『アンドロイドは電気羊の夢をみるか』文章保管用ブログ。
Posted by ささら - 2010.04.12,Mon
メイコの休日2の続き。
「聞いた限り、明らかに、合わないだろ?」
「や、わかってたんなら止めとけよ」
メイコも頷き、カイトは苦い顔だ。
「実験してみたかったんだ。カイト、ありがとう」
「……ええ、いいえ、どういたしまして」
謝罪と感謝をわかりにくく受け流したが、あまりいい顔はしていない。
「前も、その前も、暗いというか寂しい曲調ばっかだったろ。突き抜けて明るいやつをやって見たかったんだよ。思った通り、突き抜けて明るくなりすぎるな」
「というか、アレだな。棒読みになるな。機械的と言おうか」
ピシリ、と、音が聞こえた気がした。そっとカイトに視線をやったメイコは、彼が微妙な表情で固まっているのを見た。スーツの男が、ああっと声を上げる。カイトの様子に気がついたのだ。
「別に、それが悪いって話じゃない。つまりだ、声質の問題で、変に抜けている風に聞こえるだけで」
これはまた、見事に慰めにもなっていないフォローをするものだ。つい口走ってしまうタイプなのだろう。
「な、お前もそう思うだろ?」
「声質の問題を何とかするのが歌い手だけどよ、今はそこまで求めちゃいねぇって事だ。な、気にするな」
メイコは呆れてため息をつく。まったく、二人ともこれでは、カイトの精神をひたすら抉るだけだ。その証拠に彼の表情は、困ったように、悲しそうに、歪んでいた。ちらりと横目でメイコを見た彼が、表に出していた心情をすぐに引っ込めてしまったので、内心の嘆きは更に大きくなった。あなたがそれでどうするの、と、叱咤したくなる。
「とりあえず、休憩にしよう」
とりあえずも何もないな、と、メイコは思った。
「めーちゃんも、休憩多すぎると思わない?」
ノート型のコンピュータを囲んで話し合っている二人を見ながら、隣のカイトは言った。
メイコは頷く。確かに既に二時間が経過しているが、歌っては休憩、歌わなくても話の途中に休憩で、一向に進んでいない気がする。先程、一曲をとりあえず通しで録ったが、まだオーケーは出ていなかった。あと二曲あるのに、である。
「あと一時間くらいでしょ。これで終わるの?」
「今日は無理だと思う」
普段の、メイコやミクと一緒の仕事では、もっとキビキビと収録していたはずである二人は、やたら休憩を入れて、雑談に花を咲かせている。
「いつもこんなものだ。日に一曲通しができればいいかな、という感じで、何度も集まって、修正していく」
「まったりなのねえ。あんたに気を使ってるのかも」
「うん、多分ね。気を使ってくれてる。ちょっと心苦しいよ。もっと荒く使っても大丈夫なのに」
瞳が怪しく光ったのを、カイトは見逃さなかった。
「マゾシズムの性質が精神回路に組み込まれてるわけ?」
何か言われるなと思った途端、メイコが言ったのがこれである。カイトは返答に詰まり、苦笑した。どう反応しろというのだ。
「自分をもっとボロボロになるように使ってくれって事でしょ」
「そういう意味で言ったわけじゃないよ」
「つまり、信用して欲しいと」
「そこまでおこがましい事は考えてない。ただ、アンドロイドなんだから、多少無茶な事もできるのに、やらないのは勿体無いんじゃないかというだけで」
「やっぱりマゾなんじゃないかしら。それは」
「違うって」
必死になって首を振る彼にメイコはコロコロと笑い、まだコンピュータを囲んでいる二人の人間を見た。曲の修正作業をしており、ジーだのセブンマイナーだのと言い合い、終わりそうにはなかった。
「で、声質だけど。自分でどうにかしなきゃいけないっていうのは、わかってるわよね?」
真面目な顔になり、横を見る。カイトはメイコに向かい、頷いていた。
「声質を大きく変える事はできないけど、それを自立的にカバーして、自分の歌にするのが僕らのやり方だ」
