの音が盛り上がり、それに合わせ二人は息を吸い込んだ。
脳天を直撃するような音。衝撃のような音がメイコの杞憂を吹き飛ばした。
切り替えたのだと、その音をひとつ聞いただけで理解した。
(二つのシステムを入れ替えられる……これが新しい長所なのね。まったく、手ごわいライバルになりそう)
まだ歌は続く。それまで、メイコは意地を張るのをやめて身を任せることにした。
「二人ともすごかったよ!特にサビに入ったとき、それまでとは全然違う声が聞こえて、もう、聞いてる人の意識を全部もってっちゃう!って感じだった!」
歌が終わるとミクはひたすら褒めちぎった。メイコも異論はなく、にこやかによくやったわねと褒める。
練習室にある椅子に腰掛けたリンとレンは、その言葉をくすぐったそうに受けとめている。
「ま、まだまだだよ~。システムの入れ替えの繋ぎとか、タイミングとか……それに新しいほうだと高音と低音で差がでちゃってさ。特にレンは低音がねぇ」
「リン言うなよ。低音は、確かに発音悪くなったけどさ、でも練習次第だろ」
「そうそう、何事も練習次第。慣れれば慣れるほどうまくなるのがボーカロイドだもんね!」
ミクの言葉に、リンとレンはほっと安心したような顔を見せる。やっぱり内心不安だったのだとミクとメイコは察した。
「とりあえず二人ともその新しいシステムに慣れなさい。そのためにはまず、練習ね」
はい!と二人は晴れやかな顔で勢い良く返事をする。
それと同時に練習室の扉が開き、小麦粉の香りと共に入ってきた人影が一人分。
「お疲れ様。クッキーと紅茶持って来たよ」
カイトが持っていたトレイには紅茶とカップ、腕にかけた籠にはどうやらクッキーが入っているらしく、その香りが食欲を誘う。
ずっと練習していると集中力がなくなるからという理由で一休み入れる。食欲に抗う事ができなかったというところが本当だろう。
もぐもぐと口を動かしながら話すのは、これからの事だ。
「今度のライブだけど実は演目がちゃんと決まってなかったりするのよね。ま、むしろ色々ねじ込めるかも?」
「リンちゃんとレンくんはコーラスって事になってるけど、一曲くらい二人がメインのを入れたいな。無理かな」
「どうかしら。掛け合ってみましょうか?」
「え、ええ?無理だからいいよ、メイコ姉」
「こういう場合わがまま言うといいわよ、自信にも繋がるわ」
メイコとミク、それにリンはライブの演目について話し、それをカイトは楽しそうに、レンはうつむいて無言で聞いていた。
おもむろにレンは持ってきていた手提げの中から封筒を取り出す。書類が入る大きさで、それなりの厚さがあった。
封筒をカイトの目の前に何も言わず差し出すと、彼はどうしたの?と小首をかしげた。
「向こうで、あの博士からカイトにって。中身は知らない」
封を切る動作が、レンには一瞬躊躇したように見えた。
中から出てきたのは数枚の五線譜と音楽ディスク、そして折りたたまれたメモ。
カイトはメモを読むと少し眉をハの字に曲げる。悲しそうとは違う、違和感のある表情。
そして、レンに他を渡した。みんな宛だと言って。
受け取った手から音楽ディスクだけすり抜けていく。
犯人のリンは、かけるよーと言って返事も聞かずに備え付けてあった再生機にセットした。
音楽が再生機から流れ出す。
「あ、明るい曲だね」
ミクの言うとおり明るい楽しげな曲調だ。リンとミクがメロディを追いかけるように鼻歌を歌い、メイコも聞き入っている。
楽譜を持っていたレンが、見ながら歌を付け始めた。たどたどしい歌い方だが、それでもカイトには命が吹き込まれたかのように音が光って見える気がした。
曲が終わると、いい曲だねと誰からともなく言った。
「これライブでやれないかな」
「いいわね。明るいし、みんなで歌うようにパートが分かれてるし、それぞれソロがあるし。掛け合ってみましょ。それにしてもいい歌詞ね」
