『アンドロイドは電気羊の夢をみるか』文章保管用ブログ。
Posted by ささら - 2008.03.06,Thu
ミク視点。一月中旬あたりの話。
うたごえはとどかないとほぼ同時系列。
うたごえはとどかないとほぼ同時系列。
朝。
リンちゃんとレンくんがいないから、ちょっと寂しい朝食だ。
私は見送り出来なかったけれど、一昨日から二人揃ってメンテナンスとデータ取りのため開発部に行っている。
一週間後何事もなく帰ってくるといいなぁと、ネギジャムをパンにつけながら思う。
ネギジャムおいしい。
そんな静かな朝。
今日新入りが来ますという爆弾発言が博士の口から飛び出したのは、ネギジャムパンの最後の一口を口に入れたときだった。
「……うっ…」
「ミク、はい水」
…いけない、ボーカロイドがパンを喉に詰まらせて機能停止とか笑えない状況を作り出すところだった。
水を飲んで胃の中に無理やりパンを放り込むと、体と同時に博士の言葉も消化できてきた。
「新入り?03、もしかして出来たんですか!」
「いやーそれが難航中で…いやいや、計画通り進んでるよ。新入りっていうのは03のことじゃなくてね」
他に作ってたのかな?というような顔をメイコ姉さんに向けたが、知らないようだ。
ええとね、と博士が言いながら白衣の内ポケットから紙を取り出した。メモ?
「実は我が社では第1世代…つまりメイコと同世代だね、に男性ヴォーカル用アンドロイドが作られてます。時系列的にはメイコより後だから」
「私の弟」
「まあ人間的に言えばそういうことに」
「じゃあ私にとってはお兄ちゃん?」
「世代が違うから厳密にはそうじゃないんだけど、まあいいか、ミクにとっては兄にあたるね。今まで複雑な理由でここに入ってなかったんだけど、本日めでたく入所します。おめでとおおお」
そういって腕を頭上でクネクネさせる博士。奇妙な動きは祝っているのか呪っているのかわからない。大体めでたくという感じの喋りでもなかった。
「なんで今日いきなり?」
そうメイコ姉さんは聞いた。いきなり出来た弟に興味があるみたい。名前も知らない兄に興味があるのは私も同じ。
「研究所にとっても急な話だったんだよねー、昨日の夕方にいきなりそっち送るからあとよろしくーとか言われてさー、勘弁して欲しいよね」
「どこから?」
その子のいたところだよといって博士はコーヒーを口に一杯。深く聞くな、ということらしい。博士は珍しく神妙な顔をして視線を食堂の窓の方にやった。
「なんていうかワケアリでね、喋っちゃいけないことが多いんだ。知らされてないことも多いし。研究所としても蚊帳の外だったんだよ」
「頼りないわねぇ。そんな怪しい話、大丈夫なの?」
「そういうなよメイコ。入ってくるのは弟なんだから仲良くしてやってくれ…まあちょっと扱いにくいかもしれないけど」
後ろのほうは小さな声で言っていたが私もメイコ姉さんもボーカロイドで、耳が良い。もちろんきっちり聞こえていた。
「扱いにくいって、もしかしてすごいヘンなヤツなの?…とりあえず裸マフラーとかしちゃう変態だったらミクに会わせる前にスクラップ確定」
いやあははははあはは!などとよくわからない笑いで博士が誤魔化す。まさか本当に変態さんが。
「変態じゃないよ。むしろそういうのが苦手なタイプだな。真面目な子だよ、たぶん」
「真面目でも何でもミクに手を出したら容赦しないわ。そもそも、たぶんとか怪しすぎる」
グッと握りこぶしを作るメイコ姉さん。朝からパワフルだ。
勇ましい限りの姉を見ながら私はどんな人なんだろうと思った。兄だから自分より年齢設定が高いと嬉しいな。それから優しくて、明るい人だといいな。
「博士、外見くらいは教えてほしいな」
「外見、ねえ。とりあえず、青いね。年齢設定はメイコのちょっと下くらいかな。……まぁ、あんまり知らないほうがいいと思うけど」
なにか物凄く不吉なことを言われた気がする。
事前に知らないほうがいいって……やっぱり変態さん?
