『アンドロイドは電気羊の夢をみるか』文章保管用ブログ。
Posted by ささら - 2009.08.06,Thu
留守番2の続き。
あれ…留守番してない…。
まばゆいほどの新緑がきらめき、瞳孔に飛び込んでくる。春と夏の境目、太陽が気温をじわりと上げていた。それでも、この地域が酷く暑いのは8月だけで、研究所とは比べ物にならないほど涼しい。
外で休憩しているように言われて三十分、まだ呼び出しは来ない。ミクとルカのデータ取りが難航して、データを取るための部屋が空かないのである。メイコは部屋を追い出された腹いせに昼食をヤケ食いする言っていたが、レンはすいてもいない腹にモノを詰め込む気にはなれなかった。やる事もなく開発の敷地内を歩き、遅いなとため息をついて花壇のへりに腰掛けたのはいいが、飴も槍も降っては来ない。無為な時間が過ぎていくだけであった。
‘あ’と‘う’の混じった擬態音を無意味に発して見上げる。葉緑体を透かした太陽は、真緑の中にぼやけた円が浮かばせた。雲の少ない空は淀みなく晴れ晴れとして、迫って来そうだとレンは思った。空が落ちるなんて歌詞があるけれど、こんな感じなのだろうか。いや違う、もっと混沌とした空の事を言うのだろう。迫って来るのはもっと別のものだ。
リンはどうしているだろうとレンは考えた。研究所にひとり残っているリンはちゃんと仕事出来ているだろうか。周りの人間に迷惑をかけていないだろうか。寂しがってはいないだろうか。考えても仕方ない。今は、早く帰るために素直に言う事に従うだけだ。
ふっと動かした視線の先、木陰に妙な道を見つけた。花壇の横だ。
レンは暇だった事もあって、吸い込まれるように歩いていく。冒険心旺盛というわけでもないが、まだ呼び出しもないしいいだろうと思った。
雑草と樹木で作られた道を行く。茂る草は腰の辺りまで伸びており、誰もこの場所を通っていない事がうかがえた。木の高さはレンを覆うほどの高さで、辛うじて空の色を覗かせていた。狭い小道だが長さはかなりあって、開発部の広さを改めて思い知った。他のボーカロイドも開発部をくまなく歩いた事はないだろう。それほど広いのだ。
道の終わりが見えてきた。白い。なぜか白い壁が見える。少し小走りに駆け寄り、小道を抜けた。
先に見えたのは、二階建ての白い建物だった。
生い茂る雑草と土を踏み荒らしながら近づいてみると、かなり薄汚れているのがわかる。規則正しく並ぶ窓と鉄の扉。扉には南京錠が掛かっている。表口という事はなさそうだ。ここは裏口だろう。
金属製の小さな南京錠は錆びていた。ガチャガチャといじってみるが外れる気配はない。使われていないようとはいえ、技術の結晶であるアンドロイド製作会社が甘い警備でいるわけがない。当たり前だと思い扉から離れようとしたところ、裏口のすぐ横の窓の内鍵が外れているのに気がついた。
ガラスとアルミの枠をサッシの上に走らせる。高く鈍い音が鳴り、中の空気が外気と混じった。辺りを見回して人の気配がない事を確認した後、レンは窓枠に手をかける。力を入れてよじ登り、片足を枠に乗せて一瞬休憩してからひょいと飛び降りた。
窓から注ぐ日光の中、きらきらとしたものが浮かんでいる。埃が光を反射しているのだろう。きれいではないのかもしれないが、幻想的に見えた。
白い壁の廊下に、均等の感覚でドアが見える。ノブを掴むと、あっけなく開いてしまった。
部屋の中には何もなかった。誰も足を踏み入れていないらしく、灰色の埃が白のリノリウムで出来た床に積もっている。他には本当に何もない、空っぽだ。
レンは部屋には入らず扉を閉めた。隣の扉も開けてみるが、内装は同じで、どの部屋も埃と空気しかない、空の状態だった。全く使われていないようである。
はじめは探検のようで楽しかったが、差異のない内装にだんだん飽きてきた。二階に行けば違うかもしれないと廊下を歩くと、すりガラスの引き扉を見つける。鍵が掛かっている。その周りは少し広くなっているので、どうやらここが玄関らしい。二階に上がる階段はその玄関の近くにあった。階段下にも扉があるので覗いてみると、広いスペースとカウンター越しに調理場が見える。ここはキッチンとダイニングの役目を果たしていたのだろう。大きく壁一面に取られたはめ込みガラスの窓が、研究所のリビングを思い出させた。日光が容赦なく入り込み、白の壁紙が焼けているように見える。
階段を上った。二階もあまり一階と変わらないようだ。窓も扉も同じ間隔で並んでいる。少し気味が悪いと感じた。他には特別何もない場所での規則正しさはやたらと目立つ。だから、この気味悪さは人が使わなくなった廃墟特有のものだ。
