『アンドロイドは電気羊の夢をみるか』文章保管用ブログ。
Posted by ささら - 2008.08.20,Wed
レンとメイコと某ニートさんの話。
夏らしいきつい日差しがメイコとレンの人工の肌に突き刺さる。
「この公園にいつも居るはずなんだけど」
今日居るかはわからないとレンは言い、公園の前にある自動販売機でジュースを二本調達する。
そして公園に入ると、幸か不幸か、ジュース二本の出番はひとまず置いておかれる事になった。
目の前のものが本当に信じられないメイコは、ひとしきり固まると、茫然自失としながらもレンに説明を要求した。
「前にここに来たときに知り合ったんだ。間違えて呼び止めちゃって」
眼前には今頃研究所に居るはずの彼と同じ顔をした存在が、小首をかしげながら同じ名前を名乗る。
名乗っていいのかとレンが尋ねれば、今更だともう一人のカイトは苦笑した。
「少し驚きました、ボーカロイドのメイコに会えるなんて。何かあったんですか?」
「別に……。あ、実は博士、山田って言う研究所の人なんだけど、その人にあんたの事話したんだ。ちょっと事情があって、その……確認もしないでごめん」
「いいですよ。前にも言いましたが向こうはこちらの事を把握していますから。前に、一年ほど前ですかね、今の主人と会社が話をつけてまして、不可侵協定みたいなものがあるんですよ」
「博士は知らなかったけど」
「上のほうでまとまった話らしいです。本社としては、これ以上あの方関係で振り回されたくないんじゃないでしょうかね。こちらとしても御免ですが」
振り回されたくないのはカイトも同じらしい。
「よくわかんないけど……それでいいのか」
「さぁ。……正直なところ、こちらから結構な対価を払っていますから、満足してもらわないと困ります」
「対価」
「それなりの便宜、あと証拠品にしたかったけど出来なかった物」
「なるほど、って、証拠品?」
「関係ない話です」
にこにこというよりはニヤリといったような笑顔で追求を遮断する。胡散臭い笑みだ。少なくとも、目の前の相手と同じ名前で、同じ顔で、しかしとても素直な彼が、そんな表情をする事はないだろう。
メイコはやっと、彼が、研究所にいる彼とは違うカイトなのだと認識した。
「はじめまして、私はメイコよ。なるほど、あなたが例の、外に逃げちゃったカイトなわけね。色々もう一人に迷惑が掛かっているようだけど」
言葉は大きな嘆息と共に出た。レンはカイトが気を悪くすると思い、メイコに何か言おうと思ったが、カイトの表情を見てそれを止めた。カイトは別段気にした風もない。
「逃げない方が悪いんです。それに、あいつはあいつなりに考えが、……ないのかもしれませんが」
相変わらず突き放した言い方だとレンは思った。
その突き放した言い方にメイコは内心腹が立ったが、ここで激昂するわけにもいかないと、諸々の言葉を飲み込む。苦虫を噛み潰したような顔を隠しもしないのはせめてもの抵抗だ。
ピリピリとした空気が流れる。
レンは、これ以上他の話題で引っ張ってもしょうがないと、早速本来の目的を果たす事にする。
「えっと……それで、用なんだけど」
レンはポケットに入れていた紙切れを取り出して、カイトの手に渡した。
「……姉妹ボーカロイド夢の競演ボーカロイドサマーライブ、ですか」
「それにさ、俺と、双子のリンが、ちょっとだけ出る事になったんだ」
文字を追っていた目がレンを見る。驚いた顔、同時に、少し強張っている。
彼は恥じた。羨ましいと、もっと言ってしまえば、悔しい、妬ましいと言う感情が表に少し出てしまった事に。何年歌う事から離れても、もう無理だとわかっていても、未だに望んでしまう惨めさが恥ずかしく、そして悲しかった。
だが、レンとメイコにはその表情が強張っていると認識されなかった。
ただ驚いたのだと思った。二人にはカイトの絶望を通り越した切望がわからない。決定的な挫折からくる苦しみを知らない。
それがボーカロイドであるメイコたちと、ボーカロイドならぬ彼らの、悲しいまでの差だ。
彼は、メイコたちがそれをわからない事くらいわかっていた。それが尚更に感情を膨らませる。
「……それは……それは、良かったですね」
掠れる声を途中から立て直して取り繕う。メイコたちには、それさえも、驚きからくるものだと感じられた。
