『アンドロイドは電気羊の夢をみるか』文章保管用ブログ。
Posted by ささら - 2009.06.30,Tue
助けて欲しいと彼女は願ったの続き。
知らせを受けた田中博士は、途中でメイコを拾うと、荒っぽく車を走らせ急いで病院に向かった。その間に、メイコに掻い摘んで事情を告げる。
警察から聞いた話によると、ルカが暴漢に襲われ、それを助けようとした鈴木が暴行を受けたらしい。実はこの日、鈴木は朝から外出しており、田中も行き先を知らなかった。その鈴木が男たちをすぐに止めに入れたのは、多分、ルカのすぐ近くにずっと居たのだろう。偶然近くに居て気が付いたなどとは考えにくい。理由はわからないが、彼はルカの後をつけていたのだ。
「大丈夫かしら……」
心配そうにメイコが言う。それに対し、田中は安心させるように自信ありげな笑顔で応えた。
「ルカなら大丈夫よ。襲われた後、すぐに警察が来たらしくて」
「鈴木博士が通報していたんですか?」
「それが、通りすがりの若者が携帯電話で通報したみたいなの。御礼をしたいのだけど、すぐ切ってしまったから素性はわからないと警察の方が。鈴木博士の方は診察の結果待ち、今日は大事を取って入院だけどね。……とにかく、ルカは大丈夫よ」
田中は小さい声で、今のところはとつぶやく。内面への影響は詳しく調べなければわからないし、そもそも時間が経ってから徐々に浮き出るものもある。そう言うしかないのだ。
「しかし、ほっとしたわ、ルカに怪我がなくて。ミクとメイコとレンに続いて、ルカに何かあったら、それこそ研究所自体が存続の危機に……」
「な、どういう事ですか!」
メイコが大きな声を出したため、田中は驚き、びくっと肩を震わせた。眉をへの字に曲げて、少し困った笑顔をメイコに向けた。
「どういう事もなにも、時間を置かずに同じような事が起これば、危機管理がなっていないと判断されるでしょう。あなたたちの件と、今回の件は全く関係ないけど、管理が出来ないとなれば、山田博士たちの進退問題どころか、研究所は閉鎖され、あなたたちはどこか別のところに行かざるを得なくなるわ」
それを聞いてメイコは黙り込んだ。
メイコたちにとって研究所は居住用の場所以上の存在だ。ボーカロイドたちが何かしら被害を受ける事件が続けば、その研究所は閉鎖されてしまうかもしれない。
(住民とファンとの間で起こった例のいざこざのせいで、私たちに警備をつけるように言われていたようだし、それをしない状態でこんな事が起これば、博士の立場は悪くなる。私たちが倒れた事はともかく、暴漢に襲われるような事態が早々起こるなんて。そういえば、年末にもあったわね)
年末、大きな番組に出演したミクたちは、時間の関係でホテルに泊まる事となった。そして、そのホテルの関係者に貸し切られていたはずのフロアに、ファンを名乗る人物が迷い込んで来たのだ。ミクたちが休んでいた部屋のドアをノックし、それに出てしまったミクとメイコに言い寄りはじめ、危うい状況に陥ってしまい、それについて博士たちは密かに追求を受けていたはずだ。
何かあればすぐに博士たち研究所の所員が責任を負う。警備と備品管理となれば尚更だ。その年末の件以降、そんな事態がそれ以前より多く起こっている。
(引っかかる。何か変だわ)
単なる偶然だろうが、メイコには妙に思えた。
車はさほど大きくない病院の駐車場に止まった。外壁は日焼けし、年期を感じさせる。表示を見る限り総合病院らしい。メイコと田中は急いで裏口にまわる。もう既に外来も終わっているため、正面は開いていなかった。
裏のガラスドアを開けて廊下に入る。中はほとんど明かりもなく薄暗い。右手にある小さな窓から光が漏れていた。受付と書かれた標識を確認して、田中は窓をノックする。少しして、引き戸になっていた窓ガラスが退き、内側から女性の声が聞こえてきた。名前と用件を告げると、すぐそこの曲がり角の先にあるロビーで待つように指示された。
「行きましょう」
メイコはこんな時間の病院に入ったのは初めてだった。そもそも、人間用の病院に来る事があまりないため、彼女が物珍しそうに周りを見渡すのも無理はない。廊下の先の緑色の表示が、そこに非常口がある事を主張している。人気は全くなく、何の影も動かず、淡々と時間だけが過ぎる空間に、メイコは不気味さを覚えている。