廃墟。そう、廃墟なのである。開発部の中に廃墟があるというのは驚きだった。確かに広い土地だが、場所を無駄にするものなのだろうか。倉庫にしようと考えなかったのか。ミステリアスなこの建物を放置した理由は、後で調べてみようと心に決めて先に進む。淀んだ空気に何度か咳をし、喉が痛んでしまうのを少し気にする。しょうがない、後で診てもらうしかない。
一番奥らしき場所にたどりついた。廊下はそこで切れている。ドアが一つ、他とは違い電子の画面が壁についていたが、電源は死んでいた。大切な資料を保管していたのかもしれない。しかし、中に何か残っているとは思えなかった。
一応試してみようとドアノブを掴む。なんと、予想とは違い、かなり重いながらもその扉はレンを拒まなかった。開いた事に驚きながら室内を覗く。
その部屋だけは、他とは違った。まだ家具が残っていたのである。机と木製のサイドテーブルらしきもの、そして何より目を引いたのが壁だ。机のすぐ横の壁に、扇状に黒いシミが広がっているのである。ペンキでもぶちまけたようだった。
思い切って入ってみる。ぶわりと埃が舞うのが見えた。
覗いただけでは気が付かなかったが、壁の影になったところに大き目のクローゼットが置かれている。金属製なので生活臭はしない。冷たい鼠色だ。
何の部屋だろう。クローゼットがあるという事は、人が生活していたようではある。誰か専用の研究室なのかも知れない。誰かはわからないが。
気になった場所、シミの付いた壁に近づいてみる。やはり、黒のペンキがぶちまけられたように見える。黒と表現したが、よく見てみると本当は違う色のようだ。茶色、あるいは赤が混じり、純粋に黒いわけではない。単に、黒ペンキがかかった後、反対側にある窓からの日光で焼けたのかもしれない。レンは無意識に一番大きな可能性を思い浮かばせずにいた。
壁から視線を外して、横にある机を見る。上には何も残されていない。よくある片袖の事務机で、思い切って引き出しも開けてみたが、紙切れ一つ入っていなかった。
たぶんサイドテーブルだと思われるものに近づく。木製のそれは、明らかに爪で引っかいた跡が無数に残っていた。ガリガリと、誰かが引っかいたのだろう。こちらも、引き出しの中は空である。
最後にクローゼットを開けてみる。見事に何もなかった。
結局、この部屋も何もない。面白みがないと落胆して出て行こうとした、その時である。足音が床を伝って響いてきた。
誰か来た。レンは、姿を見られてはいけないと、瞬間的にそう考えた。とにかく部屋の扉をそっと音が立たないように閉めて、急いで隠れる場所を探した。最終的にクローゼットに逃げ込む。扉には切れ目が縦に入っており、そこから見える外を窺いながら息を潜めた。
扉を閉めたため足音は聞こえない。いつ来るのかわからないのが恐怖心を煽る。なぜ隠れなければいけないのだろうと頭の隅で響いたが、面倒を避けるためだと反論も聞こえた。脳内の声、空耳だ。
何をやっているのだろうと考えながらじっとしていると、扉が開く気配がした。足音が再び聞こえる。侵入者はそのまま室内に入ってきた。その人物を見て、レンは思わず声を上げそうになり息をとめた。
驚いた。まさかカイトだとは予想していなかったのである。
クローゼットの扉にある無数の縦の隙間から見た限り、研究所にいた時と変わりなさそうである。よくは見えないが、どこか大きく変わった様子はない。
彼は一直線に机の方へと向かい、机の横の壁の前で立ち止まった。じっと見つめている。レンの事は見つかっていないようだ。手を伸ばした。右手がシミに触れてなぞる。思考も思惑も見えない表情で、ただなぞっていた。
しばらく、カイトはそうしていた。やがて右手を離し、踵を返す。他に用はないとばかりに出入り口に向かう。途中、少し離れたところにあるサイドテーブルを見て立ち止まった。それもわずかな時間で、すぐに部屋を出て行く。バタンという音がして、後には静寂が残された。
レンはかなりの間クローゼットから出られなかった。驚いたのもあるが、すぐさま出ては見つかるかもしれない。
どれくらいそうしていただろうか、やっと決心して外に出る。呼吸が楽だ。
この場所に来たのはなぜだ、そう考えながらクローゼットの扉を閉めて、部屋を出ようとする。静かにノブを動かして戸の向こうを探り、誰もいないのを確認してから廊下に出た。そろりそろり、忍び足で一階に下りて、侵入に使った窓へと向かう。
たどり着いてあっと気が付いた。開け放したままだったのだ。見つかっていないよなと祈りながら、入ってきた時と同じように窓枠に手をかけて屋外へと越える。雑草がレンの体重で潰れた。仕方ない事だ。
立ち上がり、緊張から解き放たれた開放感を堪能しようと背伸びをする。
