『アンドロイドは電気羊の夢をみるか』文章保管用ブログ。
Posted by ささら - 2008.09.03,Wed
「五つの歌声」続き。
区切りのお話です。
「リンちゃん、レンくん、行くよー」
今日はリンちゃんとレンくんと一緒に、歌のレコーディングだ。
夏のライブでの歌を聞いたのか、早速リンちゃんとレンくんを歌手として使いたいと言う話が来て、小さな仕事は受けられるようになった。大きなお仕事はタイミングを計っているらしい。その辺、広告展開とか、大人の事情があるようで、本格始動はまだ先だけど、早く一緒に沢山の仕事ができるようになるといいなと思っている。
メイコ姉さんは相変わらず多忙だ。カイトさんのことがあって、定期検査が倍に増えたことに文句を言っていたけど、仕方ないと思う。むしろ今までが少なすぎというのが博士たちの見解みたい。
カイトさんはいない。どこに行ったのかも知らない。
あの日、夏のライブが終わって次の日に研究所に帰ると、カイトさんの部屋は空っぽだった。元々持ち物が少ない人だったけど、全く何もなくなっていて、私だけじゃなく、みんな愕然とした。
博士たちは行き先も教えてくれない。
……本当は、わかってる。
もう、会えない。
理由は、メイコ姉さんだ。メイコ姉さんはあの日、ごめんと言って泣きながら私たちに謝った。どうしてなのかは話してくれなかったけれど、メイコ姉さんらしくないくらい、泣いていた。
それで、わかってしまった。
カイトさんは、壊れちゃったんだろうって。
本当は、全然良くなってなくて、でも私たちを悲しませたくなくて、メイコ姉さんや博士に話さないで欲しいと言ったんだと思う。……カイトさんなら、そうするだろうから。
驚いたのは、リンちゃんの反応だ。前は塞ぎ込んでしまったけれど、今回はすぐに立ち直って、歌の練習や仕事を熱心にこなしている。いつもの明るいリンちゃんだ。ちょっとだけ違うかな。前より少し、大人びた気がする。
レンくんは、自分に腹を立ててるみたいだった。わかったはずだったのにと言って……。それでも、リンちゃんの様子を見て、レンくんも元気を取り戻したみたいだ。いつも通り、リンちゃんの行動に振り回されたり、抑え役になったりしながら行動を共にしている。
メイコ姉さんは、私たちが一緒の時や、仕事の時なんかはいつもと同じく優しくて、厳しくて、そして頼れる存在で、昨日も怒られたり褒められたりした。でも、密かにお酒の量が増えていて、とても心配だ。定期検査が増えたのは、そのお酒の量のことも原因じゃないかと私は踏んでいる。
私は……笑っていられてるかな?元気なのかな?
……わからない。気持ちの整理なんて全然ついてない。悲しい、とても悲しい。でも、私がそんな事思っても、カイトさんは帰ってきたりしない。
何かをしたくて、仕事の量を増やしたらメイコ姉さんに怒られた。それは意味がないと言われた。
でも、他にどうしたらいいのかわからない。だって一度は戻ってきて、無事だったんだ、よかったと思ったのに、それなのに、またこんな事がすぐ起こるなんて。
これから、何をすれば……どうすればいいんだろう。どうすれば、この思いを、胸の奥で痛む悲しさを消せるだろう。
門のところに止まらせたタクシーに向かいながら、そんな事を考えて歩いていると、道端に山田博士と、それから田中博士が何か話しているのが見えた。
田中博士は最近良く研究所で見かける。あの人はカイトさんの行方を知っているはずだけど、聞き辛くて質問したことはない。聞けばこれからのことわかるかな……なんとなく、それは違うだろうと思う。
こんにちはと声をかけると博士たちは、いってらっしゃいと笑いながら答えてくれた。
……迷っても仕方がない。今はがんばって仕事しよう。私の歌を好きだといってくれる人が沢山いるし、待ってくれている人もいる。その人たちのためと言うのは忘れちゃいけない。リンちゃんやレンくんにみっともない所を見せられないし。カイトさんの分まで、歌を歌おう。
私は、門までの道を駆けていく。リンちゃんとレンくんが後ろから走ってきて、追いかけっこのように、青空の下、三人で門まで走り続けた。
「元気ね」
「いや~、元気すぎて困ってるくらいです」
「子供は元気が一番よ」
「まあ、僕らにとっては子供みたいなものですからその通りですけど、元気すぎるのも考え物ですよ~」
「そうね。あの子もあれくらい元気だったら良かったのに」
「こちらにいるときはあんな感じでしたよ?」
「あらそうなの」
「ええ。で、どうです?」
「cのおかげでね。特安が押さえてた隠し球が効いたわ。データ持ってるなら最初から渡してくれればよかったのに」
「最後まで渋ったのは何でですかねぇ」
「あの子達やたらと仲悪かったし、そのせいかもね」
「いやそんなー」
「どうかしら、開発者でも心の中まではわからないもの。だからアイツは死んだんだろうし」
「……まあ、それはいいとして。いつくらいから研究所入りできそうですか」
「年内……もうちょっと遅くなるかしら?でも意外と早そうですよ。新型循環器、実用データ取り兼ねて取り付けさせてもらえそうだし、他もほとんど取っ替えたし、正直言って、前と同じなのは記憶と精神の部分だけ。新しいボーカロイドだと思った方がいいかもしれないわ」
「じゃ、名前変えます?」
「外面的な容姿はほとんど変わってないし、記憶が残ってるから前のままの方がいいでしょう。じきにこちらに送りますので、またよろしくお願いしますね、……カイトの事を」
