『アンドロイドは電気羊の夢をみるか』文章保管用ブログ。
Posted by ささら - 2009.12.04,Fri
青と緑3の続き。
大きなトラブルもなく無事終了し、この後の仕事を思い浮かべる。取材があったはずだ。時計を見て間に合う事を確認し、ミクはまばらに出て行く人を見やる。そして、立ち上がる神威を視認してすぐに駆け寄った。
「あのう、すぐそこまでですけど、一緒に」
「待たれい」
ミクの言葉を遮った神威は一度咳払いをし、ミクに向き直った。
「初音ミク殿。そこまで御一緒しとうござる。如何か」
真剣な表情で言われ、ミクは豆鉄砲を食らったような顔になった。困惑しつつ了承を告げると、神威は朗らかに言った。
「女性から誘わせるのは失礼にござる」
神威の横で、I社の人間は大きく何度も頷いていた。そういうものなんだとミクは曖昧な笑顔を作った。
そうして共に会議室を出ると、あれからずっと待っていたらしいカイトが、誰か別の人間と話しているのが見えた。ミクは知らない人間だったが、神威は知っていたらしい。優しく典雅な笑顔を浮かべ、腰から頭を下げる。しっかりとした礼に、思わずミクもカイトもかしこまった。
礼をされた人物は初老の男で、小柄なミクと同じくらいの背丈だ。この国の人でない事は、顔の作りで判断できた。
誰だろうと見ていると、その人物はミクに手を上げて挨拶してきた。
「初音ミクですかな?噂はかねがね聞いている」
口から外国語が出ると思いきや、知っている言語が流暢な音で聞こえてきたのである。驚いた表情でミクは頷いた。
「私はアーランド。アンドロイドの研究をしている。いや、していた、だがね」
カイトが離れた位置から声をかけた。
「ミク、基礎研究の大家だ。覚えてないかい」
聞いた事がある気はしたが、ミクは首をひねった。それにカイトは苦笑して、アーランドと名乗った人物に謝る。
「申し訳ありません。彼女は幾分、研究についての知識は薄いのです」
「ハハハ、必要ない事は覚えないでもよろしい。人間も興味のない事を全て覚えているものではないからなあ。I社の神威がぁ……やはりこの国の名前は呼びにくい」
「申し訳のうござる」
今度は神威が謝った。
「いいや。早々と謝ればいいというものでもないよ、二人ともな」
彼はそう言って高い笑い声を発した。神威もカイトも奇妙に曲げた、笑いとも苦笑いともつかない表情で応えるのみだ。
「では、我々はそろそろ。ミク、次の時間は?」
カイトに聞かれ、ミクは大丈夫だと頷く。
「じゃあ行こう」
急いでいるようだった。ミクが小さく首を下げる間もなく、カイトに手を引かれた。神威とアーランドを置いて行ってしまっていいのか、ミクがそう思考する前に手を引く彼の足は速度を増す。
どきりとした。熱がある、ようだ。手の平から伝わる熱さは並みの事ではないとミクは思った。
神威とアーランドをちらちらと見つつ、しかしミクはカイトの様子も気になって仕方がなかった。横顔は普段通りに見える。ではこの熱さはなんだろう。
「カイト兄さん、どうしたの?」
聞いてしまった。すると、カイトは顔だけミクの方を見て言った。
「アーランド博士はI社の客人だ。部外者の僕らは長くいない方がいい」
「そうなの?」
歩く早さは変わらない。床が靴音を立て鳴らす。閉まりきった昇降機の扉の前まで来ると、二人は立ち止まった。扉の横にある二つのボタンの下の方を押す。ボーカロイドの鋭い耳が、四角い箱を持ち上げる音を捉えた。
「あの博士、有名な人?」
「一応ね。アンドロイドの研究に携わっていれば知っていて当然の、ああ別にアンドロイドやボーカロイドなら当然というわけではなくて、つまり、学会に出席するような人には有名だよ。精神回路のパズルを作った人間の一人、と、言われている。ミクの精神回路でも使われている素子は博士とその友人の作だ。ご友人の方はもう亡くなっているけれども」
へぇ、と、ミクは相槌を打つ。アーランド博士にしても、その友人にしても知らない人だ。そして、話の中に興味がそそられるものもなかった。
「あっと。手、ごめんね」
やっとカイトはミクの手を離した。ミクは握られていた方の手を摩った。意識外の行動だ。
