『アンドロイドは電気羊の夢をみるか』文章保管用ブログ。
Posted by ささら - 2008.04.13,Sun
リン視点の短編。
時期は3月中旬。
時期は3月中旬。
乗った席が悪かったのか、首筋に日の光が当たって暑くなってきた。
高速に乗ってから向いてる方角も変わらないから、たまに日陰になるのを心待ちにする。
このまま行くとちょっと機能に影響が出るかもと思っていたら、ミク姉がごそごそと何かし始めた。
「リンちゃん、これ使うといいよ」
そう言って出したのは広めのハンカチ。ピンクにワンポイントのお花が可愛いけど、なぜ真ん中に大きくネギの模様が縫い付けてあるんだろう。
まあいいや、ありがたく使わせてもらおう。首に光が当たらないようにハンカチをスカーフ状に巻く。じりじりとした熱はなくなったけど、今度はハンカチのお陰でちょっと暑くなったかも。さっきよりはましかな。
横を見るとレンがぐーぐー寝ていた。こいつは図太いからどういう状況でも寝れる。うらやましい。私なんか振動が大きいだけで眠れないのに。断続的にくる三三七拍子の振動がうるさい。
「このガガガって音は居眠り防止のためなのよ。レンにはきいてないみたいだけど」
助手席のメイコ姉がそういってわたしにガムをくれた。暇つぶしに、ということなのかな。
今高速に乗って車で移動しているのはメイコ姉とミク姉のお仕事見学のためだ。
わたしとレンはボーカロイドで、ミク姉と同じくいずれは量産される予定。その前に宣伝や性能テストを兼ねてボーカルのお仕事をする。
メイコ姉とミク姉はわたしたちが生まれたときにはもう歌手として有名になっていて、特にミク姉は今話題のアイドル、休みの機会もそうないくらいなのだ。
今日は先のために二人の仕事を見て来いと言われて、4人のボーカロイドと所員の新井さんの計5人で一路テレビスタジオへ。最初はうきうき気分だったけど、ここまで車に乗ってる時間が長いと疲れる。メイコ姉とミク姉はいつもこんな長い距離乗ってるのかあ。
スタジオについた頃には、わたしとレンはくたくたになっていた。
ミク姉と新井さんは雑誌のインタビューがあると言ってどこかへ行ってしまった。残ったわたしたちは撮影がはじまるまでロビーで待機。ロビーのソファがちょっと硬くて座ってもあまり疲れが取れない。
「メイコ姉、この撮影いつまでの予定なの?」
「そうねぇ、夜十時って話だけど、予定通りなことはないだろうから、どうかしらね」
今の時間午後三時……撮影って長い。
「まあ早めに開放してもらえるよう言ってあるし、多分、予定終了時間くらいにはホテルにいけるんじゃないかしら」
「え、泊まりなの?」
「そうよ。聞いてない?」
「全然聞いてないよ」
「メイコ姉出る前に言ってたろ。聞いとけよ」
う、レンに言われるとは。でも確かに聞いてなかったのはわたしだけみたいだし。
泊まりと聞いてちょっと気分が沈む。わたしもレンも外部施設での泊まりははじめての体験だ。はじめてのホテルと聞いて嬉しくないわけじゃないけど……。
「あら、暗い顔ね。カイトのことかしら?」
メイコ姉、鋭い。
カイトにぃは研究所に残っている。何でも逃げ出して行方不明になった個体がいるらしくて、許可なしに研究所の敷地外に出ると機能停止するらしい。しかもその許可を研究所じゃ出せないので、わたしたちが外出してるときはいつもお留守番だ。なんだか、これって、不公平っていうのかなぁ。
「あいつのこと気にしたって仕方ないよ。大体博士がいるし平気だろ」
「そ、あのこだってリンが沈んじゃうよりは楽しんじゃうほうが喜ぶと思うわよ」
「そうかなあ」
「そうそう」
だけど、やっぱり気になる。
わたしとカイトにぃは精神の部分では同系列だからこんなに気になるのかもしれない。別系列のレンはカイトにぃにむしろ突っかかってるし、ミク姉やメイコ姉はカイトにぃのこと気にした様子もない。同系列同士にはシンパシーみたいなものがあるのかも。
そろそろスタジオ入りお願いしますとADさんに声をかけられ、みんなでスタジオに入っていった。
今日の収録は音楽番組だ。番組のゲストとしてミク姉とメイコ姉が呼ばれている。デュエットなんかをするみたいで、二人はタイムスケジュールを書いた紙を片手に入念に打ち合わせ中だ。ボーカロイドは歌詞はすぐおぼえられるけど、発声のタイミングなどは、事前にあわせないとうまくいかないのは人間と同じだ。
わたしとレンはスタジオの隅でだんだん出来上がっていくセットを眺めていた。このスタジオに入ってからかなり時間がたっている。もしかして本番よりもセットの用意のほうが長いのかもしれない。
