『アンドロイドは電気羊の夢をみるか』文章保管用ブログ。
Posted by ささら - 2008.04.14,Mon
レンとだれかさんの話。
時期は4月中旬あたり。
どうしてここに!
「カイト!なんでここにいるんだよ!」
手を強く掴む。
「……誰?」
青い髪色に黒いコートを着ていたそいつは、確かにカイトの顔だった。
近くにあった公園のベンチに座る。そいつはこの近くの家に主人と一緒に住んでいると言った。
「なるほど、カイトというボーカロイドと間違えたんですね。別人ですよ。似たような顔なだけだと思います」
「だけど!」
「別の人です。ぼくはただの家事手伝いアンドロイド、やれる事といえば、掃除をしたり洗濯物を干したり皿を洗ったりして、たまに失敗することだけです。……失敗したらダメだろうという顔ですが、まあまあ役に立ち、それなりに人らしく振舞うのもアンドロイドの仕事です。なんでも完璧のこなすのは大変ですし、人間としてもあまりいい気はしないでしょう」
「そういうものかな?」
「とにかく、別人ですから。それより、そろそろ暗くなりますが大丈夫ですか?」
「あ、やべ。オレ帰る。なあ本当に違うのか?」
「違います。歌なんて歌えませんよ」
「カイトも歌えないんだ。ボーカロイドなのに」
「そうなんですか。ボーカロイドなのに歌えないのであれば廃棄されてしまいそうですが」
「廃棄される予定だって、聞いた」
「悲しいですか?」
「勝手だなって思う」
「そういうものですよ。人も、アンドロイドも。……ああ、道はこの公園を出て右手にまっすぐ行くと駅まで行けますから」
「どうも。……引き止めてすいません」
「どういたしまして。ぼくと同じ顔をしたカイトによろしく」
突然話しかけてきた名も知らぬ弟の背中を見送ると、ベンチの後ろの木陰から親しみなれた声がした。
「おい、うそつき」
「人聞きが悪い。嘘はついてませんよ、マスター」
そういって振り返ると、声の主はあきれた顔をしてこちらに歩いてくる。
「歌えないとか言うのは嘘だろ?」
「マスターに歌を教えてもらってませんからね。ボーカロイドといえど、指導者が必要なんです。楽譜と歌詞だけではメロディに言葉をのせることしか出来ない。歌はそういうものではないでしょう」
「俺のせいかよ。ほんっと口は達者だな」
「ぼくの個体特性らしいです」
「個体特性ね。じゃあさっきの話に出てるカイトはお前ほど生意気じゃないわけか、そっち拾いたかったぜ」
「生意気じゃなかったら拾う機会なんてありませんよ。マスター、同情してるんですか?」
「まーな、あんまり聞いてて気持ちのいい話じゃねーよ」
「気にすることはありません。生意気ではないカイトがバカなだけです」
しかしバカではあるが、それでいて鋭かった。廃棄処分予定に身に置いているのも、ボーカロイドの状況や会社の状況、社会を考慮してのことだろう。当の本人に確たる自覚がないとしても。
自分ならそんな状況に甘んじるなんてことはありえないし、現にここにいることがその証左だ。
「ぼくなら廃棄処分なんてことなる前に対策を練りますね」
「ハハ、同じ状況にいてもお前は屁理屈こいて回避しそうだしなぁ」
「ええそうです。それでもダメならそこから逃げます」
「で、俺に拾われたわけだ」
「頼んでもいないのに、世話焼きで口が悪いヘタレな主人に拾われてしまったわけです」
「ヘタレとはなんだ。つーか拾ってやった恩くらい返せ」
「返してるじゃありませんか。家事手伝ってるでしょう」
「たびたび皿を割ってな」
「ハプニングがない人生なんてつまらないだけです」
「そういう問題じゃねーよ」
「ボーカロイドですから家事のエキスパートというわけではありませんし。割るなというならそもそも何もしないしか選択肢がないと思いませんか」
「ああいえばこういう……お前には人を尊重するって意思が足らねー」
「何言ってるんですか。そもそもそんなものはぼくには存在しませんよ」
ぼくのその言葉に相手はハッとした顔でそうだったなとつぶやいた。
そうだ、ぼくは人間を尊重するなんて意思を持っていない。
人間を尊重し、人間を傷つけず、人間のために働く、いわゆる『アンドロイド原則』、それはアンドロイドが作られるとき必ず刷り込まれるはずのプログラム。
それをぼくは持っていない。
「ぼくは、人間が攻撃してくるなら迷わず反撃するし、場合によっては殺しますよ」
あんな不安定な代物を、人間たちはたびたび口にして安心しようとするけれど、そのことがどれだけ危ういのかわかっていない。
「おー怖。突然襲い掛かられたら俺どうしよー」
「襲い掛かりませんよ。い、ち、お、う、主人ですからね」
だけど、とりあえずのところ人間を殺す可能性はなさそうだ。この人はぼくを攻撃したりしないし、茶化しながらも理解しようとしてくれる。なんだかんだ言っていい主人だ。絶対にそれを伝えたりはしないけど。
「一応とか本当にひでー、ひどすぎて泣きそうなので俺は肉を所望する」
「はいはい、今日はしょうが焼きにでもしましょう」
「ラッキー。言ってみるもんだな」
ご飯でここまで浮かれるなんて、子供みたいな人だ。でも時々とても大人な人だと思う。
ぼくは立ち上がってレシピと買う物を考えながら歩き出した。
「カイトー、早くしろよ」
今の主人に会えて本当に良かった。