やっと噂の新入りさんが来たと聞いて研究所の玄関まで行くと、ちょうど車から件の彼が降りてくるところだった。
なるほど、青い。青い髪に青い目、来ている服も青を基調としているし、何よりもその青いマフラーが存在を大きく主張していた。これは誰が見ても、“印象:青い”になる。
メイコ姉さんに遅いぞーと言われ、私はあわてて姉さんの横まで駆け寄る。
先に車を降りていた白衣を着た女性が田中と名乗り、博士と握手していた。
「急な申し出を受けてくださってありがとう。ボーカロイド開発チーム代表として心から感謝の意を表します。この研究所の主任の…」
「山田です。所長は今外出中で」
「知っています、これから会ってお話をする予定ですわ。その前にこの子を置いていきたいのですけれど」
そういって田中博士は、車から降りた後からずっと棒立ちになっていた彼を指した。
「この子をここに置いて欲しいの。形式番号V00-02KX、名前はカイトよ。製造番号はV00-02KX-b02」
「ビーゼロツーですか」
「ええ。呼び方は不定ですから、ビーゼロツーでもビーでもカイトでもご自由に。扱いに関してはこの書類を参考に、スペックは2ページから3ページ、諸注意は5ページから10ページ、メンテナンスや構造に関してはそれ以降に書いてあります」
取り出したぶ厚い書類の束に、うえ…とうめき声を漏らしつつ博士は受け取った。
「事前の連絡では日常生活関係の知識が少ない、とのことですが」
「ふふ、そうなのよ。馬鹿な子だけどよろしくお願いしますね」
まるで本当に幼児を預ける母親のような声で言った。前に博士は開発者にとってボーカロイドは子供のような存在だと言っていたけれど、これもそういうものかしら。
カイトと紹介された彼は、おいでおいでと手招きされて田中博士のところまで歩く。
少し足取りが怪しい、こけそう。
「形式V00-02KX-b02、カイトです」
博士の前に立って名乗った彼は、それきり黙ってしまった。
「カイトくん、よろしく頼むね。今この研究所には所員が5名、君と同じボーカロイドのメイコをミク、それから今はいないけどボーカロイドのリンとレンが住んでる。とりあえず、ミク、メイコ、二人とも挨拶して」
「形式V00-01MYメイコよ。同世代機らしいわね、よろしく」
自己紹介をすると手を差し出したが、彼は怪訝な顔で手を見つめている。
「コレはなかなか…」
姉さんは困った顔をして、そうつぶやいた。
「形式番号V01-01HM、初音ミクです…」
挨拶をした私に、彼は初めて顔を向けた。吸い込まれそうな瞳の青さが、まるで人形のようだった。
次:とりとめのない思考
リンちゃんとレンくんがいないから、ちょっと寂しい朝食だ。
私は見送り出来なかったけれど、一昨日から二人揃ってメンテナンスとデータ取りのため開発部に行っている。
一週間後何事もなく帰ってくるといいなぁと、ネギジャムをパンにつけながら思う。
ネギジャムおいしい。
そんな静かな朝。
今日新入りが来ますという爆弾発言が博士の口から飛び出したのは、ネギジャムパンの最後の一口を口に入れたときだった。
「……うっ…」
「ミク、はい水」
…いけない、ボーカロイドがパンを喉に詰まらせて機能停止とか笑えない状況を作り出すところだった。
水を飲んで胃の中に無理やりパンを放り込むと、体と同時に博士の言葉も消化できてきた。
「新入り?03、もしかして出来たんですか!」
「いやーそれが難航中で…いやいや、計画通り進んでるよ。新入りっていうのは03のことじゃなくてね」
他に作ってたのかな?というような顔をメイコ姉さんに向けたが、知らないようだ。
ええとね、と博士が言いながら白衣の内ポケットから紙を取り出した。メモ?
