おねーさんも中々カラカラ回ってるものなのです。
夜も更けて、さぁお風呂に入って寝ようという時間になって、博士がさらりと「メイコ、明日誕生日だね」と言った。
なんと明日はメイコ姉さんの誕生日だったらしい。
知らなかった!
早く教えてくれればよかったのに。
「もう3回目だもの、別にお祝いなんていらないわよ」
メイコ姉さんはそう言うけど、そういう問題じゃないんだって。
「でもそれじゃメイコ姉が、ていうか、わたしたちが困るよ」
リンちゃんが言う。全くその通りだと、私やレンくんが同意した。
「じゃあ、後で、なんでもいいから何か歌って。それでいいわ」
「それってなんか、テキトーっぽいよ」
「いいじゃない、適当、なんでしょう」
屁理屈だ。メイコ姉さんがこんな事言うなんて珍しい。
「いつかでいいわ。本当よ」
と言って、メイコ姉さんはさっさとお風呂に入ると言って出て行ってしまった。
「……どうしよ」
困った。何も用意してない。
そもそも、なぜか姉さんの誕生日の事を少しも考えてなかった。なんて薄情な事なんだろうか。ちょっと憂鬱だ。
「とりあえず、明日何か用意しないと」
「そうだね。何もなしって一番ダメ」
レンくんが案を出すと、リンちゃんも賛同する。
あ、でも私は。
「明日仕事だ」
「……まあそれは仕方ないって。ミク姉は忙しいし。買うのは、オレとリンでやるから」
うーん、自分だけ何もしないというわけにも。でも仕事休むわけにもいかないしなぁ。
隣で見ていた博士が、「そういえばミクの仕事、何時から何時までだっけ」と言う。
「んっと……明日9時からいつものスタジオで、夕方に終わる予定だったはず」
「じゃあその後買いに行けばいいんじゃないかなぁ~。お金は出してあげるから、みんなで行っておいで」
そう博士が言うと、リンちゃんが、何か思いついたように、あっと声を出した。
「それなら……」
今日はメンテナンスの日で、朝からずっとメンテナンス室に篭っていた。夕方になり開放されると、自然とため息が漏れる。体の状態を見るだけなのだが、これが疲れて仕方がない。
正直カイトはほぼ毎日これをやっていたて良く耐えられたなと思う。それ以前に、あんな酷い状態では、普通に活動しているだけで辛かっただろう。
こんな事を考えても、結局私の想像に過ぎない。安易な想像は出来るが、実際のところ、本当に何を思っていたかはわからない。
……最後まで、彼のことを私はわかる事ができなかったと、今頃になって思う。
私の方が一年半くらい先に作られて、私のほうが年長だったけれど、経験した事が違って、見えているものが違った。
私はそれを察する事が出来たのか?自分が同じボーカロイドの年長として動けていたのかを、言ってしまえば姉足りえたのかを考えてしまう。
カイト相手だけじゃなく、ミクや、リンや、レンにも、姉らしくできているか。頼られているか、支えられているか、助ける事が出来ているか。私はふさわしいか。
その考えが酒を飲む折にどうしても頭から離れなくて、ついつい飲む量が増えている。そろそろ本気でミクたちに怒られてしまうだろうから、自重しなくてはいけないとは思うのだけど……。
ああ不毛。本当に不毛。もっと生産的な事をしないといけない。せめてミクたちに心配かけるような真似だけは止めなければ。
そういうわけで、自室で譜面と余り身が入らないにらめっこをしていると、ノック音がして博士の声が聞こえた。
「メイコ、出かけるよー」
突然そんな事を言われて、そのままタクシーに乗せられた。
そうして、私と博士を乗せたタクシーは街中を進む。
電車で来ると三十分ほどかかる所にある、小奇麗な繁華街だ。
「博士、何の用事でしょうか」
「秘密。ほら、お誕生日だからねーミクたちもなにか用意してるらしいヨ」
「秘密に出来てないじゃないですか!」
「気のせいで~す。あ、僕からはレストランでお食事のプレゼント。オシャレでしょ~」
この人はいつもふざけている風に喋る。
最初は、ボーカロイドの相手という役柄に不満があって、そんな言動をしているのではないかと思ったりもしたが、数ヶ月でその疑問は払拭された。この言葉遣いは明らかに地だ。
でも、私が緊張しないようにという配慮でもあったと今では思うし、そういう気配りが出来る人であることを知っている。……知ることが出来た、というのが事実を端的に表した言葉だろうか。
「メイコ沈んじゃってるのが、みんなして嫌なのさ」
「沈んでません」
「篭りがちなだけ?」
そうでもない、はずだ。
そう思ったけれど、そういえば……みんなと一緒の時間が……減ったような……気がする?