メイコが褒めると、博士は作詞作曲が趣味なんだとその博士の下にいたアンドロイドは答える。
「そういえば前のもすごくよかった」
「前の?」
カイトが聞き返すと、聞き返されたレンはカイトに答えず、リンに強い口調で言った。
「リン、田中博士に貰ったディスクとテープどうしたんだよ。お前勝手に持ってっただろ。……あ、おい……逃げた」
リンはレンの言葉の途中で顔を歪ませた。そしてあははと乾いた笑いを振りまき、部屋を飛び出す。
周りはわけが分からず、少しなんとも言えない沈黙。
その中でメイコが、咳払いをしてから、「テープって?」とレンに問いかけた。
「最初に会った時に貰ったんだ。インストの曲入ったディスクと、それからカイトの歌が入ったテープ」
「……!」
「カイトさんの歌?聞きたーい」
ビクリと肩を揺らしたカイトは、視線を落とした先の床を見ながらミクの無邪気な声を聞く。
「リンが持ってる」
「そうなんだ、じゃあリンちゃんに今度聞かせてもらおうっと」
「素直に出してくれるといいけど。リンはあのテープに妙に執着してるらしくて。どこにやったんだか」
レンは楽譜で顔を軽く仰ぎながら言う。
視線の先はリンが出て行って閉め忘れられたドア。
その視界の端に下を向いたままのカイトを見て一つため息をもらした。
次:深夜、失われた歌を前に
「うひゃあ!」
ソファに座っているミク姉を見つけて後ろから声をかけると、集中していたみたいですごくびっくりされた。
ごめんと謝って覗き込むと、ミク姉は数枚の紙を持っていた。
「何してるの?……楽譜?」
「八月の終わりのライブあわせの新曲。他にあと二曲覚えなきゃいけないの」
そういえば八月にミク姉とメイコ姉でライブをやるという話だった。
「大変だ」
「ううん、歌うの好きだから楽しいよ。ライブも好きなんだ」
ボーカロイドは基本的に歌うのが好きだ。だから歌える機会なら何でも楽しいと思う。六月にやった街頭ライブも楽しそうだった。
特別に用意してもらった席で見ていたわたしも楽しかったし、レンやメイコ姉も楽しそうにしてた。
楽しかったと同時に、正直うらやましいと思った。わたしとレンはまだ公衆の面前で歌う機会がない。あんまり発音とか良くなくて、まだまだ改良中だからだ。
メイコ姉やミク姉はがとってもうらやましい。妬んでるわけじゃないから特に言わないけどね。
がちゃっと音がしてメイコ姉が、続いてレンと博士が入ってきた。
「あ、二人ともいるわね。じゃあみんないるし、発表と行きましょう」
「発表?」
メイコ姉は両手を腰に当てた姿でみんなを見回す。
そして「リン、レン!」と呼んだ。
「明日から一週間くらい開発部に行って貰います」
「え、なんで」
「新発声システムの解禁だそうよ。突然のことだけど」
新システム?つまり発声にかかわる部分とっかえるってこと?
わたしの横でレンもびっくりした顔してる。声も出ないみたいだ。
二人で固まってるわたしたちに、博士が実はねぇと話し出す。
「ふたりが二月にメンテ行った時に部品の取り付け自体はやっちゃっててね。今まで部品に慣れさせるために制約を付けてたんだけど、このたびそれを取っ払うことになりましたー。おめでとぉぉ」
「……!発声よくなるの!?」
「よくなると思うよー、ふたり次第だけどねー」
「やったぁ!」
思わず声を上げると、横でいつもはそんな行動しないレンがガッツポーズして喜んでいた。
「発音よくなるかな、子音の発音とか!」
「オレ、音の繋ぎよくしたい」
「その辺はふたりの練習次第だって」
すごくうれしい。どうしよう、うれしすぎて走り回りたいよ。
二人で喜んでいると、メイコ姉がゴホンッと咳払いした。
「それで、お披露目みたいな意味合いで、ふたりには来月の私とミクのライブにゲスト出演することになりました。時間もないし練習増えるから覚悟しときなさいよ」
……え?