伸びきった背に声が降って来たのはその時だった。
「レン」
心臓が跳ねる。一気に上がった心拍数を静めようとしながら、聞き覚えのある声に振り向く。
この場所に彼がいるとは思っていなかったため、レンは大層驚いた。ゾンビ映画で死人が徘徊しているのを見た人間のような表情をしている。
「やっぱりレンか」
彼、カイトは涼しげな顔をして頷く。腕を組んで壁に体重を預けている。出てきた窓から見えない位置で、レンを待っていたようだった。
「カイト、なんで」
「レンこそ」
「ここにいんのがそんなに悪いかよ」
「悪いわけじゃないが、用なんてないはずだ」
「迷ったんだ。窓の鍵が開いてたから、つい入ってみただけだって」
「鍵が?誰か閉め忘れたのか。僕以外にこんな場所に用がある人なんていないはずだけどな」
「なあ、ここってなんの建物なんだ?」
「もちろん開発部の建物。僕はここで暮らしていた。そのうち取り壊す予定だと聞いてる」
カイトは白い壁を見上げた。睨むように眉根を寄せる。
「住んでたって割には懐かしそうでもねーのな」
「レンは自分がはじめて起動した台に懐かしさを感じるか?」
言われればそうでもないかなと思ったが、特定の場所にしか存在しない建物と、既製品であるアンドロイド用機械式寝台では訳が違うはずだ。それと建物では比べ物にならないとレンが言うと、カイトはまあねと一瞬苦笑し、何も言わずに黙り込んだ。そうやって最終的に本音も本心も煙にまくのが彼の常套手段である。
またかとレンは口を尖らせる。しかし、何もかも知らないというわけではない。今までの知識でわかる事もあった。ここに暮らしていたと言う言葉。昔、メイコが漏らした自殺した博士という言葉。それに対し自分の開発者だと言ったカイト自身の言葉。壁に広がっていた黒いシミ。そしてそれを何度もなぞっていたカイト。これらがイコールで結ばれる、そんな思考で機械の脳を働かせ、結論を出した。
「壁のシミ、血みたいだったけど、カイトの開発者のもん?」
彼はしばしの間固まった。それから何度か瞬きをした後に、レンの瞳を見つめて小さく頷いた。
「そうだ。あの人はあの場所で、拳銃で自分の頭を撃ちぬいた。ここが使われなくなった最大の要因だ」
自殺者の出た借家は安くなるのと同じだろう。
「警察が調べた後、すぐに全ての資料が運び出されて、ここはもう空っぽだ。誰も用がないから中も周りも荒れ放題、お陰で中に入ったのがレンだとすぐわかったけどね」
はぁ?と疑問符を浮かべると、カイトは楽しそうに種明かしをした。
「窓が開いていたから誰かいると思った。窓枠と窓の下の靴跡で、ああレンがいるんだなと。湿った土も落ちていたから、すぐ前の出来事だと予想したわけだ」
「ああ、そっか、なるほど」
単純な推理である。思わず納得した。
二人で沈黙し、風の音と草の匂いが広がる。しばらく虫の羽音と鳥の声、自然の言葉に身を傾けていた。
カイトは壁際でじっとしている。少しうつむき目を瞑った。
何かおかしいとレンは思った。妙だ、身体のどこかが。見定めるべく視線を巡らせて、違和感の原因に気がついた。
「その腕……左腕、どうしたんだ?」
奇妙に見えた左腕を注視する。目聡く違和を感じ取ったレンに、カイトは苦い顔を向けて組んだ腕をほどいた。だらりと垂れ下がった左の腕は、肘から下が半回転している。甲側と平側が逆さだ。腕を組んでいたのは、左腕を支えながら惨状を隠すためだった。
「手首の可動限界試験でね。捻じれきって落ちなかっただけ今回はマシだ。すぐ直せる設備があるから、開発での耐久試験は壊れる事が前提で行われる」
部品の試験などをしているとは聞いた事があったが、そんな事をしているとは露とも思っておらず、レンはぎょっとした。過激なやり方を博士たちが知っているのか気になった。田中博士はわからないが、山田博士の方はきっと止める気がする。止めて欲しい。
「痛い?」
「痛みの加減も取るべきデータだ。痛覚を切るわけには」
いかないという言葉の代わりに笑いかけた。こういう笑顔がレンの腹を立てさせるのである。
「何ですぐ直して貰わねぇんだよ」
「ルカ、研究所に行ってから初めて開発でデータを取るだろう。それで、今日取るデータは新しい種類のものらしくて、試験担当もみんな出払ってしまった。後でも見れるはずだけど、多くの人間が新しいもの好きなんだ」
そう言ったカイトは大きくため息をつき、眉間に皺を寄せた。珍しい事に口調も態度もどうもイライラとしている。レンはチッと舌打ちした。
「あのさ、痛覚切ったら?露骨にイラつかれるとオレも気分よくない」
レンの言葉に彼はきょとんとした。そして、右手を口に被せる。じっと空中を見つめ何か考え込むと、しばらくして口を開いた。
