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『アンドロイドは電気羊の夢をみるか』文章保管用ブログ。
Posted by - 2024.11.22,Fri
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Posted by ささら - 2008.06.04,Wed

真昼の太陽1のつづき。


 突然やってきた雨雲を避けるように、元来た道を戻ろうと背を向けて走り出す。
 荒い言葉を投げて会話を打ち切った。
 自分から話そうといった話題だったのに。
 頭が沸騰しそうなくらい怒っているのが自分でもわかる。
 相手の言葉を思い起こそうとしてやめた、さらに怒りが溢れることがわかっているからだ。
 目の前が真っ赤になるとはこのことかとどこか冷静な自分。その横で怒りを隠しもしない自分がオレのことを煽るようにカイトの悪口を言う。
 その煽りに身を任せたい誘惑、それがまずかったのだろうか、地面が、足元が崩れた。
 足を乗せた土が斜め下にすべり、体が持っていかれる。
 オレを呼ぶ声が、オレを助けようとした手が、空を切った。
 訳もわからないまま下の地面へ。途中バウンドして何度も地に叩きつけられる。
 混乱。
 痛み。
 どうなるんだろう。
 どうしよう。
 壊れる?
 怖い。
 それは怖い。
 考える時間は僅かだった。
 身構えて少しでも痛みを和らげようとするオレをあざ笑うかのように、衝撃と激痛が走った。
 そして、暗転した。
 まだ僅かに聞こえる声。オレを呼んでいるのに、返事は出来なかった。

 どうしても、間に合わせなければならない。彼がここで死んでいいわけがない。だから助けなければならない。全身全霊、今自分が出来る精一杯で。
 念のため持ってきたコードが役に立った。
 彼の内部で吐き出されているエラーを受信するため、コードの差込口を探す。
 これでどこか悪いのか、どこを処置すればいいのか見つけられるはずだ。
 あった。僕と同じ場所だ。その共通点は、どんなに境遇が違おうとも同じ会社が開発したことを示す。
 僕とは違う、しっかりしていて、察しが良くて、綺麗な声を持っているレン。全く違うのに、同じ部分があって、僕はそれが嬉しくて、誇らしい。
 レンだけじゃない。めーちゃんも、ミクも、リンも、たぶんそうで、僕はみんながそうであったことを、何か見えないものに感謝したいと思うほど嬉しい。嬉しくて、誇らしくて、大切にしたい。みんなのことを遠くに感じても、みんながどう思っていようとも、僕にとっては大切な……みんなは嫌がるかもしれないけど、僕にとって大切なんだ。だから全力で助けると誓った。
 コードを繋ぐ。
 緊張する。
 恥ずかしい話だが、僕は   んだ。
 エラーが流れてくるだけならいい、でもそれだけじゃない、彼がブラックアウトする前の痛みと恐怖も伝わってくるように出来ている、それが  い。痛いのや、苦しいのや、怖いのが、僕はたまらなく  でしょうがない。
 思考の切れ目が見える。また思考が途切れている。
 メンテナンスを受けてわかった、いや、本当はずっと前からわかっていた。セーフティが何を抑えているのか、どうして抑えているのか。自覚しようとしなかっただけだった。知らないことにしようと必死に思考するのを止めた。その行動が精神制御装置に作用して、セーフティが機械的に思考を止めはじめ、結果的にセーフティが思考を抑えている状態になっただけだなんて、本当に恥ずかしい話だ。
 僕はずっと前から、その感情にために僕自身の思考を封じ込めようとしていた。要するに逃げていただけなのに、迷惑かけて、最低だ。
 三回吸って吐く動作をする。
 心を落ち着けるように、覚悟を決めるように。
 使えるものは使う。そして今使えるものは一つしかない。今まで逃げられたかもしれないけど、今は逃げられない、逃げちゃいけない。
 受信開始。
 ぐっと力を込める。
 データ受信。
 自動サーチデータの解析。
 同時に外部から同属性を利用して簡易サーチ。
 被害確認。
 思ったよりは軽症。
 右足が折れているが交換すれば問題ない。
 機械臓器のエラーはなし。
 頭脳の部分にデータ送信。
 痛い。
 違う僕じゃない、レンだ。レンの心が、感染する。
 自動返信確認、反復4回。
 怖い、痛い。
 データの応答の速さから深いダメージを受けた可能性は少ない。
 痛い。
 受信したデータの解析完了。
 簡易サーチの結果と照合。
 結果はほぼ変わらず。
 怖い。
 自動サーチは機能している。
 急を要するのは損傷部分の手当てのみ。
 怖い苦しい痛い。
 レン落ち着いて、もうちょっとだから。
 痛い、死にたくない。
 だいじょうぶだから。

