『アンドロイドは電気羊の夢をみるか』文章保管用ブログ。
Posted by ささら - 2008.03.31,Mon
レンとリンとメイコの短編。
三月下旬頃の話。
三月下旬頃の話。
時間は昼の2時を過ぎて、ムラのある雲から日差しがぼんやりと照らす。
晴れとも曇りともつかない微妙な空を、レンはリビングのソファに体を預けながら眺めた。
窓際にある緑のストライプ柄のソファはかなりの値段のもので、心地がいい。
なんだか眠れそうな気分になるが、やることがあるのだと手に持っている楽譜を見る。
1枚の楽譜。短い楽曲なわけではない。午前中のレッスンでこの部分だけダメだしされたのだ。
他の部分はまあ良く出来ていると言われたし自分でも上出来だと思う。そしてレン自身、ダメだしされた部分には不満を持っていた。同時にかすかな苛立ちもあった。苦手な発声を要求される部分だったからだ。
苦手だとわかっているだろうと、心の中でダメだししたメイコに不満を訴えるが、現実には自主的に練習すると言ってしまった。練習したところで上手くなるかはわからないが、苦手だからと言って逃げるのはボーカロイドとしての意地が許さなかった。
だからといって練習してすぐに上手くなるわけもなく、「休憩休憩」と言い訳のようにソファに沈んで三十分ほど経つ。
外の庭にある桜の木は三分くらい咲いて春を伝えていた。日本人はよほど桜が好きらしく、単なるボーカロイドの研究所であるこの施設にもいくらか桜の木が植えてあった。
ミクが「下にいると毛虫が落ちてくるのよね」と言いながら花見を計画しているのを知っている。あと1週間も経てばみごろだろうと博士たちも乗り気だ。
「花見、ね」
なんとなしに声に出す。楽しみにしているわけではなく、むしろ毛虫なんかを見るのは嫌だし、こうして室内から見るのと何が違うのだろうとレンは思う。リビングからお茶を飲みながら見るのと、わざわざ外で弁当をつつきながら見るのと何が違うのだろう。
よくわからないのは感性が鈍いのかもしれない。リンの対として造られたレンは、リンよりも精神パターンの設計が大胆で、悪く言えば大雑把。
リンは日ごろ明るく振舞っているがすぐ落ち込んだり影響を受けるが、レンは落ち込んだりすることもあまりないのでリンの感情の浮き沈みの激しさに時々ついていけない。
あんなにふり幅が広くて疲れないのかと心配になって、ついつい口を出して喧嘩をしてしまうのも、リンとレンの違いを表すものだろう。
ここ一時間一人で過ごしていたからか、レンは他人の事が気になりだした。
リンはメイコと一緒に買い物に出かけてしまっている。ミクは新曲のためレッスン室で、カイトと博士は昨日から研究室でデータ取りをしているようで、今日は見かけていない。
突然そんなことを考えたのは人に会いたいからなのかも知れないと思い当たって、らしくないなと首を振る。
そもそも一人で練習すると言った手前、誰かに会いに行くわけにもいかず、ぽつんと一人でただ時が過ぎるに任せていた。
メイコとリンだけで買い物いうのは中々ないので、リンはなにを喋っていいのかと考えあぐねた挙句、結局何も喋らず、二人で黙々とショッピングモールの中を歩く。
リンは何を考えているのだろうと頭二つも違う身長のメイコの顔を見上げる。メイコは特にどういう表情というわけでもなく前を見ていたが、視線に気がついて「どうしたの?」と顔を向けた。
リンは特に何かを考えていたわけではない。なんでもないと言ってそのまま黙る。メイコはそんなリンを見て首を少し傾げたが、しかしそれだけだった。
目的の買い物は済ませているので、このままバスに乗って研究所に帰るだけだ。
せっかく出かけたのだからこのまま帰るのはもったいないとリンは思った。特に用事もないが、なんとなくこのまま帰りたくはない、外に出ていたい。どうしてこう思うのか、リン自身よくわからない。
けれど用事もないし、メイコと二人っきりというのがどうにも苦手らしくずっと居心地の悪い。このままだとイライラしてまた周りに迷惑をかけるかもしれない。やっぱり急いで帰ったほうがいいんだろうとリンは思った。
「レンは一人で練習するって言ってたけど大丈夫かしらね」
下を向いて歩くリンにメイコはそんな風に切り出した。
「自分で一人で練習するって言ったんだから、気にしなくても」
リンに比べてレンの精神パターンは羨ましいくらいに自立している。だから、レンに対してあまり心配をしたことはない。大丈夫だと知っているしわかっている。対の存在であり同系機だという事実と自負がリンのその認識を強くさせていた。
「レンはわたしと違って、人がどうしようとも何を思っていようとも生きていけるように設計されてるから」
メイコはその言葉にふぅんと気のないような返事をし、そうかしらねと言って天井のほうに視線を逸らした。
「大丈夫じゃなくても、素直に他の人に助けを求めなかったレンが悪いんだから、メイ姉は気にしなくていいと思う」
「レンは人のこと全然頼らないわね、大体のことは一人で出来ちゃうし、それにリンがいるし、ね」
「わたしにはレンが必要だけど、レンは違うよ」
「当人たちはあんまり意識しないだろうけど、リンもレンも、互いに必要としているしされているものよ」
リンはメイコに向いて視線をまた床に戻すと、小さな声で「そうかな」とつぶやいた。メイコは空が見えるガラス張りの天井を見上げながら「そーゆーものよ」と言った。
そしてまた沈黙が降り、二人は研究所まで特に何も喋らなかった。
