時期はタイトル通り。バレンタインは関係ないです。
十日遅れとかどういうことなの…。
風呂から上がってきたレンは、リビングで妙な行動をしている人物を見つけた。
「うーん」
「リン、何カレンダーにらんでるんだ?」
「あ、レン」
レンより先に入浴して、既に寝ていると思っていたリンが何故かリビングにあるカレンダーをしかめっ面で見ていたので、つい話しかけてしまった。明日は早いというのに、リンは何をやっているんだろうか。
「ちょっと考え事。あ、レンは知ってる?カイにぃの誕生日」
「誕生日?なんでさ」
「考えてみたら、カイにぃが来て一年以上たってるんだよ。それで、一度も誕生日やってないから、もう過ぎちゃったのかと思って」
そういえばちゃんとした日付は聞いた事がない。いつだか忘れたが、冬生まれだと聞いた記憶がうっすらとあるが、定かではなかった。
「わたしたちの誕生日もやったのに、カイにぃはやってないっていうの、なんかヤだなって思うの」
「それはわかるけどさ」
「メイコ姉かミク姉、知ってるかな」
「誕生日なら本人に聞けばいいんじゃ……って、さっきすれ違ったからお風呂か」
「長いんだよねー」
レンに言わせれば、アレは単にとろいだけである。
ドアノックで呼び出すと、もう自室に戻っていたミクはパジャマ姿で現れた。
「カイト兄さんの誕生日?」
「ミク姉は聞いたことない?」
「聞いたことないなあ。ごめんね、役に立てなくて」
「そっかあ」
気を落とすリンにミクは元気付けるように肩をポンポンと二回叩いた。
「誕生日、過ぎてるにしろ過ぎてないにしろ、プレゼント用意しないとだね」
「うん、そうだよね。誕生日だもんね!」
リンが通る声でそう言うと、横の方から誕生日?と、声がした。そちらの方を見て、ミクの顔から表情が抜け落ちる。
「何の話なのですか?」
「ルーちゃんこんばんは。カイにぃの誕生日を調べてるの」
「こんばんは、先輩方。誕生日、ですか」
「ルカは、もちろん知らないか」
レンがひとりでに納得すると、ルカは少し考えてからこう言った。
「誕生した日を知ってどうするのですか?」
「お祝いするの」
リンはニコニコと答えた。
その横でミクがルカの事を注視している。あからさまに睨んでいるわけでもないが、いい感情を持っている視線とは言えないだろう。ミクがルカを殴った一件以来、仲直りどころか互いに謝ってすらいない状態なので、二人が対面すると緊張感溢れる空気になる。
正直、知りませんとでも言って離れてくれる事を期待して、知らないだろうと言ったのだ。目論見は外れたので、レンは内心ため息をついた。
「……アンドロイドの誕生日はいつなのでしょうか」
「それを調べてるんだよー」
「定義の話です。設計された日か組み上がった日か、はじめて起動した日にしても仮か正式か」
アンドロイドの身体が完成した後、教育や状態のテストの為に起動する時期がある。仮起動と呼ばれるもので、この期間はまちまちだが、その期間なしに正式起動に至るアンドロイドはいないと言っていい。
「わたしたちがお祝いしてもらった時は正式起動の日だったよ」
なるほどとルカはうなづいてから、先ほどの話しですがと前置きした。
「当然わたくしは知りませんわ」
聞きたい事はそれだけだったようで、ルカはそれではお休みなさいませと会釈をすると、さっさと自室に戻っていった。
緊張の糸が緩み、レンが知らず内にためていた力を肩から抜いた時、ポツリとミクがつぶやいた。
「ちょっと意外……」
「なあに?」
リンが無邪気そうに見える口調で聞くと、ミクはなんでもないと答える。
関係ないし意味のない事だ、とでもルカは言うだろうと考えていたミクは、少しだけ己の思考を恥じた。
メイコを呼ぼうとドアを叩こうとした瞬間、扉が開いて中からメイコが驚いた顔を出した。いいタイミングだが偶然らしい。
どうしたのと聞いたメイコに、ミクが説明する。
「カイトの誕生日?」
「そう。メイコ姉、知ってる?」
リンに問われてメイコは少し思案顔をした後、こう答えた。
「前に冬だって言ってたわね」
わあっとリンの顔がほころぶと、メイコは苦笑した。