そこが、ボーカロイドの大きな特徴だった。それまで、入力された通りに歌うソフトウェア型のボーカロイドが主流だったが、実体を持つアンドロイド型のボーカロイドの誕生は、歌う機械の新たな可能性を切り開いた。自ら思考し、人工的な体を自ら使い、自らを変化させながら歌う。最近になって人工知能を持つソフトウェア型ボーカロイドが誕生したが、体という自分で操作できる物理的な媒介がある分だけ、メイコらボーカロイドの方が変化に幅を持たせる事ができた。
しかし、それでも限界はある。ボーカロイドといえど、自らが持つ声質を、持っていない声質、つまり別人のものへと変化させる事はできないのだ。
「二人は僕に遠慮して言わなかったけど、声質と曲のギャップは、僕の能力のなさに由来する」
「さすがに能力がないとは思ってないわよ!ネガティブも大概にしなさい」
「でも、現状は、僕のせいだから」
ああ、なんという彼の性格だろうか。慣れてるでしょう、と、メイコは自身に問い掛けた。慣れているよと返ってきたので、ため息が出る。親しみたいものではない。
「はあ、いいわ、能力うんぬんはともかく、改善するべきはそこ。曲に合わせた声作りってね」
「うん……」
曖昧な返事の後、カイトは黙って下を向いた。考えているのだろう。
声質の向き不向きは、メイコもぶつかった壁だ。それを乗り越える、あるいは、工夫して壁を壊す作業は、彼女も苦労したし、今でも時々悩む問題である。メイコとしても、手助けしたくないわけがない。何か助言できればいいのだが、自分の経験がカイトに通用するのか、メイコには疑問だった。二人の声の質はかなり違う。カイトは沈んで空間に落ちるような声だが、メイコはきっちりと引っ張られた糸のような、浮き上がるような声なのだ。
「カイトの声は、ミクの方が近いから、ミクに聞いてみた方がいいかもね」
顔を上げ、メイコを見た彼は、十秒ほどの間を置いてから首を横に振った。
「ミクに迷惑は掛けられないよ」
それだけを言う。
「あの子は迷惑だなんて思わないわ。ねえ、前には聞かなかったけど、何故この仕事を秘密にしてるの。ミクやルカが仕事している事を知っててもいいじゃない。何を嫌がっているのよ」
メイコの赤茶の目が彼の目を貫く。青い瞳が、一瞬揺らいだ気がした。
片方が強すぎる睨み合いは続き、一分近くそうしていたが、やがて逸らされた。先に逸らしたのはカイトの方だ。彼の反応にしまったと思わなくもないが、これ以上付き合っていられないという気分のメイコであった。
「作曲の人たちに甘えてちゃダメよ」
大仰に肩をすくめた彼女に、カイトは小さな声で返事をした。
「何とかするよ。自分で」
「そう。相談なら、いつでも受け付けるわ。待ってるから」
またもうつむいた彼の横顔を、じっと観察してみる。普段の穏やかな雰囲気は消えていた。メイコはそのまま、彼の表情の変化を見ていた。
待ってると言った意味が通じたか。表情を見る限り不安だとメイコは思う。いつまで待っても、自分を頼ってくれないかもしれない。それでも、メイコはこれ以上踏み込めないと、自分の領分を決めた。
これ以上先に進めるのは、自分ではなく、レンやミクだろう。レンはまっすぐな性格から、ミクはその天真爛漫さから、他人の懐に入るのがうまい。優しく、特にミクは、その明るく優しい性格が、彼の緊張を解すのだろう。レンのまっすぐで清清しいまでの健やかさは、ある意味カイトの反対側にある。彼を良くも悪くも変える理由はそこにある。
研究所の中にいるボーカロイドの中で、一番カイトとうまくいっているのはリンだ。リンはもう彼の近くにいる。ただ、リンは遠慮して、邪魔にならないように静かにしているだけなのだ。
ふっと視線が上がり、横を、つまりメイコの方に向いたので、メイコはたじろいだ。別に、気圧される理由はないはずなのだが、どうしてかプレッシャーを感じた。
「めーちゃん」
真面目な表情。そして、珍しく低めな声だった。
「なに?」
「ミクの話、知ってる?」