「夕方に出立して明日になる前には帰れるはずだったから、少しイラついてるかな」
独り言のように、他人事のように呟いた。明らかにレンに聞かせる気はあっただろうが、レンを見ていない。
「帰るって、研究所?」
「この腕を見たらリンが泣いてしまう。奥の人間がほぼ全員ルカたちの方に行ったから、今日は修理で終わりだ。それもないかもしれない。出来れば、明日には発てるといいんだけど」
淡々としている。
「カイトはもっとキレるべきだと思うよ、オレは」
「聞き分けは良くしておく事に決めてるんだ。レンたちは十分よくやっているから、もっと聞き分けがなくても平気。今度欲しいものでもねだってみるといい」
ぶった態度は更にレンを怒らせる。堪忍袋の存在を認識させたいのだろうかと疑った。まったく、この兄のような存在は相変わらず神経を自覚的に逆撫でする。だからルカにも好かれないのだ。
「……くそっ」
ない交ぜになった心情を一言で吐き捨てる。再会の喜びなど消えてしまった。
「レンは見ないうちに口が悪くなった」
「変わってねえって。カイトこそ口調とかなんか変だ」
今日は全体的に素っ気ない。語りかけるような優しい調子ではなく、静かで冷たい喋り方をしていた。
「イライラしているのは認めただろう。口調はね、開発にいる時はいつもこうだ」
「普段は演技かよ」
「場所に合わせているだけ」
「ここ、嫌いか?」
カイトは答えない。答えるわけにはいかないのだろう。
「オレは嫌いだ。今日、更に嫌いになった」
「素直さは美徳だね」
彼はそれだけを言う。周りより少し高い樹木が作る木陰を見つめていた。
今日は何を言っても通じない気がした。元々、ぬかに釘を打つ如くいくら話しても手応えがない相手だが、今日は特に、まるで異世界にいるような態度だ。
内心、レンはため息をついた。諦めたくはないが、骨折り損したいわけではない。辛い作業もごめんだった。
「研究所戻ったら、そのままいるよな。どっか行ったりとか」
「ないよ。所長と博士も、レンたちが次に研究所に戻った時にはいるはずだ」
安心とは違うが、一応安堵した。
「博士たち、戻ってくるのか。よかった」
「本当はかなり前に戻れるはずだったけど」
「けど?」
レンが続きを求めると、少し間を置いて口を開いた。
「問題があったわけじゃない。ただ、どうせならという決断は正しかったと信じている。真相を知ったらレンは殴るだろうから、今話すのはやめておくよ」
少しも質問の答えになっていない。ぐっと鋭く睨むと、カイトは目を合わせて、真摯さで言葉を編んだ。
「必ず、研究所に戻ったら話す」
合わせた視線は逸らさないように、じいっと見ていた。やがて、わずかな怒りと諦めを含んだ声を発した。
「必ずだぞ。約束破ったら承知しないから」
「うん」
素直に、研究所にいた時と同じ音色で頷いたので、レンは頷き返す。許してやろうと思うのは不遜だろうか。
ボーカロイドの耳が、ガサガサとした草と土を踏む音を感じ取った。レンは震源地を探して辺りを見回す。カイトも聞こえたらしく、顔を動かして一点の方向を向いた。壁が途切れた先を見ている。
「誰か来たな。レンはここに。見つかるとまずくはないけど面倒だろう」
そして見ていた方へと歩き出した。角を曲がり姿が見えなくなると、やがて会話が聞こえてきた。レンの知らない男の声、開発部の人間だと思われた。内容はよく聞こえないが、男が荒げた声でカイトを責めているのはわかる。
話していたのは少しの間だった。カイトはすぐに戻って来て、レンにメイコたちのところに戻るよう告げた。ルカとミクのデータが取り終わったのだと言う。
「向こうでレンを探しているから、急いだ方がいい」
「放送なかったぞ」
敷地内に設置されたスピーカーで呼び出されるはずである。
「放送、こっちだと聞こえないんだ」
ここはまったく人が来ないんだとカイトは言った。どうやら本当にそうらしい。
「わかった、戻るよ」
「そうしてくれ。奥に来た事は内緒にするといい」
「奥?って言うのか」
「正確にはあそこに見える建物の事だけどね。敷地の奥の方にあるからそう呼ばれてる。出入りがかなり制限されていて、表の研究者も奥の事はあまり知らないよ」
指差した先、木で出来た壁の天辺にドーム状の天井がある。レンはそれまで気が付いていなかった。カイトが言うには、建物のまわりは高い壁と鉄の棘で囲まれており、警備も厳重らしい。話を聞く限りは刑務所だ。
開け放しだった窓は、カイトが何とかしておくと言うので従った。要するに早く戻って欲しいだけだろうという言葉をレンは口に出さなかった。