「でも正確な日付は知らないわよ」
「ええー」
「はぐらかされたのよ、カイトに」
「リン、直接聞きに行かないでよかったな。多分ごまかされて教えてもらえなかったぞ」
「なによー」
「まあまあ。何か秘密にする理由があるのかな」
リンをなだめながら口にしたミクの疑問は、レンが考えているものと同様のものだ。何か不利なことでもあるんだろうかと考えるが、皆目検討もつかない。
「隠す意味なんてなさそうだし、会社の意向とは思えないけど」
ううーん、と、リンとレンとミクはうなる。三人同時に考え込んだのを見て、メイコは腕を胸の前で組みながら言った。
「博士に聞いてみた?秘匿する意向が社としてのものでないのなら、博士は教えてくれるんじゃないかしら」
話も発端であるリンとそれについてきたレンとミクは、博士の部屋に入ると単刀直入に聞いた。
「カイトの誕生日ぃ?」
「博士、知ってるんだろ」
レンが言うと、博士はまあねと相槌を打ってから、ミクたちに聞き返した。
「みんなにとって、ボーカロイドの誕生日はどんな日?どんなって言うのは、定義の話ね」
「えっ?」
ミクたちは既視感を覚えた。先ほど、同じような事を言われたからだ。
「ど~したの、驚いた顔して」
「えっと、さっき、ルーちゃんが同じ事言ったから」
今度は博士が驚いた顔をしている。
「……そうか、ルカがそう言ったのか……うん、そうか」
何かわかったらしく、何度かうなづく。
そして突然、で?どうかな、と、問いかけた。
「どうかなって、私たちはみんな正式起動日にやってるから、正式起動日が誕生日でいいんじゃないかなぁって思います」
ミクが答えを探すように宙を見ながら答える。
「うん、そういう定義か~。それだと、カイトの誕生日は」
「誕生日は?」
リンが身を乗り出してオウム返しすると、博士は苦い笑顔を浮かべながら言った。
「ない、って事になるねぇ」
「……ない?」
「正式起動してないもんでねぇ」
「なんで?」
「カイトは正式起動する前の仮起動の時に事故というか……まあ何でもいいや……が、あって、その後ゴタゴタしてたから、書類上は仮起動しかしてない事になってるんだよ」
ミクとリンは同時にええーと声を上げて抗議した。彼女たちはそういう可能性を考えていなかったのだ。
「そーは言っても本当に仮起動って事になってるからどうしようもないんだよ。いや実は僕も先日まで知らなかったんだけどね。……まさか仮起動しかしてないからって理由で不許可になるとは思ってなかった……。とにかくそういうわけだから」
「じゃ、じゃあ仮起動した日とか」
「仮起動日は秋だよ」
「うう、遠い……」
「リンは本当に誕生日祝いたいんだねぇ」
博士が興味深そうに言うと、リンは胸を張って首を縦に振りながら言う。
「もちろんだよ!」
「ふむ……じゃあ‘研究所に来た日おめでとう’と言う事にしたらどうかな。それだと誕生日みたいなものだろう」
「ふえぇ、なるほど」
うんうんとうなづいたリンは、ミクとレンの方を見た。
「ちょうど一年前くらいだし、それでいこーよ!」
「そうね、そうしよう」
「まぁ、いいんじゃねえの」
ミクは賛成し、レンもぶっきらぼうに肯定する。提案した本人も笑顔だ。
「じゃあ早速明日プレゼント用意しなきゃ」
「メイコ姉さんにも伝えておくね」
「プレゼントもいいけど、みーんなそろそろ寝なさい。明日も仕事あるでしょ~」
「はーい」
三人の返事が重なる。
とりあえず部屋に戻ろうと、リンとミクが廊下へ出て行き、レンが後をついていく、と、ちょうどドアの辺りで立ち止まった。
「博士、別に正式起動してなくても、正式起動日に祝えばいいんじゃないのか。その……別に変な理由の日にしなくても」
レンは何気なくそう言った。
すると、博士は首を傾げてこう答えた。
「変な理由じゃないと思うよぉ?こーいう記念日は、めでたければなんでもよかったりするしね。……それに」
それに、本人がうれしい日でなければ意味がないのだ。
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