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『アンドロイドは電気羊の夢をみるか』文章保管用ブログ。
Posted by - 2024.11.22,Fri
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Posted by ささら - 2009.10.13,Tue
封筒が欲しいと彼女は言った2の続き。

 出前を頼み、警備員に頼んで持ってきて貰おうかとも考えたが、リンの発案で守衛室で待つ事にした。門の横にある、警備員の待機所の事だ。
 そこではいつもの通り警備員が一人待機しており、取り留めのない世間話に花を咲かせた。すると、こんな話になったのだ。
「そういえば、新しく警備が増えるらしいじゃないか」
「そうなの?」
「警備というか、ボディーガードを増やすという話だよ」
 リンもルカも初耳である。守衛もそれ以上は知らないらしく、噂だと言った。護衛の対象になるであろう二人は少し気にしていたが、それもバイクの排気音で飛んでいった。

 腹ごしらえはしたものの、問題が解決するわけではない。
 とりあえずリンは、リビングにあるテーブルに手に入れた便箋を広げて、手紙の文面を考える事にした。しかし、つい郵送方法を考えてしまい、気もそぞろである。
 ルカはそれ以上に、部屋に置いてきたチケットに対して思考のリソースを割いていた。今になって、あれを送っていいものか悩みだしてしまったのだ。ルカにとって鈴木博士は恩人だが、向こうにとっては迷惑かもしれない。彼の教えを思い出せば、面倒だと思っていても不思議はない。送っても捨てられる可能性は大いにある。大体、自分のせいで余計な怪我を負ったのだ。
 彼女の思考は段々と深みに嵌っていた。リンはルカが何か悩んでいる事に気が付いたが、自分と同じ事でだろうと思い、聞きはしなかった。したところでルカは答えなかったであろうが。
 リンはペンを回しながら、ルカは両手で便箋の両端を強く握りながらただ時間を消費していく。
 そして三時を少し過ぎた時、足音が聞こえた。他に誰かいたっけと思い、リンは扉を見る。
 がちゃりと音がして開かれた先には、リンとルカの姉貴分であるメイコがいた。赤茶の短髪を片手でいじりつつ、二人に挨拶をする。
「ただいま」
「おかえりなさい!どうしたの、今日、こんな早いっけ」
 メイコはうんざりした顔になる。
「それが、予定変更で突然帰らされたのよ。大変だったわ」
 屋外でダンスの収録をする予定が、天候が理由でキャンセルになってしまったらしい。研究所の周辺は穏やかな天気だが、収録するはずの場所は雨がひたすら降り、河川の近くだった事もあって、危険と判断されたという話である。昨夜から向かったが、無駄足になってしまい、メイコは疲れただけだわとぼやいていた。
「でも、怪我しないでよかったね」
「そうね。危険じゃあ仕方ないわ。博士は?」
「午前中に出掛けてったよ。なんだかとても急いでたみたい」
「ふぅん。……で、さっきから気になっていたんだけど、二人とも何をやっているの?何か書いているようだけど」
 聡い彼女は、会話しながらもリンとルカの目の前にあるものをしっかりと観察していた。
 これにやたら慌てたのがリンである。
「ちょ、ちょっと、お手紙!書こうと思って!お世話になったから、田中博士と、鈴木博士に送ろうと!」
「そう。それはいい事だと思うわ。でも、封筒なんて、どこかで買ってきたの?」
「あ、うん。そう、そうなの」
 リンはとても不自然な受け答えをした。ルカの方は、関せずというように視線を逸らしている。メイコは訝しげな表情だ。
「……なんだか変ね。二人とも、本当の事を話しなさい」
 メイコが鋭く言った。怒っているとは違う。見定めようとするため、圧迫しているのだ。