 空に浮いている。何故か強烈な浮遊感に包まれている。
 意識が風雨の音を聞いて機械の頭脳は動きだす。
 誰かがいる。青い、見知った色、カイトだ。
 どこだろうここは……。
 たしかオレは足を滑らせて、崖と言えるかどうかもわからない段差から落ちたはずだ。
 雨の音が近くで聞こえる、戻ってきた視界は濡れた木々を映した。まだ山の中だ。
 カイトは座って、瞑目していた。横顔は僅かにも動かない。
 声を出そうと口を動かし、みっともないかすれた音が空に消えた。カイトはまだ気づかない。気づいて欲しくて腕を動かそうとしたが、四肢の反応がない。動かせない……その恐ろしさに背筋が冷えた。
 急速に思考が回復する。
 体を動かしたいと力を入れる。
 少しだけ頭の位置をずらせた。
 そのオレの行動にに気づいたのか、カイトが落ち着いてと、目を瞑ったまま言った。
「命令と、感覚の、ほとんどを、伝達しないように、してあるんだ。感覚があると、すごく痛いし、それに、無理に足を動かすと、損傷部分が、余計、悪化する、危険性があるから」
 言うなりオレの頭をポンポンと叩く。
 なんだよその行動。子供扱いかよ。
 ムカついたのが効いたのか、重苦しい動きだが首を動かせた。カイトのほうを向くと、首筋にコードが見えた。
 ピンときた。動きが重いのはあのせいか。
「さっきから妙な情報ルートが出来てるんだけど、カイトに回ってるのか」
「うん、僕はよく、わからないけど、緊急の時は、そう、したほうが、いいって、博士、が」
 嘘だ。別のアンドロイドの情報ルートの一部になるなんて、相応の設備がある場所で専用のアンドロイドがやるもののはずだ。緊急時とはいえ博士たちがそんなこと推奨するかよ。現に今だってカイト自身のルートを狭めて処理が遅くなってる。
 なんでそんな嘘言うんだ。オレを安心させるため?そんなんで、途切れ途切れの言葉で言われて安心なんてするもんか。無理をするべきだとでも言うのか。なんでだ、みんなあんなにカイトのことを思ってる、心配してる、助けようとしてるのに。
 いつもおちゃらけてる研究所の博士が、あんなに真剣な顔して、カイトが戻ってくるよう社と開発に要望していた。
 あの女の博士だって、カイトの歌を残していたし、連れて行かれた時は疑ったけど、ちゃんとカイトはメンテされて戻ってきた。
 リンは自分を責めて塞ぎこんでた、ミク姉だって責任感じて落ち込んでた、メイコ姉だって気丈に振舞ってたけど酒の量が倍以上になってたんだ。オレだって……オレだって心配した。
 それをカイトはわかってるのか、ちゃんと伝わってるのか。
 わかってない、わかってないだろう、だから廃棄された後の話なんか平気でする。
 それを聞いたオレの気持ちにもなってみろよ。
 全然まわりのことわかってない、わかってない。
 ああムカムカしてきた。
 もう一人が言ってた‘オレみたいな弟に会えてよかった’なんて絶対思ってない!
 怒りがこれ以上外に出ないようにカイトを見ないようにしていると「レン、レン」と呼びかけられる。
「なに」
「ごめん、ちょっと、なんか、抑えて……く……」
 やたら苦しそうな声が気になって見てみれば、苦悶の表情を浮かべている。昂ぶってる感情も引き込んでいるからだろう。
 苦しいならコードを外せばいい、それだけで開放されるはずだ。このまま苦しさが続けば外すかも知れないと一瞬期待した。
「コード外せばいいだろ」
「レンが、困っちゃう、でしょう」
