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『アンドロイドは電気羊の夢をみるか』文章保管用ブログ。
Posted by - 2024.11.22,Fri
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Posted by ささら - 2009.08.08,Sat
留守番3の続き。


 振り返ると、駐車場の方にいたスーツの人たちが立っていた。足音が聞こえなかったからとてもびっくりした。
 二人のうちの一方、黒いスーツを着た人は、警備会社の人間だと名乗って、研究所の人に頼まれたんだと言う。一緒にいる紺のスーツの人も、この人も、ずっとニコニコと笑っている。送って行ってくれるらしい。
「新井さん、来れないの?」
「そのようで、我々があなたを送るようにと」
「警備の会社の人って言ってたけど、いつも研究所にいる警備員さんじゃないよね?」
「身辺警護のため新しく雇われたんです。所長さんもお待ちですよ」
 なんだか変だ。
 所長って、まだ帰ってきてないよね。もしかして帰ってきてるのかな。新しい警備員さんが来るなんて聞いてないし、それに、いつもなら連絡があるはずなのに。
 とんとんという感じで軽い音がした。足音だ。やけに近い。なんだろうと思った途端、腕を引っ張られた。そのまま走り出したので、引きずられる形になる。
「きゃあ!」
「走れ!」
 わたしは必死に走った。言われなくても、腕を引っ張られていて痛いから、引きずられないように走ってしまう。振りほどくという選択肢が出なかったのは混乱していたからだと思う。
 薄暗いビル街に入ってしまった。人気のない道をひたすら走る。コンクリートの壁に、わたしと、わたしを突然引っ張ってどこかへ連れて行こうとする帽子の人の足音が反響する。遅れて、後ろの方から人間の足音がやってきた。ばたばたとした音が多重に木霊した。靴の数がだんだん増えている気がする。
 ぐいっと方向を転換されて転びそうになったけど、帽子の人はわたしの事なんか気にしてないように走っている。方向を変えた先はビルの外階段だ。もう使われていないみたいで、手すりの塗装は禿げ、錆びた鉄が剥き出しになっていた。一つ一つ段を上るたびに重い金属音が響く。二重に鳴るカンカンという音は、どこか音楽のように聞こえた、けど、今はそんな事を考えている場合じゃない。だって、今のわたしって、明らかに連れ去られてる状態だ。これって、すごくまずい?
 アルミ製の扉を開けると、屋外に出る。灰色のコンクリートの壁に挟まれた小さな路地に出た。建物の中を行ったり来たりしたので、もうどこにいるのか全然わからない。疲れてきて息も切れる。もう無理、走れない、そう思った時、帽子の人の足が止まったので、わたしは思わずへたり込んだ。
 全く整わない呼吸を繰り返しながら周りを見る。暗い路地は光源なんて全然なくて、夜空から少しだけ届く光だけが頼りだ。夜の色に染まったコンクリートの壁に挟まれた狭い路地は、右に行くと行き止まり、左の方は道が続いてるけど真っ暗でよく見えない。頭上のビルの窓はどこも黒い画用紙が張られたみたいだ。
 そして最後に、わたしを突然ここまで連れてきた人を見上げた。嬉しそうとか怒ってるとか、そういう感情が一切見えない表情だ。スポーツ帽の影からわずかに見える目は、落ち葉のような色で静かに行き止まりの塀を見ている。スポーツ帽のつばからこげ茶色の髪の毛を出している。青年と呼ばれる年齢だと思う。暗いからあまり見えないけど、顔がカイにぃに似ていると思った。その人の手元を見ると、走っていても離さなかった文庫本の表紙が見えた。カール・スミス裁判全記録……難しそう。
「本が気になる?」
「え?……あ、はい」
 いきなりそんな事を言ったので、思わず肯定してしまった。すると、深くにっこりと笑って、朗々と喋りだした。
「カール・スミスは、アンドロイドの精神パターンの権威であるクルーナー博士、アルファ素子の作者と言えばわかるかな、その博士を暗殺した人物だよ。彼は生粋の自然崇拝主義者でね、アンドロイドが人間のように思考する事を危険視していた。もし反乱を起こしたらどうするんだと考えていたんだ。まあ、暗殺した事で、逆にアルファ素子の名が広まり、普及してしまったのは皮肉だね。ただ、カール・スミスの暗殺という決断は、正解だったかもしれない。クルーナー博士は生前、‘人間に成り代わる存在を作りたい’と言っていたようだから。少なくとも、人間にとって認められる言動では到底ないだろうね。博士はカール・スミスがやらなくとも、いつか殺されていただろう。裁判中に博士の発言が発覚したものだから、ナチュラリストの支援団体はこぞって博士が危険思想の持ち主だったと吹聴した。しかし、それで罪が軽くなりはしなかった。最終的にカール・スミスは無期懲役を言い渡されている。この本は、事件の流れと裁判の記録を精緻に並べた良書だよ」