あとがき:言い訳のようなもの
今日はリンちゃんとレンくんと一緒に、歌のレコーディングだ。
夏のライブでの歌を聞いたのか、早速リンちゃんとレンくんを歌手として使いたいと言う話が来て、小さな仕事は受けられるようになった。大きなお仕事はタイミングを計っているらしい。その辺、広告展開とか、大人の事情があるようで、本格始動はまだ先だけど、早く一緒に沢山の仕事ができるようになるといいなと思っている。
メイコ姉さんは相変わらず多忙だ。カイトさんのことがあって、定期検査が倍に増えたことに文句を言っていたけど、仕方ないと思う。むしろ今までが少なすぎというのが博士たちの見解みたい。
カイトさんはいない。どこに行ったのかも知らない。
あの日、夏のライブが終わって次の日に研究所に帰ると、カイトさんの部屋は空っぽだった。元々持ち物が少ない人だったけど、全く何もなくなっていて、私だけじゃなく、みんな愕然とした。
博士たちは行き先も教えてくれない。
……本当は、わかってる。
もう、会えない。
理由は、メイコ姉さんだ。メイコ姉さんはあの日、ごめんと言って泣きながら私たちに謝った。どうしてなのかは話してくれなかったけれど、メイコ姉さんらしくないくらい、泣いていた。
それで、わかってしまった。
カイトさんは、壊れちゃったんだろうって。
本当は、全然良くなってなくて、でも私たちを悲しませたくなくて、メイコ姉さんや博士に話さないで欲しいと言ったんだと思う。……カイトさんなら、そうするだろうから。
驚いたのは、リンちゃんの反応だ。前は塞ぎ込んでしまったけれど、今回はすぐに立ち直って、歌の練習や仕事を熱心にこなしている。いつもの明るいリンちゃんだ。ちょっとだけ違うかな。前より少し、大人びた気がする。
レンくんは、自分に腹を立ててるみたいだった。わかったはずだったのにと言って……。それでも、リンちゃんの様子を見て、レンくんも元気を取り戻したみたいだ。いつも通り、リンちゃんの行動に振り回されたり、抑え役になったりしながら行動を共にしている。
メイコ姉さんは、私たちが一緒の時や、仕事の時なんかはいつもと同じく優しくて、厳しくて、そして頼れる存在で、昨日も怒られたり褒められたりした。でも、密かにお酒の量が増えていて、とても心配だ。定期検査が増えたのは、そのお酒の量のことも原因じゃないかと私は踏んでいる。
私は……笑っていられてるかな?元気なのかな?
……わからない。気持ちの整理なんて全然ついてない。悲しい、とても悲しい。でも、私がそんな事思っても、カイトさんは帰ってきたりしない。
何かをしたくて、仕事の量を増やしたらメイコ姉さんに怒られた。それは意味がないと言われた。
でも、他にどうしたらいいのかわからない。だって一度は戻ってきて、無事だったんだ、よかったと思ったのに、それなのに、またこんな事がすぐ起こるなんて。
これから、何をすれば……どうすればいいんだろう。どうすれば、この思いを、胸の奥で痛む悲しさを消せるだろう。
門のところに止まらせたタクシーに向かいながら、そんな事を考えて歩いていると、道端に山田博士と、それから田中博士が何か話しているのが見えた。
田中博士は最近良く研究所で見かける。あの人はカイトさんの行方を知っているはずだけど、聞き辛くて質問したことはない。聞けばこれからのことわかるかな……なんとなく、それは違うだろうと思う。
こんにちはと声をかけると博士たちは、いってらっしゃいと笑いながら答えてくれた。
……迷っても仕方がない。今はがんばって仕事しよう。私の歌を好きだといってくれる人が沢山いるし、待ってくれている人もいる。その人たちのためと言うのは忘れちゃいけない。リンちゃんやレンくんにみっともない所を見せられないし。カイトさんの分まで、歌を歌おう。
私は、門までの道を駆けていく。リンちゃんとレンくんが後ろから走ってきて、追いかけっこのように、青空の下、三人で門まで走り続けた。
「元気ね」
「いや~、元気すぎて困ってるくらいです」
「子供は元気が一番よ」
「まあ、僕らにとっては子供みたいなものですからその通りですけど、元気すぎるのも考え物ですよ~」
「そうね。あの子もあれくらい元気だったら良かったのに」
「こちらにいるときはあんな感じでしたよ?」
「あらそうなの」
「ええ。で、どうです?」
「cのおかげでね。特安が押さえてた隠し球が効いたわ。データ持ってるなら最初から渡してくれればよかったのに」
「最後まで渋ったのは何でですかねぇ」
「あの子達やたらと仲悪かったし、そのせいかもね」
「いやそんなー」
「どうかしら、開発者でも心の中まではわからないもの。だからアイツは死んだんだろうし」
「……まあ、それはいいとして。いつくらいから研究所入りできそうですか」
「年内……もうちょっと遅くなるかしら?でも意外と早そうですよ。新型循環器、実用データ取り兼ねて取り付けさせてもらえそうだし、他もほとんど取っ替えたし、正直言って、前と同じなのは記憶と精神の部分だけ。新しいボーカロイドだと思った方がいいかもしれないわ」
「じゃ、名前変えます?」
「外面的な容姿はほとんど変わってないし、記憶が残ってるから前のままの方がいいでしょう。じきにこちらに送りますので、またよろしくお願いしますね、……カイトの事を」
あとがき:言い訳のようなもの
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