「メイコにさー、カイトの体調を隠さずいた事、ちょおっと後悔してるんだよね。こーんなに気にすると思ってなかったから。ミクもリンもレンも、最近のメイコの事をとぉっても心配してるんだよ」
「カイトのせいと言うわけじゃありません」
「でもそれが契機で気になる事があるんでしょー」
隣に座る博士は、私が生まれ、役割を果たし出した時からの付き合い。隠し事なんて出来るはずもない。
隠すという無駄な努力を止めようと決めて、はぁ、と息を吐いて頭の隅にある考えを話す事にした。
こんな事を聞くなんて、もしかしたら博士は失望するかもしれない。それでも教えて欲しい。
「博士から見て、私、姉らしくできてますか」
私は、立派に、出来ていますか?
こちらを見ながら何回か瞬きを細かく繰り返した後、博士は顔を前に向けてから言った。
「メイコはミクたちが妹と弟らしくしてるから家族だって思うの?」
違う。そんなわけない。
らしくしてるとか関係ない。ミクもリンもレンも、私にとってキョウダイで家族で……。
「ま、いきなり悩みが吹き飛ぶとか、人間でもアンドロイドでもできないだろうし、悩むといいよ。メイコは若いんだし」
博士はそれだけを言い、それなりに整えていた髪をワシャワシャとかき回しながら、うーんと唸り出す。
さほど広くない道を進むタクシーは、スピードを緩め始めていて、そろそろ目的地のようだった。
そして、それなりに人の姿がある沿道をチラリと見ていた博士が、何かに気がついたかのような反応をしたあと、窓の外を指差した。
見ると、ミクとリンとレンがなにやら歩道の端に揃って、話しているのが見える。とても楽しそうだ。
「とりあえず、あんなに楽しそうにしているんだから、今日は明るい顔してないと」
タクシーは、ミクたちの前で止まった。
止まったタクシーの中に私たちがいる事に気がついたようで、笑いながら手を振って駆け寄ってくる。
「ほらほら、急いで外に出て。他の車の迷惑になる」
急かされ、路肩に放り出された。
「あ……」
「メイコ姉おつかれ!博士遅いよぅ」
「ごめんごめん~」
代金を払った博士が車から降りてくると、おどけながら謝る。
私はとりあえずお疲れ様と返すしかなかった。
「メイコ姉さん、誕生日おめでとう。私たちからプレゼントがあるんだ」
ミクはそう言うと、足元に置いていた紙袋から箱を取り出す。
「あ、ありがとう」
受け取ると結構大きい。「開けて開けて」とリンが急かすので、なるべく包装紙を破かないようにシールをはがして、箱の蓋を開けた。
中には……薔薇?
固くて透明なプラスチックの箱の中に、色取り取りの薔薇を模した造花の花束が光を受けてキラキラと光っている。
「それ、光の加減で色が微妙に変化したりするんだって。リンちゃんの発案なの」
「造花の素材はアンドロイドの神経に使ってるのと同じだそうだ。リンにしてはシャレた選択だな」
「なにそれレンひどいよ、もー。あ、その赤い薔薇、メイコ姉みたいだと思うんだ」
きれいな色がピカピカと光る。ネオンとは違う、アンドロイドの目の発光に近い。確かに同じ素材なんだろう。
ホカホカと心が温まる気がした。光が包むように、私の悩みを照らして、どこかへ行かせてしまった、そんな気さえした。
この子たちがいて本当によかった。今、心からそう思う。
「ありがとう」
笑い顔は少しだけ眉を寄せて。困ってしまう。涙がこらえきれない。
ポツリと一筋、コンクリートの道を塗らした。すぐ消えてしまったけれど。
ミクたちは私が泣き出したから当惑している。泣き止まないととは思うけれど、身体は言う事をきかないままだ。
私はもう一度、ありがとうと言って笑う。
今まで生きた中で、最高の笑顔だったと思う。
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