「どの話?」
おのずとメイコの声も低くなった。大きくならないのは、他者がいるからである。
「仕事の管理、一任されるって」
「ああ、その話。博士から聞いてるわ。あの子なら、なんとかなるんじゃないかしら」
「うん、そうだね。みんなも、メイコもいずれそうなるよ」
メイコも、と言われたのは気にかかった。呼び方をあえて変えたのか、間違ったのか。呼びかけを間違うなんて、ほとんどない。ならば、あえて変えていると考えるのが自然だろう。
「私より先にリンとレンよ、きっとね。あの二人は仕事多いし。その次がルカで」
「リンやレンの前にメイコだよ」
「……私は後回しよ。だって、今、私は仕事、少ないしね」
ズキリと胸が痛んだ。自分で言っておいて傷ついていては世話ないのだが、メイコの精神回路は、彼女の冷静な頭脳とは裏腹に、痛みの感覚を発生させた。顔が強張っている事を彼女は知らない。
「なんとなく、今日、変だと思ったけど。めーちゃんさ」
「何よ」
「メイコは、僕とは違うよ。まだ、廃棄されるかも知れないような状態じゃない。ミクが先に回されたのは、新しい警備の人がミクのファンだったからって、それだけだ。決して、メイコの」
「私が後になったのは事実よ!」
叫びは部屋の中に響いてこだました。室内に居る二人の人間が、どうしたのかと二人のボーカロイドを見ている。カイトはそれに気が付いたが気にせず、メイコは気付かなかった。
大声を発した口を押さえて、壁へと顔を向ける。涙で情けなくなりそうな自分を見られたくなかった。
のっぴきならない様子を見て、普段エンジニアをしている男が手を叩いた。拍手音が二度。
「続きやろう。さっきの明るいやつはまた今度にして、次はちょい暗いやつってのな。とりあえず通しで」
カイトの背中が壁から離れる。メイコに向かい手を小さく振って、マイクに近付いた。
憂いが滲み出る表情でそれを見守る彼女は、歌の録音中ずっと暇そうだった男が壁際まで来た事に、疑問も抱かなかった。
次:メイコの休日4
「や、わかってたんなら止めとけよ」
メイコも頷き、カイトは苦い顔だ。
「実験してみたかったんだ。カイト、ありがとう」
「……ええ、いいえ、どういたしまして」
謝罪と感謝をわかりにくく受け流したが、あまりいい顔はしていない。
「前も、その前も、暗いというか寂しい曲調ばっかだったろ。突き抜けて明るいやつをやって見たかったんだよ。思った通り、突き抜けて明るくなりすぎるな」
「というか、アレだな。棒読みになるな。機械的と言おうか」
ピシリ、と、音が聞こえた気がした。そっとカイトに視線をやったメイコは、彼が微妙な表情で固まっているのを見た。スーツの男が、ああっと声を上げる。カイトの様子に気がついたのだ。
「別に、それが悪いって話じゃない。つまりだ、声質の問題で、変に抜けている風に聞こえるだけで」
これはまた、見事に慰めにもなっていないフォローをするものだ。つい口走ってしまうタイプなのだろう。
「な、お前もそう思うだろ?」
「声質の問題を何とかするのが歌い手だけどよ、今はそこまで求めちゃいねぇって事だ。な、気にするな」
メイコは呆れてため息をつく。まったく、二人ともこれでは、カイトの精神をひたすら抉るだけだ。その証拠に彼の表情は、困ったように、悲しそうに、歪んでいた。ちらりと横目でメイコを見た彼が、表に出していた心情をすぐに引っ込めてしまったので、内心の嘆きは更に大きくなった。あなたがそれでどうするの、と、叱咤したくなる。
「とりあえず、休憩にしよう」
とりあえずも何もないな、と、メイコは思った。
「めーちゃんも、休憩多すぎると思わない?」
ノート型のコンピュータを囲んで話し合っている二人を見ながら、隣のカイトは言った。
メイコは頷く。確かに既に二時間が経過しているが、歌っては休憩、歌わなくても話の途中に休憩で、一向に進んでいない気がする。先程、一曲をとりあえず通しで録ったが、まだオーケーは出ていなかった。あと二曲あるのに、である。
