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『アンドロイドは電気羊の夢をみるか』文章保管用ブログ。
Posted by - 2024.11.22,Fri
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Posted by ささら - 2008.08.30,Sat
8月終わり頃のお話。ライブ前日。

「おめでとう!」
「とうとうリンもレンもボーカロイドとして表舞台に立つわけだ。やー、めでたいめでたい」
「えへへへ」
 席についた途端、研究員の新井と所長に祝われ、リンは恥ずかしそうに頭を掻いた。
「明日楽しみだね!」
 リンとほぼ同時に椅子に座ったミクが、わが事のように喜ぶ。ミクとしては巣立ちを見守る親の心境なのかもしれない。
 横でレンが心地悪そうに小さく動いた。やはりリンと同じく恥ずかしそうだ。
 遅れて部屋に入ってきたメイコが、リハーサルお疲れ様と言って労う。
「二人とも、中々板についてたわよ。いよいよ私の地位も危ないわね」
「メイコ姉さんが危ないとか、ありえないよー」
「ミクがそれ言うのね……」
 言いつつもメイコは本当にうれしそうに笑っている。ライバルでもあるが、やはりミクやリンとレンの姉なのだ。うれしくないわけがない。
「そういえば、カイトさんは?」
「検査よ。博士一緒にそろそろ来ると思うけど」
 この日一日、研究所に居た新井が答える。ちなみに所長はリンとレンのリハーサルの付き添いで、会場に行っていた。無理を通して道理を引っ込めたため、スタッフがカンカンだったのだが、親馬鹿の所長は気にしないらしい。大物である。
 検査の言葉で、ミクは自分の心が騒ぐ気がした。何かの予感を感じ取ったかのように。
「どこか悪いんですか?」
 聞かれた新井は、落ち着いている、というより何か落ちてしまっているような、そんな瞳でミクを見た。
「……どうしてそう思うの?」
「最近、多いから……」
 ミクはひたすら彼女の目を見る。そんなミクに根負けしたかのように、顔を緩ませ、柔和な笑顔をのぞかせた。
「別にどこか悪い場合だけしかやらないわけじゃないでしょう?大丈夫よ」
「本当に?」
「本当よ」
 言い切る。ミクは、半信半疑でまだ疑っている。
「みんなおつかれ~」
「お疲れ様」
 検査を終えた博士とカイトが入ってきた。
 カイトの様子はいつもと変わらない。
 大丈夫という言葉は嘘ではなさそうだと、ミクは安堵した。
「じゃあみんな集まった事だし乾杯といこーか。あ、僕ビールね」
 かちゃかちゃと飲み物を用意する音がして、それぞれの手元に飲み物が行き渡る。
 音頭を任された所長は、咳払いをすると、自分の持つグラスを掲げる。
「では、リンとレンのデビューを兼ねたミクとメイコのライブの成功を祈って……乾杯!」
 乾杯の合唱と共にグラスの音が鳴った。
 食事の味はとてもいい。半分は買ったものらしいが、あと半分は手作りらしい。仕込みにかなり時間かかってるのよと研究所の料理担当は笑った。
 そろそろ酔いだしてリンとミクを猫かわいがりする博士たちをよそに、メイコはレンの横に座ると、迷惑がっているリンとミクをぼんやりと見ながら口を開いた。
「ありがとう」
「……な、なに?」
 レンは何か恐ろしいものを見る目でいる。
「どういう反応よ、それ……。まあいいわ。前に、ほら、彼に会わせてくれたでしょう。それは、レンが私のことを信用してくれてたということだもの。……私だって、あんな八つ当たりじみた事を言いたかったわけじゃないの」
 メイコは一息でそう言って、手に持っていたウーロン茶を飲んだ。明日が本番のため酒厳禁なのはわかるが、正直ツライとメイコは内心嘆いた。
 ああ、うん、と、あいまいな返事をして、レンも目の前にあるオレンジジュースを手に取る。そうして、飲もうとして、結局止めた。なんとなくだ。
「別に、俺も用事あったし。……あれ、中身なんだったんだろう」