そして、レンはカイトに研究所で再会する事を半ば無理やりに約束させて、来た道を戻って行った。メイコに叱られるんだろうなと考えながら。
次:留守番4
外で休憩しているように言われて三十分、まだ呼び出しは来ない。ミクとルカのデータ取りが難航して、データを取るための部屋が空かないのである。メイコは部屋を追い出された腹いせに昼食をヤケ食いする言っていたが、レンはすいてもいない腹にモノを詰め込む気にはなれなかった。やる事もなく開発の敷地内を歩き、遅いなとため息をついて花壇のへりに腰掛けたのはいいが、飴も槍も降っては来ない。無為な時間が過ぎていくだけであった。
‘あ’と‘う’の混じった擬態音を無意味に発して見上げる。葉緑体を透かした太陽は、真緑の中にぼやけた円が浮かばせた。雲の少ない空は淀みなく晴れ晴れとして、迫って来そうだとレンは思った。空が落ちるなんて歌詞があるけれど、こんな感じなのだろうか。いや違う、もっと混沌とした空の事を言うのだろう。迫って来るのはもっと別のものだ。
リンはどうしているだろうとレンは考えた。研究所にひとり残っているリンはちゃんと仕事出来ているだろうか。周りの人間に迷惑をかけていないだろうか。寂しがってはいないだろうか。考えても仕方ない。今は、早く帰るために素直に言う事に従うだけだ。
ふっと動かした視線の先、木陰に妙な道を見つけた。花壇の横だ。
レンは暇だった事もあって、吸い込まれるように歩いていく。冒険心旺盛というわけでもないが、まだ呼び出しもないしいいだろうと思った。
雑草と樹木で作られた道を行く。茂る草は腰の辺りまで伸びており、誰もこの場所を通っていない事がうかがえた。木の高さはレンを覆うほどの高さで、辛うじて空の色を覗かせていた。狭い小道だが長さはかなりあって、開発部の広さを改めて思い知った。他のボーカロイドも開発部をくまなく歩いた事はないだろう。それほど広いのだ。
道の終わりが見えてきた。白い。なぜか白い壁が見える。少し小走りに駆け寄り、小道を抜けた。
先に見えたのは、二階建ての白い建物だった。
生い茂る雑草と土を踏み荒らしながら近づいてみると、かなり薄汚れているのがわかる。規則正しく並ぶ窓と鉄の扉。扉には南京錠が掛かっている。表口という事はなさそうだ。ここは裏口だろう。
金属製の小さな南京錠は錆びていた。ガチャガチャといじってみるが外れる気配はない。使われていないようとはいえ、技術の結晶であるアンドロイド製作会社が甘い警備でいるわけがない。当たり前だと思い扉から離れようとしたところ、裏口のすぐ横の窓の内鍵が外れているのに気がついた。
ガラスとアルミの枠をサッシの上に走らせる。高く鈍い音が鳴り、中の空気が外気と混じった。辺りを見回して人の気配がない事を確認した後、レンは窓枠に手をかける。力を入れてよじ登り、片足を枠に乗せて一瞬休憩してからひょいと飛び降りた。
窓から注ぐ日光の中、きらきらとしたものが浮かんでいる。埃が光を反射しているのだろう。きれいではないのかもしれないが、幻想的に見えた。
白い壁の廊下に、均等の感覚でドアが見える。ノブを掴むと、あっけなく開いてしまった。
部屋の中には何もなかった。誰も足を踏み入れていないらしく、灰色の埃が白のリノリウムで出来た床に積もっている。他には本当に何もない、空っぽだ。
レンは部屋には入らず扉を閉めた。隣の扉も開けてみるが、内装は同じで、どの部屋も埃と空気しかない、空の状態だった。全く使われていないようである。
はじめは探検のようで楽しかったが、差異のない内装にだんだん飽きてきた。二階に行けば違うかもしれないと廊下を歩くと、すりガラスの引き扉を見つける。鍵が掛かっている。その周りは少し広くなっているので、どうやらここが玄関らしい。二階に上がる階段はその玄関の近くにあった。階段下にも扉があるので覗いてみると、広いスペースとカウンター越しに調理場が見える。ここはキッチンとダイニングの役目を果たしていたのだろう。大きく壁一面に取られたはめ込みガラスの窓が、研究所のリビングを思い出させた。日光が容赦なく入り込み、白の壁紙が焼けているように見える。
階段を上った。二階もあまり一階と変わらないようだ。窓も扉も同じ間隔で並んでいる。少し気味が悪いと感じた。他には特別何もない場所での規則正しさはやたらと目立つ。だから、この気味悪さは人が使わなくなった廃墟特有のものだ。
廃墟。そう、廃墟なのである。開発部の中に廃墟があるというのは驚きだった。確かに広い土地だが、場所を無駄にするものなのだろうか。倉庫にしようと考えなかったのか。ミステリアスなこの建物を放置した理由は、後で調べてみようと心に決めて先に進む。淀んだ空気に何度か咳をし、喉が痛んでしまうのを少し気にする。しょうがない、後で診てもらうしかない。