「うん、それで、来て欲しいんだ、ライブに」
悪気のない言葉だ。本心から望んでいる言葉を口にするレンが悪いわけではもちろんないが、それでも彼にはその無邪気さが少し痛い。
レンが悪いわけではない。悪意もなく、苦しみも悟られないように注意を払いながら、彼は是非にと言って笑った。
笑ったというには少し苦しい、という事実を、彼は自覚していた。
帰り。メイコは、彼から受け取った、博士に渡して欲しいと頼まれた紙袋を自分の横に置いた。
中は書類と多分記録メディアだろう。内容まではわからないが。
ガタガタと揺れる車内、窓辺に置かれた二本のジュースは所在無げに希薄な存在感を放つ。
メイコは電車のように揺れて煮えたぎっている。そしてそれを冷静に観察する自分自身を自覚して、更に怒りのようなものが湧き起こった。
それをどうにかしたくて、さっきからずっと考えていた疑問を相手にぶつけてみた。
「なんで私を連れてきたの」
この車両のたった二人の乗客の一人であり、向かいの席に座るレンが、少しだけ薄暗さを増した窓の外を横目で見ながら答える。
「メイコ姉が前にもう一人のカイトの話をしてたから、会っておいて欲しかった」
ふわふわと揺れるひよこのようなレンの髪を見下ろす。なんだかかわいいとメイコは思った。
「……博士たちが放って置いていいって言うならそれでもいいけど。……私は、彼は身勝手だと思うわ」
「でも、何か理由があるだろうって」
「そりゃあるんでしょう。それでも他の固体の事を知らん振りってどうかしら」
メイコは怒っている。言葉の節々に怒りが表れている。
レンは悲しく思った。喧嘩をして欲しくて会わせたわけではない。
しかしメイコの言う事はもっともだ。レンにもその怒りが少しわかったから、なだめはするが止めはしない。
少し。そう、少しなのだ。
メイコの怒りがどこから来るのか。レンは少ししかわかっていない。
ここで何故そこまで怒るのかを問えば、メイコや博士、そしてカイトが隠していた事実を知る事が出来たかもしれない。
だが、レンは少しわかってしまっていたからこそ、問いかけはしなかった。
この事をレンは後悔することになるのだが、それは未来の話である。
次:一つの歌声
「この公園にいつも居るはずなんだけど」
今日居るかはわからないとレンは言い、公園の前にある自動販売機でジュースを二本調達する。
そして公園に入ると、幸か不幸か、ジュース二本の出番はひとまず置いておかれる事になった。
目の前のものが本当に信じられないメイコは、ひとしきり固まると、茫然自失としながらもレンに説明を要求した。
「前にここに来たときに知り合ったんだ。間違えて呼び止めちゃって」
眼前には今頃研究所に居るはずの彼と同じ顔をした存在が、小首をかしげながら同じ名前を名乗る。
名乗っていいのかとレンが尋ねれば、今更だともう一人のカイトは苦笑した。
「少し驚きました、ボーカロイドのメイコに会えるなんて。何かあったんですか?」
「別に……。あ、実は博士、山田って言う研究所の人なんだけど、その人にあんたの事話したんだ。ちょっと事情があって、その……確認もしないでごめん」
「いいですよ。前にも言いましたが向こうはこちらの事を把握していますから。前に、一年ほど前ですかね、今の主人と会社が話をつけてまして、不可侵協定みたいなものがあるんですよ」
「博士は知らなかったけど」
「上のほうでまとまった話らしいです。本社としては、これ以上あの方関係で振り回されたくないんじゃないでしょうかね。こちらとしても御免ですが」
振り回されたくないのはカイトも同じらしい。
「よくわかんないけど……それでいいのか」
「さぁ。……正直なところ、こちらから結構な対価を払っていますから、満足してもらわないと困ります」
「対価」
「それなりの便宜、あと証拠品にしたかったけど出来なかった物」
「なるほど、って、証拠品?」
「関係ない話です」
にこにこというよりはニヤリといったような笑顔で追求を遮断する。胡散臭い笑みだ。少なくとも、目の前の相手と同じ名前で、同じ顔で、しかしとても素直な彼が、そんな表情をする事はないだろう。
メイコはやっと、彼が、研究所にいる彼とは違うカイトなのだと認識した。
「はじめまして、私はメイコよ。なるほど、あなたが例の、外に逃げちゃったカイトなわけね。色々もう一人に迷惑が掛かっているようだけど」