 正直、わたしは全然聞いてなかった。耳の中に入った音はそのまま外に出て行って、すっかり内容を覚えていなかった。だって、この人の声、カイにぃにそっくりだったんだもの。それが気になって話を気にしてる余裕なんてない。
 声が似てるし、背丈も同じくらい。顔も似てる。でも、髪色と目の色は違う。それに、アンドロイドみたいな感じはしない。カイにぃには、わたしとレンみたいな兄弟機がいたらしいけど、廃棄されたらしいし、この人は多分人間だから、その可能性はないと思う。もしかしたら、カイにぃの元になった人かもしれない。ボーカロイドは、声に関しては人間の音声ライブラリを使うけど、容姿は大抵デザイナーによってデザインされる。だけど、たまーに、元の人間の容姿をトレースして作る事があるらしい。カイにぃがそうだって話は聞いた事ないけど、違うって話も聞いた事がない。
「さっきからじっと見てるけど、どうしたんだい」
「へっ?あ、うん。ちょっと知り合いに似てるなって。ねえ、カイトってボーカロイド、知らない?」
「そんな名前のボーカロイドは知らない」
 はっきりそう言われたから、他人の空似なんだろう。博士が言うには、世界には同じ顔が三人いるらしいから。
 あ、重大な事を忘れていた。
「そもそも、あなた誰?なんでわたしをここまで連れてきたの?」
 普通最初に聞かなきゃいけない事をすっかり忘れてた。何者なの、この人。
「ちょっとした仕事であそこにいた通りすがり。連れて来たのは危険だったから。女の子が男二人に囲まれてたら、手を引いて逃げるだろう?知り合いじゃなかった風だった」
「……確かにはじめてあった人だったけど、ウチの研究所の人に頼まれたって言ってたし」
「それが本当かどうか、君にわかるのかい?嘘かもしれない」
 確かに、とっても変だった。今はいないはずなのに、所長が待ってるって言っていたし。
「知り合いの知り合いというのは、偽りやすいものだ。知人が直接紹介しない限りは信用しない方がいい。つまり、あまり知らない人について行ったら駄目だって事だ。まあ今は、ぼくも怪しい人物の一人だけどね」
「……自分が怪しいってわかってるんじゃん……」
 なんだか飄々としている辺りもカイにぃに似てる。飄々というか、他人を気にしないというか、マイペースというか。人のこと言えないけど。
 それにしても、突然連れ去った(って言っていいよね)人と悠長にお話してるなんて、新井さんが知ったら大目玉だろうな。
 でも、ここまで連れて来られちゃったら仕方ないと思う。見回しても真っ暗で、今どこにいるのかもわからないし。あと、この人、悪い人じゃなさそう。信じるかどうかは別だけどさ。
「逃げるにしても、こんな場所に来てどうするつもりなの?」
「ああ、そうだな、これから……ごめん、時間切れだ。みんなによろしく」
 遠くから足音が響いてきた。それもいっぱいで、数え切れないくらいに。
 カイにぃに似た人は、わたしの手を引いて塀のところまで来る。そして、塀を乗り越えろとか言い出した。
「支えてるから、急いでこの塀の向こうに行ってくれ」
「ちょっと待ってよ、こんなところに連れて来られて、その上塀の向こうとか、意味わかんない!」
「越えたら明かりが見える方に走れ。エサにしてすまなかった」
「だからっ」
 抗議したわたしはすっかり無視されて、軽々と持ち上げられた。上に乗れとか言われる。
 あーもー、よくわからないけど行くしかないみたい。この人のペースに乗せられてて嫌だけど、そうも言ってられなくなった。というのは、空中でに振り向いたら、暗がりの向こうからさっきの人たちが走ってくるのが見えたからだ。
「待て!」
 なんだかすっごく怒ってる。それに、手に持ってる黒い物体、あれってもしかして拳銃?え、すごくまずい?
「早く!」
 勢いに押されてわたしは塀の一番上にかけた手に力を入れた。そして、上方へ伸びるように腕と足を使って飛んだ。勢いが余り過ぎて大きく超えてしまい、支えるものもなく落下し、どすんと尻餅をついた。
「いったあぁ」
 結構高さがあったからかなり痛い。これ、後で見て貰わないとダメだろうなぁ。
「……て、さっきの人は」
 壁の向こうを透視するみたいに睨んだ途端、バンと大きな音を聞いて、思わず耳を塞いだ。銃声?それから喧騒なんて表現じゃ追いつかないほどの、怒声と罵声、それから何かを叩く音が、塞いでいるはずの耳に侵入してきた。
(怖い。怖くて動けない。どうしよう、怖いよ。助けて。助けてレン!助けて!)