頭の中でメイコ姉の言葉をもう一度繰り返す。
……ライブにゲスト出演……?
ゲスト……。
え…………えええええええええ!
本当に、間違いないの?ドッキリじゃないの?
驚きすぎてわたしもレンも完全に固まってる。
「メイコ姉さん本当?」
ミク姉も驚いて、固まってるわたしたちの代わりにすぐメイコ姉に確認。
ふふふと笑みをこぼしながらメイコ姉はうなづいた。
「本当よ。ミクには色々手伝いとかして貰う事になるわ。自分の練習もあって大変だろうけど、がんばりましょう」
「もちろん。ふたりとも、良かったね!これでデビューじゃない!」
「えへへへ」
顔のにやけが止まらない。今こんなうれしいこと他にないってくらいの気持ち。
「博士!聞きましたよぉ、リンとレンがデビューですって!今日の夕食はステーキにします、超奮発です!あ、赤飯の方がいいかしらどうしましょう」
勢い良く所員の新井さんが入ってきて声を弾ませてる。
その顔があんまりにもうれしそうで、喜ばれてるのはわかってるんだけど、なんだか面白く思えて笑っちゃった。
ひどいよと言って怒る新井さん、それを見るみんなは笑顔で、温かな空気で……。
今日は人生で最良の日だ、そう思った。
音が広がる気配がした。二つの音が静かに空に染み込む。沈み込んだ音が、煌いて存在を主張するように部屋の中を駆け回る。
(これは……)
意識が空中で踊りだす感覚に、メイコは慌てた。腰から下に力を入れて身体に意識を戻すと、今度は身体ごと引き回される感覚に舌を巻く。
素直にすごいものだと認めた。彼女たちの感覚は嘘をつかない、歌に関しては特にだ。
隣にいるミクはすでにノッていて、全身でリズムを取りその感覚に身を任せていた。緑のツインテールが四つ打ちと共に揺れる。
二人の致命的な弱点、音同士の繋がりの悪さがなくなって、滑らかになっている。だが、前よりも力の入れ方が弱くなってしまっていることに、メイコは気が付いた。
この先のサビはそれまでの滑らかで優しげな歌い方と一転して、力強さと荒さが求められる。
どうする?そのままでやればただの優しい歌で終わってしまう。この曲は、力強さと優しさ、滑らかさと荒さが同居する、それが魅力なのだ。
曲調が一転する。力強いベースとドラムの音が盛り上がり、それに合わせ二人は息を吸い込んだ。
脳天を直撃するような音。衝撃のような音がメイコの杞憂を吹き飛ばした。
切り替えたのだと、その音をひとつ聞いただけで理解した。
(二つのシステムを入れ替えられる……これが新しい長所なのね。まったく、手ごわいライバルになりそう)
まだ歌は続く。それまで、メイコは意地を張るのをやめて身を任せることにした。
「二人ともすごかったよ!特にサビに入ったとき、それまでとは全然違う声が聞こえて、もう、聞いてる人の意識を全部もってっちゃう!って感じだった!」
歌が終わるとミクはひたすら褒めちぎった。メイコも異論はなく、にこやかによくやったわねと褒める。
練習室にある椅子に腰掛けたリンとレンは、その言葉をくすぐったそうに受けとめている。
「ま、まだまだだよ~。システムの入れ替えの繋ぎとか、タイミングとか……それに新しいほうだと高音と低音で差がでちゃってさ。特にレンは低音がねぇ」
「リン言うなよ。低音は、確かに発音悪くなったけどさ、でも練習次第だろ」
「そうそう、何事も練習次第。慣れれば慣れるほどうまくなるのがボーカロイドだもんね!」
ミクの言葉に、リンとレンはほっと安心したような顔を見せる。やっぱり内心不安だったのだとミクとメイコは察した。
「とりあえず二人ともその新しいシステムに慣れなさい。そのためにはまず、練習ね」
はい!と二人は晴れやかな顔で勢い良く返事をする。
