『アンドロイドは電気羊の夢をみるか』文章保管用ブログ。
Posted by ささら - 2009.10.25,Sun
青と緑1の続き。
リンとルカを危険に晒した件以来、博士たちに一番不信感を持ったのはミクかも知れない。そのミクが、他人を騙す算段を聞いたわけで、これはもう不信を増大させて当然であった。
(博士もカイト兄さんも、また何か二人だけで話してるし、信じられない。がくぽさんはいい人だ。私が守らなきゃ)
決意は朝から表れた。不信そうな目で、仕事について来ているカイトを見るミクの目は睨むようであった。カイトは、それを何か不満があるのかと思ったらしく、どうしたのかとしきりに聞いた。ミクはすげない返事を返している。二人を送る役目を負っていた新井が、運転席で当惑する。もちろん真夜中にあった事を知るわけがない。
この日の予定は貸会議室にて打ち合わせをした後に、台本を貰う手筈になっている。歌のイベント自体は来週だ。
I社のボーカロイドと合同イベントは、急に決まった企画である。二社の仲が悪いと世間では言われているが、実際あまり良くはなかった。ライバル意識のようなものがあるらしい。そのため、C社とI社のボーカロイド初共演は各方面から注目されていた。
それを当のボーカロイドであるミクも知っていた。彼女は今まで自分の人気や環境に頓着していなかった。しかし、最近少しずつ変わり始めているのだ。研究所の人間ではない仕事相手に、仕事の評判や、次の仕事相手の事を聞くようになっていたが、それでわかってきたのは、ミクと周りに壁がある事だけである。よそよそしいのが悲しい、もっと仲良くなりたい、そう彼女は願っているが、道のりは遠そうだ。
さて、ミクの態度は軟化せず、どうしたものかなと新井とカイトが弱っているうちに、目的地へと着いてしまった。ビルの前で下ろしてもらい、七階の会議室まではエレベーターを使う。
ちょうど一階に止まっていたエレベーター一基に乗ろうとすると、エレベーターの中で見知った顔が手を振っている。今回世話になるイベントの企画の一人だ。彼はミクのイベントに何度か携わっていて、その度に顔を合わせている馴染みだ。
「今回もよろしく」
「はい!よろしくお願いします!」
企画の男は、脱色した髪をぼさぼさにして、睡魔が引っ付いていそうなあくびをすると、カイトに目を向けた。
「そちらの、ええと、付き人?アンドロイドかな」
「ボーカロイドだよ。カイト兄さん」
なんと、そうですアンドロイドですと答える前に、ミクがそう言ってしまったので、カイトはひどく困った。邪気のない、疑いも間違いもない表情。ミクの中ではボーカロイドなのだから、至当の言葉である。ミクは悪くない、そう考えて、カイトは先に返せなかった自分が悪い事にした。苦笑するのは、処世術であり、精神安定のための工夫だ。
「どうも、カイトです。ミクをよろしくお願いします」
「はあ、よろしくお願いします」
生返事ではないが、熱のない返答だ。苦笑いでの会釈に違和感を受けたものだと、本人以外が知るところではなかった。返答を受けた方が、今日の主役をミクだと思っていたから、それを変だとは思わずにいる。ミクは多少不満だったが、口に出すほど短慮ではない。
エレベーターの箱が三人を乗せて昇っていく。ぐっと押し返す力が微かにかかる。大地の独占欲、いわゆる重力は、機械にも人間にもただひたすらに平等であった。ドアの上にある数字が光り、段々と数字が増えていくなか、男がミクに話しかけた。
「いやぁ、しかしまさかこの企画が実現するなんて。C社がI社と一緒の仕事を請けないのは有名だったけど、なんかあったんですかね?駄目元で言ってみたら通っちゃって、嬉しいけどみんな驚いてる」
「さ、さあ。私にはわからないです」
ミクが相槌を打っているが、彼女は仕事の方針についての詳細を知らないため、曖昧にしか答えられない。ミクよりはよく事情を知っている人物は、もとより方針を開示する気も必要もない。話しかけられていないのをいい事に、すっかり外野気分でミクと男の行動を観察しているのだ。少し楽しそうにしているのが、尚更ミクに不信を抱かせたのだが、それをカイトに察しろというのは酷な事だった。