 恐怖に後ずさる。ビルの壁が背中に当たる。空には月が見える。曖昧な輪郭の月は、ぼやけた月明かりを発している。
(……さっきの人に明かりの方へ走れって言われた、行かなきゃ、よくわからないけど向こうに行かなきゃ)
 とにかくわたしは、言われた通りに明かりの見える方へと走り出した。未だ、両の耳は塞いだままだった。
 抜けた先は結構大きくて明るい通りだ。こんなところに繋がってたんだ。
 後ろを振り向く。さっきいた場所は暗闇の先で、ここからは見えもしない。通りを走る車の走行音に被さって、聞きたくないと耳を塞ぐぐらいだった音は聞こえなかった。
 さっきのカイにぃに似た人はどうなったんだろう。心配する相手じゃないのかもしれないけど気になる。カイにぃに似てたからもあるけど、少しの間会話した相手に苦しんで欲しいなんて思う人はいないと思う。わたしだってそうだ。
「どうしよ」
 仕事していた場所から、どれくらいかはよくわからないけど離れてしまった。どうやって帰ればいいのかわからない。
 とりあえず、タクシーで仕事場まで戻って……ううん、あの人の事、やっぱり気になる。戻ろうかな、戻った方がいいかな。危なそうだったし……待って、そもそも。
「警察!……拳銃みたいなもの持ってる人がいたんだから、警察に行かなきゃ!」
 すっかり頭から抜けていた。
 そう思って辺りを見回すと、警察の制服を着た人がスーツ姿の人と話しているのが見えた。
 急いで近づいてあった事を話す。焦るわたしの言葉は随分拙かったけど、すぐに言いたい事を酌んでくれて、警察の人は無線を使って連絡してくれた。
 これで一安心だと思って肩から力が抜けたわたしに、スーツの人が話しかけて来たので顔を見上げた。背が高いから、長い時間そうやってたら首が痛くなりそう。
「よかった。無事そうだな」
 その人は警察じゃなくて特別保安局の人間だと名乗る。住吉さんと言うらしい。
 特別保安局はアンドロイド関係の事件の捜査とかを行うところだ。わたしはボーカロイドだけど、あんまり会う機会がない。それはそうだ、事件を起こした事なんてないし、大体博士がいつの間にか連絡入れたりして済ませてしまう。物珍しいからジロジロ見ちゃったけど、どう見ても普通の格好だ。刑事ドラマみたいに私服なのかな。
 さっきの人の事が心配で、見に行って欲しいと言うと、大丈夫だと言われた。どうしてかと聞いたら、なんとさっきの人も特別保安局の人らしいのだ。驚いた。そんな感じしなかった。
「先程仲間が回収したようだし、口うるさい奴がいる限り多少しか無理はせんさ。君の警護のためにいたわけだし、心配は無用だ」
 そう言った後、住吉さんは最近ずっとわたしを警護してた事を教えてくれた。研究所の方から依頼があったのと、保安局が追っていた犯罪グループがわたしたちを狙っていると言う情報で利害が一致した結果、研究所のアンドロイドをしばらく警護する事になっていたんだそうだ。
 少し話をしていると、新井さんが車に乗ってやって来た。そして当然ものすごく心配された。ぎゅーっと抱きしめられる。首が苦しい。
「では、我々は応援に行かなければなりませんので。一応一人警官をホテルまで同乗させますが、気になる事があれば今の内にでも」
 住吉さんが新井さんに聞いてきた。新井さんが出来ればホテルでも警備が欲しいと言うと、すぐに手配しますと答えが返ってくる。
 聞き逃しそうだったけど、今日はホテルに泊まるような口ぶりで不安になった。
「ホテルに泊まるの?」
「他のみんなが帰ってくるまで一緒にホテル暮らしになるわ。素敵ねぇ。ちゃんといいところのホテルだし、ルームサービス呼び放題オーケーだって。なに頼もうかしらね」
 ええーと不満を声に出してしまった。
 いいかなぁ。わたしは、研究所に戻れないってやだな。そりゃ、今はみんないないけど、あそこは自分の家だと思ってる。だから、帰れないのは……あんまり嬉しくない。
「嫌?」
「なんか落ち着かないよ。それに、それって新井さん働き詰めになっちゃうんじゃないの?」
「大丈夫。明日、所長が復帰するから、明後日はお任せするわ。ああそうそう、カイトも明日戻って来るようね。それから博士がレンたちと同じくらいに帰ってくるみたい」
「よかったぁ」
 わたしが知らないうちに色々決まったみたいだ。とりあえず、みんな帰ってこれるみたいで安心。
 レンとメイ姉とミク姉が倒れた時とは違って、帰ってこないんじゃないかって風には思ってなかったので、ものすごく驚いたりはしてない。もちろん嬉しい、嬉しいんだけど、なんだか博士たちは自分の意思で行動しているような気がしてる。思惑があるって感じるからだ、と思う。
「それじゃあ行きましょうか」
 新井さんに手を引かれて、わたしは歩き出した。掌の熱が伝わって少しくすぐったい。それも無事だから感じられるんだと思うと顔が強張ってしまった。
 わたし、実は結構緊張してたんだ。


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