田中もそんなに病院と縁があるわけではなかったが、懐かしい気分になっていた。どこか開発部の雰囲気と近いものを感じる。アンドロイドが生まれる場所でもある開発部は、ある意味アンドロイドの病院と言っていいのかもしれない。
ロビーに出ると、受付にはもちろん明かりはついていなかったし、周りに人影もなかった。田中とメイコは、ここで待てと言われてもと、示し合わせもせずにほぼ同時に思い、ほぼ同時に苦笑した。
すぐに看護士の一人がやってきて、ルカと鈴木は別々の部屋にいるという事を告げた。人間用の病院には、アンドロイドに精通した者がいないので、すぐにでも会って欲しいと言うのだ。当然の話だろう。
近くにある診察室に入ると、ベッドの端にルカが腰掛けていた。
彼女は部屋に人が入ってきた事に気が付いていないらしく、着ているスカートを手で握り、床をじっと見ている。
それを見たメイコが駆け寄ると、やっと気が付いて顔を上げる。
「大丈夫、ルカ」
「メ、メイコ先輩」
ちらっと、目尻が光った気がした。泣きそうな表情のように、メイコには見えた。
しかし、見間違いだったのか、そんな様子はすぐに掻き消えた。
「大丈夫ですわ、メイコ先輩。田中博士、申し訳ありませんでした」
「あ、ええ。……って、自分で大丈夫とか言わないの!明日、検査して大丈夫かどうか見極めるから、それからなら大丈夫と言ってもいいけど」
「明日、は、仕事が」
ルカがそう言うと、メイコは田中に向き直り、おずおずと口を出す。
「博士、キャンセルにしませんか。心配です」
「もちろん、その予定。少なくとも、山田博士ならそう判断したと思うの。私は代理ですもの、今までの方針に従うわ」
メイコはほっとした。ありがたい事に、田中博士は山田博士のやり方に異論はないらしく、ボーカロイドの状態を優先する方針を変える気はない様子である。田中もボーカロイドの研究者であり、研究優先だと言うのも理由だろうが、嫌っているわけでも、ないがしろにするわけでもないようだった。
ルカは見たところ、少しショックを受けているようだ。普通になるように振舞っていても、少しこわばりどこか鈍い動きであったため、メイコはそうだと判断した。
「大事に至らなくてよかった。心配したのよ」
「すみません先輩」
「いいわ。ルカなら迷惑じゃないのよ。ああでも、これは教えて。どうしてこんな事に?」
「わたくしが今日は徒歩で移動してしまって、それで……あの、すみません、博士は……博士はどうしていらっしゃいますか?途中から記憶に混乱が見られていて、うまく思い出せないのです」
切なさを滲ませた声でルカが聞く。それには田中が答えた。
「鈴木なら治療中。大丈夫よ、怪我しただけみたいだし、もうすぐ終わるみたいだか……あ、もう終わったの?わかりました、すぐ行きます」
看護士に言われ、田中は部屋を出ようとし、そしてすぐにルカとメイコに微笑みかける。
「大丈夫よ、心配しないでも。結構人間って頑丈だから。メイコ、ルカをよろしく。話が終わったらすぐ戻るから、そしたらみんなでおいしいお店でごはん食べて、それから帰りましょう」
みんなには内緒ね、と彼女は人差し指を唇に当てた。
田中が看護士に導かれて部屋に入ると、彼もまたベッドの縁に腰掛けて、こちらはぶすりとしていた。
「まったく、突然警察から連絡が来て何事かと思ったら」
「ふん……」
頭と腕に包帯を巻かれ、痛々しい姿の鈴木だが、彼は痛そうな様子も見せず、普段からよく見せる不機嫌そうな顔で鼻を鳴らした。その反応に、田中はいつもの通りだと思った。
「おい、ルカはどうした」
「向こうの部屋。メイコに任せたわよ、それがどうしたの」
「何をやっている、ボーカロイドをボーカロイドに任せる気か」
鈴木は苛立ちを隠さない。
「そうやって、なんでもかんでも監視してようなんて、するもんじゃないでしょ」
「ボーカロイドは我々がコントロールしてこそだ。任せるなどありえない。あの山田とか言う博士といい、どうかしている」