暇そうだねーと新井さんが話しかけてきた。新井さんはボーカロイドの観察と緊急時の対応のためにいるので、基本収録にはノータッチなんだって。
見ると、新井さん自身も暇そうに缶コーヒーのプルタブを開けている。わたしが見ていることに気がついた新井さんは、メイコはベテランだしミクもかなり経験あるからやることないんだよねぇとぼやきながら、わたしたちにホットレモンの缶をくれた。
ぼーっと見ていると、メイコ姉たちは今度は司会と打ち合わせをするみたいで、真面目な表情で言葉を交わしている。と、メイコ姉が紙を指差してすごい剣幕で怒りはじめた。ミク姉もそれを止めるでもなく厳しい表情で司会の人を見ている。司会の人もメイコ姉にひるまず言い返していて、喧嘩のような感じになっている。
「止めなくていいのかな」
思わずそう口に出すと、近くを通りがかった人が、いいんだよあれはと言った。
「むしろあれくらい仕事に熱心でいてもらわないと困るんだよ。……うん?お嬢ちゃんもボーカロイドかい?」
「あ、そうです。まだ人前で歌えるほどの能力はないけど、今日は仕事の見学に」
「そうか、じゃあおぼえておくといい。ボーカロイドといえど仕事中は仕事仲間だ。差別もしないかわりに特別扱いもしない、だから言い合いもするし、まあたまに暴力沙汰一歩手前くらいはいく。でもそうするのは、一緒にいいものを作っていく仲間だからだ」
「仲間……」
「同じ目的で集まって仕事してるからぶつかり合う。ほら、鉄は叩けば叩くほど頑丈になるし、石は磨けば磨くほどきれいになるだろ、それと同じだ。……おっと、呼ばれてる。じゃあな、今度デビューしたら是非この番組に出てくれよ」
ボーカロイドを仲間だと言い切ったその人は、セットの方に行ってしまった。
メイコ姉とミク姉はまだ司会の人と言い争っている。声は聞こえないけれど、さっきの話を聞いた後なら、そんなに心配することでもないんだと素直に思えた。
横にいるレンは黙り込んでホットレモンを飲んでいる。たぶん今の話を聞いていたのだろう。なぜか後ろ頭をペチっと叩かれ、バカリンと言われた。
わたしはお返しにレンの頭を軽く叩くと、まだ開けてなかったホットレモンの缶を開けた。
うん、おいしい。
次:日常その3
高速に乗ってから向いてる方角も変わらないから、たまに日陰になるのを心待ちにする。
このまま行くとちょっと機能に影響が出るかもと思っていたら、ミク姉がごそごそと何かし始めた。
「リンちゃん、これ使うといいよ」
そう言って出したのは広めのハンカチ。ピンクにワンポイントのお花が可愛いけど、なぜ真ん中に大きくネギの模様が縫い付けてあるんだろう。
まあいいや、ありがたく使わせてもらおう。首に光が当たらないようにハンカチをスカーフ状に巻く。じりじりとした熱はなくなったけど、今度はハンカチのお陰でちょっと暑くなったかも。さっきよりはましかな。
横を見るとレンがぐーぐー寝ていた。こいつは図太いからどういう状況でも寝れる。うらやましい。私なんか振動が大きいだけで眠れないのに。断続的にくる三三七拍子の振動がうるさい。
「このガガガって音は居眠り防止のためなのよ。レンにはきいてないみたいだけど」
助手席のメイコ姉がそういってわたしにガムをくれた。暇つぶしに、ということなのかな。
今高速に乗って車で移動しているのはメイコ姉とミク姉のお仕事見学のためだ。
わたしとレンはボーカロイドで、ミク姉と同じくいずれは量産される予定。その前に宣伝や性能テストを兼ねてボーカルのお仕事をする。
メイコ姉とミク姉はわたしたちが生まれたときにはもう歌手として有名になっていて、特にミク姉は今話題のアイドル、休みの機会もそうないくらいなのだ。
今日は先のために二人の仕事を見て来いと言われて、4人のボーカロイドと所員の新井さんの計5人で一路テレビスタジオへ。最初はうきうき気分だったけど、ここまで車に乗ってる時間が長いと疲れる。メイコ姉とミク姉はいつもこんな長い距離乗ってるのかあ。
スタジオについた頃には、わたしとレンはくたくたになっていた。
ミク姉と新井さんは雑誌のインタビューがあると言ってどこかへ行ってしまった。残ったわたしたちは撮影がはじまるまでロビーで待機。ロビーのソファがちょっと硬くて座ってもあまり疲れが取れない。
「メイコ姉、この撮影いつまでの予定なの?」
「そうねぇ、夜十時って話だけど、予定通りなことはないだろうから、どうかしらね」