ぼくは、本当に恵まれている。
次:分かれ道の先『左』
「カイト!なんでここにいるんだよ!」
手を強く掴む。
「……誰?」
青い髪色に黒いコートを着ていたそいつは、確かにカイトの顔だった。
近くにあった公園のベンチに座る。そいつはこの近くの家に主人と一緒に住んでいると言った。
「なるほど、カイトというボーカロイドと間違えたんですね。別人ですよ。似たような顔なだけだと思います」
「だけど!」
「別の人です。ぼくはただの家事手伝いアンドロイド、やれる事といえば、掃除をしたり洗濯物を干したり皿を洗ったりして、たまに失敗することだけです。……失敗したらダメだろうという顔ですが、まあまあ役に立ち、それなりに人らしく振舞うのもアンドロイドの仕事です。なんでも完璧のこなすのは大変ですし、人間としてもあまりいい気はしないでしょう」
「そういうものかな?」
「とにかく、別人ですから。それより、そろそろ暗くなりますが大丈夫ですか?」
「あ、やべ。オレ帰る。なあ本当に違うのか?」
「違います。歌なんて歌えませんよ」
「カイトも歌えないんだ。ボーカロイドなのに」
「そうなんですか。ボーカロイドなのに歌えないのであれば廃棄されてしまいそうですが」
「廃棄される予定だって、聞いた」
「悲しいですか?」
「勝手だなって思う」
「そういうものですよ。人も、アンドロイドも。……ああ、道はこの公園を出て右手にまっすぐ行くと駅まで行けますから」
「どうも。……引き止めてすいません」
「どういたしまして。ぼくと同じ顔をしたカイトによろしく」
突然話しかけてきた名も知らぬ弟の背中を見送ると、ベンチの後ろの木陰から親しみなれた声がした。
「おい、うそつき」
「人聞きが悪い。嘘はついてませんよ、マスター」
そういって振り返ると、声の主はあきれた顔をしてこちらに歩いてくる。
「歌えないとか言うのは嘘だろ?」
「マスターに歌を教えてもらってませんからね。ボーカロイドといえど、指導者が必要なんです。楽譜と歌詞だけではメロディに言葉をのせることしか出来ない。歌はそういうものではないでしょう」
「俺のせいかよ。ほんっと口は達者だな」
「ぼくの個体特性らしいです」
「個体特性ね。じゃあさっきの話に出てるカイトはお前ほど生意気じゃないわけか、そっち拾いたかったぜ」
「生意気じゃなかったら拾う機会なんてありませんよ。マスター、同情してるんですか?」
「まーな、あんまり聞いてて気持ちのいい話じゃねーよ」
「気にすることはありません。生意気ではないカイトがバカなだけです」
しかしバカではあるが、それでいて鋭かった。廃棄処分予定に身に置いているのも、ボーカロイドの状況や会社の状況、社会を考慮してのことだろう。当の本人に確たる自覚がないとしても。
自分ならそんな状況に甘んじるなんてことはありえないし、現にここにいることがその証左だ。
「ぼくなら廃棄処分なんてことなる前に対策を練りますね」
「ハハ、同じ状況にいてもお前は屁理屈こいて回避しそうだしなぁ」
「ええそうです。それでもダメならそこから逃げます」
「で、俺に拾われたわけだ」
「頼んでもいないのに、世話焼きで口が悪いヘタレな主人に拾われてしまったわけです」
「ヘタレとはなんだ。つーか拾ってやった恩くらい返せ」
「返してるじゃありませんか。家事手伝ってるでしょう」
「たびたび皿を割ってな」
「ハプニングがない人生なんてつまらないだけです」
「そういう問題じゃねーよ」
「ボーカロイドですから家事のエキスパートというわけではありませんし。割るなというならそもそも何もしないしか選択肢がないと思いませんか」
「ああいえばこういう……お前には人を尊重するって意思が足らねー」
「何言ってるんですか。そもそもそんなものはぼくには存在しませんよ」
ぼくのその言葉に相手はハッとした顔でそうだったなとつぶやいた。
そうだ、ぼくは人間を尊重するなんて意思を持っていない。
人間を尊重し、人間を傷つけず、人間のために働く、いわゆる『アンドロイド原則』、それはアンドロイドが作られるとき必ず刷り込まれるはずのプログラム。
それをぼくは持っていない。
「ぼくは、人間が攻撃してくるなら迷わず反撃するし、場合によっては殺しますよ」
あんな不安定な代物を、人間たちはたびたび口にして安心しようとするけれど、そのことがどれだけ危ういのかわかっていない。
「おー怖。突然襲い掛かられたら俺どうしよー」
「襲い掛かりませんよ。い、ち、お、う、主人ですからね」
だけど、とりあえずのところ人間を殺す可能性はなさそうだ。この人はぼくを攻撃したりしないし、茶化しながらも理解しようとしてくれる。なんだかんだ言っていい主人だ。絶対にそれを伝えたりはしないけど。
「一応とか本当にひでー、ひどすぎて泣きそうなので俺は肉を所望する」
「はいはい、今日はしょうが焼きにでもしましょう」
「ラッキー。言ってみるもんだな」
ご飯でここまで浮かれるなんて、子供みたいな人だ。でも時々とても大人な人だと思う。
ぼくは立ち上がってレシピと買う物を考えながら歩き出した。
「カイトー、早くしろよ」
今の主人に会えて本当に良かった。
ぼくは、本当に恵まれている。
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