「あと一時間くらいでしょ。これで終わるの?」
「今日は無理だと思う」
普段の、メイコやミクと一緒の仕事では、もっとキビキビと収録していたはずである二人は、やたら休憩を入れて、雑談に花を咲かせている。
「いつもこんなものだ。日に一曲通しができればいいかな、という感じで、何度も集まって、修正していく」
「まったりなのねえ。あんたに気を使ってるのかも」
「うん、多分ね。気を使ってくれてる。ちょっと心苦しいよ。もっと荒く使っても大丈夫なのに」
瞳が怪しく光ったのを、カイトは見逃さなかった。
「マゾシズムの性質が精神回路に組み込まれてるわけ?」
何か言われるなと思った途端、メイコが言ったのがこれである。カイトは返答に詰まり、苦笑した。どう反応しろというのだ。
「自分をもっとボロボロになるように使ってくれって事でしょ」
「そういう意味で言ったわけじゃないよ」
「つまり、信用して欲しいと」
「そこまでおこがましい事は考えてない。ただ、アンドロイドなんだから、多少無茶な事もできるのに、やらないのは勿体無いんじゃないかというだけで」
「やっぱりマゾなんじゃないかしら。それは」
「違うって」
必死になって首を振る彼にメイコはコロコロと笑い、まだコンピュータを囲んでいる二人の人間を見た。曲の修正作業をしており、ジーだのセブンマイナーだのと言い合い、終わりそうにはなかった。
「で、声質だけど。自分でどうにかしなきゃいけないっていうのは、わかってるわよね?」
真面目な顔になり、横を見る。カイトはメイコに向かい、頷いていた。
「声質を大きく変える事はできないけど、それを自立的にカバーして、自分の歌にするのが僕らのやり方だ」
そこが、ボーカロイドの大きな特徴だった。それまで、入力された通りに歌うソフトウェア型のボーカロイドが主流だったが、実体を持つアンドロイド型のボーカロイドの誕生は、歌う機械の新たな可能性を切り開いた。自ら思考し、人工的な体を自ら使い、自らを変化させながら歌う。最近になって人工知能を持つソフトウェア型ボーカロイドが誕生したが、体という自分で操作できる物理的な媒介がある分だけ、メイコらボーカロイドの方が変化に幅を持たせる事ができた。
しかし、それでも限界はある。ボーカロイドといえど、自らが持つ声質を、持っていない声質、つまり別人のものへと変化させる事はできないのだ。
「二人は僕に遠慮して言わなかったけど、声質と曲のギャップは、僕の能力のなさに由来する」
「さすがに能力がないとは思ってないわよ!ネガティブも大概にしなさい」
「でも、現状は、僕のせいだから」
ああ、なんという彼の性格だろうか。慣れてるでしょう、と、メイコは自身に問い掛けた。慣れているよと返ってきたので、ため息が出る。親しみたいものではない。
「はあ、いいわ、能力うんぬんはともかく、改善するべきはそこ。曲に合わせた声作りってね」
「うん……」
曖昧な返事の後、カイトは黙って下を向いた。考えているのだろう。
声質の向き不向きは、メイコもぶつかった壁だ。それを乗り越える、あるいは、工夫して壁を壊す作業は、彼女も苦労したし、今でも時々悩む問題である。メイコとしても、手助けしたくないわけがない。何か助言できればいいのだが、自分の経験がカイトに通用するのか、メイコには疑問だった。二人の声の質はかなり違う。カイトは沈んで空間に落ちるような声だが、メイコはきっちりと引っ張られた糸のような、浮き上がるような声なのだ。
「カイトの声は、ミクの方が近いから、ミクに聞いてみた方がいいかもね」
顔を上げ、メイコを見た彼は、十秒ほどの間を置いてから首を横に振った。
「ミクに迷惑は掛けられないよ」
それだけを言う。
「あの子は迷惑だなんて思わないわ。ねえ、前には聞かなかったけど、何故この仕事を秘密にしてるの。ミクやルカが仕事している事を知っててもいいじゃない。何を嫌がっているのよ」