彼女ら三人の会話は唐突に中断された。昇降機が指定の階に着き、どこからともなくポンと軽い音が響く。一瞬、扉が大きく揺れ、両側に開いた。男から廊下に出て、カイトが最後にエレベーターから降りると、扉は音を立てて閉まった。どこかの階で呼び出されたようである。
少し歩くと、先に会議室へと向かっている人物を二人見つけた。
一人は焦茶色の髪にグレーのスーツを着た男、もう一人は、紫色の髪に面妖な衣装を着た長身の男だった。
ミクは二つの後姿を見て手を挙げ、声を発する。
「がくぽさん!」
彼女の声に反応して、男二人は振り返った。確かに、一人はがくぽと呼ばれた人物であり、もう一人は知らない顔だったが、ミクと企画の男を見て軽く会釈をした。
「どうも、I社の神威がくぽさんとマネージャーさんっすね。この度に企画を請けていただき、ありがとうございます」
「いえ、こちらこそ、願ってもない機会ですよ」
マネージャーらしい人物は企画の男と話をはじめ、それを横目で見ながらI社のボーカロイドはミクに手を振り返した。
「おはようございます!今日はよろしくお願いします」
「ミク殿。よろしく頼む。……そちらは?」
少し後ろの位置を歩いており、周りより遅くに追いついたカイトに目を向けた。
昨夜の博士のセリフを思い出し、ミクの顔が強張る。頬が緊張するのが見てわかるほどだ。
「カ、カイト兄さんよ」
左手でカイトを示す。しかし、張った肩が不自然で、それを神威は不思議に思ったようだった。カイトも気が付いたが、何か気に障る事をしたのだろうと深く考えない。彼はすぐに意識を神威に戻し、青の瞳を向けた。
「アンドロイドの、カイトです。ミクの事、よろしくお願いします」
先程の二の舞にならないように、自己紹介をする。軽く頭を下げると、神威はすぐに下げ返した。
「こちらこそ、よろしく頼み申す。聞いた事はないが、ミク殿にアンドロイドの兄上がおられるとは」
「外に出ませんからね。ミクとは二年ほど違うんですよ」
「そういえば、I社より以前に青年型のボーカロイドが製造されたと聞いた事があるでござるな。それでござるか?」
「どうでしょう。僕は本当に外に出ないので、外で話題になるとは思えませんが。それはもしかして、海外の……G社のレオンでは?」
「同じ言語だと記憶しておるのだが……おぼえ違いやもしれぬな。それにしても、アンドロイドとしては先輩でござるな」
「無駄に経過年数を食っているだけですよ」
穏やかな会話だった。それをミクは不機嫌そうな顔で見ている。特に問題なく会話できている事に無性に腹が立った。自分がこんなにも心配しているのに!彼女は無意識にそう思っていたが、この先もまったく意識する事はなかった。
「兄弟か……」
神威は呟き、ミクとカイトをじっと見てから、瞼を伏せた。
「実は我が社でも次のボーカロイドを製造してい」
「がくぽさん、行こうっ」
ミクは言葉を遮った。神威の腕を取り、引っ張る。これに神威は驚愕し、戸惑うばかりだ。何かまずい事でも言っただろうかと考える前に、ミクに引きずられて行く。
カイトも同じく驚き、どうしたのかと聞こうとしたが、今朝の態度を思い出して口を結んだ。傷つかなかったわけではない。寂しそうに黒に近い灰色のカーペットを蹴って、ミクたちの後をついて行った。
もうすぐ会議が始まる時間だった事が、彼女たちの精神にとって幸いだっただろう。ミクに引かれて行く神威を見て、廊下にいた人間たちも、雑談をしながら会議室に向かう。
ミクがばっと勢い良くドアを開けた。会議室は数十人が入る程度の大きさで、既にほとんどの人間が集まっていた。会議机の上にはペットボトルのお茶とお菓子と、かなりの量の冊子が置かれていた。
彼女が大声で挨拶すると、笑い声と暖かい視線が溢れた。神威も厳かに挨拶をし、部屋に入っていく。ミクはすぐに人に囲まれ、お世辞なのか本気なのかわからない褒め言葉や、仕事の話、時節の挨拶などを受ける事となった。慣れている彼女はニコニコと受け応えしていた。
そんな中、カイトだけは入らず、会議室の前で待っていると言い出していた。ミクがそれに気付いて、入り口まで寄って来る。
「僕は付き添いで、企画には関わらないからね。ミク、頑張っておいで。まあ、僕に言われなくてもわかってるかな」
自嘲気味に言う。
「う、うん」
彼女にとって彼の選択は意外だった。ついて来るかと身構えていたのに、無駄になったなと考えた。少し肩の位置が落ちたのは、無意識の行動だ。