「それはこちらの台詞。前はそんな気に掛けてもいなかったじゃない。あなた、今更方針を変えたの?」
「変えた?馬鹿を言うなよ。あれは彼のもので、勝手に何かするわけにもいかなかったんだ」
「あいつのものって……研究も開発も会社主導でしょ。それに、私は歌とか色々教えてたけど、あいつには何も言われなかった」
「それはお前のところのだからだ」
「はぁ?」
「……それに、貴様はDTMが出来るからいいかもしれないが、俺はただのボーカロイド研究者だ」
「私だってそうよ。曲作りは下手の横好き。あなたのとこの子は、放置してたからどっか行っちゃったんじゃないかと私は考えてる。上から色々言われたのはお気の毒と思うけど、原因はあなたじゃない?」
「……何も気が付かなかった癖によく言う。幸せな女だな、お前は」
そう言った鈴木は大きなため息をついた。その態度に、田中はカチンときた。
「喧嘩なら買うけど、今は病院なのを思い出しなさいよ」
「はじめに売ったのはどちらだ?」
「どちらかしらね。私じゃないし、こんな事を話しに来たわけじゃない。とりあえず、今日は病院にいるんでしょ。ルカはこっちで回収して研究所に戻す。メンテとデータ取りは明日の午後に回すから、それまでに帰って、何立ち上がってるの」
「冗談じゃない。戻る」
「待って。大怪我じゃないとは言っても、一応殴る蹴るされたのよ。安静に……」
田中の言葉を無視し、鈴木はずんずんと歩き、診察室を出た。
廊下に出ると、心配そうな顔のメイコと目が合った。その後ろにいたルカに目を向けるが、彼女はひたすらうつむいたままだった。
「大丈夫、ですか」
「ああ」
メイコに対しぶっきらぼう答えると、彼の後ろから大きく抗議の声が聞こえた。
「鈴木!ちょっと、聞きなさい!」
「おい、メイコ、出口はどっちだ」
「向こうですが……怪我はどうし」
「治った。田中は無視しろ」
「ちょっと!聞きなさいって言ってんでしょ!」
病院の中だという事も忘れて叫ぶ田中を無視して、鈴木は出口に向かって行く。
どうしていいのか困惑した表情のメイコは、鈴木と田中を交互に見て、田中の判断を待っている。
そして、メイコの近くでうつむいているルカは、ただ沈黙していた。
次:留守番1
警察から聞いた話によると、ルカが暴漢に襲われ、それを助けようとした鈴木が暴行を受けたらしい。実はこの日、鈴木は朝から外出しており、田中も行き先を知らなかった。その鈴木が男たちをすぐに止めに入れたのは、多分、ルカのすぐ近くにずっと居たのだろう。偶然近くに居て気が付いたなどとは考えにくい。理由はわからないが、彼はルカの後をつけていたのだ。
「大丈夫かしら……」
心配そうにメイコが言う。それに対し、田中は安心させるように自信ありげな笑顔で応えた。
「ルカなら大丈夫よ。襲われた後、すぐに警察が来たらしくて」
「鈴木博士が通報していたんですか?」
「それが、通りすがりの若者が携帯電話で通報したみたいなの。御礼をしたいのだけど、すぐ切ってしまったから素性はわからないと警察の方が。鈴木博士の方は診察の結果待ち、今日は大事を取って入院だけどね。……とにかく、ルカは大丈夫よ」
田中は小さい声で、今のところはとつぶやく。内面への影響は詳しく調べなければわからないし、そもそも時間が経ってから徐々に浮き出るものもある。そう言うしかないのだ。
「しかし、ほっとしたわ、ルカに怪我がなくて。ミクとメイコとレンに続いて、ルカに何かあったら、それこそ研究所自体が存続の危機に……」
「な、どういう事ですか!」
メイコが大きな声を出したため、田中は驚き、びくっと肩を震わせた。眉をへの字に曲げて、少し困った笑顔をメイコに向けた。
「どういう事もなにも、時間を置かずに同じような事が起これば、危機管理がなっていないと判断されるでしょう。あなたたちの件と、今回の件は全く関係ないけど、管理が出来ないとなれば、山田博士たちの進退問題どころか、研究所は閉鎖され、あなたたちはどこか別のところに行かざるを得なくなるわ」
それを聞いてメイコは黙り込んだ。
メイコたちにとって研究所は居住用の場所以上の存在だ。ボーカロイドたちが何かしら被害を受ける事件が続けば、その研究所は閉鎖されてしまうかもしれない。