メイコの赤茶の目が彼の目を貫く。青い瞳が、一瞬揺らいだ気がした。
片方が強すぎる睨み合いは続き、一分近くそうしていたが、やがて逸らされた。先に逸らしたのはカイトの方だ。彼の反応にしまったと思わなくもないが、これ以上付き合っていられないという気分のメイコであった。
「作曲の人たちに甘えてちゃダメよ」
大仰に肩をすくめた彼女に、カイトは小さな声で返事をした。
「何とかするよ。自分で」
「そう。相談なら、いつでも受け付けるわ。待ってるから」
またもうつむいた彼の横顔を、じっと観察してみる。普段の穏やかな雰囲気は消えていた。メイコはそのまま、彼の表情の変化を見ていた。
待ってると言った意味が通じたか。表情を見る限り不安だとメイコは思う。いつまで待っても、自分を頼ってくれないかもしれない。それでも、メイコはこれ以上踏み込めないと、自分の領分を決めた。
これ以上先に進めるのは、自分ではなく、レンやミクだろう。レンはまっすぐな性格から、ミクはその天真爛漫さから、他人の懐に入るのがうまい。優しく、特にミクは、その明るく優しい性格が、彼の緊張を解すのだろう。レンのまっすぐで清清しいまでの健やかさは、ある意味カイトの反対側にある。彼を良くも悪くも変える理由はそこにある。
研究所の中にいるボーカロイドの中で、一番カイトとうまくいっているのはリンだ。リンはもう彼の近くにいる。ただ、リンは遠慮して、邪魔にならないように静かにしているだけなのだ。
ふっと視線が上がり、横を、つまりメイコの方に向いたので、メイコはたじろいだ。別に、気圧される理由はないはずなのだが、どうしてかプレッシャーを感じた。
「めーちゃん」
真面目な表情。そして、珍しく低めな声だった。
「なに?」
「ミクの話、知ってる?」
「どの話?」
おのずとメイコの声も低くなった。大きくならないのは、他者がいるからである。
「仕事の管理、一任されるって」
「ああ、その話。博士から聞いてるわ。あの子なら、なんとかなるんじゃないかしら」
「うん、そうだね。みんなも、メイコもいずれそうなるよ」
メイコも、と言われたのは気にかかった。呼び方をあえて変えたのか、間違ったのか。呼びかけを間違うなんて、ほとんどない。ならば、あえて変えていると考えるのが自然だろう。
「私より先にリンとレンよ、きっとね。あの二人は仕事多いし。その次がルカで」
「リンやレンの前にメイコだよ」
「……私は後回しよ。だって、今、私は仕事、少ないしね」
ズキリと胸が痛んだ。自分で言っておいて傷ついていては世話ないのだが、メイコの精神回路は、彼女の冷静な頭脳とは裏腹に、痛みの感覚を発生させた。顔が強張っている事を彼女は知らない。
「なんとなく、今日、変だと思ったけど。めーちゃんさ」
「何よ」
「メイコは、僕とは違うよ。まだ、廃棄されるかも知れないような状態じゃない。ミクが先に回されたのは、新しい警備の人がミクのファンだったからって、それだけだ。決して、メイコの」
「私が後になったのは事実よ!」
叫びは部屋の中に響いてこだました。室内に居る二人の人間が、どうしたのかと二人のボーカロイドを見ている。カイトはそれに気が付いたが気にせず、メイコは気付かなかった。
大声を発した口を押さえて、壁へと顔を向ける。涙で情けなくなりそうな自分を見られたくなかった。
のっぴきならない様子を見て、普段エンジニアをしている男が手を叩いた。拍手音が二度。
「続きやろう。さっきの明るいやつはまた今度にして、次はちょい暗いやつってのな。とりあえず通しで」
カイトの背中が壁から離れる。メイコに向かい手を小さく振って、マイクに近付いた。
憂いが滲み出る表情でそれを見守る彼女は、歌の録音中ずっと暇そうだった男が壁際まで来た事に、疑問も抱かなかった。
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