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『アンドロイドは電気羊の夢をみるか』文章保管用ブログ。
Posted by - 2024.11.22,Fri
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Posted by ささら - 2008.03.02,Sun
リンとカイトの話。薄暗い。

 午後の研究所は静かだ。
 ほとんどの住人が外出中だし、残ってる所員もわたしたちに何か起こらない限りはデータの解析とかやるだろうし。
 共有リビングに来てみるとカイトにいがソファで本を読んでいた。
 カイトにぃなに読んでるの?と聞くと児童書だという。小学校高学年向けの児童書。
 最近やっと話を読むコツがわかってきたんだ、と彼は笑った。
「カイトにぃ、アイス食べる?」
「食べる食べる」
「冷凍庫にあるから一緒に食べよ」
 アイスのことになるとカイトにぃはすぐ釣られる。誘拐とか簡単に出来そうだ。
 子供みたいな人だと思う。実際、体は青年心は子供状態。
 カイトにぃの人工知能自体は大人の男性パターンを組み込んである。けれどそのほとんどが機能していない。思考能力に鍵が掛かった状態なのだ。
 テスト体のカイトが廃棄された日から、そのセーフティは作動し続けている。
「リン、スイカとメロンどっちがいい?」
「今日はスイカな気分!あ、でもカイトにぃはどっちがいいの?」
「リンが選ばなかったほうかな」
「じゃあスイカ貰っちゃうね!」
 わたしもカイトにぃも、アンドロイドの心をつかさどる部分に穴がある。
 セキュリティホールのようにそこを攻撃されればわたしたちはすぐ壊れてしまう。
 攻撃だけじゃない。一人が耐えられない、誰かに縋らなければ耐え切れない。そういう風に出来ている。
 なんでこんなアンドロイドを作ったんだろうと思う。心が弱いアンドロイドなんて、人間を攻撃してしまうかもしれないのに。
「んーおいしいいぃ!」
「やっぱりおやつはアイスだよねぇ」
「カイトにぃはおやつ以外でもアイス食べてるじゃん」
「仕方ないよ冷却水代わりなんだから。ということにしておいてよ」
「アイサー!そのかわりこっそり食べるときは呼んで欲しいなー」
「八割見つかるこっそりでよければ」
 わたしの精神パターンはカイトにぃを基にしているのだと博士が言っていた。
 人間らしい感受性豊かで繊細な精神、そうであるがゆえに壊れてしまった『カイト』に、人間たちは失敗作のラベルを貼った。
 わたしも、いつか壊れるのだろうか。カイトにぃみたいに失敗作になるんだろうか。
「リン」
「なーにー?」
「レンがいるからリンは大丈夫だよ」
「…なにが?」
「平気だよ。大丈夫だよ」
 カイトにぃはメロン味のアイスバーを齧った。色のない表情で、青い目が、ガラスみたいな目が、わたしの思考を見透かすように見つめている。
「カイトにぃ」
「ん?」
「カイトにぃはさ、いまはへーき?」
「壊れたのは僕じゃないから。それに今は家族がいるもの」
「リンもその一人にはいれてる?」
「もちろん」
 えへへーと二人で笑って溶け始めた残り少ないアイスを頬張る。おいしい。
 薄暗い澱みたいなものがスイカ味の水で流されていく気がする。
 最後の一口を飲み込んでカイトにぃを見やると、もう食べ終わっていて、ゴミを片付けていた。
「それにね、今は実験中だから、いつかリンのセーフティが外れるかもしれないよ。リンはまだ何もやってないから、今のセーフティがなくても大丈夫だって思われたら、きっとね」
「カイトにぃのも外れるといいね」
「僕は無理だよ。壊れちゃったから」
「うん、ごめんね」
「…おかしいなあ、元気付けようとしたんだけど、暗い顔になっちゃった」
「ん、ううん、元気でたよ!元気でたついでにもう一本アイス食べたくなっちゃった!」
「食べちゃう?」
「さっきと逆の味がいいな!メロンも好きなんだー」
「僕も好きだよ、メロンもスイカも」
「カイトにぃはアイスならなんでも好きじゃん」
 そう言いながら二人で冷蔵庫に向かう。
 二人で冷蔵庫の中段にある冷凍庫の扉を開けた。青白い世界から冷気が流れ出す。
 ひんやりしてきもちいいと思った。


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