「カイト兄さんの手、熱っぽかったよ。またどこか悪いの?」
「熱?ないよ。……まあ、あるけれども。少しだ」
「それ、ど」
どちらだと聞こうとした彼女に対し、今度はカイトの方が聞く。
「機嫌は直った?」
何の事だと思ったミクは、すぐに朝からピリピリとしていた事を思い出した。神威を守るためには当然の事をしたと彼女は思っているが、彼女の内心を知らないカイトとしてはただ機嫌が悪いように見えたのだ。
「ずっと機嫌悪そうだったし、何か怒らせたのかと思っていた。良ければ理由を教えて欲しいかな」
彼は、何も知らず避けられるのは堪えるねと繋げて、首筋に手を当てた。何度か頭を左右に振るように首を鳴らす。
ミクは本当の事を言う訳にもいかず、口ごもった。そのミクの様子に、カイトは息を吐き出した後言った。
「いいよ、無理に聞き出そうとは思わないんだ。多分、また僕が悪いだろうから」
扉が開く。カイトが扉を押さえながら中に入り、ミクもほぼ同時にエレベーター内に移動した。ボタンを押せば、やがて重力の通り、一階へと落ちていくのだ。
箱の中は静かだった。原因は気まずさだ。
ここに来て、ミクは自分の行動を明確に後悔し始めている。悪い事をした。冷たくなんてするんじゃなかった。落ち込んで浮き出た言葉は音にも出ず、ただミクの内側を回りだした。
(がくぽさんを守るって言っても、あんな風にする事なかった)
でも、と彼女は自分に言い訳を始める。
(昨日あれを聞いた時、驚いたし、怖くなった。だから、仕方ない。私だって、カイト兄さんを疑ったり、冷たくしたりしたくはないよ)
言い訳をしても、自身の内部に潜む目の細かい霧は晴れなかった。湿り気のあるそれは心内でどんどんと広がり、薄く影を落とす、そんな気がしていた。
気まずい。自分のせいだとしても、気まずさはどうしようもない。うなだれている内にビルを出た。カイトは何も喋らず歩いていたかと思うと、突然短く声を上げた。
「山田博士だ」
おかしい、まだ迎えに来る時間でもないし、このタイミングで来る手筈ではなかったはずだ。ミクは顔を上げる。
確かに山田博士がいた。ガードレールに腰掛ける姿が新鮮だ。手に持った携帯電話を操作している。
「どうしたんだろう」
カイトは首を傾げて、歩を早めた。そこで、ミクはカイトが少しフラフラしている事に気がついた。やはり熱があるんじゃないか。博士に知らせなければと思ったミクも早足になった。
博士は二人の足音で小さな液晶画面から目を離した。視界に二人を入れると、気の抜けた笑みを見せる。先に話しかけたのはカイトだ。
「博士、お疲れ様です。何かありましたか」
「あったよ~。とりあえずこれ見てねぇ」
足元にあった黒いナイロン生地の鞄から封筒を取り出す。
「これはこれは……」
カイトが受け取った封筒は薄い雑誌が入っているような厚さである。封筒そのものにはほとんど情報がなかった。わずかに、左下の隅に何かのマークが確認できる。それですぐに中身の察しがついたらしい。カイトは明らかに苦笑して、中身取り出した。カタログのようだ。ミクの位置からはアンドロイドのカタログにように見えた。
「昨日の今日と。狙ってたわけですね」
「いやいや」
追いついて来たミクが、まず博士に挨拶してからカタログに目を向ける。カラーの表紙、白の空間の中にアンドロイドがポーズを決めている。緑色の髪と、大きなヘッドフォン。白とオレンジと緑の、明るいコントラストが広がっている。
「ボーカロイド?」
博士は、そうだよと言った。
「I社の新作ボーカロイドだよー」
驚いた。知っていたけれど、博士がそれをミクに喋った事に驚いたのだ。
「名前はグミちゃん。その内ミクも共演するかもしれないから、覚えておいてねー」
「う、うん」
カタログの表紙を見ている。カイトはミクの方をちらりと見てから、ページをめくりだした。
写真集のような中に、機能やスペックが書かれているが、目立たないようにされていた。本末が転倒している気もしたが、マスコミ用の情報ならこれでいいのだろう。見やすく、センセーショナルに。それが優先される。
「ま、というわけで探りは入れなくても良い事になりましたー。カイトお疲れ様!」