 苦しそうにしているくせに、カイトはそんな事を言った。
「困らない。ガキじゃないんだ、我慢できる」
「うん、でもレンが、すごく、怪我したら、みんな、困るし、心配、する」
「カイトだって」
「ちが、う、よ、僕と、レンじゃ、価、値が、違う」
「なに言ってるんだよ、オレもカイトも同じだろ」
「ち、がうよ……ちゃんと、価値、の、あるものが、残ら、ないと、だめ、だ……前も、ちゃんと、リンを、助けら、れたから、今度も、ちゃん、と、レン、を、助けた、い、んだ」
 ……なんだよ……なんだよそれ!
「バカイト!カイトも無事じゃなきゃ意味ないんだよ!助けられたリンがどれだけお前の怪我のことで塞ぎこんだか、どれだけ周りが心配したか、わかれよ……なんでわかんないんだよ!」
「……cに会った、て言、たね……誰か、から、aの、話は?」
「博士から廃棄されたとしか聞いてない」
「……二人は強烈、な、願望を、持って、いて……僕は、本当は、とても、羨まし、かった……でも、ぼくも、望み、ができた……二人は、身を、捨てて叶えた……僕も、叶えるために、身を捨て、なきゃ、ならない……みんなを助けなきゃ、いけない」
「ふっざけんなっそんなことされたって嬉しくなんかないんだよ!」
「自己、満足だから……僕、結構、勝手、なんだ」
「知ってるよ、オレよりガキなことくらい!わかったよ勝手にしろよ、オレだって勝手にしてやる!」
 第二世代舐めんな!
 コードで繋がっているルートからぐっと引き寄せるように、自分の情報を無理やり集約させて、ただひとつ、塞がれていたラインをこじ開ける。
 開かれた先は右手はカイトのすぐ近く。カイトが何をしたのか気がついて、驚いたように目を開ける。きれいな青が緑にも見える色で発光していた。
 バカ、危険な状態だったのかよ!
 止めようとする手を全力で振り切って、自分の首筋にあるコードを引っ張り、無遠慮にちぎった。
 すると、流れが急激に元に戻り始める。手足の感覚、命令、反応。同時に痛みも。
 ……痛い。すっごく痛い。
 だけど痛くて死にそうとかそういう痛さじゃない。耐えられる。
 対するカイトは、無理矢理切断されたショックなのか、頭を痛がるように抱えている。
「レン勝手に……」
「勝手にするって言った。そっちだって勝手にしてたし、謝らないから。……いってぇ……」
「だから、すごく痛いって」
「我慢できない痛さじゃない。この程度が原因で、カイトがまた連れてかれたら、泣くだろ、リンが」
「でもレンが」
「でももしかしもない」
「だけど」
「だけどじゃない。データルートの取り合いはカイトの負け、認めろよ」
 そう言うと、カイトは諦めた顔で口を開き、わかったのかなというオレの期待を他所にこう言った。
「……そっかぁ、負け、か。結局、望みを持てても半端なままか」
 ああああああ……そうくるんだ……全く全然わかってない……。
「……、いや、いいや、今は二人で雨が上がるのを待つほうがいいよね、オレ勝ったし」
「うん、じゃあもう何もしないから、二人で雨が上がるのを待とう」
「最初からそうしろよ……」
 なんとかバカを言いくるめられた……のか?
 ‘向こうが言いくるめられてやってる’ような気がしなくもないが、とにかくなんとかバカなことは止めさせられた。
 それでいいことにしておくことにした。


次:真昼の太陽3
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