今の時間午後三時……撮影って長い。
「まあ早めに開放してもらえるよう言ってあるし、多分、予定終了時間くらいにはホテルにいけるんじゃないかしら」
「え、泊まりなの?」
「そうよ。聞いてない?」
「全然聞いてないよ」
「メイコ姉出る前に言ってたろ。聞いとけよ」
う、レンに言われるとは。でも確かに聞いてなかったのはわたしだけみたいだし。
泊まりと聞いてちょっと気分が沈む。わたしもレンも外部施設での泊まりははじめての体験だ。はじめてのホテルと聞いて嬉しくないわけじゃないけど……。
「あら、暗い顔ね。カイトのことかしら?」
メイコ姉、鋭い。
カイトにぃは研究所に残っている。何でも逃げ出して行方不明になった個体がいるらしくて、許可なしに研究所の敷地外に出ると機能停止するらしい。しかもその許可を研究所じゃ出せないので、わたしたちが外出してるときはいつもお留守番だ。なんだか、これって、不公平っていうのかなぁ。
「あいつのこと気にしたって仕方ないよ。大体博士がいるし平気だろ」
「そ、あのこだってリンが沈んじゃうよりは楽しんじゃうほうが喜ぶと思うわよ」
「そうかなあ」
「そうそう」
だけど、やっぱり気になる。
わたしとカイトにぃは精神の部分では同系列だからこんなに気になるのかもしれない。別系列のレンはカイトにぃにむしろ突っかかってるし、ミク姉やメイコ姉はカイトにぃのこと気にした様子もない。同系列同士にはシンパシーみたいなものがあるのかも。
そろそろスタジオ入りお願いしますとADさんに声をかけられ、みんなでスタジオに入っていった。
今日の収録は音楽番組だ。番組のゲストとしてミク姉とメイコ姉が呼ばれている。デュエットなんかをするみたいで、二人はタイムスケジュールを書いた紙を片手に入念に打ち合わせ中だ。ボーカロイドは歌詞はすぐおぼえられるけど、発声のタイミングなどは、事前にあわせないとうまくいかないのは人間と同じだ。
わたしとレンはスタジオの隅でだんだん出来上がっていくセットを眺めていた。このスタジオに入ってからかなり時間がたっている。もしかして本番よりもセットの用意のほうが長いのかもしれない。
暇そうだねーと新井さんが話しかけてきた。新井さんはボーカロイドの観察と緊急時の対応のためにいるので、基本収録にはノータッチなんだって。
見ると、新井さん自身も暇そうに缶コーヒーのプルタブを開けている。わたしが見ていることに気がついた新井さんは、メイコはベテランだしミクもかなり経験あるからやることないんだよねぇとぼやきながら、わたしたちにホットレモンの缶をくれた。
ぼーっと見ていると、メイコ姉たちは今度は司会と打ち合わせをするみたいで、真面目な表情で言葉を交わしている。と、メイコ姉が紙を指差してすごい剣幕で怒りはじめた。ミク姉もそれを止めるでもなく厳しい表情で司会の人を見ている。司会の人もメイコ姉にひるまず言い返していて、喧嘩のような感じになっている。
「止めなくていいのかな」
思わずそう口に出すと、近くを通りがかった人が、いいんだよあれはと言った。
「むしろあれくらい仕事に熱心でいてもらわないと困るんだよ。……うん?お嬢ちゃんもボーカロイドかい?」
「あ、そうです。まだ人前で歌えるほどの能力はないけど、今日は仕事の見学に」
「そうか、じゃあおぼえておくといい。ボーカロイドといえど仕事中は仕事仲間だ。差別もしないかわりに特別扱いもしない、だから言い合いもするし、まあたまに暴力沙汰一歩手前くらいはいく。でもそうするのは、一緒にいいものを作っていく仲間だからだ」
「仲間……」
「同じ目的で集まって仕事してるからぶつかり合う。ほら、鉄は叩けば叩くほど頑丈になるし、石は磨けば磨くほどきれいになるだろ、それと同じだ。……おっと、呼ばれてる。じゃあな、今度デビューしたら是非この番組に出てくれよ」
ボーカロイドを仲間だと言い切ったその人は、セットの方に行ってしまった。
メイコ姉とミク姉はまだ司会の人と言い争っている。声は聞こえないけれど、さっきの話を聞いた後なら、そんなに心配することでもないんだと素直に思えた。
横にいるレンは黙り込んでホットレモンを飲んでいる。たぶん今の話を聞いていたのだろう。なぜか後ろ頭をペチっと叩かれ、バカリンと言われた。
わたしはお返しにレンの頭を軽く叩くと、まだ開けてなかったホットレモンの缶を開けた。
うん、おいしい。
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