一番奥らしき場所にたどりついた。廊下はそこで切れている。ドアが一つ、他とは違い電子の画面が壁についていたが、電源は死んでいた。大切な資料を保管していたのかもしれない。しかし、中に何か残っているとは思えなかった。
一応試してみようとドアノブを掴む。なんと、予想とは違い、かなり重いながらもその扉はレンを拒まなかった。開いた事に驚きながら室内を覗く。
その部屋だけは、他とは違った。まだ家具が残っていたのである。机と木製のサイドテーブルらしきもの、そして何より目を引いたのが壁だ。机のすぐ横の壁に、扇状に黒いシミが広がっているのである。ペンキでもぶちまけたようだった。
思い切って入ってみる。ぶわりと埃が舞うのが見えた。
覗いただけでは気が付かなかったが、壁の影になったところに大き目のクローゼットが置かれている。金属製なので生活臭はしない。冷たい鼠色だ。
何の部屋だろう。クローゼットがあるという事は、人が生活していたようではある。誰か専用の研究室なのかも知れない。誰かはわからないが。
気になった場所、シミの付いた壁に近づいてみる。やはり、黒のペンキがぶちまけられたように見える。黒と表現したが、よく見てみると本当は違う色のようだ。茶色、あるいは赤が混じり、純粋に黒いわけではない。単に、黒ペンキがかかった後、反対側にある窓からの日光で焼けたのかもしれない。レンは無意識に一番大きな可能性を思い浮かばせずにいた。
壁から視線を外して、横にある机を見る。上には何も残されていない。よくある片袖の事務机で、思い切って引き出しも開けてみたが、紙切れ一つ入っていなかった。
たぶんサイドテーブルだと思われるものに近づく。木製のそれは、明らかに爪で引っかいた跡が無数に残っていた。ガリガリと、誰かが引っかいたのだろう。こちらも、引き出しの中は空である。
最後にクローゼットを開けてみる。見事に何もなかった。
結局、この部屋も何もない。面白みがないと落胆して出て行こうとした、その時である。足音が床を伝って響いてきた。
誰か来た。レンは、姿を見られてはいけないと、瞬間的にそう考えた。とにかく部屋の扉をそっと音が立たないように閉めて、急いで隠れる場所を探した。最終的にクローゼットに逃げ込む。扉には切れ目が縦に入っており、そこから見える外を窺いながら息を潜めた。
扉を閉めたため足音は聞こえない。いつ来るのかわからないのが恐怖心を煽る。なぜ隠れなければいけないのだろうと頭の隅で響いたが、面倒を避けるためだと反論も聞こえた。脳内の声、空耳だ。
何をやっているのだろうと考えながらじっとしていると、扉が開く気配がした。足音が再び聞こえる。侵入者はそのまま室内に入ってきた。その人物を見て、レンは思わず声を上げそうになり息をとめた。
驚いた。まさかカイトだとは予想していなかったのである。
クローゼットの扉にある無数の縦の隙間から見た限り、研究所にいた時と変わりなさそうである。よくは見えないが、どこか大きく変わった様子はない。
彼は一直線に机の方へと向かい、机の横の壁の前で立ち止まった。じっと見つめている。レンの事は見つかっていないようだ。手を伸ばした。右手がシミに触れてなぞる。思考も思惑も見えない表情で、ただなぞっていた。
しばらく、カイトはそうしていた。やがて右手を離し、踵を返す。他に用はないとばかりに出入り口に向かう。途中、少し離れたところにあるサイドテーブルを見て立ち止まった。それもわずかな時間で、すぐに部屋を出て行く。バタンという音がして、後には静寂が残された。
レンはかなりの間クローゼットから出られなかった。驚いたのもあるが、すぐさま出ては見つかるかもしれない。
どれくらいそうしていただろうか、やっと決心して外に出る。呼吸が楽だ。
この場所に来たのはなぜだ、そう考えながらクローゼットの扉を閉めて、部屋を出ようとする。静かにノブを動かして戸の向こうを探り、誰もいないのを確認してから廊下に出た。そろりそろり、忍び足で一階に下りて、侵入に使った窓へと向かう。
たどり着いてあっと気が付いた。開け放したままだったのだ。見つかっていないよなと祈りながら、入ってきた時と同じように窓枠に手をかけて屋外へと越える。雑草がレンの体重で潰れた。仕方ない事だ。
立ち上がり、緊張から解き放たれた開放感を堪能しようと背伸びをする。
伸びきった背に声が降って来たのはその時だった。
「レン」
心臓が跳ねる。一気に上がった心拍数を静めようとしながら、聞き覚えのある声に振り向く。