言葉は大きな嘆息と共に出た。レンはカイトが気を悪くすると思い、メイコに何か言おうと思ったが、カイトの表情を見てそれを止めた。カイトは別段気にした風もない。
「逃げない方が悪いんです。それに、あいつはあいつなりに考えが、……ないのかもしれませんが」
相変わらず突き放した言い方だとレンは思った。
その突き放した言い方にメイコは内心腹が立ったが、ここで激昂するわけにもいかないと、諸々の言葉を飲み込む。苦虫を噛み潰したような顔を隠しもしないのはせめてもの抵抗だ。
ピリピリとした空気が流れる。
レンは、これ以上他の話題で引っ張ってもしょうがないと、早速本来の目的を果たす事にする。
「えっと……それで、用なんだけど」
レンはポケットに入れていた紙切れを取り出して、カイトの手に渡した。
「……姉妹ボーカロイド夢の競演ボーカロイドサマーライブ、ですか」
「それにさ、俺と、双子のリンが、ちょっとだけ出る事になったんだ」
文字を追っていた目がレンを見る。驚いた顔、同時に、少し強張っている。
彼は恥じた。羨ましいと、もっと言ってしまえば、悔しい、妬ましいと言う感情が表に少し出てしまった事に。何年歌う事から離れても、もう無理だとわかっていても、未だに望んでしまう惨めさが恥ずかしく、そして悲しかった。
だが、レンとメイコにはその表情が強張っていると認識されなかった。
ただ驚いたのだと思った。二人にはカイトの絶望を通り越した切望がわからない。決定的な挫折からくる苦しみを知らない。
それがボーカロイドであるメイコたちと、ボーカロイドならぬ彼らの、悲しいまでの差だ。
彼は、メイコたちがそれをわからない事くらいわかっていた。それが尚更に感情を膨らませる。
「……それは……それは、良かったですね」
掠れる声を途中から立て直して取り繕う。メイコたちには、それさえも、驚きからくるものだと感じられた。
「うん、それで、来て欲しいんだ、ライブに」
悪気のない言葉だ。本心から望んでいる言葉を口にするレンが悪いわけではもちろんないが、それでも彼にはその無邪気さが少し痛い。
レンが悪いわけではない。悪意もなく、苦しみも悟られないように注意を払いながら、彼は是非にと言って笑った。
笑ったというには少し苦しい、という事実を、彼は自覚していた。
帰り。メイコは、彼から受け取った、博士に渡して欲しいと頼まれた紙袋を自分の横に置いた。
中は書類と多分記録メディアだろう。内容まではわからないが。
ガタガタと揺れる車内、窓辺に置かれた二本のジュースは所在無げに希薄な存在感を放つ。
メイコは電車のように揺れて煮えたぎっている。そしてそれを冷静に観察する自分自身を自覚して、更に怒りのようなものが湧き起こった。
それをどうにかしたくて、さっきからずっと考えていた疑問を相手にぶつけてみた。
「なんで私を連れてきたの」
この車両のたった二人の乗客の一人であり、向かいの席に座るレンが、少しだけ薄暗さを増した窓の外を横目で見ながら答える。
「メイコ姉が前にもう一人のカイトの話をしてたから、会っておいて欲しかった」
ふわふわと揺れるひよこのようなレンの髪を見下ろす。なんだかかわいいとメイコは思った。
「……博士たちが放って置いていいって言うならそれでもいいけど。……私は、彼は身勝手だと思うわ」
「でも、何か理由があるだろうって」
「そりゃあるんでしょう。それでも他の固体の事を知らん振りってどうかしら」
メイコは怒っている。言葉の節々に怒りが表れている。
レンは悲しく思った。喧嘩をして欲しくて会わせたわけではない。
しかしメイコの言う事はもっともだ。レンにもその怒りが少しわかったから、なだめはするが止めはしない。
少し。そう、少しなのだ。
メイコの怒りがどこから来るのか。レンは少ししかわかっていない。
ここで何故そこまで怒るのかを問えば、メイコや博士、そしてカイトが隠していた事実を知る事が出来たかもしれない。
だが、レンは少しわかってしまっていたからこそ、問いかけはしなかった。
この事をレンは後悔することになるのだが、それは未来の話である。
次:一つの歌声
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