いってらっしゃいと微笑んで緑髪の頭を撫でる。ミクの胸は、ずきりと痛みを覚えていた。
次:青と緑3
(博士もカイト兄さんも、また何か二人だけで話してるし、信じられない。がくぽさんはいい人だ。私が守らなきゃ)
決意は朝から表れた。不信そうな目で、仕事について来ているカイトを見るミクの目は睨むようであった。カイトは、それを何か不満があるのかと思ったらしく、どうしたのかとしきりに聞いた。ミクはすげない返事を返している。二人を送る役目を負っていた新井が、運転席で当惑する。もちろん真夜中にあった事を知るわけがない。
この日の予定は貸会議室にて打ち合わせをした後に、台本を貰う手筈になっている。歌のイベント自体は来週だ。
I社のボーカロイドと合同イベントは、急に決まった企画である。二社の仲が悪いと世間では言われているが、実際あまり良くはなかった。ライバル意識のようなものがあるらしい。そのため、C社とI社のボーカロイド初共演は各方面から注目されていた。
それを当のボーカロイドであるミクも知っていた。彼女は今まで自分の人気や環境に頓着していなかった。しかし、最近少しずつ変わり始めているのだ。研究所の人間ではない仕事相手に、仕事の評判や、次の仕事相手の事を聞くようになっていたが、それでわかってきたのは、ミクと周りに壁がある事だけである。よそよそしいのが悲しい、もっと仲良くなりたい、そう彼女は願っているが、道のりは遠そうだ。
さて、ミクの態度は軟化せず、どうしたものかなと新井とカイトが弱っているうちに、目的地へと着いてしまった。ビルの前で下ろしてもらい、七階の会議室まではエレベーターを使う。
ちょうど一階に止まっていたエレベーター一基に乗ろうとすると、エレベーターの中で見知った顔が手を振っている。今回世話になるイベントの企画の一人だ。彼はミクのイベントに何度か携わっていて、その度に顔を合わせている馴染みだ。
「今回もよろしく」
「はい!よろしくお願いします!」
企画の男は、脱色した髪をぼさぼさにして、睡魔が引っ付いていそうなあくびをすると、カイトに目を向けた。
「そちらの、ええと、付き人?アンドロイドかな」
「ボーカロイドだよ。カイト兄さん」
なんと、そうですアンドロイドですと答える前に、ミクがそう言ってしまったので、カイトはひどく困った。邪気のない、疑いも間違いもない表情。ミクの中ではボーカロイドなのだから、至当の言葉である。ミクは悪くない、そう考えて、カイトは先に返せなかった自分が悪い事にした。苦笑するのは、処世術であり、精神安定のための工夫だ。
「どうも、カイトです。ミクをよろしくお願いします」
「はあ、よろしくお願いします」
生返事ではないが、熱のない返答だ。苦笑いでの会釈に違和感を受けたものだと、本人以外が知るところではなかった。返答を受けた方が、今日の主役をミクだと思っていたから、それを変だとは思わずにいる。ミクは多少不満だったが、口に出すほど短慮ではない。
エレベーターの箱が三人を乗せて昇っていく。ぐっと押し返す力が微かにかかる。大地の独占欲、いわゆる重力は、機械にも人間にもただひたすらに平等であった。ドアの上にある数字が光り、段々と数字が増えていくなか、男がミクに話しかけた。
「いやぁ、しかしまさかこの企画が実現するなんて。C社がI社と一緒の仕事を請けないのは有名だったけど、なんかあったんですかね?駄目元で言ってみたら通っちゃって、嬉しいけどみんな驚いてる」
「さ、さあ。私にはわからないです」
ミクが相槌を打っているが、彼女は仕事の方針についての詳細を知らないため、曖昧にしか答えられない。ミクよりはよく事情を知っている人物は、もとより方針を開示する気も必要もない。話しかけられていないのをいい事に、すっかり外野気分でミクと男の行動を観察しているのだ。少し楽しそうにしているのが、尚更ミクに不信を抱かせたのだが、それをカイトに察しろというのは酷な事だった。
彼女ら三人の会話は唐突に中断された。昇降機が指定の階に着き、どこからともなくポンと軽い音が響く。一瞬、扉が大きく揺れ、両側に開いた。男から廊下に出て、カイトが最後にエレベーターから降りると、扉は音を立てて閉まった。どこかの階で呼び出されたようである。
少し歩くと、先に会議室へと向かっている人物を二人見つけた。