それと同時に練習室の扉が開き、小麦粉の香りと共に入ってきた人影が一人分。
「お疲れ様。クッキーと紅茶持って来たよ」
カイトが持っていたトレイには紅茶とカップ、腕にかけた籠にはどうやらクッキーが入っているらしく、その香りが食欲を誘う。
ずっと練習していると集中力がなくなるからという理由で一休み入れる。食欲に抗う事ができなかったというところが本当だろう。
もぐもぐと口を動かしながら話すのは、これからの事だ。
「今度のライブだけど実は演目がちゃんと決まってなかったりするのよね。ま、むしろ色々ねじ込めるかも?」
「リンちゃんとレンくんはコーラスって事になってるけど、一曲くらい二人がメインのを入れたいな。無理かな」
「どうかしら。掛け合ってみましょうか?」
「え、ええ?無理だからいいよ、メイコ姉」
「こういう場合わがまま言うといいわよ、自信にも繋がるわ」
メイコとミク、それにリンはライブの演目について話し、それをカイトは楽しそうに、レンはうつむいて無言で聞いていた。
おもむろにレンは持ってきていた手提げの中から封筒を取り出す。書類が入る大きさで、それなりの厚さがあった。
封筒をカイトの目の前に何も言わず差し出すと、彼はどうしたの?と小首をかしげた。
「向こうで、あの博士からカイトにって。中身は知らない」
封を切る動作が、レンには一瞬躊躇したように見えた。
中から出てきたのは数枚の五線譜と音楽ディスク、そして折りたたまれたメモ。
カイトはメモを読むと少し眉をハの字に曲げる。悲しそうとは違う、違和感のある表情。
そして、レンに他を渡した。みんな宛だと言って。
受け取った手から音楽ディスクだけすり抜けていく。
犯人のリンは、かけるよーと言って返事も聞かずに備え付けてあった再生機にセットした。
音楽が再生機から流れ出す。
「あ、明るい曲だね」
ミクの言うとおり明るい楽しげな曲調だ。リンとミクがメロディを追いかけるように鼻歌を歌い、メイコも聞き入っている。
楽譜を持っていたレンが、見ながら歌を付け始めた。たどたどしい歌い方だが、それでもカイトには命が吹き込まれたかのように音が光って見える気がした。
曲が終わると、いい曲だねと誰からともなく言った。
「これライブでやれないかな」
「いいわね。明るいし、みんなで歌うようにパートが分かれてるし、それぞれソロがあるし。掛け合ってみましょ。それにしてもいい歌詞ね」
メイコが褒めると、博士は作詞作曲が趣味なんだとその博士の下にいたアンドロイドは答える。
「そういえば前のもすごくよかった」
「前の?」
カイトが聞き返すと、聞き返されたレンはカイトに答えず、リンに強い口調で言った。
「リン、田中博士に貰ったディスクとテープどうしたんだよ。お前勝手に持ってっただろ。……あ、おい……逃げた」
リンはレンの言葉の途中で顔を歪ませた。そしてあははと乾いた笑いを振りまき、部屋を飛び出す。
周りはわけが分からず、少しなんとも言えない沈黙。
その中でメイコが、咳払いをしてから、「テープって?」とレンに問いかけた。
「最初に会った時に貰ったんだ。インストの曲入ったディスクと、それからカイトの歌が入ったテープ」
「……!」
「カイトさんの歌?聞きたーい」
ビクリと肩を揺らしたカイトは、視線を落とした先の床を見ながらミクの無邪気な声を聞く。
「リンが持ってる」
「そうなんだ、じゃあリンちゃんに今度聞かせてもらおうっと」
「素直に出してくれるといいけど。リンはあのテープに妙に執着してるらしくて。どこにやったんだか」
レンは楽譜で顔を軽く仰ぎながら言う。
視線の先はリンが出て行って閉め忘れられたドア。
その視界の端に下を向いたままのカイトを見て一つため息をもらした。
次:深夜、失われた歌を前に
PR