 怒られる事も多いため、リンは条件反射で顔を背けてしまった。それが更にメイコの不信感を増幅させる。
「リン、話しなさい」
 察しがいい事をリンは恨んだ。圧迫感をひしひしと感じる。背筋に汗を感じたが、気のせいだと思いたかった。顔は青白くなり始めている。
 せっかちな方であるメイコだが、こういう時だけいやに根気強い。じっとうつむくリンを見据え、何十分でも待つ算段であった。視界の端におろおろとしているルカが見える。あまり感情が表に出ないルカだが、困っている風で、メイコとリンを交互に見ていた。
 最終的にリンはプレッシャーに負けた。
「博士の部屋を、ちょっと探させて貰ったの。あんまり博士に手伝って欲しくなくて」
 メイコはそれを聞いて今度こそ怒気を強めた。
「勝手にひとの部屋に入ったらダメって、何度言ったらわかるの!」
 パワーを重視したボーカロイドであるメイコの声は、室内に大きく響いた。壁がぐわんぐわんと揺れたと思えるほどの怒声に、リンもルカも目を思いっきり閉じる。
「ご、ごめんなさい」
 おどおどとしたリンは素直に謝る事にした。だが、メイコの怒りは収まらないようだ。
「何かあったらごめんじゃ済まされないのよ!」
 更に眉を吊り上げて言ったメイコに、今度はルカがこう言った。
「わたくしが誘ったんです。先輩は悪くありません」
「ち、違う、ルーちゃんは関係ないよ!」
 突然庇いだしたルカを見てリンが訂正するが、メイコには関係なかった。
「どっちも反省しなさい!」
 ここまで怒る理由を、リンもルカも理解できなかった。いけなかったという事だけは理解した。もう一度、二人は謝る。
 メイコは怒声の後特有のため息をつき、表情を和らげた。
「でもまあ、手紙を送るのはいいと思うわ。だから、今度からは博士か私に相談しなさい。協力しないなんてありえないからね」
 縮こまっている二人も、メイコや博士が喜んで協力する事を理解していた。だが、今回はどうしても自分たちだけでやりたかったのだ。
 それを理解するほどメイコは老成していなかった。彼女は年長とはいえ、起動してからそんなに経っていない。ボーカロイドとしては長い方に属するが、ボーカロイドやアンドロイドそのものが、まだまだ若い技術であった。
 しょげている二人は封筒と便箋を見て、どうしようという視線をメイコを移す。メイコは、怒っていたと思えないほどの笑顔を返した。
「書いていいわよ。私もお礼をしたいしね。便箋を一枚くれる?」
 彼女の言葉に、リンは上目遣いで聞く。
「でも、住所がわからないの」
「開発部の住所って事?」
「うん。あと、どうやって書いたらいいのか、合ってるのかもよくわからなくて」
 小さな、自信のない声でそう言った。メイコは、黄色い髪を優しく撫でる。
「住所録か。博士の部屋にあるだろうけど、それは駄目ね。電話のところにあるアドレス帳には電話番号しか書いてないはずだし、そうなると……所長に聞くのが一番早いかしら。確か夕方に戻ってくるはずでしょう」
 カイトに聞いた話ではそのはずだ。リンとルカがうなずいた。
「じゃあ所長が帰ってきたらそれとなく聞いてあげましょう」
 にこりと、自信ある笑顔でメイコが言う。リンはぱっと瞳を輝かせた。
「ありがとう、メイコ姉!」
「その代わり私も混ぜなさいよ。ルカもそれでいいでしょ」
 もちろん異論はない。ルカは頭を下げた。
 夕方、予定通り所長が研究所に戻ってきた。
「メ、メイコ姉、できればわたしとルーちゃんが手紙を送るって事を、所長に気付かれたくないの」
 小声で言うリンに、メイコは苦笑した。彼女たちの態度を見れば、そう思っているのは一目瞭然である。
「わかったわかった。所長には言わないから」
 しかし、リンたちの意思を尊重するとは言ったものの、メイコは所長に嘘をつく気はさらさらなかった。約束を破る事にはなるが、リンたちの行動を危うく感じたのも相成って、次第を話した方がいいと彼女は判断したのだ。