「入れさせる気全然なかったでしょう。わかりませんでしたで大丈夫だとか、普通言いませんよ。僕も入れる気ありませんでしたけど」
だよねぇと言って、博士はニヤリは笑った。
ミクはやっと、自分が要らぬ心配をしていた事に気がついた。なんだ、今日、がくぽさんを騙す気なんてなかったのか。
冷たくしてしまった事は謝らなきゃな。ミクが行動に移そうとした時、ちょうどカイトが口を開く。
「先程アーランド博士にお会いしました。I社の客分のようです。それで、博士がこちらにいる理由は?」
「おや、鋭い。まだ秘密だよ」
カイトは、そうですよねと言って肩を竦めた。ミクにはさっぱりわからない。
秘密の話を目の前でされて、ミクは頬をわずかに上へ吊り上げて不快を表現する。
「ねぇ、何の話なの?」
聞いてみるが、秘密ばかりの二人は、秘密だよと口に人差し指を当てるだけだった。沈黙する合図である。
ミクはそれでなお不快感を持つ。どうせ子供ですよ、だから教えてもらえないんでしょう。彼女は投げやりに考え、幼稚な反撃に出る決心をした。
「そういえば、カイト兄さん熱あるよね?」
今度はカイトが頬を上に吊り上げる。ミクとは違い、苦笑に近い表情を作っていた。
「……これは後でお説教かな」
「当然だねぇ」
怒るかと思いきや、博士はやれやれと両手を広げる。呆れたと言わんばかりであった。
「最近のメンテでは特別異常はなかったはずだけど、思い当たる節はあるかい?」
「アーランド博士」
カイトが一言だけ告げると、博士はこめかみを押さえて唸った。十秒ほどの唸り声が響く。道行く人から見れば変な人にしか見えないだろう。
「とりあえずのところはわかった。ミク、教えてくれてありがとう。カイトはタクシー使っていいから帰るように」
淡々と言って、博士はミクの次の仕事場所に向かおう言い出した。近くに車を止めてあるらしい。
思った以上の効果が得られなかったようである。つまらないと言うのがミクの率直な感想だ。半分拗ねたような心理状態では、謝る気は失せてしまっていた。
(まあいいよね)
放り投げるように思考を止める。自分だけが知っている仕返しだと、ミクは自分だけがわかる言い訳を思い浮かべた。
次:レンと黒のジャケット1
「あのう、すぐそこまでですけど、一緒に」
「待たれい」
ミクの言葉を遮った神威は一度咳払いをし、ミクに向き直った。
「初音ミク殿。そこまで御一緒しとうござる。如何か」
真剣な表情で言われ、ミクは豆鉄砲を食らったような顔になった。困惑しつつ了承を告げると、神威は朗らかに言った。
「女性から誘わせるのは失礼にござる」
神威の横で、I社の人間は大きく何度も頷いていた。そういうものなんだとミクは曖昧な笑顔を作った。
そうして共に会議室を出ると、あれからずっと待っていたらしいカイトが、誰か別の人間と話しているのが見えた。ミクは知らない人間だったが、神威は知っていたらしい。優しく典雅な笑顔を浮かべ、腰から頭を下げる。しっかりとした礼に、思わずミクもカイトもかしこまった。
礼をされた人物は初老の男で、小柄なミクと同じくらいの背丈だ。この国の人でない事は、顔の作りで判断できた。
誰だろうと見ていると、その人物はミクに手を上げて挨拶してきた。
「初音ミクですかな?噂はかねがね聞いている」
口から外国語が出ると思いきや、知っている言語が流暢な音で聞こえてきたのである。驚いた表情でミクは頷いた。
「私はアーランド。アンドロイドの研究をしている。いや、していた、だがね」
カイトが離れた位置から声をかけた。
「ミク、基礎研究の大家だ。覚えてないかい」
聞いた事がある気はしたが、ミクは首をひねった。それにカイトは苦笑して、アーランドと名乗った人物に謝る。
「申し訳ありません。彼女は幾分、研究についての知識は薄いのです」
「ハハハ、必要ない事は覚えないでもよろしい。人間も興味のない事を全て覚えているものではないからなあ。I社の神威がぁ……やはりこの国の名前は呼びにくい」
「申し訳のうござる」
今度は神威が謝った。
「いいや。早々と謝ればいいというものでもないよ、二人ともな」