「実は我が社では第1世代…つまりメイコと同世代だね、に男性ヴォーカル用アンドロイドが作られてます。時系列的にはメイコより後だから」
「私の弟」
「まあ人間的に言えばそういうことに」
「じゃあ私にとってはお兄ちゃん?」
「世代が違うから厳密にはそうじゃないんだけど、まあいいか、ミクにとっては兄にあたるね。今まで複雑な理由でここに入ってなかったんだけど、本日めでたく入所します。おめでとおおお」
そういって腕を頭上でクネクネさせる博士。奇妙な動きは祝っているのか呪っているのかわからない。大体めでたくという感じの喋りでもなかった。
「なんで今日いきなり?」
そうメイコ姉さんは聞いた。いきなり出来た弟に興味があるみたい。名前も知らない兄に興味があるのは私も同じ。
「研究所にとっても急な話だったんだよねー、昨日の夕方にいきなりそっち送るからあとよろしくーとか言われてさー、勘弁して欲しいよね」
「どこから?」
その子のいたところだよといって博士はコーヒーを口に一杯。深く聞くな、ということらしい。博士は珍しく神妙な顔をして視線を食堂の窓の方にやった。
「なんていうかワケアリでね、喋っちゃいけないことが多いんだ。知らされてないことも多いし。研究所としても蚊帳の外だったんだよ」
「頼りないわねぇ。そんな怪しい話、大丈夫なの?」
「そういうなよメイコ。入ってくるのは弟なんだから仲良くしてやってくれ…まあちょっと扱いにくいかもしれないけど」
後ろのほうは小さな声で言っていたが私もメイコ姉さんもボーカロイドで、耳が良い。もちろんきっちり聞こえていた。
「扱いにくいって、もしかしてすごいヘンなヤツなの?…とりあえず裸マフラーとかしちゃう変態だったらミクに会わせる前にスクラップ確定」
いやあははははあはは!などとよくわからない笑いで博士が誤魔化す。まさか本当に変態さんが。
「変態じゃないよ。むしろそういうのが苦手なタイプだな。真面目な子だよ、たぶん」
「真面目でも何でもミクに手を出したら容赦しないわ。そもそも、たぶんとか怪しすぎる」
グッと握りこぶしを作るメイコ姉さん。朝からパワフルだ。
勇ましい限りの姉を見ながら私はどんな人なんだろうと思った。兄だから自分より年齢設定が高いと嬉しいな。それから優しくて、明るい人だといいな。
「博士、外見くらいは教えてほしいな」
「外見、ねえ。とりあえず、青いね。年齢設定はメイコのちょっと下くらいかな。……まぁ、あんまり知らないほうがいいと思うけど」
なにか物凄く不吉なことを言われた気がする。
事前に知らないほうがいいって……やっぱり変態さん?
やっと噂の新入りさんが来たと聞いて研究所の玄関まで行くと、ちょうど車から件の彼が降りてくるところだった。
なるほど、青い。青い髪に青い目、来ている服も青を基調としているし、何よりもその青いマフラーが存在を大きく主張していた。これは誰が見ても、“印象:青い”になる。
メイコ姉さんに遅いぞーと言われ、私はあわてて姉さんの横まで駆け寄る。
先に車を降りていた白衣を着た女性が田中と名乗り、博士と握手していた。
「急な申し出を受けてくださってありがとう。ボーカロイド開発チーム代表として心から感謝の意を表します。この研究所の主任の…」
「山田です。所長は今外出中で」
「知っています、これから会ってお話をする予定ですわ。その前にこの子を置いていきたいのですけれど」
そういって田中博士は、車から降りた後からずっと棒立ちになっていた彼を指した。
「この子をここに置いて欲しいの。形式番号V00-02KX、名前はカイトよ。製造番号はV00-02KX-b02」
「ビーゼロツーですか」
「ええ。呼び方は不定ですから、ビーゼロツーでもビーでもカイトでもご自由に。扱いに関してはこの書類を参考に、スペックは2ページから3ページ、諸注意は5ページから10ページ、メンテナンスや構造に関してはそれ以降に書いてあります」
取り出したぶ厚い書類の束に、うえ…とうめき声を漏らしつつ博士は受け取った。
「事前の連絡では日常生活関係の知識が少ない、とのことですが」
「ふふ、そうなのよ。馬鹿な子だけどよろしくお願いしますね」
まるで本当に幼児を預ける母親のような声で言った。前に博士は開発者にとってボーカロイドは子供のような存在だと言っていたけれど、これもそういうものかしら。
カイトと紹介された彼は、おいでおいでと手招きされて田中博士のところまで歩く。
少し足取りが怪しい、こけそう。
「形式V00-02KX-b02、カイトです」
博士の前に立って名乗った彼は、それきり黙ってしまった。
「カイトくん、よろしく頼むね。今この研究所には所員が5名、君と同じボーカロイドのメイコをミク、それから今はいないけどボーカロイドのリンとレンが住んでる。とりあえず、ミク、メイコ、二人とも挨拶して」
「形式V00-01MYメイコよ。同世代機らしいわね、よろしく」
自己紹介をすると手を差し出したが、彼は怪訝な顔で手を見つめている。
「コレはなかなか…」
姉さんは困った顔をして、そうつぶやいた。
「形式番号V01-01HM、初音ミクです…」
挨拶をした私に、彼は初めて顔を向けた。吸い込まれそうな瞳の青さが、まるで人形のようだった。
次:とりとめのない思考
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