 ルカの部屋へ二人が隠れたのを確認したメイコは、所長を呼び止めると、事情を説明した。二人が勝手に博士の部屋に入った事も含めてである。
 話を聞いた所長は、頭痛を抑えるようにこめかみを押さえて、二人の行動をぼやいた。だが、何故か怒りはしない。これも実験のうちなのかもしれないが、甘いなとメイコは思った。
 彼は住所録を持ってきて、メイコに渡した上で、ところでこんな話があると切り出した。
「宅配便?」
 研究所で数日ながらも泊まっていた鈴木田中両博士は、少量の私物を持ってきていた。それをまだ返しておらず、近々宅配便を使って送るらしい。しかも、開発部ではなく、自宅に送ると言うのだ。
「手紙を一緒に送れという事ですよね?普通に送っては駄目なのかしら」
 駄目ではないがと所長は言葉を濁す。そして、とにかくそうした方がいいと強く薦めてきた。開発部に送るよりも二人の手に渡る可能性が高い、稀に相手に届かない時があるんだよと、眉を顰めてメイコに言うのである。
 所長がそんなに薦めるのなら、間違いはないだろうとメイコは考えた。すぐにリンたちのところに戻ろうとすると、所長は一言付け加える。
「自分に話した事を、リンたちには言わなくていい、隠しておきなさい」
 まったくの善意から来ているのだとすれば、甘い人である。

 夕食を挟み、自由時間になるとメイコはルカの部屋に足を踏み入れた。中ではリンがペンを持ち便箋とにらめっこしている。ルカはほとんど書き終わった様子で、文面をチェックしているようだった。
 メイコは所長に言われた通りにした。リンとルカにはそれとなく聞いてきたと告げる。始めは信じたが、宅配便の話をすると、流石におかしいと思ったらしく、疑惑の眼差しを向けられてしまった。
 しょうがなく、メイコはこう言い訳をした。
「私が、手紙を送りたいから教えて欲しいと言ったの。私が、であって、リンとルカが、じゃないわよ」
「それ、なんか、えっと……詭弁ってやつに聞こえるんだけど」
「二人が送りたがっている事を隠したいんでしょう。問題ないわよ。ちゃんと、私がって言っておいたから」
 リンは不満そうだが、一応納得した事にしたらしい。頬を膨らませながら頷いた。ルカも、首を傾げているが、反応はそれだけだった。
 そうして、二人分から三人分になった手紙は、宅配便に混じって届けられる事になった。
 元々三人分であったのだから、四人分になったのであるが。
「そういえばミク姉もそろそろ」
 リンが言い出す前に、夕食直前に帰ってきていたミクが、ルカの部屋をノックした。ルカが返事をする。覗き込んだ拍子にミクのツインテールが揺れた。
「リンちゃん、どう?」
「ばっちり!ルーちゃんとメイコ姉も一緒にやるってなったよ」
 笑顔で応えると、ミクも笑い顔で廊下の方に顔を向ける。
「こっちも追加。レンくん、ほら」
 ミクと共にひょっこり顔を出したのはレンである。彼も夕食の直前に戻ってきたが、手紙の話は伝えていないはずだ。ミクが話したのだろう。
「なんか手紙?送るって聞いたけど、なんで突然」
「い、いいでしょー別に」
 リンにレン、メイコとミク、そしてルカ。結局ほとんど全員が集まってしまった。
「まあ、仲がいいって事で、よしとしましょう」
 メイコがため息混じりに漏らすと、ミクがうんうんと何度も首を縦に振った。満足そうな顔である。
 その様子を見ながら、ルカは静かに引き出しを開けた。中に入ってた長方形の紙を取り出すと、こっそりと封筒に入れる。撫子色の封筒には、鈴木博士へと書かれている。白い便箋をも中に入れて、彼女は用意してあった花柄のシールで封をすると、優しい笑みを浮かべた。


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