彼はそう言って高い笑い声を発した。神威もカイトも奇妙に曲げた、笑いとも苦笑いともつかない表情で応えるのみだ。
「では、我々はそろそろ。ミク、次の時間は?」
カイトに聞かれ、ミクは大丈夫だと頷く。
「じゃあ行こう」
急いでいるようだった。ミクが小さく首を下げる間もなく、カイトに手を引かれた。神威とアーランドを置いて行ってしまっていいのか、ミクがそう思考する前に手を引く彼の足は速度を増す。
どきりとした。熱がある、ようだ。手の平から伝わる熱さは並みの事ではないとミクは思った。
神威とアーランドをちらちらと見つつ、しかしミクはカイトの様子も気になって仕方がなかった。横顔は普段通りに見える。ではこの熱さはなんだろう。
「カイト兄さん、どうしたの?」
聞いてしまった。すると、カイトは顔だけミクの方を見て言った。
「アーランド博士はI社の客人だ。部外者の僕らは長くいない方がいい」
「そうなの?」
歩く早さは変わらない。床が靴音を立て鳴らす。閉まりきった昇降機の扉の前まで来ると、二人は立ち止まった。扉の横にある二つのボタンの下の方を押す。ボーカロイドの鋭い耳が、四角い箱を持ち上げる音を捉えた。
「あの博士、有名な人?」
「一応ね。アンドロイドの研究に携わっていれば知っていて当然の、ああ別にアンドロイドやボーカロイドなら当然というわけではなくて、つまり、学会に出席するような人には有名だよ。精神回路のパズルを作った人間の一人、と、言われている。ミクの精神回路でも使われている素子は博士とその友人の作だ。ご友人の方はもう亡くなっているけれども」
へぇ、と、ミクは相槌を打つ。アーランド博士にしても、その友人にしても知らない人だ。そして、話の中に興味がそそられるものもなかった。
「あっと。手、ごめんね」
やっとカイトはミクの手を離した。ミクは握られていた方の手を摩った。意識外の行動だ。
「カイト兄さんの手、熱っぽかったよ。またどこか悪いの?」
「熱?ないよ。……まあ、あるけれども。少しだ」
「それ、ど」
どちらだと聞こうとした彼女に対し、今度はカイトの方が聞く。
「機嫌は直った?」
何の事だと思ったミクは、すぐに朝からピリピリとしていた事を思い出した。神威を守るためには当然の事をしたと彼女は思っているが、彼女の内心を知らないカイトとしてはただ機嫌が悪いように見えたのだ。
「ずっと機嫌悪そうだったし、何か怒らせたのかと思っていた。良ければ理由を教えて欲しいかな」
彼は、何も知らず避けられるのは堪えるねと繋げて、首筋に手を当てた。何度か頭を左右に振るように首を鳴らす。
ミクは本当の事を言う訳にもいかず、口ごもった。そのミクの様子に、カイトは息を吐き出した後言った。
「いいよ、無理に聞き出そうとは思わないんだ。多分、また僕が悪いだろうから」
扉が開く。カイトが扉を押さえながら中に入り、ミクもほぼ同時にエレベーター内に移動した。ボタンを押せば、やがて重力の通り、一階へと落ちていくのだ。
箱の中は静かだった。原因は気まずさだ。
ここに来て、ミクは自分の行動を明確に後悔し始めている。悪い事をした。冷たくなんてするんじゃなかった。落ち込んで浮き出た言葉は音にも出ず、ただミクの内側を回りだした。
(がくぽさんを守るって言っても、あんな風にする事なかった)
でも、と彼女は自分に言い訳を始める。
(昨日あれを聞いた時、驚いたし、怖くなった。だから、仕方ない。私だって、カイト兄さんを疑ったり、冷たくしたりしたくはないよ)
言い訳をしても、自身の内部に潜む目の細かい霧は晴れなかった。湿り気のあるそれは心内でどんどんと広がり、薄く影を落とす、そんな気がしていた。
気まずい。自分のせいだとしても、気まずさはどうしようもない。うなだれている内にビルを出た。カイトは何も喋らず歩いていたかと思うと、突然短く声を上げた。
「山田博士だ」
おかしい、まだ迎えに来る時間でもないし、このタイミングで来る手筈ではなかったはずだ。ミクは顔を上げる。
確かに山田博士がいた。ガードレールに腰掛ける姿が新鮮だ。手に持った携帯電話を操作している。
「どうしたんだろう」