「渡された封筒の事?わからないわ。博士は中身がわかってたようだけど」
「ふうん?」
「考えてみれば、ちょうどあの公園にいましたなんておかしいから、レンが来ることを知ってたんじゃないかしら。例えば、博士が事前に連絡してたとか」
 レンもそれは考えていた。博士に渡すものを持っていたなんて、偶然とは思えない。交流があるのかもしれない。そもそも、博士に彼に会ったことを話したのはレン自身なのだ。
 何にしろ、彼については蚊帳の外に追い払われている。
「はい、ちゅうもーく」
 博士が突然手を叩いて空気を変える。みんなそちらのほうを見ると、博士は満足げな顔で、カイトを手招きした。
「カイトからちょっとしたお話があるそーで~す」
 少し離れたところにいたカイトが博士の下へ行くと、視線が集まる。
 スピーチ前の学生のように大仰な深呼吸をする。
「えっと、まず、ライブの開催と、それからリンとレンのデビュー、おめでとう。
 僕だけじゃなくここにいるみんなが、二人が頑張ってきてたのをよく知ってるし、二人の実力もわかってる。
 だから胸を張って、歌ってくるといい。歌は努力を裏切らないから。……人気はその限りじゃないけど、でも二人ならそんなの吹き飛ばせると、僕は思ってます。
 ……正直言うと、ちょっと悔しいです。あ、博士たちを責めてるわけじゃないです。大体そもそもあの方とエーとシ……いや、言っても詮無いですね。
 とにかく、おめでとう。
 お祝いになるかわからないけど、僕からのプレゼント、聞いてください」
 博士がどこからともなく音楽プレイヤーを用意していた。
 スイッチを入れると、スピーカーが震えてリズムを生み出す。 
 ミクたちはすぐに気がついた。これはライブで4人で歌うあの曲だ、田中博士からの贈り物だった曲だと。
 カイトは、前奏のあいだ静かに瞳を閉じ、歌の入りのあわせる様に開く。息を吸う音。
 そうして優しい歌声が響いた。男性にしては少し高いテノールだ。
 心にふと滑り込むような、優しくて自然な歌声。朗らか、そう形容すべきだろう。
 ボーカロイドは歌を聞くと歌いたい気持ちになる。しかしミクたちは聞くことに専念した。贈り物だから、聞いて欲しいと言っていたならばと、そう思った。
 サビの部分に入る。メロディの裏を取るハーモニーを彼は歌う。本当はこのハーモニーと主旋律が一体となって、初めてこの曲は完成するのだろう。
 明るい明日への希望を歌うサビが終わり、間奏に入ると思ったミクたちは、本来その部分が間奏ではない事を知る。
 ミクたちが間奏だと思っていた部分を、カイトはミクたちが知らない歌詞で歌った。
 その部分は確かに間奏と言うには不自然だったのだ。歌がくっついてもよさそうな伴奏だったから、多くの曲を聞いているメイコなどは、どういうことだろうと思っていた。だが、これで合点がいった。間奏なんかじゃない。ここはカイトのソロの部分だ。はじめからそう作られていたのだ。
(カイトが入って本来の形なんだ。本当は、オレたち5人の為に作られた曲だ)
 この曲はオレたち宛てだと言っていたけど、カイト宛てでもあったのだとレンは思った。
 歌は続く。繊細な強弱の変化が聞く者の心を揺らす。
 明るい歌のはずなのに、なぜかミクは切ない気持ちになった。なぜか何か磨り減っていくような歌声だと思った。なにか切実な音が聞こえるような気がした。
 カイトはそんな周りの意識など気にもせず、ひたすら歌う。一心に、ただ歌い続ける。
 そうして終わりが近づいてきた。ミクとリンとレンはもっとカイトの聞きたいと思い、メイコと研究に携わる者たちは、もっと歌えるようにと願った。
 それでも終わりはくる。後奏、そして最後の音が響いて消える。
 誰からともなく手を叩きだすと、当然のように拍手は伝播して部屋を包み込み、長い間鳴り止まなかった。


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