この場所に彼がいるとは思っていなかったため、レンは大層驚いた。ゾンビ映画で死人が徘徊しているのを見た人間のような表情をしている。
「やっぱりレンか」
彼、カイトは涼しげな顔をして頷く。腕を組んで壁に体重を預けている。出てきた窓から見えない位置で、レンを待っていたようだった。
「カイト、なんで」
「レンこそ」
「ここにいんのがそんなに悪いかよ」
「悪いわけじゃないが、用なんてないはずだ」
「迷ったんだ。窓の鍵が開いてたから、つい入ってみただけだって」
「鍵が?誰か閉め忘れたのか。僕以外にこんな場所に用がある人なんていないはずだけどな」
「なあ、ここってなんの建物なんだ?」
「もちろん開発部の建物。僕はここで暮らしていた。そのうち取り壊す予定だと聞いてる」
カイトは白い壁を見上げた。睨むように眉根を寄せる。
「住んでたって割には懐かしそうでもねーのな」
「レンは自分がはじめて起動した台に懐かしさを感じるか?」
言われればそうでもないかなと思ったが、特定の場所にしか存在しない建物と、既製品であるアンドロイド用機械式寝台では訳が違うはずだ。それと建物では比べ物にならないとレンが言うと、カイトはまあねと一瞬苦笑し、何も言わずに黙り込んだ。そうやって最終的に本音も本心も煙にまくのが彼の常套手段である。
またかとレンは口を尖らせる。しかし、何もかも知らないというわけではない。今までの知識でわかる事もあった。ここに暮らしていたと言う言葉。昔、メイコが漏らした自殺した博士という言葉。それに対し自分の開発者だと言ったカイト自身の言葉。壁に広がっていた黒いシミ。そしてそれを何度もなぞっていたカイト。これらがイコールで結ばれる、そんな思考で機械の脳を働かせ、結論を出した。
「壁のシミ、血みたいだったけど、カイトの開発者のもん?」
彼はしばしの間固まった。それから何度か瞬きをした後に、レンの瞳を見つめて小さく頷いた。
「そうだ。あの人はあの場所で、拳銃で自分の頭を撃ちぬいた。ここが使われなくなった最大の要因だ」
自殺者の出た借家は安くなるのと同じだろう。
「警察が調べた後、すぐに全ての資料が運び出されて、ここはもう空っぽだ。誰も用がないから中も周りも荒れ放題、お陰で中に入ったのがレンだとすぐわかったけどね」
はぁ?と疑問符を浮かべると、カイトは楽しそうに種明かしをした。
「窓が開いていたから誰かいると思った。窓枠と窓の下の靴跡で、ああレンがいるんだなと。湿った土も落ちていたから、すぐ前の出来事だと予想したわけだ」
「ああ、そっか、なるほど」
単純な推理である。思わず納得した。
二人で沈黙し、風の音と草の匂いが広がる。しばらく虫の羽音と鳥の声、自然の言葉に身を傾けていた。
カイトは壁際でじっとしている。少しうつむき目を瞑った。
何かおかしいとレンは思った。妙だ、身体のどこかが。見定めるべく視線を巡らせて、違和感の原因に気がついた。
「その腕……左腕、どうしたんだ?」
奇妙に見えた左腕を注視する。目聡く違和を感じ取ったレンに、カイトは苦い顔を向けて組んだ腕をほどいた。だらりと垂れ下がった左の腕は、肘から下が半回転している。甲側と平側が逆さだ。腕を組んでいたのは、左腕を支えながら惨状を隠すためだった。
「手首の可動限界試験でね。捻じれきって落ちなかっただけ今回はマシだ。すぐ直せる設備があるから、開発での耐久試験は壊れる事が前提で行われる」
部品の試験などをしているとは聞いた事があったが、そんな事をしているとは露とも思っておらず、レンはぎょっとした。過激なやり方を博士たちが知っているのか気になった。田中博士はわからないが、山田博士の方はきっと止める気がする。止めて欲しい。
「痛い?」
「痛みの加減も取るべきデータだ。痛覚を切るわけには」
いかないという言葉の代わりに笑いかけた。こういう笑顔がレンの腹を立てさせるのである。
「何ですぐ直して貰わねぇんだよ」
「ルカ、研究所に行ってから初めて開発でデータを取るだろう。それで、今日取るデータは新しい種類のものらしくて、試験担当もみんな出払ってしまった。後でも見れるはずだけど、多くの人間が新しいもの好きなんだ」
そう言ったカイトは大きくため息をつき、眉間に皺を寄せた。珍しい事に口調も態度もどうもイライラとしている。レンはチッと舌打ちした。
「あのさ、痛覚切ったら?露骨にイラつかれるとオレも気分よくない」
レンの言葉に彼はきょとんとした。そして、右手を口に被せる。じっと空中を見つめ何か考え込むと、しばらくして口を開いた。
「夕方に出立して明日になる前には帰れるはずだったから、少しイラついてるかな」
独り言のように、他人事のように呟いた。明らかにレンに聞かせる気はあっただろうが、レンを見ていない。