一人は焦茶色の髪にグレーのスーツを着た男、もう一人は、紫色の髪に面妖な衣装を着た長身の男だった。
ミクは二つの後姿を見て手を挙げ、声を発する。
「がくぽさん!」
彼女の声に反応して、男二人は振り返った。確かに、一人はがくぽと呼ばれた人物であり、もう一人は知らない顔だったが、ミクと企画の男を見て軽く会釈をした。
「どうも、I社の神威がくぽさんとマネージャーさんっすね。この度に企画を請けていただき、ありがとうございます」
「いえ、こちらこそ、願ってもない機会ですよ」
マネージャーらしい人物は企画の男と話をはじめ、それを横目で見ながらI社のボーカロイドはミクに手を振り返した。
「おはようございます!今日はよろしくお願いします」
「ミク殿。よろしく頼む。……そちらは?」
少し後ろの位置を歩いており、周りより遅くに追いついたカイトに目を向けた。
昨夜の博士のセリフを思い出し、ミクの顔が強張る。頬が緊張するのが見てわかるほどだ。
「カ、カイト兄さんよ」
左手でカイトを示す。しかし、張った肩が不自然で、それを神威は不思議に思ったようだった。カイトも気が付いたが、何か気に障る事をしたのだろうと深く考えない。彼はすぐに意識を神威に戻し、青の瞳を向けた。
「アンドロイドの、カイトです。ミクの事、よろしくお願いします」
先程の二の舞にならないように、自己紹介をする。軽く頭を下げると、神威はすぐに下げ返した。
「こちらこそ、よろしく頼み申す。聞いた事はないが、ミク殿にアンドロイドの兄上がおられるとは」
「外に出ませんからね。ミクとは二年ほど違うんですよ」
「そういえば、I社より以前に青年型のボーカロイドが製造されたと聞いた事があるでござるな。それでござるか?」
「どうでしょう。僕は本当に外に出ないので、外で話題になるとは思えませんが。それはもしかして、海外の……G社のレオンでは?」
「同じ言語だと記憶しておるのだが……おぼえ違いやもしれぬな。それにしても、アンドロイドとしては先輩でござるな」
「無駄に経過年数を食っているだけですよ」
穏やかな会話だった。それをミクは不機嫌そうな顔で見ている。特に問題なく会話できている事に無性に腹が立った。自分がこんなにも心配しているのに!彼女は無意識にそう思っていたが、この先もまったく意識する事はなかった。
「兄弟か……」
神威は呟き、ミクとカイトをじっと見てから、瞼を伏せた。
「実は我が社でも次のボーカロイドを製造してい」
「がくぽさん、行こうっ」
ミクは言葉を遮った。神威の腕を取り、引っ張る。これに神威は驚愕し、戸惑うばかりだ。何かまずい事でも言っただろうかと考える前に、ミクに引きずられて行く。
カイトも同じく驚き、どうしたのかと聞こうとしたが、今朝の態度を思い出して口を結んだ。傷つかなかったわけではない。寂しそうに黒に近い灰色のカーペットを蹴って、ミクたちの後をついて行った。
もうすぐ会議が始まる時間だった事が、彼女たちの精神にとって幸いだっただろう。ミクに引かれて行く神威を見て、廊下にいた人間たちも、雑談をしながら会議室に向かう。
ミクがばっと勢い良くドアを開けた。会議室は数十人が入る程度の大きさで、既にほとんどの人間が集まっていた。会議机の上にはペットボトルのお茶とお菓子と、かなりの量の冊子が置かれていた。
彼女が大声で挨拶すると、笑い声と暖かい視線が溢れた。神威も厳かに挨拶をし、部屋に入っていく。ミクはすぐに人に囲まれ、お世辞なのか本気なのかわからない褒め言葉や、仕事の話、時節の挨拶などを受ける事となった。慣れている彼女はニコニコと受け応えしていた。
そんな中、カイトだけは入らず、会議室の前で待っていると言い出していた。ミクがそれに気付いて、入り口まで寄って来る。
「僕は付き添いで、企画には関わらないからね。ミク、頑張っておいで。まあ、僕に言われなくてもわかってるかな」
自嘲気味に言う。
「う、うん」
彼女にとって彼の選択は意外だった。ついて来るかと身構えていたのに、無駄になったなと考えた。少し肩の位置が落ちたのは、無意識の行動だ。
いってらっしゃいと微笑んで緑髪の頭を撫でる。ミクの胸は、ずきりと痛みを覚えていた。
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