しかしリンは不思議と居心地の悪さを感じなかった。
次:桜の季節が過ぎた頃
晴れとも曇りともつかない微妙な空を、レンはリビングのソファに体を預けながら眺めた。
窓際にある緑のストライプ柄のソファはかなりの値段のもので、心地がいい。
なんだか眠れそうな気分になるが、やることがあるのだと手に持っている楽譜を見る。
1枚の楽譜。短い楽曲なわけではない。午前中のレッスンでこの部分だけダメだしされたのだ。
他の部分はまあ良く出来ていると言われたし自分でも上出来だと思う。そしてレン自身、ダメだしされた部分には不満を持っていた。同時にかすかな苛立ちもあった。苦手な発声を要求される部分だったからだ。
苦手だとわかっているだろうと、心の中でダメだししたメイコに不満を訴えるが、現実には自主的に練習すると言ってしまった。練習したところで上手くなるかはわからないが、苦手だからと言って逃げるのはボーカロイドとしての意地が許さなかった。
だからといって練習してすぐに上手くなるわけもなく、「休憩休憩」と言い訳のようにソファに沈んで三十分ほど経つ。
外の庭にある桜の木は三分くらい咲いて春を伝えていた。日本人はよほど桜が好きらしく、単なるボーカロイドの研究所であるこの施設にもいくらか桜の木が植えてあった。
ミクが「下にいると毛虫が落ちてくるのよね」と言いながら花見を計画しているのを知っている。あと1週間も経てばみごろだろうと博士たちも乗り気だ。
「花見、ね」
なんとなしに声に出す。楽しみにしているわけではなく、むしろ毛虫なんかを見るのは嫌だし、こうして室内から見るのと何が違うのだろうとレンは思う。リビングからお茶を飲みながら見るのと、わざわざ外で弁当をつつきながら見るのと何が違うのだろう。
よくわからないのは感性が鈍いのかもしれない。リンの対として造られたレンは、リンよりも精神パターンの設計が大胆で、悪く言えば大雑把。
リンは日ごろ明るく振舞っているがすぐ落ち込んだり影響を受けるが、レンは落ち込んだりすることもあまりないのでリンの感情の浮き沈みの激しさに時々ついていけない。
あんなにふり幅が広くて疲れないのかと心配になって、ついつい口を出して喧嘩をしてしまうのも、リンとレンの違いを表すものだろう。
ここ一時間一人で過ごしていたからか、レンは他人の事が気になりだした。
リンはメイコと一緒に買い物に出かけてしまっている。ミクは新曲のためレッスン室で、カイトと博士は昨日から研究室でデータ取りをしているようで、今日は見かけていない。
突然そんなことを考えたのは人に会いたいからなのかも知れないと思い当たって、らしくないなと首を振る。
そもそも一人で練習すると言った手前、誰かに会いに行くわけにもいかず、ぽつんと一人でただ時が過ぎるに任せていた。
メイコとリンだけで買い物いうのは中々ないので、リンはなにを喋っていいのかと考えあぐねた挙句、結局何も喋らず、二人で黙々とショッピングモールの中を歩く。
リンは何を考えているのだろうと頭二つも違う身長のメイコの顔を見上げる。メイコは特にどういう表情というわけでもなく前を見ていたが、視線に気がついて「どうしたの?」と顔を向けた。
リンは特に何かを考えていたわけではない。なんでもないと言ってそのまま黙る。メイコはそんなリンを見て首を少し傾げたが、しかしそれだけだった。
目的の買い物は済ませているので、このままバスに乗って研究所に帰るだけだ。
せっかく出かけたのだからこのまま帰るのはもったいないとリンは思った。特に用事もないが、なんとなくこのまま帰りたくはない、外に出ていたい。どうしてこう思うのか、リン自身よくわからない。
けれど用事もないし、メイコと二人っきりというのがどうにも苦手らしくずっと居心地の悪い。このままだとイライラしてまた周りに迷惑をかけるかもしれない。やっぱり急いで帰ったほうがいいんだろうとリンは思った。
「レンは一人で練習するって言ってたけど大丈夫かしらね」
下を向いて歩くリンにメイコはそんな風に切り出した。
「自分で一人で練習するって言ったんだから、気にしなくても」
リンに比べてレンの精神パターンは羨ましいくらいに自立している。だから、レンに対してあまり心配をしたことはない。大丈夫だと知っているしわかっている。対の存在であり同系機だという事実と自負がリンのその認識を強くさせていた。
「レンはわたしと違って、人がどうしようとも何を思っていようとも生きていけるように設計されてるから」
メイコはその言葉にふぅんと気のないような返事をし、そうかしらねと言って天井のほうに視線を逸らした。
「大丈夫じゃなくても、素直に他の人に助けを求めなかったレンが悪いんだから、メイ姉は気にしなくていいと思う」
「レンは人のこと全然頼らないわね、大体のことは一人で出来ちゃうし、それにリンがいるし、ね」
「わたしにはレンが必要だけど、レンは違うよ」
「当人たちはあんまり意識しないだろうけど、リンもレンも、互いに必要としているしされているものよ」
リンはメイコに向いて視線をまた床に戻すと、小さな声で「そうかな」とつぶやいた。メイコは空が見えるガラス張りの天井を見上げながら「そーゆーものよ」と言った。
そしてまた沈黙が降り、二人は研究所まで特に何も喋らなかった。
しかしリンは不思議と居心地の悪さを感じなかった。
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