「帰るって、研究所?」
「この腕を見たらリンが泣いてしまう。奥の人間がほぼ全員ルカたちの方に行ったから、今日は修理で終わりだ。それもないかもしれない。出来れば、明日には発てるといいんだけど」
淡々としている。
「カイトはもっとキレるべきだと思うよ、オレは」
「聞き分けは良くしておく事に決めてるんだ。レンたちは十分よくやっているから、もっと聞き分けがなくても平気。今度欲しいものでもねだってみるといい」
ぶった態度は更にレンを怒らせる。堪忍袋の存在を認識させたいのだろうかと疑った。まったく、この兄のような存在は相変わらず神経を自覚的に逆撫でする。だからルカにも好かれないのだ。
「……くそっ」
ない交ぜになった心情を一言で吐き捨てる。再会の喜びなど消えてしまった。
「レンは見ないうちに口が悪くなった」
「変わってねえって。カイトこそ口調とかなんか変だ」
今日は全体的に素っ気ない。語りかけるような優しい調子ではなく、静かで冷たい喋り方をしていた。
「イライラしているのは認めただろう。口調はね、開発にいる時はいつもこうだ」
「普段は演技かよ」
「場所に合わせているだけ」
「ここ、嫌いか?」
カイトは答えない。答えるわけにはいかないのだろう。
「オレは嫌いだ。今日、更に嫌いになった」
「素直さは美徳だね」
彼はそれだけを言う。周りより少し高い樹木が作る木陰を見つめていた。
今日は何を言っても通じない気がした。元々、ぬかに釘を打つ如くいくら話しても手応えがない相手だが、今日は特に、まるで異世界にいるような態度だ。
内心、レンはため息をついた。諦めたくはないが、骨折り損したいわけではない。辛い作業もごめんだった。
「研究所戻ったら、そのままいるよな。どっか行ったりとか」
「ないよ。所長と博士も、レンたちが次に研究所に戻った時にはいるはずだ」
安心とは違うが、一応安堵した。
「博士たち、戻ってくるのか。よかった」
「本当はかなり前に戻れるはずだったけど」
「けど?」
レンが続きを求めると、少し間を置いて口を開いた。
「問題があったわけじゃない。ただ、どうせならという決断は正しかったと信じている。真相を知ったらレンは殴るだろうから、今話すのはやめておくよ」
少しも質問の答えになっていない。ぐっと鋭く睨むと、カイトは目を合わせて、真摯さで言葉を編んだ。
「必ず、研究所に戻ったら話す」
合わせた視線は逸らさないように、じいっと見ていた。やがて、わずかな怒りと諦めを含んだ声を発した。
「必ずだぞ。約束破ったら承知しないから」
「うん」
素直に、研究所にいた時と同じ音色で頷いたので、レンは頷き返す。許してやろうと思うのは不遜だろうか。
ボーカロイドの耳が、ガサガサとした草と土を踏む音を感じ取った。レンは震源地を探して辺りを見回す。カイトも聞こえたらしく、顔を動かして一点の方向を向いた。壁が途切れた先を見ている。
「誰か来たな。レンはここに。見つかるとまずくはないけど面倒だろう」
そして見ていた方へと歩き出した。角を曲がり姿が見えなくなると、やがて会話が聞こえてきた。レンの知らない男の声、開発部の人間だと思われた。内容はよく聞こえないが、男が荒げた声でカイトを責めているのはわかる。
話していたのは少しの間だった。カイトはすぐに戻って来て、レンにメイコたちのところに戻るよう告げた。ルカとミクのデータが取り終わったのだと言う。
「向こうでレンを探しているから、急いだ方がいい」
「放送なかったぞ」
敷地内に設置されたスピーカーで呼び出されるはずである。
「放送、こっちだと聞こえないんだ」
ここはまったく人が来ないんだとカイトは言った。どうやら本当にそうらしい。
「わかった、戻るよ」
「そうしてくれ。奥に来た事は内緒にするといい」
「奥?って言うのか」
「正確にはあそこに見える建物の事だけどね。敷地の奥の方にあるからそう呼ばれてる。出入りがかなり制限されていて、表の研究者も奥の事はあまり知らないよ」
指差した先、木で出来た壁の天辺にドーム状の天井がある。レンはそれまで気が付いていなかった。カイトが言うには、建物のまわりは高い壁と鉄の棘で囲まれており、警備も厳重らしい。話を聞く限りは刑務所だ。
開け放しだった窓は、カイトが何とかしておくと言うので従った。要するに早く戻って欲しいだけだろうという言葉をレンは口に出さなかった。
そして、レンはカイトに研究所で再会する事を半ば無理やりに約束させて、来た道を戻って行った。メイコに叱られるんだろうなと考えながら。
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