(住民とファンとの間で起こった例のいざこざのせいで、私たちに警備をつけるように言われていたようだし、それをしない状態でこんな事が起これば、博士の立場は悪くなる。私たちが倒れた事はともかく、暴漢に襲われるような事態が早々起こるなんて。そういえば、年末にもあったわね)
年末、大きな番組に出演したミクたちは、時間の関係でホテルに泊まる事となった。そして、そのホテルの関係者に貸し切られていたはずのフロアに、ファンを名乗る人物が迷い込んで来たのだ。ミクたちが休んでいた部屋のドアをノックし、それに出てしまったミクとメイコに言い寄りはじめ、危うい状況に陥ってしまい、それについて博士たちは密かに追求を受けていたはずだ。
何かあればすぐに博士たち研究所の所員が責任を負う。警備と備品管理となれば尚更だ。その年末の件以降、そんな事態がそれ以前より多く起こっている。
(引っかかる。何か変だわ)
単なる偶然だろうが、メイコには妙に思えた。
車はさほど大きくない病院の駐車場に止まった。外壁は日焼けし、年期を感じさせる。表示を見る限り総合病院らしい。メイコと田中は急いで裏口にまわる。もう既に外来も終わっているため、正面は開いていなかった。
裏のガラスドアを開けて廊下に入る。中はほとんど明かりもなく薄暗い。右手にある小さな窓から光が漏れていた。受付と書かれた標識を確認して、田中は窓をノックする。少しして、引き戸になっていた窓ガラスが退き、内側から女性の声が聞こえてきた。名前と用件を告げると、すぐそこの曲がり角の先にあるロビーで待つように指示された。
「行きましょう」
メイコはこんな時間の病院に入ったのは初めてだった。そもそも、人間用の病院に来る事があまりないため、彼女が物珍しそうに周りを見渡すのも無理はない。廊下の先の緑色の表示が、そこに非常口がある事を主張している。人気は全くなく、何の影も動かず、淡々と時間だけが過ぎる空間に、メイコは不気味さを覚えている。
田中もそんなに病院と縁があるわけではなかったが、懐かしい気分になっていた。どこか開発部の雰囲気と近いものを感じる。アンドロイドが生まれる場所でもある開発部は、ある意味アンドロイドの病院と言っていいのかもしれない。
ロビーに出ると、受付にはもちろん明かりはついていなかったし、周りに人影もなかった。田中とメイコは、ここで待てと言われてもと、示し合わせもせずにほぼ同時に思い、ほぼ同時に苦笑した。
すぐに看護士の一人がやってきて、ルカと鈴木は別々の部屋にいるという事を告げた。人間用の病院には、アンドロイドに精通した者がいないので、すぐにでも会って欲しいと言うのだ。当然の話だろう。
近くにある診察室に入ると、ベッドの端にルカが腰掛けていた。
彼女は部屋に人が入ってきた事に気が付いていないらしく、着ているスカートを手で握り、床をじっと見ている。
それを見たメイコが駆け寄ると、やっと気が付いて顔を上げる。
「大丈夫、ルカ」
「メ、メイコ先輩」
ちらっと、目尻が光った気がした。泣きそうな表情のように、メイコには見えた。
しかし、見間違いだったのか、そんな様子はすぐに掻き消えた。
「大丈夫ですわ、メイコ先輩。田中博士、申し訳ありませんでした」
「あ、ええ。……って、自分で大丈夫とか言わないの!明日、検査して大丈夫かどうか見極めるから、それからなら大丈夫と言ってもいいけど」
「明日、は、仕事が」
ルカがそう言うと、メイコは田中に向き直り、おずおずと口を出す。
「博士、キャンセルにしませんか。心配です」
「もちろん、その予定。少なくとも、山田博士ならそう判断したと思うの。私は代理ですもの、今までの方針に従うわ」
メイコはほっとした。ありがたい事に、田中博士は山田博士のやり方に異論はないらしく、ボーカロイドの状態を優先する方針を変える気はない様子である。田中もボーカロイドの研究者であり、研究優先だと言うのも理由だろうが、嫌っているわけでも、ないがしろにするわけでもないようだった。
ルカは見たところ、少しショックを受けているようだ。普通になるように振舞っていても、少しこわばりどこか鈍い動きであったため、メイコはそうだと判断した。