カイトは首を傾げて、歩を早めた。そこで、ミクはカイトが少しフラフラしている事に気がついた。やはり熱があるんじゃないか。博士に知らせなければと思ったミクも早足になった。
博士は二人の足音で小さな液晶画面から目を離した。視界に二人を入れると、気の抜けた笑みを見せる。先に話しかけたのはカイトだ。
「博士、お疲れ様です。何かありましたか」
「あったよ~。とりあえずこれ見てねぇ」
足元にあった黒いナイロン生地の鞄から封筒を取り出す。
「これはこれは……」
カイトが受け取った封筒は薄い雑誌が入っているような厚さである。封筒そのものにはほとんど情報がなかった。わずかに、左下の隅に何かのマークが確認できる。それですぐに中身の察しがついたらしい。カイトは明らかに苦笑して、中身取り出した。カタログのようだ。ミクの位置からはアンドロイドのカタログにように見えた。
「昨日の今日と。狙ってたわけですね」
「いやいや」
追いついて来たミクが、まず博士に挨拶してからカタログに目を向ける。カラーの表紙、白の空間の中にアンドロイドがポーズを決めている。緑色の髪と、大きなヘッドフォン。白とオレンジと緑の、明るいコントラストが広がっている。
「ボーカロイド?」
博士は、そうだよと言った。
「I社の新作ボーカロイドだよー」
驚いた。知っていたけれど、博士がそれをミクに喋った事に驚いたのだ。
「名前はグミちゃん。その内ミクも共演するかもしれないから、覚えておいてねー」
「う、うん」
カタログの表紙を見ている。カイトはミクの方をちらりと見てから、ページをめくりだした。
写真集のような中に、機能やスペックが書かれているが、目立たないようにされていた。本末が転倒している気もしたが、マスコミ用の情報ならこれでいいのだろう。見やすく、センセーショナルに。それが優先される。
「ま、というわけで探りは入れなくても良い事になりましたー。カイトお疲れ様!」
「入れさせる気全然なかったでしょう。わかりませんでしたで大丈夫だとか、普通言いませんよ。僕も入れる気ありませんでしたけど」
だよねぇと言って、博士はニヤリは笑った。
ミクはやっと、自分が要らぬ心配をしていた事に気がついた。なんだ、今日、がくぽさんを騙す気なんてなかったのか。
冷たくしてしまった事は謝らなきゃな。ミクが行動に移そうとした時、ちょうどカイトが口を開く。
「先程アーランド博士にお会いしました。I社の客分のようです。それで、博士がこちらにいる理由は?」
「おや、鋭い。まだ秘密だよ」
カイトは、そうですよねと言って肩を竦めた。ミクにはさっぱりわからない。
秘密の話を目の前でされて、ミクは頬をわずかに上へ吊り上げて不快を表現する。
「ねぇ、何の話なの?」
聞いてみるが、秘密ばかりの二人は、秘密だよと口に人差し指を当てるだけだった。沈黙する合図である。
ミクはそれでなお不快感を持つ。どうせ子供ですよ、だから教えてもらえないんでしょう。彼女は投げやりに考え、幼稚な反撃に出る決心をした。
「そういえば、カイト兄さん熱あるよね?」
今度はカイトが頬を上に吊り上げる。ミクとは違い、苦笑に近い表情を作っていた。
「……これは後でお説教かな」
「当然だねぇ」
怒るかと思いきや、博士はやれやれと両手を広げる。呆れたと言わんばかりであった。
「最近のメンテでは特別異常はなかったはずだけど、思い当たる節はあるかい?」
「アーランド博士」
カイトが一言だけ告げると、博士はこめかみを押さえて唸った。十秒ほどの唸り声が響く。道行く人から見れば変な人にしか見えないだろう。
「とりあえずのところはわかった。ミク、教えてくれてありがとう。カイトはタクシー使っていいから帰るように」
淡々と言って、博士はミクの次の仕事場所に向かおう言い出した。近くに車を止めてあるらしい。
思った以上の効果が得られなかったようである。つまらないと言うのがミクの率直な感想だ。半分拗ねたような心理状態では、謝る気は失せてしまっていた。
(まあいいよね)
放り投げるように思考を止める。自分だけが知っている仕返しだと、ミクは自分だけがわかる言い訳を思い浮かべた。
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