「大事に至らなくてよかった。心配したのよ」
「すみません先輩」
「いいわ。ルカなら迷惑じゃないのよ。ああでも、これは教えて。どうしてこんな事に?」
「わたくしが今日は徒歩で移動してしまって、それで……あの、すみません、博士は……博士はどうしていらっしゃいますか?途中から記憶に混乱が見られていて、うまく思い出せないのです」
切なさを滲ませた声でルカが聞く。それには田中が答えた。
「鈴木なら治療中。大丈夫よ、怪我しただけみたいだし、もうすぐ終わるみたいだか……あ、もう終わったの?わかりました、すぐ行きます」
看護士に言われ、田中は部屋を出ようとし、そしてすぐにルカとメイコに微笑みかける。
「大丈夫よ、心配しないでも。結構人間って頑丈だから。メイコ、ルカをよろしく。話が終わったらすぐ戻るから、そしたらみんなでおいしいお店でごはん食べて、それから帰りましょう」
みんなには内緒ね、と彼女は人差し指を唇に当てた。
田中が看護士に導かれて部屋に入ると、彼もまたベッドの縁に腰掛けて、こちらはぶすりとしていた。
「まったく、突然警察から連絡が来て何事かと思ったら」
「ふん……」
頭と腕に包帯を巻かれ、痛々しい姿の鈴木だが、彼は痛そうな様子も見せず、普段からよく見せる不機嫌そうな顔で鼻を鳴らした。その反応に、田中はいつもの通りだと思った。
「おい、ルカはどうした」
「向こうの部屋。メイコに任せたわよ、それがどうしたの」
「何をやっている、ボーカロイドをボーカロイドに任せる気か」
鈴木は苛立ちを隠さない。
「そうやって、なんでもかんでも監視してようなんて、するもんじゃないでしょ」
「ボーカロイドは我々がコントロールしてこそだ。任せるなどありえない。あの山田とか言う博士といい、どうかしている」
「それはこちらの台詞。前はそんな気に掛けてもいなかったじゃない。あなた、今更方針を変えたの?」
「変えた?馬鹿を言うなよ。あれは彼のもので、勝手に何かするわけにもいかなかったんだ」
「あいつのものって……研究も開発も会社主導でしょ。それに、私は歌とか色々教えてたけど、あいつには何も言われなかった」
「それはお前のところのだからだ」
「はぁ?」
「……それに、貴様はDTMが出来るからいいかもしれないが、俺はただのボーカロイド研究者だ」
「私だってそうよ。曲作りは下手の横好き。あなたのとこの子は、放置してたからどっか行っちゃったんじゃないかと私は考えてる。上から色々言われたのはお気の毒と思うけど、原因はあなたじゃない?」
「……何も気が付かなかった癖によく言う。幸せな女だな、お前は」
そう言った鈴木は大きなため息をついた。その態度に、田中はカチンときた。
「喧嘩なら買うけど、今は病院なのを思い出しなさいよ」
「はじめに売ったのはどちらだ?」
「どちらかしらね。私じゃないし、こんな事を話しに来たわけじゃない。とりあえず、今日は病院にいるんでしょ。ルカはこっちで回収して研究所に戻す。メンテとデータ取りは明日の午後に回すから、それまでに帰って、何立ち上がってるの」
「冗談じゃない。戻る」
「待って。大怪我じゃないとは言っても、一応殴る蹴るされたのよ。安静に……」
田中の言葉を無視し、鈴木はずんずんと歩き、診察室を出た。
廊下に出ると、心配そうな顔のメイコと目が合った。その後ろにいたルカに目を向けるが、彼女はひたすらうつむいたままだった。
「大丈夫、ですか」
「ああ」
メイコに対しぶっきらぼう答えると、彼の後ろから大きく抗議の声が聞こえた。
「鈴木!ちょっと、聞きなさい!」
「おい、メイコ、出口はどっちだ」
「向こうですが……怪我はどうし」
「治った。田中は無視しろ」
「ちょっと!聞きなさいって言ってんでしょ!」
病院の中だという事も忘れて叫ぶ田中を無視して、鈴木は出口に向かって行く。
どうしていいのか困惑した表情のメイコは、鈴木と田中を交互に見て、田中の判断を待っている。
そして、メイコの近くでうつむいているルカは、ただ沈黙していた。
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